「・・・ちっ、ほとんど手遅れじゃねえか」
周りの様子を見てだいたいの事情は察したが、事態はどこまでも最悪だった。
幸い、と言うべきかはわからないが、香織を抱えているティオは集中して何かしらの魔法を行使している。おそらく、まだ本当の手遅れではない、ということだろう。
ハジメも、すさまじい殺気を放っているが、かろうじて我を忘れてはいない。
なら今は、香織はこのままティオに任せよう。
アンナは、剣を抜いたらむしろ失血死しかねない。下手に手を出さない方がいいだろう。
であれば、
「・・・いつかは何かやらかすと思っていたが、ずいぶんと大それたことをしたな、中村」
俺は事の首謀者であろう中村に視線を向けた。
日本での中村は、一言で言えば眼鏡をかけたおとなしい図書委員の女子で、容姿は客観的に見てもかわいいと言えばかわいい。
だが、今は眼鏡をはずしており、日本にいた頃からは想像もできない、妄執に取りつかれた表情をしている。
「・・・へぇ?なんか、知ったかぶりな感じだねぇ、峯坂くん?」
「知ったかぶりもなにも、これでも俺の親父は警察官だからな。本気で調べようと思えばすぐだ」
俺の言葉に、中村が驚愕に軽く目を見開かせる。
そう、俺はもともと日本にいた時から中村を危険視していた。
最初に中村を気にかけたのは、ある時に目を見てからだった。普段の中村は大人しく控えめで、一歩引いたところから客観的な意見を述べる、そういう女の子だった。それは、クラスの中でも観察眼の鋭い八重樫も同じだっただろう。
だが、俺の目には時折、中村の視線の中に、主に香織や八重樫のような天之河の周りにいる女子に対して鋭かったり冷たい視線を向けることがたまにあった。
同時に、その視線の奥に既視感を覚えた。あの目の奥にある何かを、自分は知っていると。
もちろん、なにか証拠があるわけでもない。ただの勘だ。
それでも、その既視感が気になって調べてみたのだが、案の定というか、なかなかに重い事実が浮かび上がった。
同時に、いつかそう遠くないうちに、とんでもないことをしでかすかもしれないと。
だが、目的はあくまで天之河だけであることもだいたいは察したことから、今の今まで直接的な干渉はしてこなかったが、まさかここまでのことをするとは思わなかった。
明らかに、事態を軽く見た俺の責任だ。
「・・・知ってるの?」
「調べたと言っただろう。まぁ、調べたときは驚いたが。まさか、俺と似たような過去の持ち主がいたなんてな」
「それは、僕も似たようなものだけどね。でも、だったら声をかけてくれてもよかったんじゃないかな?」
「だったらどうした?改心でもして、バカげたことはやめていた、とでも言うのか?」
「まさか」
「だろうな。まぁ、今回の事態はお前のことを軽く見積もった俺の責任でもある。だから、ここで容赦したりはしないぞ」
そう言って、俺はマスケット銃を十数丁生成する。
「っ、殺れ!!」
それを見た中村は、周りの騎士たちに俺を殺すように命令した。
俺は、それを空間に長剣を生成して操作して受け止め、襲い掛かってきた兵士や騎士たちを観察した。
ここにいる騎士や兵士たちは、見たところすでに死んでいる。おそらく、降霊術で操っているのだろう。中には、小悪党組の1人である近藤の姿もあった。
だが、ここまでの数を、誰にも気づかれずに用意できるはずもない。
もう少し深く探ってみるが・・・やはり、俺があり得ないと断じた可能性だった。
だが、それは今はどうでもいいことだ。
突如、俺の目の前に他の騎士たちとは比べ物にならない速度で斬りかかってきた人物を見て、その剣を“天叢雲”で受け止めながらも呟く。
「・・・メルドさん、あなたもですか」
そう、あのメルドさんですら、恵里の傀儡兵となってしまっていた。
メルドさんにも半端なところはいろいろとあったが、それでも王都を出て行く俺を最後まで気にかけてくれた人物で、俺もそれなり以上に恩を感じているし、感謝もしている。
