「愛子さんが・・・さらわれました」
それが、姫さんから告げられた情報だった。
姫さんの話を要約すると、だいたいはこんな感じだった。
最近、王宮内の空気がおかしく、姫さんは違和感を覚えていたという。
父親であるエリヒド国王が今まで以上に聖教教会に傾倒し、熱に浮かされたようにエヒトを崇め、それに感化されたように宰相や重臣たちも信仰心を強めていったらしい。
さらに、王宮内で生気や覇気のない兵士や騎士たちが増えていったという。受け答えはするものの、どこか機械的というか、病気にでもかかっているかのような様子だったと。
そのことをメルドさんに相談しようにも、クラスメイトの訓練に顔を見せては、忙しそうにすぐどこかに行ってしまったという。結局、姫さんは一度もメルドさんを捕まえることができなかったそうだ。
そうこうしているうちに、愛ちゃん先生たちが王都に帰還し、ウルの町の詳細が報告されたという。その席には、姫さんとアンナ、アンナの父親も同席したらしい。
だが、そこで俺とハジメの異端者認定が強行採決された。ウルの町の功績も、“豊穣の女神”である愛ちゃん先生の異議・意見もすべて無視して、だ。
このありえない決定に姫さんとアンナは猛抗議したが、まるで強迫観念に駆られたように決定を変えようとせず、次第にそれぞれの父親から「信仰心が足りない」などと言われ、挙句に敵を見るような目で見始めたという。
恐ろしくなった姫さんとなにかがおかしいと感じたアンナは、その場では咄嗟に理解した振りをし、会議が終わった後に愛ちゃん先生に話しかけた。
そこで、愛ちゃん先生からハジメが奈落の底で知ったことや俺たちの旅の目的を夕食時に生徒たちに話すので、そこに同席してほしいと頼まれた。
その後、2人は愛ちゃん先生の部屋から出て、夕食時になって食事をとる部屋に向かう途中で、愛ちゃん先生と何者かが言い争う声が聞こえ、何事かと壁を覗き見たところ、愛ちゃん先生が銀髪の教会修道服を着た女に気絶させられ担がれていたらしい。
2人はその銀髪の女に底知れぬ恐怖を感じ、すぐそばの客室にあった王族しか知らない隠し通路に身を隠した。本来ならアンナにこれの存在を知られるわけにはいかないようなのだが、緊急事態ということで気にしないことにしたようだ。
そして、その銀髪の女が異変の黒幕か、もしくは黒幕とつながりがあると考えて、誰かに伝えなければと思ったらしい。
とはいえ、愛ちゃん先生が待伏せされていたことから生徒は見張られているだろうし、肝心のメルドさんは行方不明のまま。
であれば、唯一王都にいなかった香織と、その傍にいる俺とハジメにこのことを伝えようと、アンカジ公国に向かった、ということだ。
「私は・・・今は、教会が怖い・・・一体、何が起きているのでしょう・・・あの銀髪の修道女は・・・お父様達は・・・」
そう言う姫さんは、自分の身体を抱きしめて恐怖に震えており、姫さんの後ろに控えているアンナも深刻そうな表情でうつむいている。
・・・銀髪の修道女、か。これは、もしかしなくてもだが・・・一応、確認しておくか。
「アンナ。お前もその銀髪の女を見たのか?」
「は、はい」
「それは、だいたいいつ頃だ?」
「えっと、たしか3日ほど前ですが・・・」
「そうか。ちょっと確かめたいことがある。じっとしててくれ」
「え?あ、はい。わかりました・・・」
俺はアンナが素直に言うことを聞いてジッとしたのを確認してから、アンナの瞳を覗き込んだ。
そして、
「“過去視”」
メルジーネ海底遺跡で得た新たな力を使用した。
“過去視”。言葉通り、対象の人物や場所から過去を見る、シアの“未来視”とは真逆の力だ。
さかのぼる時間に比例して消費魔力は増えていくが、未来と違って確定された事象を読み取る性質からか魔力消費は少なく、3日くらいなら問題なく遡れる。
どんどん遡っていくと、愛ちゃん先生が攫われているシーンになった。
そこで、愛ちゃん先生を担ぐ銀髪の女の正体を確認する。
「・・・やっぱりか」
「ツルギ、まさかとは思うが」
「あぁ、ハジメの思っている通りだ。どうやら、本格的に動き出したようだな」
姫さんとアンナにはまだ伝えないために言葉は伏せたが、間違いなく、あれは本物の神の使徒だった。
おそらく、愛ちゃん先生が攫われた理由もこのあたりだろう。
愛ちゃん先生がこの世界の神の真実を話すことは神とやらにとって都合が悪いことだから、その前に攫ったということか。
