「「「「「・・・・・・」」」」」
パル君から事のあらましを聞いたのだが、その後のブリッジは静寂に包まれていた。
今のところ聞いたのは、フェアベルゲンに魔人族が襲ってきた、ということだ。
真の大迷宮の攻略に躍起になっている魔人族は、当然のようにハルツィナ樹海に進攻した。
本来なら亜人族と樹海の魔物以外は霧の影響を受けて方向感覚を狂わされるのだが、魔人族はそれを変成魔法によって強化した魔物によって乗り越え、フェアベルゲンにまで進攻するに至った。
これに対し、長老衆はやむなく口伝を魔人族に話すことでこれ以上の戦闘をやめてもらおうと交換条件を出すことに決め、魔人族に対して提案した。
だが、魔人族も人間と同じく、亜人族を神に見放された種族として見下している。いや、人間族と比べれば、むしろ憎悪を抱いているレベルと言ってもいい。
さらに、交換条件とはあくまで
結果、その提案は魔人族の怒りにふれ、亜人族を狩り尽くさんと言わんばかりに攻撃を始めた。
最初はなんとか抵抗できたが、魔力を持たない亜人族が神代魔法によって強化された魔物に敵うはずもなく、兵士団が全滅するのも時間の問題だった。
そんな中、以前俺たちにちょっかいをだしてきた熊人族のレギンが、最後の手段に出る。
それは、ハウリア族に助けを求めるというものだ。
たしかにハウリア族は、暴走状態だったとはいえ熊人族の集団を蹂躙するほどの実力を持っていた。手段としては適切と言える。
ハウリア族はその頼みを聞き入れた。もちろん、フェアベルゲンの危機だからではなく、魔人族が大樹に手を出そうとしたからだが。
そして、ハウリア族は魔人族を殲滅するために出陣した。
ここまでは、亜人族の悲惨な事態に誰もが痛ましそうにしていたのだが・・・この後が問題だった。
たしかに、ハウリア族は魔人族と従えていた魔物を殲滅していったのだが、その方法が方法だった。
挑発はもちろん、攪乱、奇襲、闇討ち、不意打ち、だまし討ちまでなんでもあり。卑怯も卑劣も嘘はったりもおかまいなし。部隊を率いていた将も、「一騎打ちを望むか?」と言っておきながら複数人に襲わせ、特殊催涙弾で詠唱を封じた上で首を斬り落とした。
これで魔人族の部隊は全滅した、というわけだ。
パルがここまでの話を終えるころには、すっかりブリッジの中はお通夜状態になっており、その感情の向く先は魔人族だ。
敵対しているはずの王国の人間でさえ、沈痛そのものの表情を浮かべている。
ましてや、同族であるティアはもはやグロッキー状態になっていた。
もちろん、魔人族の亜人族に対する態度に思うところはあったのだろう。事実、魔人族のしたことには怒りを覚えていた。
それでも、最後に受けた仕打ちには同情してしまい、パル君が話している途中で俺の胸に顔をうずめることになった。
そして、天之河たちも、ハジメのオルクス大迷宮や魔人族の王都侵攻の際のハジメの所業を思い出したのか、ハジメに対して様々な感情がこもった視線を向けた。どちらかといえば、ツッコミ要素が多そうだが。
「・・・おい、ハジメ。どうしてくれるんだよ、これ」
「本当ですよ、ハジメさん。私の家族、すっごい成長していますよ。それも、突き抜けた方向に」
「・・・自覚ないのか?シアもたいがいなんだが」
それだって、元はと言えばハジメとユエが原因なんだろうが。
シアも「家族と一緒にしないでくださいですぅ!」とハジメをポカポカと殴っているが、あながち間違ってはいないんだよな。
まぁ、それはさておき、そろそろ話を進めよう。
「で、それはあくまで現状の前段階の話だろ?」
「肯定です、兄貴」
魔人族を殲滅した後は、消費したブービートラップの補充とフェアベルゲンからのあれこれを避けるために、ハウリアの集落に引っ込んでいた。
もちろん、フェアベルゲンも負傷者の手当てや里の再構築にてんやわんやで、戦力もがた落ちだった。
魔人族の襲撃から3日経った、そんなタイミングだったのだ。帝国兵たちが侵攻してきたのは。
帝国兵たちは、この侵攻の際にフェアベルゲンが見えるところまで森を焼き払うという、とんでもない力技にでた。
この予想外の方法とてんやわんやな時に襲撃されたということで、フェアベルゲンは抵抗することもままならず、いいようにされてしまった。
「帝国兵の目的は、侵攻ではなく人さらいでした」
「人さらい?そこまで大規模なことをしておいて、侵攻ではなくあくまで今までと同じ人さらいってことか?」
「肯定です、兄貴」
「ふむ・・・となると、帝国にもなにかあったのか・・・あぁ、なるほど。帝国でも魔人族か、その魔物が暴れたってところか」
「えぇ、帝国兵の殿の部隊から尋問したところ、そのようなことを言っていました。相応の被害を受けたようで、『消費した労働力を補充する必要が』なんて言ってやがりました」
吐き捨てるようなパル君の言葉に、誰もが息を呑んだ。
特に、姫さんの動揺が激しい。まぁ、救援を求めようと思っていたら、相手も襲撃を受けていて、無茶をしてまで労働力の確保を行っている状況になっているのだから、当然だろう。
