ヘルシャー帝国の帝都の一角にある、とある宿屋。その1階の食事処に、どこか冷たい空気が流れていた。
その発生源は、当然のごとく俺たち。厳密には、ハジメサイドだ。
ハジメとユエが戻ってきたと思ったら、なぜかユエがつやつやしており、反対にハジメはやつれていたのだ。これに、特にシアと香織が目からハイライトを消しながらハジメを見つめており、香織にいたっては再び背後に般若さんがステンバイしていた。ハジメも、恐怖からか冷や汗を流している。
「随分とお楽しみだったみたいですね?」
「ユエ、ツヤツヤだね?何をしてもらったの?ねぇ?何をしていたの?ねぇ、ねぇ」
まぁ、簡単に言えば、「情報収集に出かけておきながら、2人きりなのをいいことに何いいことしてんだ、ごらぁ!」というわけだ。
2人から発せられた抑揚のない声に、耐え切れなくなった隣の客たちがそそくさと店を出て行ってしまった。
天之河と坂上もさりげなく一緒に出て行こうとしたが、谷口が「逃がさん!」と簡易結界を神速展開したため、大人しく席についた。それにしても、見事な展開だったな、うん。
ちなみに、俺は別段仲裁するでもなく、その光景を眺めていた。必死に笑いを堪えながら。
シアと香織は2人がお楽しみしていたと
「・・・何を勘違いしているんだ。ユエがツヤツヤしてんのは俺の血を吸ったからだぞ?」
「「へ?」」
そして、2人の勘違いに気づいたハジメが呆れた様子で真実を伝えた。それを聞いたシアと香織は、2人そろって間抜け顔になった。
「まさか、本当にユエを抱いていたとでも思ったのか?俺は盛りのついた犬かよ。随分な評価じゃないか?えぇ?」
「あは、あはははは、まさかぁ~、私はわかっていましたよ。そうだろうなぁって。ね、ねぇ、香織さん」
「う、うん!もちろんだよ、シア。再生魔法は魔力の消費が激しいもんね。最初からそうだと思ってたよ」
ハジメのジト目と嫌味に、2人は視線を明後日の方向に向けながら必死に弁明した。
すると、ハジメのジト目が今度は俺に向いてきた。
「ツルギも、最初から気づいてただろ。どうして言わなかったんだよ」
「そりゃあ、面白かったのが1つと、あとは誤解を招かれたくなかったら相応の努力をしろってことだ。実際、盛りのついた犬どころか、問答無用で襲おうとする野獣になることだってあるからな」
ケラケラと笑いながらの俺の言葉に、ハジメはそっと視線を逸らした。どうやら、心当たりがあるらしい。
「それで?必要な情報は集まったのか?」
「あ、あぁ、まぁな」
「なら、今晩侵入してもらうとするか。メンバーは、気配遮断が使えるハジメとユエとシアでいいか。残りは帝都の外でパル君たちと待機だな。ハジメ、警備の方はどうだ?」
「やっぱ厳重そうだったが、カムたちを助け出したら空間転移で逃げればいいから、特に難しくもないな」
俺とハジメですらすらと今後の予定を決めていくが、そこに八重樫が懸念を投げかけてきた。
「それはわかったけど・・・そもそも、その情報は正しいの?ネディルって人が嘘を言っている可能性は・・・」
「そりゃないだろう。自分の股間が目の前ですり潰された挙句、痛みで気を失う前に再生させられて、また潰されて・・・というのを何度も繰り返したからな。男に耐えられるもんじゃない・・・洗いざらい吐かされた後、股間を押さえながらホロホロと涙を流すネディル君を見て、流石の俺も同情しちまったよ」
お前がやったんだろ!というツッコミは入れないでおく。すでに股間スマッシャーの異名が付けられているそうだから、今さらだしな。
八重樫は、香織を行かせなかったことにホッとしているようだった。
「なぁ、峯坂・・・今さらだが、シアさんの家族が帝城に捕まっているんなら、普通に返してくれって頼めばいいんじゃないか?今ならリリィもいるはずだし、俺は勇者だし・・・話せば何とかなると思うんだが・・・」
そこに、天之河が本当に今さらな質問をしてきた。
たしかに、勇者である天之河の言葉を、帝国は無下にはできないだろうし、姫さんも口添えしてくれるかもしれない。
だが、やっぱりこいつは肝心なところが見えていない。
「対価に何を払う気だ?」
「え?」
「まさか、ただでシアの家族を引き渡してくれるとでも思っていたのか?カムたちは不法侵入者な上に、帝国兵を複数殺したんだ。しかも、兎人族でありながら、包囲された状態から帝国にダメージを与えた異質な存在だ。それを無償で引き渡してくれるわけないだろ」
