二人の魔王の異世界無双記   作:リョウ77

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結局苦労はやってくる・前編

魔人族による王都侵攻から5日、王都の様子は芳しいものではなかった。

まず、恵里によって傀儡化した兵士や騎士の数は500にのぼり、ツルギが解除した300体を除いて姿を消した。おそらく、フリードたちと共に魔人族に向かったのだと考えられている。

また、国王を含む重鎮たちは恵里の傀儡兵によって殺害されており、現在国王の座は空席になっている。今のところは王妃のルルアリアと姫のリリアーナが陣頭指揮をとって復興を進めている。混乱が収まれば、今回の襲撃で無事だったリリアーナの弟であるランデルが即位する見通しだ。

ちなみに、後の調査で分かったことだが、王都の近郊に幾つかの巨大な魔石を起点とした魔法陣が地中の浅いところに作られていたようで、それがフリードとリヒトの対軍用空間転移の秘密だったようだ。

今一番混乱に拍車をかけているのは、聖教教会からの音沙汰がまったくないことだ。

実は、聖教教会の総本山はティオと愛子によって粉々に爆散させられており(半ば事故のようなもの)、教会関係者もまとめて爆殺された。

愛子はこのことに責任を感じ、いつかはこのことを自白しようと考えているようだ。

魔人族軍をまるごと滅ぼした2つの光に関しては、「エヒト様が王都を救うためにはなった断罪の光である!」という噂が広がり、結果的に信仰心を強化することになった。これに関しては、ハジメはまた“豊穣の女神”の名前を使おうかと考えており、ツルギもとくに反論はしなかった。女神本人は頭を抱えるだろうが。

檜山に関しては、広場から少し離れた場所で死体が見つかった。

体のいたるところが欠損しており、激しい抵抗の跡があったことから、生きたまま貪り喰われたと考えられる。

そして、恵里がもたらした影響は、クラスメイトにも深い傷を残した。

まず、檜山とつるんでいた中野と斎藤は、近藤の死もあって部屋に引きこもりがちになってしまった。

恵里と特に仲が良かった鈴は、普段からのムードメーカーぶりは鳴りを潜め、浮かべる笑みも誰が見ても痛々しいものだった。

前線組や愛ちゃん護衛隊の面々は、ツルギとハジメが見せた圧倒的な力を目にして、多々に思うところがあった。

それ以外の居残り組も、聞いた話よりもさらにすさまじい光景を見せつけられ、ツルギとハジメのことを意識せずにはいられなかった。

そして、それが特に顕著だったのが、雫と光輝だった。

雫は普段はやるべき仕事をこなすのだが、ふとしたときに心ここにあらずといったような遠い目をして、ツルギたちのいる神山に視線を向けていた。

光輝に関しては、他のクラスメイトたちと比べても特に複雑な心情だった。

光輝たち前線組や愛ちゃん護衛隊はツルギたちに助けられるのは2度目であり、それなりに感謝はしつつも、2度助けられたという事実に落ち込んでいた。

また、これは他のクラスメイトにも言えることなのだが、ツルギがまた香織に会わせると言ったことに関して、ほとんどが半信半疑だった。本当に死者蘇生ができるとは思えないし、だとしたら恵里のように傀儡人形のようにするのではないかと邪推する者もいた。その場合、だれよりも傷つくのは雫になるので、そういった者たちは露骨にツルギたちを警戒していた。

光輝はそれに加えて、自分とツルギたちの差に加えて、ハジメに香織を連れていかれたこと、ツルギが自分に間違っていると指摘されたこと(どちらもあくまで光輝自身の認識)も相まって、あまりいい感情を持てていなかった。

それがいわゆる“嫉妬”であるというのに光輝自身はまだ気づいていないのだが・・・どうなるのかは、光輝次第だ。

このようになったクラスメイトに心を砕いたのが愛子だった。

愛子も香織のことが心配であったし、できれば自分も手を貸したいと思っていたが、ツルギたちがしようとしていることに自分の出番はないとわかっていたので、傷心した生徒たち1人1人にコミュニケーションをとったことで、なんとかクラスメイト全体が沈みきることはなかった。

