二人の魔王の異世界無双記   作:リョウ77

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反転した結果

「・・・ティア」

「・・・ツルギ」

 

俺が名前を呼ぶと、ティアは俺の方を振り向いた。

だが、わき上がってくる感情は、やはり嫌悪や憎悪といった負の感情だった。

 

「なんだか、ティアが殺したいくらいに憎いんだが」

「奇遇ね、私もツルギのことがとても憎たらしいわ」

 

俺とティアが互いに睨み合っていると、

 

「お、おい!峯坂に何をする気だ!峯坂に手を出すなら俺も黙っていないぞ!」

 

俺の()()()()()()()である天之河が、ティアに憎しみと非難の視線を向け、俺に親愛の眼差しをおくる。

他にも、ハジメとユエとシアが殺意をもって対峙し、坂上と谷口が天之河に嫌悪の表情を浮かべる。八重樫も俺に対して嫌悪を、天之河に対して非難の表情を浮かべ、香織とティアに殺意を向けていた。

だが、ハジメは坂上や天之河、谷口にはいつも通りの表情(特に興味なし)を向けている。

それで、だいたいのことを察した。

 

「なるほどな。さっきの光は感情を反転させるものだった、ってわけか。その効果も、元の感情の大きさに比例していると」

「てめぇに賛同するのは癪だが、そういうことだろうな」

 

俺の推測に、ハジメが忌々しそうにしながらも頷く。

つまりこれは、元の記憶、あるいは今まで紡いできた絆を頼りにして、反転した感情を振り払うことができるかどうか、あるいは悪感情を抱いたままでも試練を乗り越えることができるか、試しているということだろう。

相変わらず、大迷宮の試練は厄介なコンセプトが多い。並みの冒険者なら、反転した感情のままに殺し合いを始める可能性すらある。

それに、何より問題なのが、

 

「・・・可愛く見えるんだよなぁ」

 

そう、ゴキがこの上なくかわいらしく見えるのだ。記憶の中では、たしかに俺はさっきまで半狂乱状態だったというのに。

感情を反転させられていることを裏付ける決定的な証拠でもあるが、だからといって状況が好転したわけではない。

味方同士では憎み合って連携もままならなくなり、逆にゴキ相手では愛しく思うが故に刃が鈍ってしまう。そうこうしているうちにゴキの大群と人型のゴキ、そして次々と生み出される半人型ゴキになすすべなくやられていく、ということか。

それにしても、

 

「・・・あぁ、本当にかわいらしいな」

 

黒光りする体に、カサカサ動く触覚と足。そのどれもが愛おしい。戦闘中だというのに、思わず見入ってしまう。

あぁ、本当にかわいらしい。

だから・・・

 

 

 

 

「斬る」

 

 

俺は物干し竿を生成し、ゴキを空間ごと薙ぎ払った。

空間魔法も付与した斬撃は、周囲のゴキもまとめて吹き飛ばし、ついでにユエの“震天”の余波もかき消した。

 

「え?えぇ?あれぇ?」

 

困惑の声を上げたのは谷口だ。

だが、俺はそれに構わず物干し竿を構え、

 

「そっちはそっちで勝手にやってろ。俺も俺で好きにやらせてもらう」

 

それだけ言って、俺は単身ゴキの群れに突っ込んだ。

ゴキが可愛く見える今の俺なら、気にせずゴキの大群に突っ込むことができる。

 

「ちょっと!なんでそんなに躊躇なく殺してるのよ!」

 

後ろから、ティアがゴキを殴り飛ばしながら近づいて、そう文句を言ってきた。

お前だって撲殺してんじゃねぇかと思ったが、それはそれとして、質問には答えよう。

なに、簡単なことだ。

 

「たとえ可愛くても、ゴキは敵だ。それは変わらねぇ」

 

あの時、ゴキは俺の敵だと、そう決めた。だったら、気持ち悪かろうが可愛かろうが関係ない。ただ斬るだけだ。

 

「それよりもだ、俺じゃなくてあっちの方に行ったらどうだ?ここは俺1人で十分だと言っただろ」

「・・・わかったわよ」

「あぁ、あと自分を見失うなよ」

 

挑発気味の指示に、ティアは見るからにイラつきながらも、文句は言わずにしたがって結界が解けてしまっている八重樫たちの方に戻った。

・・・たしかに、今の俺はティアのことが憎いし、香織や八重樫も少なからず快くなく思っている。だが、俺だって今さら感情の激流に流されるような暮らしはしてこなかった。どんな感情があってもやるべきことは果たすし、記憶をたどれば相手が自分にとってどんな人かなんて、すぐに思い出せる。

