会談を終えた俺たちは、妙に疲れた長老衆を残して、フェアベルゲンに滞在する間に泊まる部屋に案内してもらった。
もちろん、俺とハジメの部屋は別で、女性陣も思い思いの部屋に行った。俺の部屋にいるのは、ティアとイズモだ。
だが、俺は今は部屋にいない。適当な枝を見つけて、そこで夜風に当たっていた。
この場には、俺しかいない。ティアとイズモには悪いが、2人に何も言わずに離れた。
とはいえ、俺のことになるとやたらと聡い2人のことだ。慌てたり怒ったりすることはないだろう。
俺は久しぶりの1人の時間を満喫しながら、枝の上で寝転がっていた。
ちなみに、周囲に気配遮断の結界を展開しているから、誰かに気づかれることもないはずだ。
「ふむ。ここにいたか、ツルギ殿」
・・・はずだったんだけどなぁ。
起き上がって声のした方を振り返ってみれば、そこにはイズモが立っていた。
「・・・どうしてわかったんだ?一応、気配遮断の結界を張っていたはずなんだが」
「完全に気配を消す相手を見つけるには、空間の気配の空白を感じ取る。ツルギ殿が勇者たちに教えたことだろう」
「それをあっさり実行できるあたり、さすがイズモだなぁ・・・」
一応、その技術は天之河たちはまだ練習中だ。こればっかりはそれぞれでコツを掴むしかないからなぁ。八重樫はすぐにコツを掴んだようで、1日で物にしてたけど。
そうしてイズモが俺の隣に座ったところで、あることに気づいた。
「そういえば、ティアはどうしたんだ?」
「ティア殿は、雫殿と一緒にフェアベルゲンを見て回ると言っていた。ほら、そこにいるぞ」
イズモが指さした方を見ると、たしかに八重樫と一緒に街の中を探索していた。
今のフェアベルゲンは、奴隷だった家族が返ってきたことがあってお祭り騒ぎだ。広場にはいくつものテーブルが並べられ、様々な料理が置かれている。2人は、料理を楽しみながら亜人族とふれあっているようだ。
そう言えば、俺たちが最初に来たときはその日のうちに追い出されることになったし、八重樫たちが初めての時も帝国に襲われた後でそれどころではなかったから、こうしてまともに話し合ったり撫でたりするのは初めてなのか。
こうして見ていると、2人とも非常に幸せそうだ。やはり、可愛いもの好きという共通点もあって、仲良くやれているらしい。
俺としても、新たな修羅場が形成されなくてありがたいことだ。
「半ば賭けだったが、仲良くなってなによりだ」
「やはり、仕向けていたのか?」
「だってさ、八重樫の話が出るたびにティアからジト目を向けられるのは勘弁してほしかったし。それに、香織はユエに取られ気味だったから、八重樫も新しい友人ができてよかったんじゃないか?」
「それもそうか」
もちろん、香織は八重樫を親友として大事にしているだろうが、最近で言えばユエと一緒にいる割合の方が多い気がする。それに、ユエも同じようにシアより香織の方をかまっているようにも見える。
本人たちはすぐに否定するんだろうが、喧嘩友達という意味なら、ユエと香織は他の誰よりも仲良しだと思う。香織をいじっているときのユエは楽しそうだし、香織の方も本気で嫌がっているわけではなく、むしろ満更でもなさそうだ。
証拠に、目の前で何やら香織とティオがユエを追っかけているのだが、どこか楽しそうにも見える。
「ていうか、あいつらは何やってんだ?」
「さぁな。大方、何かかけ事でもしているか、あるいはシア殿に気を遣っているのかもしれないぞ」
「あぁ、たしかに。それはあるかもな」
こんな日だ。何かハジメと2人で話したいことでもあるかもしれない。本当に、シアは友人に恵まれている。
さて、雑談はこれくらいにしておいてだ。
「さて、今度は、どうしてイズモがここに来たのかを聞いてもいいか?」
「なに、簡単な話だ。様子を見に来た。それだけだ」
「それは、ティアと別行動している理由にはならないと思うが?」
「そのティア殿から、様子を見に行ってほしいと頼まれた、ということだ」
「・・・ホント、信頼されてるな」
最初はちょっと敵視していたようなところもあったのに、今では俺の様子を見てほしいと頼むほどになった。
その理由は、イズモのキツネ耳と尻尾に篭絡されたから・・・だけではないはずだ。イズモになら俺を任せてもいいと、本気で思っている、ということだろう。そして、イズモも決してその信頼を裏切ったりしないとわかっているのだろう。