余談だが、デイビットを始めとした愛子に心酔していた神殿騎士たちは、突然姿を消した愛子に会わせろと上層部に猛抗議した結果、神山への立ち入りを禁止されたため、あの時は本山におらず命拾いした。

王国騎士団に関しては、新たな騎士団長に元リリアーナの近衛騎士だったクゼリー・レイルが、副団長には元騎士団三番隊の隊長だったニート・コモルドが任命された。

 

 

 

そんなこんなで、様々な思惑が絡んでいる中、今日も雫はふと、練兵場で視線を神山に向けていた。

思い浮かべるのは、やはり香織とツルギだった。

 

『・・・信じて・・・いいのよね?』

『あぁ、約束する。必ず、もう一度香織と会わせるってな』

 

正直、どのような方法を使うのかはまったく想像できない。

それでも、ツルギは力強くうなずいて「約束する」といった。

ツルギは、前は守るのが遅くなってしまったが、約束を違えたりはしないと信じている。

とはいえ、5日も経てばさすがに不安もでてきて、なんの音沙汰もないことがどうしようもなく嫌なことを連想させてしまう。

 

(峯坂君・・・)

 

今日もまた、不安や期待その他諸々の感情を混ぜて、約束をした男の名前と顔を思い浮かべて神山の方を見やる。

と、次の瞬間、

 

「皆ぁ!気をつけろ!上から何か来るぞぉ!」

 

次の瞬間、近くにいた光輝が大声で警告を発したのを聞いて、咄嗟に練兵場の中央から光輝たちのそばに退避した。

 

ズドォオン!!

 

それと同時に、練兵場に轟音を立てながら何かが降り立った。

激しい砂ぼこりが舞い上がり、その中からでてきたのは、

 

「峯坂君!」

 

ハジメ、ツルギ、ユエ、ティア、シア、ティオ、イズモだった。

 

 

* * *

 

 

「おう、八重樫。ちゃんと生きてるな」

 

そんな軽口をたたきながら、俺は八重樫に話しかけた。

それにしても、俺は反対したのにハジメが「んなこと気にするのは面倒だろ」とか言ってこんな派手な登場をしたせいで、注目の的だ。

 

「峯坂君・・・香織は?なぜ、香織がいないの?」

 

八重樫の方は、俺の軽口で若干気分が楽になったようだが、すぐに俺たちの中に香織がいないことに気が付いて、不安を隠しもしないで震える声で尋ねてきた。

あぁ、うん、香織な・・・

 

「あ~、心配すんな、すぐに来るぞ?ただなぁ、ちょ~っと見た目が変わっているというか、だいぶ印象が違うというか・・・だが、それはべつに俺たちのせいじゃないから、怒られるのも困ると言うか・・・」

「え?ちょっと、待って。なに?何なの?物凄く不安なのだけど?どういうことなのよ?あなた、香織に何をしたの?場合によっては、あなたがくれた“黒鉄”で・・・」

 

俺の煮え切らない回答に、八重樫は目から光を消して“黒鉄”に手を伸ばし始める。

ハジメたちは我関せずを貫いて視線をそらしているから、俺が何とかして八重樫を落ち着かせようとしたところで、突如上から悲鳴が聞こえた。

 

「きゃぁああああ!!ハジメく~ん!受け止めてぇ~!!」

 

上を見上げると、そこには()()()()()()()が、クールな見た目に反して情けない表情で手足をわたわたさせながら落下しているところだった。

落ちてきた銀髪碧眼の美女は、迷わずにハジメのもとに落下する。さながら、絶対に受け止めてくれると信じるかのように。

が、それを裏切るのがハジメなわけで、ハジメはそのままひょいと避け、銀髪碧眼の美女は「え?」と目を丸くしながら、そのまま地面に激突した。

周りが「これ、死んだよね?」みたいな感じで微妙な空気になっていると、その顔を見て姫さんと愛ちゃん先生が声を張り上げた。

 

「なっ、なぜ、あなたがっ・・・」

「みなさん!離れて!彼女は、愛子さんを誘拐し、恵里に手を貸していた危険人物です!」

 

それを聞いて、周りの騎士やクラスメイトは臨戦態勢をとり、特に近くにいた八重樫は、香織が死んだ原因の1つともあって抜刀の構えをとりながら殺意を宿らせた眼光を向けた。

