ハジメが物量任せにスライムを燃やしながら壁や床をふさいでくれたおかげで、目に見えてスライムの量は減っていった。
“空間把握”で障壁の外の様子を見てみれば、クロスビットがタールをまき散らしながら高速飛行し、そこにクラスター爆弾を放り込んで次々とスライムを爆散させていく。あのクラスター爆弾1個でも小さな家屋程度なら吹き飛ぶのだ。それを雨あられのようにばらまかれては、いくらスライムの海でも長い時間持ちこたえられるはずがない。
「やっぱ、こういう時はハジメの火力が便利だな」
「冷静に言ってる場合じゃないわよ、ツルギ。シズクたちが遠い目をしてるから」
後ろを振り返ってみれば、八重樫たち勇者パーティーが悟りを開いたような目をしている。
反対に、ハジメの方は自分の焼き加減に清々しい表情をしている。
「あれを見て、どうも思わないの?」
「正直、今さらだと思っている」
ハジメの手綱は確実に握っておかなければならないが、どうせ止まらないと分かっているなら、方向やスピードに気を付けるくらいでちょうどいいだろう。
今のハジメの性格は、不治の病とまでは言わないが、それでも治るものではない。そっとしておいた方がいいだろう。
そんなことを話しているうちに、周囲のスライムとタールはすべて燃え尽き、残ったのは一部が溶岩化した地面と灰燼と化した樹海だけとなった。
周囲を確認して、見える範囲にスライムがいないことを確認してから一言、
「うん。だいぶすっきりしたな」
「感想がそれだけなのはおかしくないか!?」
むしろ、それ以外になにがあるんだ?
天之河の言葉は無視して、ハジメとユエに指示を出す。
「ユエ、とりあえず障壁はそのままにしておいてくれ。地面の下にいないとも限らないからな」
「ん」
「ハジメは、引き続き巨樹までの錬成を頼む。なるべく早めにな」
「あいよ」
ハジメは俺の指示に頷き、大量のアラクネを天井から降ろした。
「きゃ!?」
その光景に思わずかわいらしい悲鳴が聞こえた。
声のした方をちらっと見ると、そこにいたのは顔を赤くした八重樫だ。
もちろん、俺たちもそんな八重樫の扱い方は心得ており、八重樫の方を見ないようにした。俺も含め、何人かは口元がニヤついたが。
だが、例外とはどこにも存在するもので、
「シズク、どうしたの?」
どこからどう見てもニヤニヤしているティアが、恐れを知らぬかのように八重樫の顔を覗きにいった。
声をかけられた八重樫は狼狽し、なんとかティアから逃れようと目を逸らす。
「な、なんでもないわよ」
「ふ~ん?本当に?」
「本当よ」
話している間にも、ティアは八重樫の顔を覗こうとし、八重樫は何とかして顔を背けようとする。その行動が連続し、ティアと八重樫はくるくると回っていた。
その光景を、俺は頬を緩めながら見ていた。
ティアにも特別仲がいい女の子がいるのは、やっぱりうれしいことだ。
それに、最近は香織はユエに構ったり構われたりしていて、気持ち八重樫との触れ合いが減っているから、八重樫にとっても悪くないだろう・・・多分。
幸い、香織もそこまで嫉妬しているわけではない感じだし。
だが、いつまでもこのままというわけにはいかない。
「お前ら。じゃれ合うのはいいが、しっかり休んでおけよ」
この先、休める機会があるとは限らない。休めるうちに休んだ方がいいだろう。
「はいはい、わかったわ」
「別に、じゃれ合っていたわけじゃないのだけど・・・」
ティアは素直に引き下がり、八重樫はぶつぶつと呟きながらも言われたとおりに腰を下ろした。
「ハジメ、どれくらいかかりそうだ?」
「そうだな・・・バカみてぇに広いからな、1時間以上はかかるかもしれねぇ」
「早くて1時間か・・・まぁ、長めの休息だと考えることにしようか」
この面子では、ハジメしか錬成を使えない。俺も最近では、ハジメの補助をしているだけあって上達しているが、さすがに技能持ちのハジメには及ばない。
今、俺にやれることがない以上、俺もしっかり休息をとって・・・
「・・・ん?」
そこで、不意に違和感を覚えた。
それは、周りではない。俺自身だ。
なにやら、体が熱っぽいし、頭がもうろうとしてきた。
熱病みたいなものか?原因として考えられるのはあのスライムだけだが・・・それは香織に分解してもらったし、毒の類なら俺も香織も気づいていたはずだ。