こうなった責任は、神の真実を愛ちゃん先生に話したハジメと、それを容認した俺にある。
だが、俺は判断をハジメに委ねる。
こうなった以上、以前までのハジメなら、知ったことではないと切り捨て、早急にこの世界からの脱出方法を探そうとするだろう。
だが、愛ちゃん先生と話した、今のハジメなら・・・
「・・・とりあえず、先生を助けに行くとするか」
やっぱり、そう言うと思った。
今のハジメは、容赦がないのは変わらないが、それでも情がないわけではない。
であれば、自分の“恩師”である愛ちゃん先生を、必ず助けに行くと思っていた。
「勘違いしないでくれ。王国のためじゃない。先生のためだ。あの人が攫われたのは俺が原因でもあるし、放って置くわけにはいかない・・・まぁ、先生を助ける過程で、その異変の原因が立ちはだかればぶっ飛ばすけどな」
そして、ツンデレに聞こえなくもない台詞も忘れない。もちろん、ツンデレではなく、本当にそう思っているのだが。
それでも、姫さんは笑みをこぼしていたし、香織も満足そうに微笑んでいる。
「ツルギ様もよろしいのですか?」
そこに、アンナからも声をかけられる。
「正直、個人的には行きたくない部分もあるんだが・・・ハジメの決めたことなら、あえて反対なんてしたりしないさ。それに、どのみち行く予定があったんだ。多少順番が前後するくらいなら、どうってことはない」
元々、“神山”に迷宮攻略をしに行くつもりだった。であれば、ハルツィナ樹海の前にこっちを片づけるのも悪くはないだろう。
「とりあえず、そういうことなら早く向かうか。攫われたというならすぐに殺されることもないんだろうが、嫌な予感がする。早く行くに越したことはない」
「あぁ、そうだな。詳しいことはブリーゼの中で話すか」
ハジメも俺と同意見のようで、さっさとブリーゼに乗り込む。
その時のハジメの顔が、いつもの野獣のような獰猛な笑みを浮かべていたことから、こっちの心配はいらないだろう。
・・・今回の件、本当に嫌な予感がする。
国王の変化はほぼあの神の使徒のせいだろうが、二つ目の問題である、生気や覇気のない兵士や騎士の話。
一応、俺が要注意のマークをしているクラスメイトの1人なら可能性があるが・・・いや、考えすぎか。さすがにチートスペックを持っている召喚者組であっても、
おそらく、そちらも神の使徒がテコ入れしているんだろう。
ついでに考えれば、そいつが檜山に入れ知恵したりして操り人形にしているんだろうが、あの檜山でもただの死体で満足するとは思えない。
香織もいかせるのは些か不安が残るが・・・それを言ったところで、香織は止まらないだろう。
だったら、俺にできるのは香織を信じることだけだ。
だが、もしものことがあったら・・・その時は、俺が責任をとろう。
「あ、南雲さんに、峯坂さんも、私のことは“姫さん”ではなく“リリィ”と・・・」
「「断る」」
「・・・ぐすっ、わたし、王女なのにぃ・・・」
* * *
とりあえずハイリヒ王国の王都についた俺たちは、3手に分かれた。
1つ目は、愛ちゃん先生を助けに行く班。こちらは、場所が敵の本陣ということもあって、騒ぎを起こしにくくするためにもハジメ1人に行かせた。例の神の使徒がいるかもしれないが、さすがになんとかなるだろう。
2つ目は、王宮の中に入って安全を確保する班。べつに、今回の件では天之河たちの安否や合流は重要ではないのだが、愛ちゃん先生を確保したあとの安全は確保しておきたかったことと、王都に残されて暇をしていたということから、姫さんにユエ、シア、香織、アンナがついていっている。
まぁ、俺の方も万が一のために行くように言ったわけだが。
最後が、さらに万が一のために王都に残って状況確認をする班だ。これには、俺、ティオ、ティア、イズモがあたっている。
とはいえ、こっちの万が一は俺からすればほぼ確定のようなものだ。だから、こっちにも十分な戦力を残した。
今、俺たちは時計塔の上で待機している。
「・・・さて、どうなることやら」
「? どうって?」
俺が思わずこぼしてしまったつぶやきに、ティアが反応する。
「今回の件、いろいろと不確定要素が多すぎるからな。正直、俺でもどうなるかわからない。もっと言えば、これでよかったのかすら、今になって自信が持てない。だが・・・そのことで悩む暇もない」
俺がそう言った、次の瞬間、
ズドォオオン!!
パキャァアアン!!