ここまでくると、むしろ俺の方が微妙な気持ちになってくる。普通なら、他の女に任せることはしないと思うけどなぁ・・・。
あ~、でも、思い返せばユエもシアに対しては同じ感じだし・・・う~ん、いつになっても女心はわからない。いやまぁ、そもそも当人たちを日本の常識に当てはめること自体が間違いなんだろうが・・・。
「さて、ではツルギ殿が何を悩んでいるのか、吐いてもらおうか」
「悩みがある前提なのか・・・」
「ツルギ殿が悩み事を抱えているときは、いつも黄昏ているだろう。それに、今までだって何度も悩み事を打ち明けてきただろう?」
「いやまぁ、そりゃあ、そうなんだが・・・今回は本当に、悩み事があるわけじゃない。夜風に当たりながら、ちょいと下の光景を見たかっただけだからな」
俺が視線を下に向ければ、そこには家族との再会を喜び合っている亜人族が、そこかしこで料理を食べたり酒を飲んでいる。その誰もが、満面の笑顔を浮かべている。
「なんだ、また羨ましいと思いそうになっているのか?」
「いや、そういうわけじゃない。さすがに、俺もそこまで大人気ないわけじゃねえよ。そりゃあ、思うところがないわけじゃないが・・・少なくとも、羨ましいってわけじゃない」
たしかに、ミュウの時は羨ましいと思いそうになったが、今、俺の眼下ではそれこそ何千人の亜人族が家族との再会を喜んでいる。その全員に嫉妬するほど、俺だって狭量ではない。
それに、だ。
「この光景を素直に喜べる自分がいるってのも、たしかだしな」
「ツルギ殿・・・」
家族との再会に喜んでいる亜人族を見て、よかったと思っている自分がいる。
“天眼”を持っている俺でも自分の顔は見えないが、それでも笑みを浮かべているんだろうとなんとなくわかる。
そして、そんな俺の表情が見えているであろうイズモは、どんな様子なのか。
ふと気になって、視線をイズモに向けようとすると、
ガバッ!
「うわぷっ!?」
俺の肩が掴まれたと思ったら、グイっとイズモの胸元に引き寄せられ、そのまま抱きしめられた。
あぁ、久しぶりの柔らかい双丘に包まれている感触が・・・じゃなくて。ていうか、前と比べて呼吸がしにくい。強めに抱きしめられているようだった。
「ちょっ、イズモ。少し苦しいんだが」
「こ、断る。今の私の顔を見られたくないからな」
「むしろ、今の状態を誰かに見られたくないんだが・・・」
もしティアが今の状態を見たら、どうなることか。この前のパーティーのキスでも、その後のご機嫌取りにだいぶ苦労したというのに。
ていうか、イズモは今どんな表情をしていて、俺はさっきどんな表情だったというのか。
とりあえず、なんとかイズモを引きはがそうと力を込めるが、俺が力を込めるたびにイズモが抱きしめる力を強くする。無理やりやれば引きはがせるかもしれないが・・・ここは枝の上だ。勢い余って落ちる可能性も0ではない。
結局、イズモが落ち着くまで甘んじて抱擁を受け入れるしかなかった。
そんなこんなで、俺がイズモから解放されたのは、だいたい5分経ってからだった。
イズモの表情は、パッと見はいつものイズモだったが・・・よく見れば、耳がわずかに赤い。毛に覆われているから、ちょっとわかりづらいけど。
「んで?落ち着いたか?」
「あ、あぁ、問題ない」
ちょっと声が上擦った気もするが・・・わざわざ言うこともないか。
「ていうか、さっきの俺はどんな顔だったんだよ」
「なんというか、今まで見たこともないような、優しい表情をしていたぞ?」
「・・・その言い方だと、俺の表情がいつもひどいみたいに聞こえるな」
もちろん、自分でもそういう表情をした記憶はないが、だからといって鬼畜外道みたいな顔をしていたとも思っていない。周りから呆れられることは多々あったけど。
「そういうつもりで言ったわけではない・・・だが、ふふっ。ティア殿よりも先にその表情を見れたのは、役得だな」
「・・・本当に、どんな顔だったんだよ、俺は。あと、できればティアを煽るようなことはしないでくれよ。後が面倒になる」
「ふふっ。さて、どうしようかな?」
