一悶着ありつつも、俺たちはヘルシャー帝国帝都の冒険者ギルドについた。
中に入った最初の印象は、まんま酒場といった感じだった。
広いスペースに雑多な感じでテーブルが置かれており、カウンターは2つある。
1つはカウンターで女性が受付を担当しているのだが、今まで見た受付嬢と違って粗野な感じがにじみ出ており、こんなんでいいのかと思ったが、こんな環境の中におしとやかな女性を入れる方が危ないかと考え直した。
もう1つのカウンターは、まんまバーカウンターだった。昼間なのにすでに飲んだくれのおっさんたちがたむろしており、暇なら復興を手伝えよと思ってしまった。
中に入ったら、ここに来てからもう何回目かもわからない不躾かつ下卑た視線がティアやユエたちに向けられたので、俺とハジメでしょっぱなから殺気と威圧を放って黙らせた。
だが、さすがは軍事国家の冒険者と言うべきか、俺たちの殺気と威圧で気絶するような無様な連中はおらず、一気に酔いがさめたようで俺たちに警戒心を向けてきた。
そんな連中を横目に流して受付カウンターに向かったが、カウンターの受付嬢は他のギルドで見たようなにこやかさはまったくなく、気怠そうに、あるいはやる気なさそうに俺たちを見返して、「要件があるならサッサと言え」みたいな雰囲気を出していた。
ギルドの受付嬢がこんなんでいいのかと思わなくはないが、帝国ならこれくらいがちょうどいいんだろうと思うことにする。ブルックのキャサリンだって、肝っ玉系だったわけだし。
そんな思考は横に置いといて、今は必要な情報を聞き出すことにする。
「情報が欲しい。ここ最近で、帝都内で騒動を起こした亜人族がいたりしないか?」
「・・・」
俺の質問に、受付嬢は胡乱気な視線を向けた。
亜人奴隷の情報が欲しいなら、ギルドじゃなくて商会に行けばいい話だ。それに、ここでは亜人族はほぼ例外なく奴隷なわけだから、帝都内で騒動を起こす亜人族などいるはずがない。つまり、俺の質問はあり得ない可能性尋ねているのと同じだ。
結局、受付嬢は相手をするのが面倒になったのか、それとも正規の手続きなのかはわからないが、バーカウンターの方を指さし、
「・・・そういう情報はあっちで聞いて」
それだけ言って、視線を明後日の方向に向けた。
バーカウンターの方を見ると、そこにはロマンスグレーの初老の男がグラスを磨いている姿があった。どうやら、情報収集は酒場でやれというある種の決まりが守られているらしい。
俺は肩を竦めながらも、言われたとおりにバーカウンターに向かった。
途中で冒険者たちの値踏みするような剣呑な視線が突き刺さったが、それらは全部無視した。別に全部黙らせてもいいが、それで騒ぎを起こしたくもない。俺の後ろでは坂上が睨み返していたり谷口が怯えて八重樫の陰に隠れたりしていたが、問題を起こす気はないようなので気にしないことにした。
俺は、マスターらしき男性に先ほどと同じ質問をしたが、無視するようにグラスを磨き続けているだけだった。
俺がスッと目を細めると、
「ここは酒場だ。ガキが遠足に来る場所じゃない。酒も飲まない奴を相手にする気もない。さっさと出て行け」
そんな、どこかで聞いた事があるようなテンプレなセリフが返ってきた。
正直、この時点でいろいろとめんどくさくなってきたのだが、後ろからポンと肩をたたかれた。
「ツルギ。ここは俺にやらせろ」
後ろを振り向くと、そこにはハジメが立っていた。
だが、口ではそんなことを言っているが、その目はどう見てもうずうずしているようにしか見えなかった。
どうやら、自分がファンタジー系主人公になった気分で、このテンプレマスターさんとやり取りをしたいらしい。
まぁ、いつものように即射殺な感じではないし、断ってもめんどくさいことになりそうだから、任せることにしようか。すでに、過去の厨二ハジメが姿を現しているが、スルーしておこう。
「そうか。なら、頼んだぞ」
「おう」
そう言って、ハジメはマスターさんの前に陣取った。
「ねぇ、これでよかったの?」
「いっそ、やりたいようにやらせればいいだろ」
ティアからの小声の質問に、俺は投げやりに返す。こうなったハジメは、とてもめんどくさい。放っておいた方が吉だろう。
ちなみに、マスターさんは先ほどのやり取りに構わず前にでてきたハジメに、訝し気な視線を向けている。
「なんだ、酒も飲めないガキの相手はしないと言っただろう?」
