俺たちが転移した場所は、最初と同じような樹海の中だった。
だが、最初のものよりも面積は狭く、天井や向かうべき目標も見えていた。
奥に見えるひと際巨大な木。おそらくあれが次の試練への転移陣がある場所だろう。
「今回は全員いるし・・・偽物もいないみたいだな」
ハジメやティアから聞いた話では、最初の試練では赤さび色のバチュラムが俺やユエ、ティオ、坂上に擬態していたらしい。
それを警戒して魔力の流れを見たが、今回は偽物は混じっていなかった。
「ハジメの方はどうだ?」
「あぁ、俺の眼も感覚も全員本物だと言ってる」
「お二人がそう言うなら大丈夫ですね」
シアからもお墨付きをもらい、俺は出発の号令をかける。
だが、天之河だけは暗い表情のままでいる。
天之河の見た夢については、まだ聞いていないからわからない。だが、夢の内容というよりは、現実に戻ってこられなかったことがショックだったように見える。
普段なら放っておいてさっさと先に進みたいが、ここは大迷宮だ。終わったことをいつまでも引きずってもらっては困る。
しょうがないが、声をかけることにしよう。
もちろん、厳しくだが。
「天之河。お前、やる気あるのか?」
「なっ、あ、あるに決まってるだろ!」
俺は鋭い目で天之河を睨む。
坂上は追い打ちをかけるような言葉に眉を逆立てるが、坂上が何か言う前に俺が口を開く。
「ここは大迷宮だ。一歩踏み込めば、少しの油断、迷いであっさり死ぬ、そういう場所だ。集中できないなら、攻略はここで諦めろ。無駄死にするだけだ」
「ま、待て、俺は・・・」
「前に言っただろう。迷宮の攻略を認められるには、相応の行動と結果が必要だと。俺たちと行動すれば大丈夫だなんて、甘ったれたことは考えるな」
「っ!」
「それに、どう言い訳したって、さっきの試練をお前がクリアできなかったことに変わりはない。なら、最低でも以降の試練をすべて乗り越えるくらいの気概は見せろ。それがない今のお前は、ただの足手まといよりも質が悪いし、邪魔でしかない」
「・・・俺は」
「できないと言うなら、大迷宮の入り口までゲートを開くし、できなくても結界くらいは敷いてやる。進むか引くか、今考えろ。惰性で行動するようなら、問答無用でたたき返すからな」
俺の言葉に、天之河はギリギリと歯を食いしばり、必死に憤激を堪えようとしている。
だが、その矛先は、どちらかと言えば俺よりも天之河自身に向いているようにも見える。
俺の言ったことが図星だったからか、自分の情けなさを痛感したからか、理由はわからないが、今のところは俺に対して敵意や暗い感情を向けることはないようだ。
「峯坂。もう大丈夫だ。俺は先に進む!」
少しして、天之河は力強く宣言した。
どちらかといえば、ただのカラ元気のように見えなくもないが、ここで水を差して再び沈まれても困る。
「そうか。なら、さっさと先に進むぞ」
俺は軽く返すにとどめ、先を促して進んだ。
「っと、その前に」
だが、俺はいったん足を止めた。
「? どうした、ツルギ」
「ちょっと離れてろ」
俺は離れるように促し、ハジメたちも首を傾げつつも俺の言う通りに下がった。
それを確認した俺は、
「ふんっ!」
物干し竿を生成し、近くにあった木を両断した。
突然のことに、八重樫たちは口を半開きにしている。
「・・・気のせいか?」
「ツルギ。なんかいたのか?俺は何も感じなかったが」
「いや、何かがいたって言うか、なんだろうな・・・むしろ、何もないことに違和感を感じたと言うか」
「何もないことに違和感?」
「あぁ。先から周囲の気配を探っているが、俺たち以外には何もないだろ?」
「・・・言われてみればな」
さっきから周囲の気配を探ってみても、魔物どころかネズミや虫の気配すらも感じない。
何もないに越したことはないだろうが、何もなさすぎてむしろ言い様のない不気味さを感じたのだ。
「だから、何かが隠れているか、この木が何かしらのギミックかと思って斬ってみたが・・・何もないな」
「いっそ、周囲を焼き払うか?」
「何があるかもわかってないのに、丸ごと焼失させるわけにはいかないだろう。万が一、攻略に必要なものも一緒に燃えたら困る。とりあえず、まずはあの巨樹を目指そう。話はそれからだ」
胸の中のもやもやは晴れないが、証拠も何もない状態で推測しても何もわからない。
とりあえず、推測は後回しにして先に進むことにした。
それからは巨樹を目指して真っすぐ進むが、やはり道中はなにも出てこない。