となると・・・だめだ、上手く頭が回らない。
ポスンッ
なんとか思考を巡らせようとすると、不意に背中に衝撃が伝わってきた。
「はぁ、はぁ・・・ツルギ・・・」
振り返ると、ティアが俺の背中に抱きついていた。
だが、顔は赤いし、息も荒い。ついでに言えば、色っぽく見える。
「ねぇ・・・なんだか、体が熱くて・・・ツルギが欲しいの・・・だから・・・」
ティアは、潤んだ瞳で俺を見上げる。
このティアの姿に、俺は手を伸ばし・・・
スティレットを生成し、俺の腕に突き刺した。
「ぐっ、くぅ・・・!」
もちろん痛いし血も流れるが、そのおかげで俺はなんとか正気を取り戻した。
「くっそ・・・そういうことか・・・!」
ようやく、このスライムの本当の力がわかった。
これは、一種の媚薬のようなものだ。対象にまとわりつくことで性欲を増幅させている。
俺もできるだけ避けたが、最初の雨や衝撃で飛んできた飛沫までは対応できていなかった。
なんとか理性を総動員して周りを確認するが、見たところ無事なのはハジメ、ティオ、イズモくらいだ。八重樫も顔を赤くしてはいるが、唇を噛みきり、正座して精神統一に集中することで耐え切ろうとしている。谷口は近くにいた八重樫に手を伸ばそうとしたが、すぐにハッとはんて自分の腕に思い切り噛みつき、うずくまってなんとか耐えようとしている。
だが、他は全滅しており、天之河は八重樫に、坂上は谷口に手を出そうとしている。八重樫は精神統一に集中しているせいで天之河の接近に気づいておらず、それは谷口も同じで坂上に気づいていない。
「くそっ、世話焼かせやがって!」
さすがにここで純潔を散らしては、今後の攻略にかなり影響が出る。主に、友人関係的な意味で。
俺は悪態をつきながらも、鎖を生成して天之河と坂上を拘束しようとした。
だが、
(なっ、上手く発動できない・・・!?)
なぜか魔法を発動が上手くいかず、なんとか生成できてもすぐに溶けるように消えてしまう。
「ハジメ!」
「わかってる!!」
俺は唯一無事なハジメに呼びかけ、ハジメも俺が呼びかける前にポーラを投擲し、天之河と坂上を空中に磔にした。
そんなハジメには、ユエとシアが抱きついており、香織もじりじりと近づいている。
「くそっ。こいつ、ただの媚薬ってわけじゃないみたいだ。魔法の発動まで阻害されている」
「うむ。それにおそらく、これは精神に直接作用しておる。敢えて称するなら、“媚薬”ではなく“媚法”の固有魔法と言うべきか。状態異常の魔法の一種じゃな」
「そうですね。そして、これだけの物量では飛沫を全く浴びずに切り抜けることは不可能であり、戦闘が長引けばそれだけで全滅、生き延びても仲間と交わずにはいられない。その後の関係はかなり危うくなるでしょう」
「おそらく、これも絆を試す大迷宮の試練じゃろう。快楽に耐えて仲間と共に困難を乗り越えられるか、あるいは快楽に負けても絆を保てるか・・・」
「“解放者”というのは、どこまでも意地が悪いようですね」
「「・・・・・・」」
俺の推測を引き継ぐようにしてティオとイズモが話すが・・・いや、ちょっと待て。
「・・・なぁ、なんで2人は平然としているんだ?」
「特にティオなんて、この中で一番浴びてたと思うんだが。それもコントみたいに」
ハジメが無事なのはまだわかる。戦闘の最中は“纏雷”で全身を防御することでスライムの被害を最小限に抑え、さらに“毒耐性”があったから、平気なのも頷ける。
だが、イズモは俺たちと同じくらいだったが、ティオはシアが吹き飛ばしたスライムが盛大にかかって、パイ投げを受けた芸人みたいなことになっていた。
さすがにあの状態で平然としていられるとは思えないんだが・・・。
「たしかに、私たちの身体にも粘液の効果が発揮されている。事実、魔法もまともに使えないからな。だが、これくらいの精神のコントロール、私たちには造作もない」
「・・・なるほどな」
竜人族と妖狐族は、他の種族とは比較にならないほどの時を生きている。その中で、精神の鍛錬はこれでもかと叩き込まれているんだろう。
「イズモの言う通りじゃ。それに、妾を誰だと思っておる」
そこに、ティオが若干の決め顔で近づき、
