「・・・」
「・・・」
(・・・気まずいわ)
それが、雫がティアと向かい合った最初の感想だった。
簡単に言えば、ティアが雫に対して敵意を向けており、それに心当たりがない雫がどうしたものかと困っている、という感じだ。
オルクス大迷宮で会ったことはあるが、その時はほとんど会話をしていない。というより、その時点でそこそこティアに敵意を向けられており、仲良く会話などとならなかったというのが正しいが。
「・・・そ、それじゃあ、ティアさん、今から教えるから」
「・・・わかったわ。よろしく頼むわね、ヤエガシ」
口ではそう言っているが、どこからどう見ても不承不承といった様子だ。言葉遣いも、剣と比べてだいぶぶっきらぼうで、あまり好意的には感じられない。
(私、何かしたかしら・・・?)
頭の中で疑問符を浮かべながらも、雫は剣に言われたとおりにティアに指導を始めた。
そして、教える中で思ったのが、ティアにはなかなかセンスがあるということだ。
ツルギの話では天職を持っていないと聞いたが、まるで水を吸うスポンジのように教えたことを吸収していく。本当に天職がないのか疑問に思うくらいだ。
ただ、言葉も発さずに黙々とこなしているのが、どことなく怖い。
そして、指導を始めてから少し経ったとき、ティアの方から口を開いた。
「・・・ねぇ、少しいいかしら?」
「えっと、なに?」
「ヤエガシは、ツルギのことをどう思っているの?」
「どうって・・・単純に、クラスメイトで恩人、としか」
少なくとも、雫は本気でそう思っていた。
ただ、他よりも意識することが多くなったというか、ちらちらと視線をツルギに向けることが多くなったが、それでも雫はあくまでクラスメイトとか恩人だと思っている。
それに対し、ティアはジッと雫の目を見て・・・とりあえずは納得したのか、引き下がった。
「そう、ならいいけど・・・」
雫もティアが引き下がったことにホッとしつつ、指導を再開しようとするが、再びティアから問いかけられた。
「でも、よかったの?私の面倒を見てくれて。ヤエガシは、
どことなくツルギのことを強調しているようにも聞こえたが、そこはあえてスルーして、その問いに曖昧な笑みを浮かべて返した。
「まぁ、峯坂君の言うことにも一理あったし、それに、こういうのはいつものことだから。こんなの慣れっこよ」
「・・・そう」
この返答に、ティアは今度は雫に気づかれない程度のため息をついた。
この雫の言葉と表情で、ティアはなんとなく雫という人間をなんとなく理解した。同時に、ツルギがやたらと気にかけている理由も。
雫は、自分の気持ちを押さえつけている。それも、必要以上に。こういう人種は、そう遠くないうちに壊れてしまうだろう。
ツルギは必要ならクラスメイトでも容赦なく切り捨てるくらいには容赦がないが、できる範囲であればできるだけ気にかけ、フォローを入れる程度には優しさを残している。
そんなツルギなら、雫を気にかけるのはある意味当然と言えば当然だろう。
だからといって、それを認められるかどうかはまた別問題であって、
「・・・ねぇ、ヤエガシ。よければ、手合わせしない?」
「え?それくらいはいいけど・・・」
ティアもツルギから戦いを学んでいた身だ。拳を合わせれば、相手のことはだいたい理解できる。
ティアはそう言って拳を構え、雫も重心を低く構えた。
「・・・しっ!」
最初に仕掛けたのはティアだった。
ティアは最短距離の短期戦を狙い、足のばねを利用して爆発的な勢いで突撃した。もちろん、魔力操作による強化はしていないが、それでも常人には残像すら映らないだろう。
だが、
「ふっ!」
雫は見事にこれに反応し、合気道の要領でティアの勢いを受け止め、受け流し、その力を利用してティアを投げ飛ばして地面にたたきつけられた。
ティアはすぐに立ち上がろうとするが、その前に雫に関節を極められてしまい、取り押さえられてしまった。
「・・・負けたわ」
「ふふっ。これで、私の一勝ね」
ティアは悔しそうにうめき、雫は余裕の表情でほほ笑んだ。
内心では、ティアはこうなるかもしれないと考えてはいた。
ツルギをして、剣術だけで見れば同じくらいの実力があると言ったのだ。
同じ条件下でツルギに勝ったことのないティアが、雫に勝てる可能性の方が低いのは当然であり、思った通りになってしまったのが悔しかった。
だからといって、雫の方も見た目ほど余裕というわけではない。
元々雫はスピードアタッカーであり、筋力のステータスではティアに大きく劣っている。一番高い俊敏だって、ティアの半分ほどしかない。重心から突っ込んでくるのはわかっていたから、なんとか受け流すことはできたが、一歩間違えれば肩を脱臼する可能性もあった。それもあって、今の雫の内心は冷や汗がダラダラと流れている。