が、そんな視線を向けられた彼女はというと、あっさりと起き上がって、一瞬ハジメに恨みがましい視線を向けながら、慌てた声で八重樫に話しかけた。

 

「ま、待って!雫ちゃん!私だよ、私!」

「?」

 

どこかの詐欺師みたいな弁明をする彼女に、八重樫は訝し気な表情をする。

俺は内心で「これが私私詐欺ってやつか?」と考え、ハジメが「どこかの詐欺師みたいだな・・・」と呟き、彼女がキッ!と睨むとそっぽを向いた。

その何気ない動作や表情を見て、八重樫も正体に気づいたのだろう。緩やかな動きで抜刀の構えをとき、呆然とした様子で尋ねた。

 

「・・・か、おり?香織、なの・・・?」

 

八重樫が自分の正体に気づいた事がよほどうれしかったのか、彼女は顔をパァ!と輝かせながら弾んだ声で返事をする。

 

「うん!香織だよ。雫ちゃんの親友の白崎香織。見た目は変わっちゃったけど・・・ちゃんと生きてるよ!」

「・・・香織、香織ぃ!」

 

最初は呆然としたが、次第に自分の親友が帰ってきたことを実感して、八重樫は泣きながら香織に思い切り抱きついた。

香織の方も、八重樫を抱きしめ返しながら、そっと呟く。

 

「心配かけてゴメンね?大丈夫だよ、大丈夫」

「ひっぐ、ぐすっ、よかったぁ、よがったよぉ~」

 

しばらくの間、2人は互いの存在を確かめながら、抱き合いながら涙を流し続けた。

 

 

* * *

 

 

「それで、一体どういうことなの?」

 

その後、場所をいつも食事をとっていた大部屋に変え、八重樫が目を真っ赤に染め、頬も同じくらいに赤くしながらも、ある意味当然ともいえる説明を要求した。

ちなみに、この場には俺たちの他にも、クラスメイト全員と愛ちゃん先生、姫さんに、途中から来たアンナも合流した。

八重樫の事情説明の要求に対し、ハジメはいつものように俺に説明を丸投げする感じで視線をユエたちに向けていた。

俺は盛大にため息を吐きながらも、結局説明する。

 

「そうだな、一から説明すると長くなるし面倒なんだが・・・八重樫は、神代魔法については知ってるか?」

「・・・ええ。この世界の歴史なら少し勉強したもの。この世界の創世神話に出てくる魔法でしょ?今の属性魔法と異なってもっと根本的な理に作用でき・・・待って。もしかして、そういうこと?峯坂君たちは神代魔法を持っていて、それは人の魂というものに干渉できる力ってこと?それで、死んだ香織の魂を保護して、別の体に定着させたのね?」

「そうだよ!流石、雫ちゃんだね」

 

まさか、これだけで大体を察するとは思わなかった。やっぱり、八重樫はこの中でも特に物分かりがいいようだ。

香織も、そんな八重樫が誇らしいようで、胸を張っている。

 

「でも、どうしてその体なの?香織の体はもうダメだったのかしら?心臓を貫かれた部分の傷を塞ぐくらいなら回復魔法で何とか出来ると思うのだけど・・・」

「あぁ、実際、香織の身体は完璧に治ったし、魂・・・厳密には魂魄って言うんだが、そいつを定着させることもできた」

 

俺たちが神山で手に入れた神代魔法“魂魄魔法”は、簡単に言えばミレディがゴーレムになって生きながらえているもとになっている魔法だ。

死ぬことで霧散してしまう魂魄に干渉して“固定”することで保護し、その魂魄を有機物・無機物問わず“定着”させることで生きながらえることができる。ゴーレムなどに定着させることで肉体の衰えから解放されて疑似的な不老不死も可能になるという、神代魔法の例に漏れずぶっ飛んだ能力だ。

もちろん、その分難易度はかなり高く、俺とユエが共同で作業したことで、なんとかぶっつけ本番で成功させることができた。それでも、丸5日かかったわけだが。

 

「じゃあ、どうして・・・香織の元の体はどうなったの?やっぱり何か問題でも」

「だから落ち着け。順に説明する。まぁ、簡単に言えば香織のいつものやつなんだが」

 