「なるほどな。『労働力の確保』なんて言ってやがるが、ゲスな欲望が隠せていないな。その様子じゃ、大して労働力にならない兎人族も相当攫われたんだろ?」
「えぇ、胸糞の悪ぃ話です」
愛玩奴隷として認識されている兎人族が、帝国でどのような結末をたどるかなど、想像に難くない。
フェアベルゲンに対して興味のないハウリア族も、さすがに同族の悲惨な未来を見過ごすことができず、部下のほとんどをフェアベルゲンの警戒に残しつつ、カムを中心とした少数部隊が帝都に乗り込んだ。
だが、帝都に到着して都内に侵入したところで、カムたちとの連絡が途絶えてしまい、合流場所にも姿を現さなかった。
カムたちの身になにか起きたと考えたハウリア族は、もはやじっとしていられないとさらにメンバーを選抜し、帝都に送り出した。その1つが、パル君の部隊ということだ。
そして、情報収集の最中に亜人族の奴隷を乗せた輸送車が他の町に向けて出発したという情報をつかみ、内情を調べるという意味も兼ねて奪還を試みた。
その最中に、俺たちがその場面を目撃して、今に至る、ということだ。
「にしても、魔人族はずいぶんとあちこちで働いているな。王国が本命だったのは間違いないだろうが・・・ご苦労なことだ」
「その様子ですと、兄貴。もしや、魔人族は他のところでも?」
ティアを慰めながらの俺の呟きに、パル君が反応した。
「あぁ。大迷宮だったり王都だったり、あちこちで暗躍していたな。まぁ、運悪く俺たちが居合わせて、ほとんど失敗しているが」
考えてみれば、魔人族にとって俺たちは疫病神もいいところだろう。
ティアはともかく、ハジメたちとは明確に敵対しているわけでもないのに、事を起こしているところに偶然俺たちが立ち寄り、邪魔だったからというだけで蹴散らされたわけだし。
ハルツィナ樹海の方でも、ハジメが残した影響だけでこのありさまだ。泣きたいのはむしろ魔人族の方かもしれない。事実、ティアは軽く泣いちゃってるし。
「とりあえず、だいたいの事情は分かったが、お前たちはこれから情報収集を続けるんだな?」
「肯定です」
「そうか。なら、ハジメ」
「あぁ。どうせ道中だ。捕まってたやつらは樹海までは送り届けてやるよ」
「ありがとうございます!」
ハジメの言葉に、パル君たちが勢いよく頭を下げる。
そんな中、シアは口元をもごもごしていたが、俺もハジメも気づいていた。何を言いたいかも含めて。
それでも、それはシアの口から言うべきことであるので、今は何も言わないことにした。
最後に、パル君たちからフェアベルゲンに残っているハウリア族への伝言を預かって、姫さんたち王国勢とパル君たちを帝国から少し離れたところで降ろした。
次の目的地はフェアベルゲンだが、まだ大迷宮攻略とはいかないだろう。そんな予感を抱きながらも、俺たちはフェアベルゲンに向かった。
* * *
「これはひどいな・・・」
ハルツィナ樹海に降り立った俺たちが最初に見たのは、広範囲にわたって炭化し、黒く染まった道筋だ。幅は100mほどで、それが奥まで続いている。
この惨状にティオと香織は表情を歪め、シアのウサ耳もしょぼんとへたれてしまっている。俺としても、さすがに環境蔑視の考えはあまり賛成できないから、いい気分ではない。
とはいえ、フェアベルゲンがむき出しになっているということはなく、ごく狭い範囲だが霧が立ち込めている。
「一応、フェアベルゲンまで燃やし尽くされたわけじゃないんだな」
「えぇ。疲弊していたとはいえ、さすがにフェアベルゲンに直接手がかかるまで気づかなかったわけではありません。少数の戦士たちが迎撃にでた時点で、彼らは樹海へ火をかけるのを止めたのです。おそらく、さらうつもりの私たちが炎にまかれて死んでしまうのを避けるためでしょう」
俺の疑問に答えたのはパル君ではなくアルテナだった。
他の亜人族も、おっかなびっくり俺たちについてきながら、ハルツィナ樹海に刻まれた傷跡を見て悲しそうにしていた。
「なるほど。フェアベルゲンまで進攻されたのは、魔人族との戦いの跡を辿ったからか?」
「はい。ですから、彼らも途中で気が付いたことでしょう。フェアベルゲンの現状に」
「本当に、泣きっ面にハチだなぁ」
最後のハジメの感想が、だいたいを物語っていた。
天之河たち辺りは怒りをあらわにしているが、だからといって何かができるわけでもない。
が、いちゃったのだ。怒りをあらわにして、かつ、なんとかできちゃう人物が。
「ねぇねぇ、ハジメ君、ちょっといいかな?」
「ん?なんだ、香織?」
ふと後ろを振り返ると、香織がなにやら美貌にやる気をみなぎらせてハジメに話しかけていた。
「ちょっとね、再生魔法を使おうと思うの。魔力なら大丈夫!今ならこれくらいの範囲、ババ~ンっとできる気がするの!」
たしかに、無限の魔力ではないとはいえ、今の香織の魔力量は膨大だ。それくらいならできるだろう。
だったら、後でやってもらうのもいいか。
「なに?再生魔法?たしかに、今の香織ならできるかもしれないが・・・」
「うん。すぐにやっちゃうから、ちょっと待っててね」
・・・ん?すぐにやっちゃう?