とはいえ、雫の勝ちであることには変わりない。
それに、今の一戦で収穫もあった。
ティアは雫の手を借りて立ち上がりながら、雫はティアの手を握って立ち上がる手助けをしながら、それぞれ手ごたえを感じていた。
ティアは、自分の身に付ける新しい力に。八重樫流のような“柔”の技こそが自分に足りないものであり、それを身に付ければさらに強くなれると。
雫は、自分や光輝よりもさらに上のステータスの手ごたえに。この感覚を身に付ければ、必ず大迷宮攻略に役に立つと。
互いに磨きあっていけば、さらに強くなれると。
「これからよろしくね、
「こちらこそよろしくね、
気付けば、無意識のうちに名前と呼び捨てで呼び合ったことに気づき、クスリとほほ笑み合った。
不意に揃ってツルギの方を見てみると、ちょうど“剣様専属メイド会”の面々にスカートをたくし上げさせるという、セクハラにしか見えないことをやらせている場面を目撃し、思わず殺気混じりの視線を向ける。
そして、また互いに同じ行動をしていたことに、今度は揃って苦笑した。
「それじゃあ、続きを始めましょうか」
「えぇ、そうね」
先ほどとは違い、今度は穏やかな空気の中で、2人は鍛錬を再開した。
* * *
「よし、今回はこれまで!夕食の後にまた続きを始めるからそのつもりで!それまでは各自、自由行動とする!」
「「「「「はい!ありがとうございました!」」」」」
訓練も一段落し、とりあえずは解散とした。
さて、この後もやることは山済みだが、まずは・・・
「2人とも、調子はどうだ」
「あ、ツルギ」
「峯坂君。お疲れ様」
俺は意を決して、八重樫とティアに話しかけた。
とりあえず、遠目で見た感じは割と打ち解けていた感じだが・・・。
うん、よかった、最初のギスギスとした感じはしない。いやまぁ、ティアが一方的にギスギスしていただけなのだが、どうやらちゃんと打ち解けたみたいだ。
よし、確認すべきことは済ませたから、
「そうか、よかった。んじゃ、俺はやることがあるから、これで」
「ちょっと待ちなさい」
「いろいろと聞きたいことがあるのだけど」
さっさとこの場を離れようとしたが、その前に肩をガッ!!されてしまった。
振り返ってみれば、ティアと八重樫が笑顔で佇んでいた。だが、目が笑っていない。
なんだよ、打ち解けたどころか意気投合してんじゃねえか。
いや、余計ないざこざがなくなったのは嬉しいが、また別の問題が生まれているし。
イズモに助けを求めようとしたが、イズモには天之河たちの面倒を頼んでそっちにいるし、そもそもティア側につくのは確実だ。
であれば、俺の取れる手段は1つ、
「悪い、マジでこの後にも予定があるから」
「予定って、どんな?」
「姫さんとハジメを交えて今の王都の話を少しと、あとハジメに必要な数の武器の製作を頼まなきゃいけない」
俺の言ったことは本当だ。姫さんとの話し合いはともかく、ハジメへの武器製作依頼は時間が限られているから、なるべく早く済ませた方がいい。
もちろん、逃げるための言い訳も少しは含んでいるが。
「・・・そう、ならわかったわ」
「詳しい話は後ね」
とりあえず、2人は引き下がってくれた。ただの延命措置にしかすぎないだろうけど。
それに、問題はべつにもある。
「それじゃあ、まとまった時間が空くのはいつくらいになるかしら?」
「今から話し合いして、スケジュール組んで、夕食の後にも鍛錬を入れるから、その後だな。まぁ、その前後にも最中にも、問題は山済みだが」
そう言いながら、俺は拳銃を生成して抜く手を見せずに撃った。
「きゃうん!?」
すると、遠くの方から軽く悲鳴が聞こえてきた。
見てみれば、そこには甲冑を身に付けた女性騎士の姿が。
そして、八重樫もその姿を見て顔を引きつらせる。
「あの人、まさか・・・」
「ツルギ、問題って、あれのこと?」
「厳密には、あれだけってわけじゃないけどな。すでにうじゃうじゃいるぞ」
さりげなく周りを確認してみれば、そこかしこに俺を見張っている目が。そして、その視線にそこはかとなく邪なものを感じる。
というわけで、
「全部黙らせておこう」
周囲にマスケット銃を生成し、一斉掃射して俺を見張っている全員を一瞬で黙らせた。
ちなみに、放ったのは風の弾丸だ。当たっても痛いだけで死にはしないし、物証も残らない。
「ツルギ、さっきのってなにかしら?」
「アンナが言ってた“義妹結社”のやつらだろう。ったく、今王都はどこもかしこも大忙しじゃないのか?」