身を乗り出して説明を求める八重樫に、俺は落ち着くように言いながら事情を説明した。

まず、神山の大迷宮をさくっと攻略した俺たちは、香織の魂魄の固定を完全なものにし、蘇生の準備を整えた。

最初はもちろん、香織の元の身体に魂魄を戻して蘇生しようとしたのだが、香織がそれに待ったをかけたのだ。

“心導”という魔法で魂魄だけになった香織と話をしたのだが、そこで香織がミレディのように強力なゴーレムに定着させてほしいと懇願してきた。

訳を聞くと、もともと俺たちの中での自分の弱さについてはメルジーネ海底遺跡で痛感し、それでも割り切ったらしいのだが、もちろんこのままでいいとは微塵も思っていなかった。その矢先に、今回の事件であっさりと殺されてしまい、それがとても不甲斐なくて、情けなくて、悔しかった。

だったら、“たとえ人の身を捨ててでも”と、そう思ったようだ。

これにはもちろん、俺もハジメも反対したのだが、一度こうと決めたらとことん頑固になるのが香織だ。一応、説得はしたのだが、まったく聞く耳を持たず、両手を上げて降参するしかなかった。

とはいえ、いきなり八重樫に「あなたの親友はゴーレムになりました」というのは、八重樫の心労的にもあまりよくはないだろうし、俺たちの私生活的にもいろいろと不便だ。

それでも最悪ハジメお手製の最強ゴーレムを用意するしかないかと思っていたのだが、そこでハジメが閃いた。

ハジメが戦って殺したという、本当の神の使徒。その体を使えばいいんじゃね?と。

けっこう激しい戦いを繰り広げたようだが、それでも欠損は心臓部だけなので、問題なく元に戻すことができる。

ということで、さっそくハジメがノイントと名乗った本当の神の使徒の身体を回収し、ユエに再生してもらい、それを新たな肉体として定着させたところ、見事に成功した。

俺も“看破”で確認したのだが、神の使徒の身体のスペックはとんでもなかった。

まずステータスに関しては、今のレベル10の段階でオール1200、完璧に自分のものにできればオール12000という、ハジメに匹敵する化け物っぷりだった。

また、ノイントの身体がこれまでの戦闘経験を覚えているらしく、双大剣術や銀翼、銀羽、分解魔法、飛行、さらには魔力操作までできるというチートスペックだった。

少し残念だったのが、ハジメの話だとノイントはどこからか魔力の供給を受けて、実質無限の魔力を扱えたようなのだが、今ではその供給ラインが切れているらしく、無限の魔力までは得られなかった。

まぁ、それを差し引いても十分にチートスペックなのだが。

ただ、魂魄の定着に成功した時の香織は、それはもう喜んでハジメに抱きついたりしたのだが、なにせ元が人形のような無機質な顔に怜悧な表情だったのが、キャッキャとはしゃいで喜ぶのだ。その様子は実際に戦ったことのない俺でもかなりの違和感を覚えて、何度も首をひねった。俺でさえこれなのだ、実際に殺し合ったハジメは、どうしたものかと眉を八の字にしていた。

ちなみに、香織の身体はユエの魔法で凍結処理を施し、ハジメの宝物庫に保管してある。解凍時に再生魔法を使えば壊れた細胞も元に戻るため、元に戻ろうと思えば戻れるだろう。

八重樫は香織の突撃思考に頭痛をこらえるようにして呆れるが、すぐに表情を改めて俺たちに向きあって姿勢を正し、深々と頭を下げた。

 

「南雲君、峯坂君、ユエさん、シアさん、ティオさん、ティアさん、イズモさん。私の親友を救ってくれてありがとうございました。借りは増える一方だし、返せるアテもないのだけど・・・この恩は一生忘れない。私に出来ることなら何でも言ってちょうだい。全力で応えてみせるから」

「・・・相変わらず律義な奴だな。べつに気にすんな。俺たちは、俺たちの仲間を助けただけだからな」

 

俺はこれ以上背負わせるようなことはしたくなかったから、軽く返すにとどまった。

八重樫は俺の返答に苦笑しながらも、そのままでは気にくわないのか唇を尖らせながら指摘してくる。

 