「・・・なんも出てこないな」
「なんだか、不気味な感じね」
「うん。オルクスで待ち伏せされた時みたいだね」
「たしかに・・・魔物の気配もまったくないものね」
今のメンバーで、俺とハジメ、天之河の気配感知は、そんじょそこらの魔物の擬態くらいならすぐにわかる。その俺たちに何もひっかからないのだから、他の面子にはどうしようもない。
「一応、アラクネを先行させているんだが、特に何もないな。このまま何事もなくとは流石にいかないと思うが・・・やっぱ、全部焼き払って・・・」
「だからやめろっての。せめて、そこの巨樹に着くまでは我慢してくれ」
さっきやめろって言ったばかりなのに、また同じ発想になるのか。
破壊衝動に駆られそうになっているハジメを諭し、このまま先に進むように促した。
すると、
「・・・ん?雨か?」
「ほんとだ。ポツポツ来てるね」
天之河と谷口が言うように、頭上から水滴がぽつぽつと垂れ始めてきた。
が、2人はすぐに気づく。この密閉空間で、雨が降るなんてことはありえないと。
「“聖絶”!」
「チッ、ユエ!」
「・・・んっ、“聖絶”!」
俺は反射的に“聖絶”を展開し、ユエもハジメの呼びかけに応えて展開する。
直後、土砂降りの雨が俺たちに振りかかり、障壁の表面をドロリと滑り落ちていく。
閉鎖空間内で振ったことも併せて、この粘性から明らかに普通の雨でないことはわかる。
であれば、大迷宮のトラップか、あるいはそういう魔物なのか。
「峯坂くん、周りがッ」
八重樫の緊迫した声音を聞いて周囲を見ると、樹々、草、地面、あらゆる場所かにじみ出てくる乳白色の何かの姿があった。
「なるほど。俺の直感は間違ってなかったのか。道理で、斬っても何も反応しないわけだ」
なにしろ、斬ってもなんの痛手にもならないのだから。
こんなことなら、ハジメに任せて爆撃させればよかったかもしれない。
「スライムか?クソ、気配遮断タイプにしても、魔眼石にすら感知されないなんてどんな隠密性だよ」
「峯坂!足元からもッ!」
「きゃ、このっ、“分解”!」
“聖絶”はドーム状の障壁だから周囲の樹々や草に擬態したやつなら防げるが、地面からもにじみ出ているスライムには対抗しようがない。
今回は膝下くらいにまで飲み込まれたが、香織が分解することですぐに事なきを得た。
スライムに覆われた部分を見るが、やけどや腐食の後は見られない。どうやら、毒による攻撃ではないようだ。
「障壁の展開はユエに任せる。残りは各自で撃破!」
俺は手っ取り早く指示を出し、俺も新しく身に付けた魔法を試してみる。
「“分解”」
そう言って、俺は生成した双剣に淡紅色の魔力を纏わせる。
「ふっ!」
そうして俺がスライムを斬りつけると、スライムはチリとなって霧散した。
「よし、上手くいったな」
「・・・マジでやりやがったな、こいつ」
俺がハルツィナ大迷宮に入る前に練習して身に付けた魔法、“分解”だ。
これはもともと香織の今の身体である神の使徒の固有魔法だったが、香織の協力を得て解析と試行錯誤を重ね、どうにか実用にまでこぎつけたものだ。
とはいえ、武器に纏わせるくらいならまだしも、今の俺では砲撃はまだ放てない。せいぜいレーザーくらいが限界だ。
それでも、物理攻撃がほとんど効かず、密集して燃やしづらいこのような状態なら、これで十分だ。
だが、分解を使えない面々は簡単にはいかないようで、
「おらぁ!引っ付くんじゃねぇ!」
坂上が背後から襲い掛かろうとしたスライムに、籠手型アーティファクトの衝撃も併せて爆散したのだが、
「ちょっ、バカ、龍太郎!こっちにも飛び散って来ただろう!」
「この脳筋!思いっきり掛かったじゃない!」
「お?すまん、すまん!」
「うぇ~、ドロドロしてて気持ち悪いよぉ」
爆散したスライムの飛沫が障壁内に飛び散り、それが八重樫たちに直撃した。
そのおかげで、体の至るところに乳白色の粘液がかかっており・・・
「全く、大丈夫か、しず・・・」
「ええ、大丈夫よ、光輝。こいつら案外簡単に死ぬわ・・・ってどうしたの?」
「えっ、いや、何でもないぞ!ああ、何でもない!」
「?」
八重樫に声をかけられた天之河は、ババッ!と音がしそうな速さで顔を逸らし、目を合わせないようにした。それは谷口に対しても同じだ。
八重樫たちからすれば挙動不審に見えるだろうが、天之河の行動は当然だと思う。
なにせ、今の八重樫たちには乳白色のどろどろとしたものがかかっているのだ。