だから、たとえ今の俺が天之河の過去の行為をかっこいいと思っていても、そのたびに俺にストレスがかかっていたということも覚えているから、天之河への態度は誤らない。今の天之河を気持ち悪いと思えないことが、どうにも釈然としない部分もあるが。

まぁ、それはそうとだ。

 

「・・・俺、生きて帰ってこれるかな」

 

特に、感情の反転が解けたあととか。

気絶してそのまま襲われて死亡とか、マジで笑えないし。

 

 

* * *

 

 

ツルギの指示に仕方なく従ったティアは、ゴキを吹き飛ばしながら雫たちのところに戻っていた。とはいえ、ツルギがそこそこ深く斬りこんだだけあって、戻るのにも一苦労していた。

ちなみに、無類の可愛いもの好きであるティアが、何よりもかわいく見えるゴキを躊躇なく撲殺している理由は、単純にTPOをわきまえているからだ。

大迷宮攻略中に、明らかに敵とわかっている存在が襲い掛かってくるのだから、たとえ「遊んで~」とじゃれつくように見えても何もしないわけにはいかない。

つまり、ティアはハジメやツルギのように「敵には容赦しねぇ!」の精神は備わっていないため、

 

(ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃ!!)

 

内心では涙目で平謝りしながら拳を振るっていた。

可愛く見えるゴキが自らの拳や蹴りで爆散するたびに、可愛いゴキへの申し訳なさと大迷宮攻略だから!と自分を納得させようとする二つの自分がせめぎ合う状態になっている。

そんな状態ながらもなんとか近づこうとするが、ティアの前に人型が割り込んできた。

 

「ふっ!」

 

本当は殴りたくないが、だからと言って素通りさせてはくれないだろうから、先手必勝で右ストレートを放った。

だが、

 

「あ、あれ?」

 

ティアの渾身の右ストレートは空振りに終わってしまった。

人型ゴキが、目にも止まらない速さで避けたからだ。その速度は、魔力で強化したティアでも追いつくのがやっとのほどだ。

だが、ツルギに比べれば動きは単調なため、

 

「そこ!」

 

すぐに動きを合わせて、振り向きざまに後ろ回し蹴りで人型を薙ぎ払った。

ティアの蹴りを喰らった人型は、片腕を引きちぎられ、わき腹を陥没させて壁にたたきつけられた。

それでも完全に仕留めることはできず、どこか憎々し気にティアの方を見て咆えた。

 

「ギイイィィィ!!」

 

すると、周囲の小型ゴキが人型に群がり、人型を中心として小さな球体を形成した。

そして、球体は数秒で解け、中から無傷の人型が現れた。

 

「小さいのを取り込んで、再生した・・・?」

 

今の現象からそう推測したティアは、内心で面倒だとため息をつくが、すぐに切り替える。

打撃技では一撃で仕留めるのは難しい。それなら、魔法を使って焼き尽くすなり消し飛ばすなりすればいい。

 

「“飛焔”!“風撃”!」

 

右手のフェンリルに巨大な炎を纏わせたティアは、同時に風の球も正面に生成し、思い切り拳をたたきつけた。ただでさえ巨大だった炎の塊は、風の勢いと相まってより広範囲にわたってゴキを燃やし尽くした。

拳を突き出した状態のティアに、チャンスだと思ったのかさらに2体の半人型が左右からティアに襲い掛かってくるが、

 

「“落牢拳”!」

 

今度は両手両足のフェンリルに灰色の煙を纏わせ、右の半人型の頭部にハイキックを、左の半人型の心臓部に掌底を叩き込んだ。ティアの攻撃を喰らった半人型は、その部分を石化させ、そのまま砕かれて絶命した。

半人型を仕留めたティアは、雫たちのところに一足飛びに向かい、周囲に群がっていたゴキを“落牢”と“風撃”で吹き飛ばした。

 

「戻ってきたか」

 

始めに出迎えたのは、“黒炎”でゴキを焼き払っているイズモだ。

イズモを見たティアは、自身の胸の中にあらゆる負の感情が浮かび上がるのを感じる。

だが、ティアはそれを無理やりねじ伏せた。

ツルギは言っていた。自分を見失うな、と。

それで、ティアは自らの記憶を振り返った。ツルギが、イズモが、自分にとってどのような人物なのか。

それがわかれば、自分が何をすべきなのか、見失うことなんてない。

 

「イズモ、援護を頼めるかしら?」

「ふっ、後ろから攻撃されるとは思わないのか?」

「イズモがそんなことするの?」

「しないさ。しないに決まっている」

 

イズモの中には、ティオと同じく竜人族の教えが叩き込まれている。そのおかげで、最初から感情に振り回されるなんて無様な姿はさらさなかった。

それを聞いて頷いたティアは、まともに戦えないままでいる光輝、鈴、龍太郎の方を振り返り、

 