「・・・その割には、私のことも気遣ってくれたし、光輝のために秘薬もくれたわね?」

「八重樫に壊れられたら香織がめんどくさくなるし、連鎖的にハジメもめんどくさくなるからな。あの時も言ったが、俺は苦労大好き人間じゃねえんだ。そんなの御免被るっての。あと、天之河に関してはハジメに礼を言えって言っただろうが」

 

俺の物言いに香織が「めんどうって・・・ひどいよ、ツルギ君」と突っ込み、ハジメも「・・・めんどうで悪かったな」とそっぽを向きながらつぶやくが、天之河のことでコメントを挟んできた。

 

「・・・まぁ、どこかの先生曰く、“寂しい生き方”はするべきじゃないらしいしな。何もかもってわけにはいかないが、あれくらいのことはな・・・」

「! 南雲君・・・」

 

ハジメの物言いに、愛ちゃん先生が感無量といった様子で潤んだ瞳をハジメに向けた。

これだけなら、愛ちゃん先生の教えがハジメに届いたことを喜んでいるのだと見えるっちゃ見えるが・・・。

香織がユエたちの方にまさか!といった感じで確認をとるとユエたちも鋭い視線で頷き、八重樫が視線を逸らして天を仰いだことでお察しだろう。一部のクラスメイト、というかウルの町であったメンバーも、男子勢が歯ぎしりして女子勢が乾いた笑みを浮かべながらそっと視線をそらした。

俺の親友は、とうとう本格的に教師と生徒の禁断のフラグに手を出しやがったらしい。

別に俺は、そのことでハジメも愛ちゃん先生も非難するつもりはないが・・・いったい、ハジメのハーレム街道はどこまで続くのやら。

そこで、微妙な空気になりそうになったのを察した八重樫が、気を取り直して話を続けた。

 

「それで、いくつか聞きたいことがあるのだけど」

「・・・まぁ、だいたいの察しはついてるけどな。短い方から頼むぞ」

「そうね。なら、峯坂君は中村さんのことをどれだけ知っているの?」

 

八重樫の問い掛けに、今度は愛ちゃん先生が反応して身を乗り出してきた。

 

「峯坂君。私からもお願いします」

「・・・別にいいが、俺が知ってることは多くないぞ?けっこう推測も混じってるし」

「構いません」

 

まぁ、中村のことは俺にも責任があると言ったばかりだし、話しておくか。

 

「そういうことなら、わかった」

「それでは、峯坂君の知っていることを教えてくれませんか?」

「あぁ。つっても、俺が知ってるのは警察と児童相談所の世話になったこと、後は多少の家族関係か。他は全部推測だ」

「それで構いません。それで、中村さんが警察のお世話になったというのは・・・」

「被害者としてだ。被告は母親が連れ込んだ男で、罪状は暴行未遂だな」

「母親が連れ込んだ・・・?父親の方は?」

「中村が5歳の時に死んでる。交通事故だそうだ」

 

調べた限りだと、中村が道路に飛び出したところをかばい、車にひかれて死亡したらしい。

 

「んで、暴行未遂の方は、暴力もそうだが、性的なものもあったらしい。当時の中村は、たしか9歳か10歳くらいか。幸い、行為に及ぶ前に捕まったそうだが」

 

俺の言葉に、数人の息を呑む音が聞こえた。

小学生の女の子を性的な目で見る、ということは、それだけでもなかなかショックなことだ。

これに天之河は、いつものような正義感溢れる調子で言葉を漏らす。

 

「許せないな、子供相手に・・・」

「世の中には、そういう変態もいるんだよ。その男に関しては、普段から素行に問題があったようだが・・・っと、これ以上は話が逸れるな。それで、今度は児童相談所についてだが、こっちは虐待の疑いだな、母親からの」

「え・・・?」

 

俺の言葉に、愛ちゃん先生が自分の耳を疑ったような声を上げる。

 

「虐待、ですか?母親から?」

「そうだ」

「そんな、どうして・・・」

 

愛ちゃん先生からすれば、夫が交通事故で死んだのなら、母親が娘を支えるのだろうと思っていたのだろう。

それは他も同じなようで、ハジメグループ以外は困惑の表情だ。

 