“
前にアンナからいざこざを起こしたと聞いてはいたが、本格的に俺に照準を合わせてきたか。ったく、めんどくせぇ。
「・・・ツルギを狙っているのなら、処す?」
「いや、どうせ個々の実力はそんじょそこらと変わんねえし、どうってことはない。まぁ、ゴキ並みの数と生命力だから、一度に相手するのは面倒だが。あいつら相手だと、王宮の中とか、姫さんの近くでも安心できないってのが、つらいところだな」
「なら、どうするの?」
「どうもしない。適当にあしらっておけば、騎士団長殿がなんとかしてくれるだろ。苦労痛み入るよ、ホント」
おそらく、騎士団長のお腹と頭はピンチになるだろう。
そこに、八重樫が心底申し訳なさそうに謝ってきた。
「ごめんなさい。私がなんとかできればいいのだけど・・・」
「気にすんな。幸か不幸か、あれの相手は日本でも経験済みだからな。どうってことはない。だから、これ以上増やさないようにしてくれると助かる。お前の世話焼きをいまさらどうこう言うつもりはないが、それでも、その行動が被害者を増やすことにつながりかねないってことは承知しておいてくれ」
「・・・善処するわ」
「んじゃ、俺はそろそろ行ってくるから」
「・・・えぇ、気を付けてね」
ティアが微妙な表情で見送ったのが、どことなく印象的だった。
とりあえず、今はやるべきことを済ませよう。“義妹結社”について考えるのはその後でもいいし、明日には王都をでるわけだし。
* * *
道中、案の定“義妹結社”のやつらに襲われて、全部返り討ちにして、ハジメと姫さんと合流した。ユエと香織も一緒にいたが。
途中、キレイに初恋を散らして泣きながら走り去っていくランデル殿下も見かけたが・・・俺からは何も言うまい。最初から負け確だったのはわかっていたことだし、失恋だって立派な青春だ。いい経験になっただろう。
それで、ハジメが姫さんを適当に扱いながらも、とりあえず王都に流した噂の件について話をした。
王都に流した噂とは、大まかに言えばこんな感じだ。
エヒトの名を騙る悪神が戦争を望んで、教皇たちを洗脳して王都侵攻を引き起こした。
神に遣われた愛子様が状況を憂いて自ら戦場に赴いた。
教皇たちは命を尽くして神の使徒と戦い、その果てに死亡した。
王都を守るために、愛子様の剣が光となって降り注いだ。
別に嘘は言っていない。だいたいは合っている。
これを、後日の追悼式のスピーチで愛ちゃん先生の口から言うことで、だいたいは終わりだ。
こうすることで、悪エヒトと善エヒトの2種類がいると錯覚させ、“豊穣の女神”こと愛ちゃん先生を後者の味方と認識させることで心に楔を打ち込み、自分の中で区別をつけて安易に誘導されずに自分で考えることができるだろうともくろんだ。
これで、今まで自分が信じていたものが幻想だったと知ることによる集団パニックを抑えることができ、また将来に起こりうる神との戦いにおいて反抗の火種になる可能性もある、というわけだ。
ちなみに、この原案を考えたのはハジメだ。最終的には主に姫さんが推敲して国民に説明した、という形だ。
ウルの町でも思ったことだが、ハジメはなかなかに扇動家の才能がある。ウルの町のときだって、俺はあくまでハジメの勢いに乗っただけだ。
この辺りは、さすがは中二病といったところか。本人は否定しそうだが。
あと、神の真実は他の王宮の一部の上層部や生き残った元神殿騎士(主にデビッドら愛ちゃんの護衛騎士)にも説明している。最初は多かれ少なかれショックを受けていたが、しだいに状況を飲み込んでいったから、とりあえずは大丈夫だろう。
軽い話し合いも終え、ハジメに武器の製作も頼んだ俺は、少し時間を持て余した。話し合いが思った以上に早く終わったからだろう。
別に、さっさとスケジュールを組んでもいいのだが、時間があるなら済ませておきたいことがあったから、王宮にあった花瓶から1つ花を拝借して、ある場所に向かった。
そこは、神山の岩壁を利用して作られた忠霊塔だ。ここには、今回の騒動で亡くなった人の名前が刻まれ、遺品や献花が備えられている。そこには、メルドさんの名前も刻まれている。一応、檜山と近藤も。
余談だが、中村の傀儡兵にかけられた魔法を解除して無力化したことで死体はきれいに残ったため、戦死者の確認が少し楽になったと姫さんから礼を言われた。まぁ、あれら以外にも死者は大勢いるから、本当に微々たるものだろうが。
そんなことを考えながら忠霊塔にたどり着くと、すでに先客がおり、跪いて手を合わせていた。
そこにいたのは、
「アンナか」
「ツルギ様」
俺が声をかけると、アンナは立ち上がって振り向き、一礼した。