「あなたたちも!しゃんとしなさい!何のために来たと思ってるの!」

 

そう激を飛ばした。

真っ先に動きが変わったのは、鈴だった。

さっきまでは動きの違う光輝と龍太郎に合わせられずに上手く進路限定用の結界を展開できないでいたが、光輝と龍太郎には最小限の守りを残すにとどめ、そこで生まれた余力を頭上と正面に注いだ。これによって、頭上をカバーしていたシアも周囲の攻撃に参加し、さらに殲滅力が上がった。

光輝は敵への情を捨てきれずに未だに動きに精細さが欠けているが、龍太郎は余計なことを考えるのをやめ、目の前のゴキの相手に思考を絞ることで、先ほどよりはまともに戦えるようになった。

未だに攻略の目途は立っていないが、それでも調子を取り戻し始めたティアたちに半人型が敵うはずもなかった。

 

 

* * *

 

 

(向こうは、上手くやっているようだな)

 

人型の相手をしながら俺は他の様子を確認していたが、問題はないようだった。

ハジメとユエに関しては、感情が反転したままはずなのに、不思議と仲良しみたいな空気を醸しながらゴキや人型を殲滅している。本当に、呆れた仲の2人だ。

そうなると、問題は俺の方だが、

 

(正直、1人でやるなんて言わなきゃよかったかなぁ)

 

そう思いながら、その場から飛びのいた。

次の瞬間には、さっきまで俺のいた場所に黒煙の竜巻が襲い掛かった。竜巻が治まると、通路はどろどろに溶けていた。

おそらく、あの黒い煙には腐食の効果があるのだろう。その煙を人型は腕に纏っているのだから、避けるのにも攻撃するのにも黒煙に当たらないように気を使わなければならない。

さらに、

 

「ふっ!」

 

ギィィンッ!

 

振り向きざまに物干し竿を振りぬけば、甲高い音と共に硬い感触が俺の手に返ってくる。

今の攻撃は、羽を高速振動させることで風の刃を生み出したものだ。これのせいで、時折俺の攻撃がはじかれてしまう。

というか、俺の推測が正しければ、

 

「神の使徒を想定したものだよな、これ」

 

ハジメからの話や香織の性能で、俺自身は戦ったことはないが真の神の使徒についての情報は知っている。

おそらく、腐食は分解を、ゴキによる再生は無限の魔力を、風の刃は双大剣を、ゴキ自体は銀羽を再現しており、それに加えて目にも止まらない超速移動を行っている。

俺の推測が正しければ、攻略に4つの証が必要なのも納得できる。

だが、再生の点に関しては、俺にとって無茶苦茶相性が悪かった。どうやらゴキ1匹1匹に魔石が1つずつあるようで、ただ人型を切り裂いただけでは致命傷でもすぐに元に戻ってしまい、わざわざ空間ごと吹き飛ばしたり重力で押しつぶすという手間をかけなきゃ倒すことができない。

それに、少なくとも20体以上は倒しているはずだが、一向に減る気配がなく、むしろ増えてすらいる。

これはおそらく、神の使徒は複数体いるということだろう。そして、元凶を排除しなければ増え続ける、ということか。

おそらく、人型を生み出し続けている本体のようなものがあるはずだが、

 

「探すのもめんどくせぇか」

 

幸か不幸か、感情反転の効果はなくなってきている。いや、それはそれで吐き気がこみあげてくるのだが、これならティアたちと合流しても問題ない。

俺は襲い掛かってきた人型を薙ぎ払ってから、一足飛びでティアの近くに着地した。

 

「さて、様子はどうだ?」

「解けてきたわ。ツルギも?」

「あぁ。今はちょっとムカッてなる程度だな」

「・・・ツルギったら、ひどい」

「あれ?そういう反応?」

 

てっきり、軽口程度は返してくれると思ったんだが・・・

 

「・・・ふふっ、ツルギったら、へこんじゃって」

「・・・ただのいたずらかよ」

 

ティアの反応にドッと疲れるが、それくらいの余裕があるなら、むしろ頼もしいくらいだ。

 

「あいつらをまとめて吹き飛ばす。それまでは隙が大きくなっちまうから、発動まで俺のことを守ってくれ」

「わかったわ」

 