「妾はご主人様の下僕ぞ!この程度の快楽、ご主人様から与えられる痛みという名の快楽に比べれば生温いにも程があるわ!妾をご主人様以外に尻を振る軽い女と思うてくれるなよぉ!!」
「「・・・そうっすか」」
本当に台無しだよ、この変態。
「流石ティオさん、いや、クラルスさんっすわ。マジ、パないっすわ」
「さすがクラルスさんですね。あぁでも、それ以上近づかないでくれませんか?生理的に無理なんで」
「け、敬語じゃと!?しかも、族名で呼ばれた!半端ない距離感じゃ!まさか、このタイミングで他人扱いとはっ。はぁはぁ、マズイ、快楽に溺れそうじゃ・・・」
さっきまでの凛々しい表情はどこにいったのか、今のティオの顔は言葉通り快楽に負けそうになっていた。
「・・・イズモ、大丈夫か?」
「・・・もう、だめかもしれない・・・」
そりゃあそうだろう。自分の言葉を台無しにされたようなものなんだから。
「・・・とりあえず、そこの変態は置いておくとして、ティア。まさか、この程度の魔物にいいようにされたりしてないだろうな?」
「・・・えぇ、大丈夫よ」
ティアは相変わらず息を荒くして顔を赤くしているが、瞳に意思を宿して力強くうなずく。
「これは、大迷宮が用意した試練だ。俺たちがいいようにやられるはずがない。八重樫や谷口だって、必死に耐えてるんだ。俺たちも負けていられない」
あえて他の男2人と変態については触れないでおく。すでにアウトな2人は当然だし、ついさっき興奮していた変態もあまり関わりたくない。
「一応、ハジメが持っている神水なら解除できる可能性もあるが・・・必要ないだろ?」
「えぇ、当然じゃない」
これが大迷宮の試練だというなら、自力で乗り越えるしかない。楽に攻略しようなんてもってのほかだ。
だが、
「・・・ねぇ、ツルギ」
「なんだ?」
「私のこと、抱きしめて」
「・・・いいのか?」
「そっちの方が、落ち着けると思うから・・・」
「・・・そうだな」
それは、俺も同じだ。
俺はティアを前に抱き寄せ、そのまま抱きしめる。
ティアは一瞬ブルリと震え上がるが、すぐに安心したように脱力し、息を整えにかかる。
すると、後ろからムニッと柔らかな感触が。
それが誰か、考えるまでもない。
「イズモ?」
「・・・私も、こうして抱きしめさせてくれ」
イズモは、俺とティアをまとめて抱きかかえるようにして包み込んだ。
その感触に俺も安心感を覚え、そのまま目を閉じて自分の精神安定に努めた。
「・・・お?」
「あら?」
「ふむ?」
そうして、いつまで抱きしめ合っていたか。気が付けば、体の熱は静まり、思考もクリアになった。
「どうやら、無事耐え切れたようだな」
「そうね。なんだかすっきりしたわ」
「魔法も発動できるし、頭も回る。問題ないな」
快楽の試練。本当に大変だった。
行き過ぎた快楽は、もはや苦痛と変わりない。その証拠に、天之河と坂上はすでに気絶している。
唯一快楽におぼれなかったハジメにはわからないだろうが・・・だからといって気にすることでもない。
「ハジメ、そっちはどうだ?」
「あぁ、全員乗り越えられた」
どうやら、ユエたちも耐え切ることができたらしい。それはいいことだ。
そこに、唐突な咳払いが聞こえた。
「・・・ごほんっ!ねぇ、ちょっとは私たちの方も気にかけてくれないかしら?」
「あぁ、八重樫と谷口も乗り切ったのか」
「あっ、雫ちゃん!さすが、私の雫ちゃんだよ!鈴ちゃんもすごいね!」
八重樫と谷口が試練を乗り切ったことに、香織が喜びの声を上げる。
「やっぱ、剣術を習っているだけあって精神統一はお手の物か。さすがだな」
「あ、ありがとう。まぁ、剣術を習う上で、父から心を静める方法はみっちり叩き込まれているからね。少し危ないところだったけれど・・・というか、光輝達が拘束されているのは私を守るためかしら?瞑想に集中して他に対応する余裕はなかったから助かったわ」
「魔法がろくに使えなかったから、ハジメ頼りになったけどな。それにしても、谷口もよく耐えられたな」
「えへへ・・・腕に噛みついた痕が残っちゃったけどね・・・って!峯坂君!腕どうしたの!?」
そこで初めて、谷口が俺の左腕にスティレットが突き刺さっているのに気づく。