「それは・・・」
「十中八九、対価を要求してくるに決まってる。それも、足元を見た、どでかい対価をな。帝国にだって面子はある。タダなんてことはまずないだろう。他の亜人族を奴隷として差し出せってくらいは普通に言ってくるだろうし、最悪、姫さんの交渉にも影響が出かねないぞ?それでもいいのか?」
俺の正論に、一応天之河はたしかにと引き下がった。
だが、その顔は明らかに何かを考えこんでいた。どうせ、自分も何かしたいとか、そんなところだろう。
ハッキリ言って、それだけはやめてほしい。天之河が余計なことをしてこっちの予定に支障をきたすようでは、本末転倒もいいところだ。
ちらっと八重樫の方を見ると、八重樫も天之河の様子を見て「あ、これやばいわ」という表情になった。やはり、暴走の兆候があるらしい。
だが、これくらいなら俺も予想していたから、次善の策を用意している。
「そうだな。なら、天之河に1つ、頼みたいことがあるんだが・・・」
「っ!?なん・・・だって?峯坂が、俺に頼み?・・・あり得ない・・・」
・・・こいつが俺のことをどう思っているのかはさておき、どうやら食いついてくれたようだ。坂上や谷口もUMAを見るような目を俺に向けているが、なるべく苛立ちを表に出さないようにする。そんなに俺からの頼みはあり得ないのか、お前ら。
「あ~、いや、やっぱりいい。お前には危険だから頼めないな。すまない、今言ったことは忘れてくれ」
「ま、待てっ、待ってくれ!まずは何をして欲しいのか教えてくれ」
俺が悪いことを言ったという風に撤回すると、さらに天之河の方から食いついてきた。
よしよし、いい感じだ。
「いやな、帝城に侵入するといっても、警備は厳重過ぎるくらいに厳重だろう。だから、少しでも成功率を上げるために陽動役をやってもらおうと思ったんだよ。例えば、さっきの犬耳少年を助けるために暴れるとか、そんな感じな。だが、やっぱお前たちには危険だから、俺やティアでやることにしよう」
もちろん、警備が厳重とはいえ、ハジメたちなら問題ないだろう。そこまで必要なことではない。
ただ、提案できることがこれくらいしかなかったというだけだ。
すべきことがなくて暴走するくらいなら、いっそバカでもできる役目を与えた方がいいだろう。
「陽動・・・あの子たち・・・やる。やるぞ!峯坂!陽動役は任せてくれ!」
「おう、そうか。さすがは勇者だな・・・なら、ハジメ。あれを出してくれ」
俺がハジメに話を振ると、ハジメも俺の意図を察したようで、事前に作ってもらったやつを宝物庫から出してもらった。
ハジメが取り出したのは、それぞれ赤、黄、青、ピンクで色付けた、フルフェイスの仮面だ。
見た目はどこぞの某戦隊ものに見えなくもないが、細かな意匠が施され、視界や呼吸を遮らないように工夫もなされている。さすがはハジメだ。俺が望んだ通りの性能を再現してくれたようだ。実に無駄に洗練された無駄のない無駄な技である。
「・・・峯坂・・・これは?」
「見ての通り、仮面だ」
「・・・・・・なぜ?」
「そりゃあお前、勇者やその一行が素顔丸出しで暴れるわけにはいかないだろう。正体は隠す必要がある。そして、正体を隠すなら仮面が一番だ。古今東西、ヒーローとは仮面を被るもの。ヒーローとは仮面に始まり仮面に終わるんだ。ちゃんと区別がつくように色分けもしてあるだろ?」
「え?いや、いきなり、そんな力説されても・・・まぁ、確かに正体は隠しておいた方がいいというのはわかる。リリィの迷惑にもなるだろうし・・・でも、これは・・・」
天之河が、引きつった顔で仮面を見るが、俺は気にせずに天之河に赤、坂上に青、谷口に黄の仮面を渡していった。
そして、残ったピンクの仮面はもちろん、
「さて、八重樫。最後にだが・・・」
「峯坂君、まさかとは思うのだけど・・・」
「もちろん、残っているピンク、それがお前のカラーだ」
「嫌よっ!っていうか、仮面以外にも正体を隠す方法なんていくらでもあるでしょう?布を巻くくらいでいいじゃない!峯坂くん、あなた、確実に遊んでいるでしょ!」
はて?なんのことだかわからないなぁ。
それに、この仮面は伊達ではない。