イズモを受け入れつつあるティアだが、だからといって何もかもを許容しているわけではない。ある意味挑発的とも思えるイズモの行動に妬いたりすねたりなんて、最近では珍しいことでもない。そして、イズモも矛先を向けられているにも関わらず年長者の余裕で対応するから、たいしてダメージを負ったりしない。
結果的に、いつの間にかティアとイズモが俺を取り合っているようにも見える構図が出来上がっていた。
俺としてはティアの機嫌を直すのに苦労するから勘弁してもらいたいのだが、何があっても諦めるつもりがないと言ったイズモに何を言っても無駄だろう。俺がイズモの告白を断ったところでやめないと、イズモから直接聞いている。
だからと言って、俺がイズモを受け入れるのかと言うと・・・まだなんとも言えない。たしかにイズモは大切だが、異性として見ているかと聞かれれば、俺はまだ答えを持ち合わせていない。
自分でもヘタレだとわかっているが・・・やはり、ティアのことがあるから、簡単には答えを出せない。
誰かに相談できればいいとは思うのだが、ハジメたちはニヤニヤしたり微笑ましそうにしているばかりだから論外だし、まっとうな日本人である八重樫たちからも期待しているような答えは返ってこないだろう。
結局、俺は1人で悶々とするしかなかった。
「なら、私の頼みごとを1つ、聞いてもらってもいいか?」
「・・・俺にできる範囲で頼む」
どこぞの残念ウサギみたいな要求は、本当に困る。もちろん、イズモだってその辺りの分別はできると分かっているが。
「安心しろ。簡単なことだ。ここに寝転がってくれないか?」
そう言って、イズモは自分の太ももをポンポンと叩いて示した。
これは、あれだ。この間ティアがフェルニルで俺にやったように、自分も膝枕をするということか。
それくらいなら、まぁ、いいか。
「んじゃ、お言葉に甘えて」
そう言って、俺はイズモの太ももに頭を乗せて寝っ転がった。
イズモの膝枕の寝心地は、ティアとはまた違った気持ちよさがあった。
ティアは鍛えながらも女性の柔らかさを兼ね備えた、バランスのいい心地よさだった。それに対し、イズモの膝枕はティアよりも柔らかく、思わず沈み込んでしまいそうな包容力があった。
何より、上を見上げると視界一杯にイズモの胸が飛び込んでくるのが、ティアにはない・・・いや、これ以上はやめよう。冷たい殺気を感じた気がする。
とにかく、イズモの膝枕は、ティアとは違った気持ちよさがあった。
「どうだ、ツルギ殿?」
「あぁ、いい寝心地だ」
「そうか、それはよかった」
・・・イズモの表情が胸に隠れて見えない。それに、イズモが少し前かがみになるだけで、その2つのふくらみが俺の顔に押し付けられる。
現実にこんな現象があるとは知らなかった。
そして、イズモが膝枕をしながらも俺の髪を撫でたりいじったりする感触もまた心地よく、また今までの苦労で疲れ切っていたからか、いつの間にかこの心地よさに身を任せて眠ってしまっていた。
その後の記憶はないのだが・・・目を覚ましたら、ティアと人型のイズモに挟まれるようにして横たわっていた。その感触は大変良かったのだが・・・後のティアのご機嫌取りに苦労した、とも言っておこう。
「・・・ハジメ、シア、これを」
「ん?・・・ほう、これはなかなか・・・」
「うわぁ、すごい甘い感じですねぇ!」
「うん、見てて羨ましいって思っちゃたよ」
「妾も、このようなイズモを見たことはないからのう。これはこれでいいことじゃ」
ちゃっかりイズモとツルギの様子を盗撮した写真を楽しんだハジメサイド。(撮影者・香織)
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今回は短めです。
最近は、大学のテストと夏バテで死にそうになっているので・・・。
とりあえず、来週にはテストも終わるので、まだ楽になるかなと。
さて、今話を書いてて、自分でも砂糖を吐きそうになりました。
思いの外イズモの人気がうなぎ上りだったので、ある意味ティアよりも気合が入っている感が・・・。
とはいえ、メインヒロインがティアなことに変わりませんが。
イズモの魅力は、あくまで2番手だからこそ際立っているようなものですからね。
ツルギに振り向いてもらおうとしているからこそ、積極的なイズモさんが書けるのです。