外敵から王都を守る3つの大結界の1つが破壊された。
「やっぱり来たか」
「やはり、というと、ツルギ殿はこれを予測していたのか?」
イズモの質問に、俺は頷く。
「ここ最近、魔人族がやたらと活発的になっていたからな。近々、でかい戦争をやらかすとは予想していた。そして、狂った神の話と、神の使徒が動き出した事実。そろそろ来るだろうとは思っていたが、こうもドンピシャとはな・・・いや、むしろ狙ってたのか?」
おそらく、魔人族側の神であるアルヴの神託によって始めたものだろう。
俺の呟きも、遠目だがフリードが使役していた白竜の姿を確認したからだ。だが、フリード自身はいない。まだ、どこかに身を潜めているのか。
そうこうしている内に、2枚目の結界も破壊された。
残る結界は、あと1枚だ。
「にしても、王都を守る結界にしては、ずいぶんと脆いな。王都の前に突然現れたことと言い、内通者でもいたのか・・・まぁ、それはさておき、ユエたちにも連絡をいれておくか」
そう言いながら、俺は念話石でユエたちに話しかける。
「ユエ、聞こえるか?俺だが、状況を説明した方がいいか?」
『ん・・・お願い』
ユエの返事を受けて、俺は手短に状況を説明する。
とりあえず、説明した上でのユエたちの反応は、
『・・・とりあえず、ハジメを傷つけた白竜使いは泣くまでボコる』
『そうですね、泣いて謝ってもボコり続けましょう』
とても暴力的なものだった。何気に、ユエよりもシアの方が過激だ。
『・・・そういうわけだから、そっちに向かう。だから待ってて』
『時間はそうかけません。では、そういうことなので』
そう言って、ユエとシアは念話石の通信を切った。
「・・・一応、万が一のために残っておいてほしかったんだが・・・変にフラストレーションを溜められるよりかはマシか」
2人が目の敵にしているフリードも俺たちにとっては敵だが、せめて原型が残っていることを祈ろう。
さて、フリードもそうだが、
「・・・ここまでの軍勢だ。十中八九、リヒトもいるだろう」
俺の言葉に、ティアはわずかに肩を震わせた。
俺はそれを認識しながらも、あえて強い口調で尋ねる。
「ティア、答えはもう出たか?」
「・・・えぇ」
わずかな沈黙のあと、ティアは力強くうなずいた。その眼に、もう迷いはない。
これなら、大丈夫だろう。
「・・・ツルギ、あいつ、見つけた?」
「ツルギさん、あのふざけた事してくれた人は何処ですか?」
すると、ユエとティアが降り立った。本当に全速力で来たようだ。
ただ、殺意マシマシなのがちょっと怖い。
「・・・別に怒りはしないけどな、ちょっと姫さんが不憫だぞ。『皆さんが一緒に来てくれて心強いです!』とか言ってたじゃん」
「・・・細かいこと」
「小さいことです」
興味のない相手には実にドライな反応。この辺りが、ハジメの影響が強いんだろうなと思う。
『おい!ティオ!今すぐこっちに来てくれ!』
「ぬおっ!ご主人様?どうしたのじゃ?」
そこに、突然ハジメから切羽詰まった念話石の通信が入った。
『ヤバイのが出てきた。先生を預かって欲しい。抱えたままじゃ全力が出せねぇ』
「!? 相分かった!すぐに向かうのじゃ!」
どうやら、相当やばい相手が出たらしい。おそらく、神の使徒あたりか。さすがに雑魚なんてことはないと思っていたが、まさかハジメをして本気を出さなきゃ厳しいほどだとは。
だが、逆に言えば本気を出せる状況ならなんとかなるだろう。
そのためにティオがハジメの下に向かったのだから、ハジメの心配は無用だ。
なら、
「ユエとシアはフリードの方を探してくれ。俺とティア、イズモでリヒトを探す。見つけたら、各個撃破で」
「・・・言われなくとも」
「はい、こっちは任せてください」
「・・・一応、ほどほどにな」
敵とはいえ、ティアの身内だ。せめて遺体くらいは残しておいてほしい。
「じゃあ、こっちはリヒトを探すか。つっても、だいたいの位置はもうわかっているけどな。城壁の外だ。一気にいくぞ」
「わかったわ」
「わかった」
そう言って、俺を先頭にティアとイズモもついてきた。
ここからは、ガチの戦争だ。
「じゃあ、ツルギ。
「きちんと、詳しく話してもらうからな」
「・・・うす」
この後、こってり1時間くらい説教された。
「それで、ツルギ様はですね!」
「あー、おう、言いたいことはわかったから、それくらいにしておいてくれ」
「・・・私、王女なのに・・・」
その間、アンナはツルギの何たるかをハジメたちに熱弁した。
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今回は短めに仕上げました。
こっから先を書こうと思ったら、そこそこ長くなりそうだったのと、中途半端になりそうだったので。