「ここからは推測も混じってくるんだが、中村の母親は少しいいところのお嬢様みたいで、家の反対を押し切って結婚したらしい。だからか、ずいぶんと旦那さんにべったりだったそうだ」

 

どうして俺がここまで知っているのかはこの際置いておくとして、当時の中村家のご近所さんからきいた話だ。あながち間違いということもないだろう。

 

「その結果、自分の娘を夫の仇みたいに扱ったんじゃないかって考えている。『お前のせいで死んだ』みたいな感じでな」

「そんな、どうして・・・」

 

これに天之河も信じられないみたいな感じで呟くが、これも俺が諭す。

 

「中村の母親ってのは、親になるには脆い、あるいは弱い人間だったってことだ。数年後には、他の男を家に連れ込んでべったりするくらいにな」

 

これには、ご近所もいろいろと不審に思ったようで、その男の態度や風貌もあって不安だったようだ。その男が暴行未遂で捕まったのも、そのご近所が通報したかららしいし。

 

「それで、児童相談所が虐待の疑いがあるとして捜査に行ったんだが・・・」

「どうだったんですか?」

「ずいぶんと、仲のいい親子だったらしい」

 

愛ちゃん先生の控えめの問い掛けに、俺は簡単に答える。

そう、調査の段階では、とても仲睦まじい様子だったという。

 

「そうか、なら・・・」

「ただ」

 

そこで天之河が「やっぱり虐待なんてなかったんだ」的なご都合解釈をする前にぶったぎり、追加の情報を加えた。

 

「母親の方は、ずいぶんと怯えていたらしい。自分の娘に対してな」

「え?それはどういうことですか?」

「さぁな。あるとすれば、中村の方から仲のいいふりをしたってことなんだろうけど」

 

あくまで、俺がわかっているのは客観的に何があったかだけだ。詳しい事情なんて、わかるはずもない。

 

「そんな、いったい何のために・・・」

「ここからは多分に俺の推測が含まれるが、中村がああなった原因は、天之河、お前にあると思う。っていうか、それくらいしか考えられないぞ」

「え?」

 

俺の考えた推測に、当の本人はアホみたいな表情でぽかんとした。

 

「なんだ、あそこまでされといて、自分は無関係だとでも思っていたのか?」

「そんな、でも、俺と恵里はなにも・・・」

「そんなんだから、恵里が壊れたんじゃないのか?これはあくまで俺の想像だが、中村が自殺しようとしたところに出くわして、『俺が守ってやる』みたいなことでも言ったんじゃないのか?」

 

もちろん、証拠なんてない。

だが、中村を調べるにあたって、関係しているであろう天之河のことも軽くだが調べた。

そこで、天之河のカリスマや正義感などを知り、その時点で嫌悪感がマックスだったのだが、それは今は置いておくとして、

 

「もしそうだとすれば、言葉を間違えたな」

「なんだって?それのどこが悪いんだ?」

「中村は、父親が死んでからずっと1人だった。母親からは罵られ、虐待され、あげくに連れ込んだ男に凌辱されそうになった。そこまでされても、誰も助けてくれなかった。それで自殺を考えた女の子に、『俺が守ってやる』なんて言ってみろ、どう考えても落ちるだろ」

 

いったいどこの漫画のご都合展開だと思うが、境遇と状況から考えて、これが妥当ではあるだろう。

ただ、その後が問題だった。

 

「だが、お前は中村を1人の女の子ではなく、その他大勢の1人として扱った。中村の中ではこれから自分が幸せになるストーリーを夢想したのかもしれないが、お前の中ではすでに終わった物語の内の1つでしかなかった。中村がそれを自覚した結果、守るって約束を破られたと思って壊れた。だいたいこんなところじゃないか?」

「そんなっ、俺は・・・」

「ねぇ、1ついいかしら?」

 

俺の結論に天之河が反論しようとしたが、その前に八重樫が天之河をさえぎって質問した。

 

「なんだ?」

「どうして、そのことを話そうとしなかったの?言ってくれれば、もしかしたら防げたのかもしれなかったけど・・・」

 

たしかに八重樫の言う通り、俺が誰かにこのことを話していれば、今回のような事件を防ぐことができたかもしれないだろう。

ただ、俺にも言えなかった理由がある。

 