つまり、具体的にどうとは言わないが、今の八重樫たちの見た目は非常にイケナイことになっているのだ。
そして、それはティアやユエたちも同じだった。
ユエは最初に降ってきた雨の分で、シアとティアは自分で吹き飛ばした余波で少なからずかかっているし、ティオにいたってはシアが吹き飛ばしたスライムをもろにかぶってパイ投げをくらった芸人みたいになってしまっている。
この中では一番被害の小さい香織とイズモも、最初の雨でかかった分があるのは他と変わらない。俺も似たようなものだ。
ただ、ハジメは常に“纏雷”を展開していることで、スライム限定で無敵状態になっている。
まぁ、それはさておきだ。
(最低限、自分の目は守ろう)
なにせこいつは、自分の恋人のあられもない姿を他の男に見られそうになったら、容赦なく目をつぶしにかかってくる。俺がブルックの風呂場でやられたり、天之河も最初の試練でつぶされた(八重樫から聞いた)ように。
今の俺なら見切ることもできなくはないが、他には気を配れない。
今は、天之河と坂上の目が狙われないことを祈ろう。
幸い、ハジメの嫌な気配に気づいたのか、2人ともなるべくユエたちを見ないようにして戦っている。賢明な判断だ。
だが、このままは埒が明かない。パッと見でも、いたるところからスライムが湧いて出てくるのがわかる。
「だー、くっそ。ハジメ、もう全部焼き払ってくれ。これ以上相手するのは面倒だ」
「おう。ユエ、結界は頼むぞ」
「・・・んっ、任せて」
俺の指示にハジメは頷き、円月輪とクロスビットをそれぞれ7つずつ上空に飛ばした。
「ああ~、くそ、また地獄の再現かよ!」
「また、あれが来るのね・・・」
「うぅ、あの時、カオリンの再生魔法がなかったら鈴の結界壊れてたんだよ?本気で死ぬかもって思ったんだよ?敵じゃなくて南雲くんの攻撃で!」
「俺なんて結界なしで死にそうになったんだ。まだ恵まれているだろ」
あれは本当に、一歩間違えれば死にかねなかった。
それに比べれば、香織の支援で障壁を展開できた谷口の方がよっぽどマシだ。
まぁ、それはそうと、だ。
俺は香織に念話石で話しかける。
『香織、体についているスライムを分解してくれ。絵的にまずいから』
『うん、わかってるよ。ハジメ君にも言われたから』
どうやら、ハジメも同じ気遣いをしていたらしい。これで目つぶしがなければ完璧なんだが。
それにしても、このスライムはいったいどれだけいるんだ?そろそろ周囲にスライムの海ができてきたぞ。
このまま湧き続けると言うなら、それはそれでまずい。
ハジメもそれに気づいたようで、アラクネを天井に転移させ、錬成によって天井や壁を塞ぎ始めた。
その甲斐あって、錬成した部分からはスライムが湧かなくなり、スライムの噴出量は目に見えて減っていった。
後は地面だが、そっちはスライムをどうにかしないと話にならない。
だが、俺が魔法でやろうと思っても、ここまでの規模になると無視できない程の消耗になってしまう。
ここは、ハジメに任せるとしよう。
「よくもまぁ、ユエたちに汚ねぇもんかけてくれたなぁ。跡形もなく燃やし尽くしてやる」
幸い、ハジメもやる気満々のようで、口元から犬歯を覗かせながら不敵な笑みを浮かべ、眼をギラギラと凶悪に光らせた。
「う~ん、やっぱ自制を覚えさせるのは無理なのか?いっそ、このまま放置でいいのか?」
「いえ、それはどうかと思うわ。見てよ、タニグチもすごい怖がって、シズクにしがみついてるじゃない」
「元の世界に戻るのはいいとして、なにかやらかしたりしないか心配になるな・・・」
2人の言い分も理解できる。
谷口は完全に涙目になって八重樫に抱きつき、その八重樫はオカンのように背中をポンポンと撫でている。
イズモの言ったことも、ぶっちゃけ俺の心配していることでもある。さすがにテロリストさながらのことはしないと思いたいが、結果的にそんな事態になる可能性もゼロではないわけだし。
だって、凶悪なハジメな顔を見たハジメメンバーは、諫めるどころかむしろうっとりしちゃってるわけだし。
香織も、最初はまともだったんだけどな・・・いったい、いつからこうなってしまったのか・・・。
外では、ハジメによるナパーム大量投下の地獄絵図が出来上がっているのだが、俺は目の前の光景より日本に戻った後のことを案じてしまった。
この地獄絵図を見てもなんとも思わない辺り、俺も毒されてるのかなぁ・・・。
今回は短めで、小話もなしです。
それと、明日から大学で宿泊実習が始まるので、次の投稿は少し遅くなると思います。