その人物がすでに殺されたというのは、俺をしても寂寥の念を覚えた。
そのとき、
「・・・ぁ、っ・・・た、のむっ・・・」
どのような奇跡が働いたのかはわからないが、メルドさんからそんな言葉が漏れた。
それは、助命を乞うものではない、たしかにメルドさんの言葉だった。
だから、俺にせめてできる恩返しとして、その義理を果たす。
「・・・世話になった礼です。遺体は残してあげますよ・・・“月詠”」
俺は、魔法陣を輝かせて広範囲洗脳魔法である“月詠”を、この訓練場を効果範囲として発動した。
次の瞬間、クラスメイトや俺に襲い掛かってきた騎士や兵士たちが動きを止め、そのままバタバタと倒れていった。
メルドさんも、わずかに笑みを浮かべながら、安心したような表情で動かぬ死体となった。
「な、なんで、何が起こってるのさ!!」
「お前から制御権を奪った、それだけだ」
“月詠”の使用法はあくまで洗脳だが、おなじ闇魔法である降霊術にもある程度の割り込みをしかけることができる。
今回は、それによって中村から訓練場にいる傀儡兵の制御権を奪い、そのまま機能を停止させたのだ。
どうやってここまでの数の死体を用意したかはわからないが、さすがに中村でも一度にこの数に降霊術をかけなおすことはできないだろう。仮にできるとしても、俺がさせないが。
「さて、もう一度言うけどな。今回の件は、お前を過小評価して後回しにした俺にも責任がある。だから、容赦しないぞ」
「っ、ま、待ちなよ、似た者同士、かわいそうだと思わないのかな?」
「俺とお前は違う、一緒にするな。そもそも、今さら被害者ぶってんじゃねえよ」
俺の是非もない返答に、中村は表情をこわばらせる。
檜山の方は、ハジメが相手をしている。死にかけの身体だし、助けにはこれないだろう。
恵里は必死にこの状況から生き残ろうと頭を回しているようだが・・・もうどうしようもないだろう。
これ以上厄介なことにさせないためにも、こいつは確実に殺しておく必要がある。
マスケット銃の銃口を恵里にむけて、一斉掃射を・・・
「っ!?」
「ぜあぁ!!」
しようとした瞬間、殺気を感じて“天叢雲”を展開して防御の構えをとる。
そこに、リヒトが拳を振りかぶって俺に突っ込んできた。
幸い、防御は間に合ったが、マスケット銃の展開を解いてしまった上に中村を逃がしてしまった。
一応、まだリヒトの背後にいるが、ここで中村に意識を向けたら、それは致命的な隙になってしまう。
すると、今度は近くに極光がハジメに襲い掛かってきた。
ハジメはこれをなんなく回避し、俺の隣に着地する。
ふと、リヒトに注意しながら周りを見渡すと、檜山の姿がない。
「おい、ハジメ。檜山はどうした?」
「適当に魔物の群れに投げ捨てといた。がんばれば生き残れるかもな。まぁ、どうせあいつには無理だろうが」
そりゃあ無理だろう。ただでさえボロボロだったというのに。
まぁ、とりあえず檜山は死亡が確定したってことでいいとして、リヒトの隣にウラノスに乗ったフリードが降り立った。
見てみれば、けっこうボロボロだな。今はオルクスにもいた白鴉によって回復しているが、まだ全快には程遠いようだ。
よくもまぁ、キレ気味のユエとシア相手に五体満足で生き残れたもんだ。
「・・・そこまでだ、少年。大切な同胞達と王都の民達を、これ以上失いたくなければ、大人しくすることだ」
ただ、勝手に王国の戦力扱いされるのはあまりいい気分ではない。
向こうにとっては、これ以上被害を出さないための人質作戦なんだろうが、ハジメ相手にはまったく意味がないことを理解していないらしい。
なんか、全部を自己完結で勝手にカテゴライズするあたり、どこぞのバカ勇者に通じるものがあって嫌だな。この世界の勇者様ってのは、どいつもこいつも頭が悪いのか?