「あぁ、もっともだな。ならマスター、この店で一番キツくて質の悪い酒をボトルで頼む」
「・・・吐いたら、叩き出すぞ」
マスターさんはハジメの注文に眉をピクリと動かすが、とくに断るでもなく背後の棚から一升瓶の酒を取り出してカウンターに乗せた。
ガキと言いながらもハジメの注文に従ったのは、おそらく冒険者たちの雰囲気から只者でないことを感じ取ったからだろう。
ハジメはボトルを手に取ると、指先でスッと撫でるように先端を切断した。その行為自体と切断面の滑らかさに周囲が息を呑むのがわかった。マスターですら少し目を見開いている。
ただ、封の開いた瓶から強烈なアルコールの匂いが漂ってきた。本当に、この店で一番キツくて質の悪い酒を出したようだ。この匂いから察するに、アルコール度数はウォッカの比ではないだろう。倍以上はありそうだ。というか、むしろ消毒液の域じゃないか?それも濃い奴の。
「な、南雲君?そ、それを飲む気なの?絶対、やめた方がいいと思うわよ?」
「そ、そうだよ。絶対、吐いちゃうって。鈴なんか既に吐きそうだよ」
「っていうかハジメくん、どうせ飲むならもっといいお酒にしようよ」
「香織さんの言う通りですよ、ハジメさん。どうしてわざわざ質の悪いのを・・・」
八重樫たちから、次々に制止の声をかける。傍らにいるユエですら、酒の匂いに眉をしかめながら袖をクイクイと引っ張っている。
これに対し、ハジメは、
「いや、味わう気もないのに、いい酒をがぶ飲みなんて・・・酒に対する冒涜だろう?」
これまたテンプレなセリフを吐いた。マジで楽しんでるな、こいつ。
そして、マスターさんがハジメの言葉に微笑みを浮かべてしまったものだから、どっちも俺の手に負えない。
そうこうしているうちに、ハジメは出された酒を流し込むようにあおり始めた。
すると、八重樫の方から俺に声をかけてきた。また救援を求めるようだ。
「ね、ねぇ、峯坂君、止めないの?明らかに人が飲むようなものじゃないと思うのだけど・・・」
「まぁ、味を無視すれば問題ないだろ。どうせ、“毒耐性”で酔わないからな」
そう、ハジメの技能には“毒耐性”があるので、意識に支障が出るレベルでなくてもアルコールは速やかに分解される。
ただ、ハジメはこのことを残念に思っているようで。ハジメは父親からおいしい酒の飲み方というのを伝授されているらしく、その影響で割と酒が好きな方ではある。
そんなハジメからして、全く酔えないというのは少し残念なことであるらしい。
「ていうか、ツルギは平気そうね?」
「まぁ、これぐらいならなんとか」
アルコール臭など、応急処置のアルコール消毒という意味でも、親父たちの飲み会の後始末という意味でも、わりと日常的なものだから慣れている。
それでも、親父やその部下は結構酒を楽しむ質なので、ここまでひどい酒を飲むことはめったにない。が、極々稀にアホみたいなアルコール度数の酒を仕入れてくることがあり、そのときの惨状はあまり思い出したくないし経験したくもない。
「・・・わかった、わかった。お前は客だ」
マスターさんはと言えば、話しているうちに酒をすべて飲み干して口元に笑みを浮かべているハジメに両手を上げて降参し、ハジメは〝情報通のマスターとの一幕〟を体験できて大変満足そうにしていた。ていうか、周りの冒険者も固唾をのんで見守っていたとはどういうことか。
とりあえず、質問はそのままハジメに任せることにした。
「・・・で?さっきの質問に対する情報はあるのか?もちろん、相応の対価は払うぞ」
「いや、対価ならさっきの酒代で構わん・・・お前たちが聞きたいのは兎人族のことか?」
「!・・・情報があるようだな。詳しく頼む」
どうやら、このマスターさんは相応の情報をつかんでいるらしかった。
話を聞くと、数日前に大捕物があったそうで、その時、兎人族でありながら帝国兵を蹴散らし逃亡を図ったとんでもない集団がいたという。しかし、流石に十数人で100人以上の帝国兵に帝都内で完全包囲されてしまっては逃げ切ることが出来ず、全員捕まり城に連行されたそうだ。
だが、兎人族の常識を覆す実力に結構な話題になっていたので、町中で適当に聞いても情報は集められたようだ。
「へぇ、城に、か・・・」
俺が情報を精査しながらちらっとシアを見ると、やはり顔色が曇っていた。
まぁ、帝都に侵入して捕まった亜人族の末路など、想像に難くない。
だが、処分ではなく連行されたということは、なんらかの価値を見出して生かしておくことにしたということだろう。