「おい、ちょっと待て!止めろ!」
「あ、こら待て、バカ!」
香織がやろうとしていることに気づき、俺とハジメでなんとか止めようとしたが、遅かった。
「“絶象”!」
魔法名とともに、本来の香織の魔力である白菫に神の使徒の銀の煌めきが混じった魔力が、瞬く間に樹海に広がっていき、傷ついた樹海を癒していった。大地が黒から緑に代わり、倒壊した木々が元の姿を取り戻していく。
亜人たちはもちろん、天之河たちからも驚愕で目を見開いている中、香織は「ふぅ」といい笑顔で汗を拭い、
「・・・香織のド阿呆」
ユエからの脛蹴りをもらった。ご丁寧に、ショートシューズのつま先を使った一撃だ。
「いたいっ!何するの、ユエ!」
「・・・周りを見ろ、ばかおり」
「周りってなにを・・・」
そう言いながら、香織は周りを見渡した。
そう、木々が生い茂り、周りが見えないほどの濃霧が立ち込めている樹海を。
「・・・」
「ったく、戦闘の痕を辿れば、楽にフェアベルゲンにまで行けると思ったんだがな・・・とりあえず、それぞれに案内してもらうとするか。イズモ、頼めるか?」
「あぁ、お安い御用だ」
イズモは俺の頼みに快くうなずき、先導を始めた。
ちなみに、香織はと言えば、顔を両手で隠し、穴があったら入りたいと言わんばかりにしゃがみこんでしまった。
樹海を元に戻したことで警戒心が薄れたのか、またはただ単に見かねただけなのか、亜人族の子供が数人、香織を慰めたが、むしろいたたまれなかった。
「香織、元気出しなさいよ。やったことはいいことなんだから」
そこに、八重樫が香織の隣にしゃがんでポンポンと頭を撫で、
「ただ、『神の使徒の力があれば、もうユエにばっかり活躍させないよ!見てみて、ハジメ君!私、こんなことできるようにもなったよ!役に立つよ!』って思っても、行動に移す前に少し考えましょうね」
「・・・うん」
やけに具体的に香織の心情を言い当て、慈しみの目で香織を見つめていた。
これに対し、坂上が引きつった表情でツッコミを入れる。
「いや、エスパーかよ。こっちの世界に来てから、雫の香織理解度がちょっと怖ぇんだけど」
「龍太郎くん。鈴ね、時々、すごい疎外感を覚えるんだ・・・」
「香織がハジメと一緒に行動して変わった、なんて八重樫は言っているが、香織が一度死んでからの八重樫の方がよっぽど変わってるよな。いや、進化していると言うべきか」
実際、ユエと香織が張り合っているときも、以前ならこめかみをぐりぐりしつつ止めていただろうが、今では「香織、強くなって・・・」みたいな感じでほろりと涙を流すことさえある。
香織に限って言えば、八重樫も十分残念な人になってしまったようだ。
「・・・イズモ、行こう。なんか、やけに疲れた」
「なら、時間があるときに私の尻尾はどうだ?疲れが取れるぞ?」
「・・・本当、イズモも変わったよなぁ・・・」
本当に、最近になってやたらと自己主張してくるようになった。
別に、それ自体が嫌なわけでもなく、ティアもあまり言及はしないからいいのだが、どことなく対応に困る。
どうやら、今のメンツでは、俺が八重樫と一、二を争う苦労人になっていそうだ。
「いや、でも待てよ?ハジメとユエもけっこう通じ合ってるよな。なんか、名前を呼んだだけで言いたいことがわかる熟年夫婦みたいな感じで」
「たしかに、言われてみればそうね」
「いや、それを言えばツルギとティアだって『ん』だけで会話を成立させてるときがあるだろ」
「別に、それくらいは必須スキルだろ?」
「そりゃあ、当然だな」
「・・・ついていけないですぅ」
「“特別”の座は遠いな・・・」
雫の様子を見て「そういえば珍しくもないか」と考えを改めたハジメとツルギの図。
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今回は短めにしました。
これ以上は、キリのいいところを探すとちょっと長くなりそうだったので。
さて、ありふれアニメ放送まであと半月、本当に楽しみですね。
まぁ、放送の時間帯によっては寝てしまうかもしれませんが。
翌日?当日?に朝一から大学の講義があるのに、徹夜するわけにもいかない、ていうかそもそも徹夜ができないので。
録画?できるようにしてないんですよねぇ・・・。
まぁ、それはそのときに考えるとしましょう。