「早い話、確定的な証拠がまったくなかったからだ。中村は基本的に尻尾をつかませようとしなかったし、言ったところで誰が信じてもらえるかわからなかったからな。ぶっちゃけ、八重樫でも気づかなかった時点で、他の誰が気付いていると思ってるんだよ」

 

俺が最初に気づいたのも、その瞳の奥に違和感を覚え、結果としてそれが過去の俺と同じものだったからだ。他の誰かに理解できるはずもないだろう。

 

「一応、中村に()()()()らしき女子に当たりをつけて接触しようかと思ったんだが、相手がそれどころじゃなかったらしいし、どのみち証拠らしい証拠もなかったからな」

 

中村が他の女子を破滅させた手口はなかなかに巧妙で、いっさい証拠を残さず、かつ確実に相手の精神や立場を壊していた。仮に会えたとしても、どれだけ話してくれたかは疑問だ。周りの話を聞く限り、よっぽどひどくやられたらしく、話を聞けない人もいたほどだ。

 

「それに、俺が余計な行動を起こした結果、中村が大胆なことをしないとも限らなかったからな。慎重にならざるを得なかった。とまぁ、ここまでが俺が知る限りの中村の真相だが・・・ティア、とりあえず話を聞くから、そのジト目をやめてくれ」

 

途中あたりから、背中に冷や汗をかきながら説明していたぞ、俺は。

一応、ティアがなににムスッとしているかは、なんとなく想像がつく。

 

「・・・なんで、そんなにナカムラエリのことを調べたの?」

 

これもある意味、当然の疑問だろう。他のクラスメイトや愛ちゃん先生も考えることは同じだったようで、俺に無言の問い掛けを行ってくる。

別に、たいした理由ではないんだが。

 

「それが、俺の“仕事”だったからだ」

「仕事?」

「俺と親父で決めたことなんだがな、俺が個人で個人情報も含めた調査を行う場合、その内容を“仕事”として報告することにしてるんだ。そうすることで、ちゃんと責任を持てるようにってな」

 

プライベートの情報というのは、きわめてデリケートなものだ。一歩間違えれば、相手を破滅に追いやることもありうる。

だからこそ、“仕事”ということで責任感を持たせ、軽い気持ちで個人情報をあさらないように戒めるのだ。

俺の説明に、一応全員が納得してくれた。

 

「んじゃ、中村についてはこれくらいでいいな。あぁ、ここで俺の昔話は却下な。長いしめんどいし、意味もない」

 

とりあえず、八重樫がそれを聞きたそうにしているのを察して、あらかじめ釘を刺しておく。

八重樫はこれに口をつぐんだが、すぐに気を取り直して次の質問に入った。

 

「それじゃあ、あの日、先生が攫われた日に、先生が話そうとしていたことを聞いてもいいかしら?それはきっと、峯坂君たちが神代の魔法なんてものを取得している事と関係があるのよね?」

 

まぁ、それもちゃんと話しておこう。もともと、愛ちゃん先生が話すつもりだったらしいし。

ただ、これだとどのみち、面倒なことになりかねない、いや、ぜったいに面倒なことになる。

はてさて、どうしたものか。

まぁ、なるようになるしかないわけだが。

とりあえず、ここからは愛ちゃん先生が主体になって、大迷宮で知ったあれこれを話してもらおう。

そうすれば、まだ穏便に済むはず、だと思いたい。




「・・・そうか、すまないな、変なことを聞いて」
「いえ、これくらいなら・・・でも、どうしてこんなことを?」
「そうだな・・・あえて言えば、仕事だな」
「仕事、ですか?」
「あぁ、これは、俺がやるべきことだからな。だから、俺にやれることをやるんだ」
「そう、なんですか」
「あぁ。じゃあ、世話になった。また縁があったらな」
「はい・・・かっこよかったな、あの人」

実は、中村調査の最中に増えたファンもけっこういる。

~~~~~~~~~~~

今回は、ちょっぴり、というかけっこう早めの恵里説明会になってしまいました。
そして、長くなったので前後編にわけました。
今回、説明の最中にほとんどハジメがでてきませんでしたが、どうで興味0なんですし、別にいいですよね、これくらい。

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