であれば、カムたちはまだ生きている可能性が高い。
ハジメもそれはわかっているようで、シアの手をそっと握り、反対側からもユエがシアの手をとった。
マスターさんはシアを見て興味深そうにしているが、そんなマスターさんに俺の方からふっかけてみる。
「それで、マスター。言い値を払うといったら、帝城の情報、どこまで出せる?」
「!・・・冗談でしていい質問じゃないが・・・その様子を見る限り、冗談というわけではないようだな・・・」
俺の方は真顔だが、ハジメは笑みを浮かべつつも目はまったく笑っていない。
俺たちの鋭い視線と圧力に、だがマスターさんは逡巡する。
あたりまえだろう。いくら冒険者ギルドが国の管轄外とはいえ、俺たちが要求しているものは国家反逆罪を疑われかねないものだ。
だが、このままマスターさんに逃げさせるということは俺とハジメが許さない。ここで返答を渋ったところで、碌な目に合わないのは目に見えている。
悩みに悩み、マスターさんのだした返答は、
「・・・警邏隊の第四隊にネディルという男がいる。元牢番だ」
他に情報を握っている人間を紹介することだった。二度手間にはなるが、十分な収穫だ。
「ネディルね。わかった、訪ねてみよう。世話になったな、マスター」
「次に来るときは、いい酒を飲ませてもらうとするよ」
かくいう俺も、酒が嫌いなわけではなく、むしろハジメと同じく好きな部類ではある。
酒が飲めるようになったら、ちゃんとおいしいお酒を頼むことにしよう。
そんなやり取りの後で、俺たちは冒険者ギルドを後にした。
そこに、シアが俺に話しかけてきた。
「あの、ツルギさん。さっき元牢番の人を紹介してもらったのは、もしかして・・・」
「あぁ、これから乗り込んで情報を聞き出すつもりだ。つっても、ハジメとユエにやってもらおうとは思っているけどな。そっちの方が早いだろうし」
「まぁ、そういうことだから、お前らはどこかで飯でも食って待っててくれ。2,3時間で戻るからよ」
俺の言葉とハジメの指示にシアたちはハジメとユエの2人だけというところに最初は疑問顔を浮かべたが、シアがまさかというようにハッ!となった。
「まさか、ユエさんとしっぽりねっとりする気ですか!?いつもみたいに!いつもみたいにっ!!」
「なっ!?そうなの、ハジメくん!?ダメ、絶対ダメ!こんな状況で何考えてるの!」
「むっ?ユエばかりずるいのぅ~・・・のぅ、ご主人様よ。妾も参戦してよいかの?」
「んなわけあるかっ!往来で何喚き出してんだよ。俺って、どんだけ空気読めない奴だと思われてんだ」
少なくとも、感極まったりその気になったら、場所を考えずにキスしたり実際にしっぽりねっとりするくらいには空気読んでいないだろ。俺とティアだって、それなりにTPOはわきまえているし。
ちなみに、邪推を向けられた1人であるユエは、頬を赤くして上目遣いでハジメを見ていた。
「・・・お外でするの?」
「いや、しないから」
「・・・じゃあ、何処かに入る?」
「いや、場所の問題じゃねぇから。そこから離れてくれ」
「むぅ、わかった。夜戦に備える」
「その夜戦は、帝城への侵入のことを言ってるんだよな?そういう意味だよな?」
ユエの悪乗りか本気かわからない言葉に、ハジメは冗談かどうかを念押しした。
「お、大人だぁ!同級生が凄く大人な会話しているよぉ。シズシズ、どうしよう!」
「・・・やっぱりそういう事してるのね・・・でも、香織はまだ?・・・どうしましょう?ここは親友として応援すべき?それともまだ早いと諌めるべき?・・・わからないわ。私には会話のレベルが高すぎる!」
後ろでは、心の中におっさんを飼っている谷口が顔を赤くして八重樫の影に隠れつつ興奮しているのはわかるが、八重樫が思わず「オカンか!」と突っ込みたくなるようなことを言っている。これじゃあ、まじで香織の保護者というか、オカンそのものだな。
そんなことを考えていると、ハジメの方から援護を求められた。
「ツルギ!お前からもなんか言ってやってくれ!」
「そうだな。説得力を持たせたかったら、グリューエン大火山の攻略の後に潜水艇の外でしっぽりねっとりするようなことはやめた方がいいとだけ言っておこう」
「ツルギ!?」
俺が簡単にお前の味方をするとでも思ったか?残念だが、これくらの爆弾は投下させてもらう。
案の定、ハジメの肩が後ろからガッ!された。
後ろを振り向けば、奴がいる。