とりあえず、周囲の気配を探ってみると、たしかに多数の魔物が俺たちを取り囲んでいる。
別に、数が多いだけの魔物を相手するだけなら特に問題はないが、
「ご主人様にツルギ殿よ!どうにか固定は出来たのじゃ!しかし、これ以上は・・・時間がかかる・・・出来ればユエとツルギ殿の協力が欲しいところじゃ。固定も半端な状態ではいつまでも保たんぞ!」
ティオの言葉を俺なりに要約すれば、おそらく香織の心配はある程度なくなったが、まだ予断を許さない状態ではあるらしい。
それに、クラスメイトたちは何のことかわからずに首をかしげているが、俺たちと同じ大迷宮攻略者であるフリードは察しがついたようで、ティオが使っている魔法を見ている。
「ほぉ、新たな神代魔法か・・・もしや“神山”の?ならば場所を教えるがいい。逆らえばきさっ!?」
フリードがなにやら調子にのって大迷宮の場所を聞き出そうとするが、その瞬間にハジメのドンナーが火を噴いた。咄嗟に亀型の魔物が障壁を張って防いだようだが。
フリードはその後もクラスメイトや王都の住民を盾に調子のいいことを言ったり、まだ100万の魔物の軍勢が控えているなどと脅しているが、ハジメはそれに冷ややかな視線を返すだけで、代わりに宝物庫からこぶし大の感応石を取り出し、10万の魔物の軍勢に目を向けた。
とりあえず、俺もハジメがやろうとしていることを察して、劣化版宝物庫からブリーシンガメンを10個ほど取り出しつつ、ティアとイズモに念話石で通信を入れた。
「ティア、イズモ、今から俺とハジメがでかいのぶっ放すから、すぐに王都の中に避難してくれ」
『えぇ、わかっ・・・ちょっと待って、すぐに避難しろって、いったいなにをするつもりなの!?』
『ティア殿よ!そのことについて聞く暇はない!早く逃げるぞ!』
『あ!ちょっとイズモ!待ちなさいってば!』
あわただしい声が聞こえながらも、通信を切った。とりあえず、あの二人ならもう大丈夫だろう。
リヒトの方も、警戒心を丸出しにしながらも口と手を挟む様子はない。
それを確認してから、俺はブリーシンガメンを宙に放り投げる。
「チッ、何をする気だ!」
「黙って見てろ」
フリードは俺たちの行動を阻止しようとするが、ハジメがドンナーで牽制する。
そして、
ウラノスのブレスと比べ物にならないほどの光の柱が、魔物の軍勢に突き刺さった。
同時に、
「こい、“バハムート”」
宙に放り投げたブリーシンガメンから激しい光が放たれ、そこに全長が10mほどもある、巨大な翼を生やした巨大な龍が現れた。
ブリーシンガメンを10個使用することによって生み出す、巨大なドラゴン。
これが俺の新たな広域殲滅兵器である“バハムート”。
そして、攻撃方法は、
「“ブレス”」
こちらも巨大な光の柱であるブレス。
その巨大な光の柱を薙ぎ払うことで、王都の周りにいる魔物や魔人族は成すすべもなく焼き尽くされ、消滅していく。
ハジメが放っている光の柱も、ハジメが感応石に魔力を込めることで操作し、軍勢を焼き尽くしていく。
そして、ハジメの光の柱が途切れたとほぼ同時に、俺の“バハムート”も霧散して消えた。
「愚かなのはてめえの方だ、バカが。俺たちがいつ、王国やこいつらの味方だなんて言ったんだ?てめぇの物ざしで勝手にカテゴライズしてんじゃねえよ。戦争がしたきゃ、そっちで勝手にやってろ」
「ただし、俺たちの邪魔をするなら、今みたいに全て消し飛ばす。まぁ、100万もいちいち相手してるほど暇じゃないんでな、今回は見逃してやるから、さっさと残り引き連れて失せろ。お前の地位なら軍に命令できるだろ?」
この俺たちの物言いに、フリードの目が憎悪と憤怒で染まるが、今の圧倒的な火力と正体不明の攻撃に思い切った判断ができない。
俺たちとしても、このまま逃がすのは正直いやではあるのだが、今はそれよりも香織の処置の方が優先だ。
先ほどの一撃は、俺もハジメも使えない。
ハジメが放った光の柱、太陽光収束レーザーである“ヒュベリオン”は、おそらくさっきの一撃で壊れただろうし、俺の“バハムート”も、ブリーシンガメンの数が足りなくて使えない。
その状態で100万の魔物を相手する時間はない。
「・・・兄者、口惜しいがここまでだ」
そこに、リヒトがフリードを諭すように声をかける。
フリードは、血を流すほど拳を強く握りしめながらも、怨嗟のこもった捨て台詞を吐いてゲートを開いた。
「・・・この借りは必ず返すっ・・・貴様らだけは、我が神の名にかけて、必ず滅ぼす!」
フリードは踵を返し、中村に視線で促してウラノスに乗せた。
中村の方は、倒れ伏している天之河に妄執と狂気の宿った笑みを浮かべ、そのままゲートの奥に消えていった。
リヒトの方は、俺の方を一瞥しただけで、とくに何も言わずに去っていった。
同時に、3発の光の弾が上空で爆ぜた。おそらく、撤退命令だろう。
そこに、ユエとシアがこっちに向かってきたのを確認してから、俺はアンナの下に向かった。
「アンナ、大丈夫か」
「・・・ツルギ、様・・・申しわけ、ありません・・・」