「あぁ。そういえば刺しっぱなしだったな・・・下手に抜いたら失血死もあり得たから、そのままにしてたんだよ」
「いや、それでも血が流れてるよ!?」
「抜くよりはマシだ・・・それに、これくらいなら自分でも治せる」
そう言いながら、俺はスティレットを引き抜き、サッと回復魔法で癒した。
やっぱ、魔法は便利だ。
「それよりだ。さっさと着替えるぞ。ハジメ、着替えの服とスペースを用意してくれ」
「へいへい」
「? 着替えるってどういう・・・っ!?」
言う途中で、八重樫も気づいたようだ。
・・・快楽の試練。本当に大変だった。なにせ、意図せずいろんなところが濡れてしまうのだから。汗に限った話ではなく。
ハジメもそれをわかっているからこそ、宝物庫から着替えを取り出し、土壁による簡易更衣室を文句も言わずに作ったのだ。
「んじゃ、各自着替えを済ませておけ・・・天之河と坂上は適当に放り込んどけばいいか」
いろいろと疲れた俺は、最低限の指示だけ出して更衣室の中に入った。
中には水魔法による簡単なシャワーもあるから、それで汗を洗い流しておく。
・・・これ、この後もめんどくさくなりそうだな・・・。
* * *
各自着替え終わった後、案の定と言うべきか、いたたまれない空気が漂っていた。
原因は、主に天之河と坂上だ。どうやら、先ほどの記憶は残っているらしい。
まぁ、これは無理もないだろう。媚薬で正気を失っていたとはいえ、あやうく幼馴染みを性的に襲おうとしたわけだし。
ついでに言えば、2回連続で試練に失敗しているわけだし。
こればっかりは八重樫と谷口もかける言葉が見つからず、気まずげに視線をそらしている。
・・・本当はこういうのは俺の仕事じゃないが、このままなのもいやだから俺からフォローを入れることにする。
「・・・まぁ、なんだ。そう気を落とすな。世の中には、エロゲコーナーに突撃して顔を真っ赤にしながらも物色した女子高生もいるわけだからな」
「ちょっ、なんで知ってるのよ!!」
せっかく名前を伏せたのに、八重樫が自分から暴露した。
ちなみに、どうして知っているのかと言えば、
「日本にいるときに香織から聞いた」
「香織!?」
「えへへ、ごめんね?」
てへっ!とかわいらしく謝っているが、完全に悪びれていない。
ついでに言えば、主犯も香織だ。ハジメに近づこうとした結果、オタクに対する偏見もあって、そういうコーナーに親友も巻き添えにして突撃したとのこと。
まぁ、八重樫の尊い犠牲のおかげで、ある程度持ち直したようだ。
「・・・南雲、その、面倒を掛けた。止めてくれて感謝するよ」
「ああ、そうだった。助かったぜ、南雲。マジでありがとよ」
天之河に続いて坂上も礼を言うと、ハジメは振り向き、
「ああ、たっぷり感謝しろ。恩に着まくれ。借りを常に意識しろ。そして、いざという時は肉壁になる覚悟で俺に返せ。間違っても踏み倒すなよ?地の果てまで追って返済させるからな」
ヤクザみたいな文句を言った。こいつに「人として当然の~」の精神はないらしい。
まぁ、俺も似たようなことを言っただろうけど。俺も貸しをそのままにするほどやさしくはない。
結局微妙な雰囲気になりつつも気まずさはなくなり、俺たちは巨樹へとたどり着き、次の試練へと進んだ。
「そういえば、服はどうする?サイズ的には、シアかティアあたりになるだろうが・・・」
「なら、私の服を・・・」
「勘弁してください」
「えぇ!?なんでですか!」
「そりゃあ、シアの服は服としての機能を果たしてないからな」
「たしかにな。シアのは服(?)・・・いや、服(笑)だからな」
「服(笑)ってなんですかぁ!」
「大丈夫よ、シズク。王都でこっそりカオリと出かけたときに、シズクに似合いそうなパンツルックの衣装を買ってあるから」
「ありがとう、私の親友!!」
ティアと雫の仲がさらに深まった瞬間。
~~~~~~~~~~~
宿泊実習の疲労を乗り越え、復活しました。
いやぁ、身体的にも精神的にも疲れましたね・・・。
・・・果たして、酒もAVもある実習を実習と呼べるのでしょうか。
自分には疑問しか残りません。
アニメ7話・・・いや、うせやろ・・・キャサリンもソーナもスマッシュもないって・・・。
いや、むしろ次にでてくる・・・んですかね?
でないと、制作陣の正気を疑ってしまいそうです。