「いいか?正体を隠すなら確実に、だ。この仮面なら留め金がついているから、ちょっとやそっとじゃ取れやしないし、衝撃緩和もしてくれる。さらに、重さを感じさせないほど軽く、並の剣撃じゃあ傷一つ付かない耐久力も持ち合わせているんだ」
「な、なんて無駄に高い技術力・・・で、でも、なんで私がピンクなのよ!」
どうやら、八重樫はピンクというかわいらしい色の仮面をつけることに抵抗があるらしい。
だが、これに関しては無用な心配だ。
「安心しろ、八重樫。お前が可愛いもの好きだということは、すでに俺たちには香織から知れ渡っている。何も恥じることはない」
「ちょっ、香織!?あなた、なにを話したの!?」
「えへへ、雫ちゃんの可愛いところだよ。お部屋がぬいぐるみでいっぱいだとか・・・」
親友のまさかの裏切りに、八重樫の頭上に“!?”のマークが飛び出た。
そして、親友の裏切りは止まらない。
「・・・そういえば、昔から動物も好きだったよな。特に、ウサギとかネコとか・・・小さくて可愛い感じの」
「!」
「ああ、シズシズの携帯の待ち受けもウサちゃんだったよね~」
「!」
「ゲーセンとか寄ったりすると、必ずUFOキャッチャーやるよな。しかも、やたらうめぇし」
「!」
「なるほど、それで雫さん、私のウサミミをいつもチラ見していたんですね?」
「!!!」
「私の尻尾にも、無我夢中で抱きついたりしたな」
「!!??」
次々と出てくるカミングアウトに、八重樫の“!”が止まらない。まぁ、今出てきたことは俺も全部知ってるけど。日本にいた時に、香織から聞いたし。
それはさておき、俺は優しい表情でピンク仮面を八重樫に差し出した。周りの視線も、優しくなっている。
「さぁ、受け取れ、八重樫。ピンク仮面は、お前のものだ」
「・・・なんなのよ、この空気・・・言っておくけど、私、ホントにピンクが好きなわけじゃないんだかね?仕方なく受け取っておくけど、喜んでなんかいないから勘違いしないでよ?あと、小動物が嫌いな人なんてそうはいないでしょ?だから、私が特別、そういうのが好きなわけじゃないから・・・だから、その優しげな眼差しを向けるのは止めてちょうだい!」
必死に自分が可愛いもの好きであることを否定しながらも、八重樫は律義にピンク仮面を受け取った。
「雫さんなら、少しくらいウサミミ触ってもいいですよ?」
だが、シアがこっそり耳打ちすると、デレっと相好を崩したのだから、無駄な努力だ。
ちなみに、この俺の仮面押しは、八つ当たりを兼ねたものだ。
天之河の暴走をコントロールするためというのもたしかにあるが、何よりハウリアからの痛い二つ名を言われた、言われそうになった時に笑われたのが、やはり許せなかったから、ここでそれを超える何らかの二つ名をつけてもらおうと画策したのだ。
俺の説明を受けたハジメも全面的に賛同してくれたおかげで、スムーズに事を進めることができた。
とはいえ、正体は隠しているから、あくまで噂としてささやかれるくらいだろうが、今はそれでも十分だろう。
ていうか、聖剣を持っている時点で正体がばれそうな気がしないでもないが、それに関しては深く考えないようにしておこう。
俺とハジメのせこい仕返しの意図を察したらしいティアとユエが呆れた視線を向けていたが、気づいていないふりをした。痛い二つ名をつけられた、つけられそうになった当事者の痛みは、当事者にしかわからないものだ。
「そういえば、もしシズクたちがこれを断ったら、ツルギはこれをつけて暴れるつもりだったの?」
「まさか。裏からこそこそ嫌がらせするだけに決まっているだろ。それに、断らないと分かっていての提案だったからな」
「本当に、念入りね・・・」
せこいことには努力と計算を惜しまないツルギに呆れるティアの図。
~~~~~~~~~~~
今回は、いつも以上に短めになりました。
その理由として、物語の区切りもそうなのですが、1つ考えていることがありまして。
それは、祝・お気に入り登録者500人突破!ということで、せっかくなのでリクエスト回の内容を募集しようと考えているんですよね。
方法としては、活動報告の欄に同じコメントを掲示しておくので、そこの返信に書いてください。
詳しいことは活動報告欄に書きますので、それを参照してください。
ぜひ、たくさんのコメントをお待ちしています。