俺が声をかけると、アンナは弱々しい声で、そう謝罪した。おそらく、香織を守れなかったことを言っているのだろう。
別に、そのことについてアンナを責めるつもりはない。おそらく、アンナも香織をかばうために行動して、こうなってしまったのだろうから。
「謝る必要はない。すぐに治療するから、ちょっと我慢してくれ」
そう言いながら、俺はアンナに突き刺さっている剣を引き抜き、
「“絶象”」
再生魔法を使って、アンナの服ごとすべてを再生した。
アンナは、回復魔法でも不可能な事象に目を白黒させるが、それに構わず俺はアンナに声をかける。
「アンナ、俺たちは香織をなんとかするためにここを離れる。その間、こっちでお前のやるべきことをしてくれ」
「私のやるべきこと、ですか?」
「あぁ、お前ならわかるはずだ。だから、頼んだぞ」
「・・・はい」
これにアンナは、瞳に力を込めて頷いた。
それを確認してから、ハジメたちのところに向かおうとしたところで、
「ツルギ!危なかったじゃない!」
「ツルギ殿よ!ハジメ殿といい、やりすぎではないか!?」
ティアとイズモが、猛抗議しながらこっちに向かってきた。どうやら、無事に避難できたようだ。
「悪いな、さすがに100万の軍勢を追加されるわけにはいかなかったから、ちょいと派手にやった」
「あれのどこが“ちょっと”なのよ!」
「軽く地形が変わっているではないか!これでちょっとなら、本気ならどうなるというのだ!?」
「さあな、それは俺にもわからねえや。だが、今はそれどころじゃない」
2人の抗議を軽く流しながらも、俺は軽く事態、主に香織のことを伝えた。
これに2人は顔をこわばらせるが、まだ何とかなるということですぐに表情を戻してハジメたちのところに向かおうとした。
そこに、俺に声がかけられた。
「峯坂君!香織が、香織を・・・私、どうすれば・・・」
そこには、いつになく弱っている八重樫の姿があった。今までに見たことがないほど憔悴しきっている様子で、このまま放っておけば、すぐに折れてしまいそうなほどだ。
俺はそんな八重樫に近づき、肩に手を置いて、強引に顔を上げさせた。
「八重樫、折れるな。俺たちを信じて待て。必ず、もう一度香織に会わせてやる」
「峯坂君・・・」
俺の言葉に、虚ろになっていた八重樫の瞳に、わずかだが力が宿る。
「ここで八重樫に壊れられたら、その後の面倒は全部、俺が背負うことになりかねないからな。別に俺は、八重樫みたいな苦労大好き人間じゃねえんだ」
「・・・だれが苦労大好き人間よ、ばか・・・信じて・・・いいのよね?」
俺の冗談めかした言葉にわずかに笑みを取り戻し、次いですがるような眼差しで俺を見る。
それに対し、俺は真剣な表情になって、力強く告げた。
「あぁ、約束する。必ず、もう一度香織と会わせるってな」
それで、八重樫の目に光が戻り、俺に力強くうなずいた。とりあえず、これで八重樫が壊れる危険は減っただろう。
「ツルギ、ハジメがこれを渡せって」
すると、そこにティアがちょっと食い気味に割り込んできた。その手には、神水の入った試験管が握られている。
どうやら、これを八重樫に渡して天之河に飲ませろ、ということらしい。
正直、個人的にはあのバカ勇者にはこのままくたばってもらいたいのが本音だが、それで香織や八重樫に壊れられては本末転倒だ。
内心では心底嫌だが、なるべくそれを表に出さないように八重樫に渡した。
「これは・・・」
「そこのバカ勇者に飲ませてやれ。あまりよくない状態みたいだからな」
八重樫も、俺の渡したものが、前にメルドさんに飲ませた秘薬だと察したようで、ぎゅっと試験管を握り締め、例を言ってきた。
「・・・ありがとう、峯坂君」
「それの礼ならハジメに言っとけ。んじゃ、またな」
照れ隠し、ではなく本音でそう返しつつ、今度こそ俺とティアはハジメたちのところに向かった。
あとは、約束を果たすためにも、香織をどうにかしよう。
「それで、ツルギ、さっきのは何だったの?ねぇ、何だったの?」
「ちょっと待てティア、頼むから詰め寄らないでくれ」
「さっき、けっこういい雰囲気だったけど?もしかして、そういう関係なの?」
「わかった、わかったから、ティア、まずは落ち着いて話そう。話せばわかるから、きっと」
「お前ら、いちゃついてんじゃねえよ」
雫と若干いい雰囲気になったことを気にして、とことんツルギに問い詰めるティアの図。
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ちょっと突然ですが、近い内に新作を投稿しようか考えていて、それに伴って他の2作品のどちらか、あるいは両方を消そうかなと思っているんですよね。
構想はある程度浮かんでいるんですが、書く意欲がまったく湧かないので。
別に消す必要はないとわかってはいるのですが、半端に書き残したまま残すのは個人的にもやもやするので。
ちなみに、今回でてきた“バハムート”さんは、イメージ的にはシャドバのやつのイラストです。
あれ?でもあれは神撃のバハムートから来てるんで、そっちの方が正しいんですかね?