そう言って、俺はティアの後ろに下がり、殺到してきたゴキをティアに任せて俺は物干し竿を消し、新たな武器を形成した。

俺の手中に現れたのは、刀身に文字列を施した黄金の西洋剣だ。

天之河の聖剣と違うのは、刀身の半分以上が光を圧縮したものだということだ。

俺は黄金の西洋剣を頭上に掲げ、魔力をほとばしらせる。

ダメ押しに魔導外装も纏い、“魔力収束”によって周囲の魔力すらも取り込む。

そんな俺を隙だらけだと判断したのか、人型が一斉に襲い掛かってきたが、すべてティアとイズモ、八重樫が押し返し、イズモと八重樫が空いたところは谷口が結界でフォローする。

そのおかげで、余裕で必要な魔力を集めることができた。

 

「お前ら、離れろ!」

 

俺が指示を出すと、ティアたちは素早く俺の正面から離脱する。

もちろん、ここぞとばかりにゴキや人型が押し寄せてきたが、なんの問題もない。

これこそが、俺の持ちうる技術を総動員して実現させた、究極のロマン技・・・!

 

 

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!」

 

 

俺が西洋剣を振り下ろすと、刀身から極大のレーザーがほとばしり、正面にいたゴキや人型はもちろん、離れた場所にいたゴキも粉々になって砕けていった。

約束された勝利の剣(エクスカリバー)。俺の持てる技術を総動員して作ったこの魔法は、簡単に言えば光魔法と魂魄魔法を用いた殲滅用の魔法だ。

この剣に斬られた、あるいは極太レーザーに被弾した場合、斬られた対象と同系統の魔力や魂魄を持つ敵もまとめて吹き飛ばすことができる。そして、その対象をあらかじめ指定することができ、今回は『ゴキと同系統の魔力を持つ』対象を条件にした。

難点としては、規模によっては俺個人の魔力では足りないという点と発動に時間がかかる点だが、その場合は周囲から魔力を収束するなり魔晶石の魔力を使用すればいいし、収束時間を短縮してもある程度の範囲なら問題なく殲滅できる。

ただ、俺一人だけだとさすがに厳しかったようで、まだゴキが残っていたが、問題はない。

 

「“神罰之焔”」

 

追い打ちをかけるようにして、ユエからも広範囲殲滅の魔法“神罰之焔”が放たれた。

この魔法は最上位の炎魔法である“蒼天”を10発分圧縮し、神代魔法“選定”によってユエが指定した、あるいは指定しなかった魂魄を持つ者だけを滅ぼす魔法だ。

 

「さすがユエだなぁ・・・俺じゃあ魔力が足りん」

 

俺なら“蒼天”5発くらいなら同時に発動できるが、さすがに10発は自信がないし、さらに魂魄魔法を広範囲にわたって発動するとなると、俺の魔力量じゃあ無理だ。

こういう時はユエやハジメのバカ魔力が羨ましくなるなぁ。

まぁ、それはそうとしてだ。

おそらく、これで試練はクリアしたことになっただろう。

さっそく俺は、ティアに声をかけた。

 

「ティア。ちょっといいか?」

「どうしたの?」

 

俺の呼びかけに応じて近づいてくるティアを見て、愛おしさを感じたことに安心しながら、そのまま抱きしめた。

 

「えっ、ツ、ツルギ?」

 

いきなり俺が抱きしめたことに困惑しているが、しばらくはこのままにさせてほしかった。

だって、

 

「・・・ゴキが、ゴキがぁ・・・やっと終わったぁ・・・」

 

感情の反転が解けたせいで、大量のゴキに囲まれたことが今さらになって俺に深刻な精神的ダメージをもたらしたのだ。

正直、ティアに抱きついていないと膝から崩れ落ちそう・・・。

 

「もう、ツルギったら」

 

ティアは呆れつつも、しっかりと俺を抱きしめ、頭を優しく撫でてくれた。

とりあえず、しばらくはこうして、精神の安定を図ろう・・・。

ハルツィナ大迷宮。本当に、恐ろしい大迷宮だった。




「あぁ、癒されるぅ・・・」
「こんなに甘えん坊なツルギは初めてね」
「ならば、私の尻尾も貸そう」
「ありがとな、イズモ・・・」
「・・・なんか、傍から見たらすげぇ光景だな」
「・・・ん。ツルギが彼女とモフモフ尻尾に挟まれて恍惚の表情を浮かべている」
「こればっかりは、私たちには真似できませんねぇ・・・」

ツルギを中心として生み出される光景に少なからず衝撃を受けるハジメたちの図。

「・・・峯坂君、羨ましい。私も・・・」
「雫ちゃん?」
「え?な、何でもないわよ!」
「? そう?」

~~~~~~~~~~~

ようやく、セイバー様のあれを今作でちょいと改造して出しました。
本家よりも、ちょっと凶悪な感じで。
これ、一度本家の方とかち合わせてみたいですねぇ。
構想はまったくないですが。

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