「ツルギ様も、追悼しに来られたのですか?」
「あぁ、メルドさんにな。アンナは・・・父親か」
「はい・・・」
今回の戦死者には、兵士たちはもちろん、中村によって殺された国王や重臣たちもいる。エリヒド王の側近だったアンナの父親も、今回の騒動で亡くなったようだ。
俺は献花台に花を供えてから黙祷し、目を開けてからアンナに話しかけた。
「・・・今回の騒動、アンナはどう思っている?」
「・・・やっぱり、悲しいです。それに、最後に話したのは、ツルギ様たちが異端認定されたあの会議なので、やりきれない思いもあります」
そう言えば、俺とハジメの異端認定に反対して、次第に敵に向けるような視線で見られたって言ってたな。たしかに、親子の別れとしては、あまりいいものではないだろう。
・・・とりあえず、周りには誰もいないし、ここで話しておくのもいいか。
「・・・アンナ。ここだけの話なんだがな、仮に国王やお前の父親も含めた重臣が生きていたとして、必要なら俺が殺すつもりだった」
「えっ?」
俺のカミングアウトに、アンナが思わずといったように俺の方を見た。
「アンナや姫さんから話を聞いた限りじゃあ、国王とかはすでに手遅れみたいだったからな。魔人族とか悪エヒトのせいにして、暗殺するつもりだったんだ」
「そんな、どうしてですか?」
「これは七大迷宮で知ったことなんだがな、エヒトは神の使徒を通して、国や教会の上層部に干渉して戦争を起こさせるんだ。だから、あの時に魔人族が侵攻してこなくても、近いうちにこっちから戦争を仕掛けただろうし、仮に今生きていたら、逆に魔人族の領土を侵攻しただろう。それは避ける必要があった。もしそんなことになれば、クラスメイト全員の意志に関係なく戦いに参加しろってなって少なからず死ぬ奴が出るだろうし、俺たちの大迷宮攻略にも支障がでただろう。だから、そうなる前に殺すつもりだった。そういう意味じゃあ、中村のおかげで手間が省けたとも言えるな」
「そう、ですか・・・」
中村からすれば、あくまで魔人族との契約の一環だっただろうが。
俺の告白に、アンナは何かを考えるようにしてうつむいた。
「お前たちは、俺を慕っているみたいだがな、俺はこういう人間だ。必要なら、人殺しもためらわない。相手が誰であろうとな。だから・・・」
「いえ、もう大丈夫です」
俺はさらに言葉をつのろうとしたが、その前にアンナに止められた。
アンナは俺に向かい合ったが、その目にはたしかに力を宿していた。
「大丈夫って、なにがだ?」
「ツルギ様は、何も恐れることはありません」
それは、ある意味では俺の核心に触れる言葉だった。最近、自分は隠し事が苦手だと自覚し始めたが、まさかアンナ相手でもそうなのか?
「私たちは、そうすることでツルギ様の知り合いや大切な方々を守ろうとしているのだと理解しています。その上で、ツルギ様を慕い、仕えることを望んでいるのです。ツルギ様が決めたことなら、私たちはそれに従います」
「・・・ったく、俺にはもったいないや」
「そ、そんな、ご滅相もないです!ツルギ様は・・・」
「あ~、わかったわかった。とりあえず、お前の言いたいことは理解した。だから、夕食後は厳しくいくぞ。他にも伝えておけ」
「っ、はい!わかりました!」
そう言って、アンナは王宮の方へと走っていった。
それを見届けながら、ポツリと呟く。
「・・・あそこまで信頼されてるなら、俺もちゃんと応えなきゃな」
王都を発ったらその後のことはわからないが、彼女たちなら悪いようにはならないだろう。
それを考えながら、俺もスケジュールを考えながら王都に戻った。
「・・・もふもふ」
「・・・もふもふ」
「のう、お主らよ。仲が良いのはいいのじゃが、離れてくれぬかの?」
「「いや」」
「・・・やれやれ」
ティアの紹介でさっそくイズモの尻尾に取りつかれた雫と、それに若干困っているイズモの図。
~~~~~~~~~~~
今さらになって、口調の差別化ができてねえじゃん、と頭を抱え始めました。
いやまぁ、その分キャラに差をつけてるからいいかな?とも思うんですが。
でも、やっぱりちょっとわかりづらいと言うか、執筆に困ってきた部分もあるので、どうしようかなと。
直そうと思ったら、だいぶ書き直す必要があるので。
なので、もし「やっぱりわかりづらい!」という人が多かったら、キャラの口調を大幅修正しようかと考えています。
実行するかはまだ未定ですが、もし意見をもらえたらと思います。
さて、雫とティアのがっつり修羅場を期待された方もいらっしゃいましたが、平和めに解決させました。
とりあえず、親友兼ライバルな感じで通していこうかなと。