「ハジメ君?どういうことかな?グリューエン大火山の攻略の後って、私たちがすごい心配したときのことだよね?そんなときに、お外でユエと楽しんでたんだ?私たちはすごい心配していたんだけど、そこのところどう思うのかな?かな?」
般若さんのスタンドをいつもよりもはっきりと見えるレベルで出現させた香織の笑顔は、とても怖い。目も単色になっているのが、余計に恐怖をあおる。
「なんと、ご主人様とユエは、すでに外で楽しんだ経験があると。もはやそこまでやっておったとは・・・ふむ、なら妾も・・・」
ティオはと言えば、なにやら神妙な顔でなにかを考えている。どうせ、どうやって外で羞恥プレイをさせてもらおうか考えているだけだろうが。
ちなみに、この場では俺とティアも船内でヤッたことに関してはスルーしている。俺たちの場合、ちゃんと防音とか諸々の対策をしたから、ノーカンだ。
と思ったら、俺の方も後ろからガッ!された。
後ろを振り向けば、奴がいた。
「・・・聞きたいのだが、その間、ツルギ殿とティア殿はどうだったのだ?」
背後に黒い炎を立ち昇らせているイズモが、的確に俺が考えてきたところを指摘してきた。
そうだ、イズモもこういうのには結構敏感だったのを忘れていた。
俺にまで余計な被害を出したくはないから、この話題はそうそうに切り上げておこう。
「無駄話はこれくらいにして、ハジメとユエの2人にしたのは、ネディルとやらが素直に情報を吐かなかった場合、丁寧な“お話”が必要になるからだ。方法が方法になるから、手慣れているハジメとユエにしてもらおうってだけだ」
「・・・そういうことなら」
俺の説明に、香織は渋々引き下がった。
再生魔法を使えるというだけなら香織でもいいのだが、ハジメとユエの“お話”は常人にはちょいと過激だ。香織にはまだ早いだろう。
それに、拉致って吐かせるのに大人数でいく必要もない。
一応、全員が納得したのを見てからハジメとユエが雑踏の中に姿を消そうとしたが、その前にシアが呼び止めた。
「ハジメさん!ユエさん!えっと、その・・・」
言いたいことがあるのだが、上手く言葉にできないといった感じで口ごもるシアに、ハジメは困ったような笑みを浮かべた。
そんなハジメに、シアも困ったような笑みを浮かべて届けた言葉は、
「エッチはほどほどに!」
「台無しだよっ!この残念ウサギ!」
いやまぁ、なぜかサムズアップを決めているユエを見たら、そんなことを言いたくなる気持ちもわからないではないが。
その後、結局俺は待っている間はイズモに当時のことをさんざん追及されて、機嫌を直すのに四苦八苦した。
最終的には、なぜか今夜からイズモも俺とティアの寝床で添い寝することになった。
まさか、これのために追求したとかじゃないよな?だとすれば、本当にイズモから遠慮がなくなっているんだが。
幸い、ティアが露骨に拒絶していないのが救いか。
「そういえば、ツルギさんはお酒は大丈夫なんですか?」
「日本じゃあ20歳未満は法律で酒は飲めないんだが、親父たちが飲み会しているところにはよく同席していたから、割と慣れているし興味もあるな」
「へぇ・・・あれ?お酒が飲めないなら、どうして峯坂君は同席しているのかしら?」
「早い話、後始末要因だ。もうべろべろに酔う奴もいるから、そいつの介抱したりとか、あとは粗相した後の後片付けもたまにやるな」
「大変なんですねぇ・・・」
「だから、俺が酒を飲むとしたら1人でゆったり飲みたいな」
ハジメたちが戻ってくるまでのほのぼの雑談の図(修羅場の後)。
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自分がいつも通っている本屋に行ったら、ありふれ10巻が前倒しで売られていたので、迷いなく買いました。
ドラマCD付ではないものの、とても満足です。
挿絵も、ちょうどいいところが抜粋されていて、とてもテンションが上がりました。
さらに、特典ssもあって、とてもよかったです。
これを書いていてアルコール度数の高いお酒を軽く調べてみたのですが、世界で一番アルコール度数の高いお酒はポーランドの“スピリタス”というお酒で、アルコール度数は96度だそうで。
現地でもガンガン割って飲むそうですが、ハジメ君はそのレベルのお酒をショットどころかボトルで一気飲みするという・・・。
“毒耐性”もってるハジメはともかく、現地の冒険者は果たしてこんなのを飲もうと思うのか、疑問ですね。