二人の魔王の異世界無双記   作:リョウ77

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概念魔法

ティアとイズモの尻尾に挟まれることしばし、俺はなんとかゴキの精神的ダメージから回復した。

 

「ふぅ・・・ありがとうな、ティア、イズモ」

「別にいいわよ」

「ここまで弱るツルギ殿も珍しいしな」

「・・・もう2度とここには来ない」

 

ハッキリ言って、今までのどの大迷宮よりもきつかった。メルジーネでもそこそこ気持ち悪いものを見たが、ここまでではなかったぞ。

 

「とりあえず、あいつらのところに戻ろうか」

 

見てみれば、離れて応戦していたハジメとユエも合流している。休憩がてら、情報交換といこう。

 

「お、ツルギ。なんとか無事だったみたいだな」

「ある意味、死にかけたけどな・・・お前とユエはぴんぴんしているな。まぁ、当たり前か」

 

なにせ、感情が反転していたはずなのに、普通に連携まがいのことをしていたわけだし。

 

「一応、反転を自力で解除できればいいんだろうが・・・お前らはどうだった?」

「あ~、途中で戻るには戻れたのですが・・・」

「う、う~ん。あれを自力で戻ったと言っていいのかな?」

「まぁ、自力で戻ったと言ってよいじゃろう。きっかけが、ご主人様とユエの告白合戦に対する嫉妬だったとしてもの?」

 

ティオの言葉に、なんとなく想像がついた。まぁ、たしかにティオの言う通り、シアと香織もそれなら大丈夫だろう。

 

「私も、多分大丈夫だと思うわ」

「あぁ。あの時は見事な激だったぞ?」

 

ティアとイズモの方も、危なげなく自力で解除できたようだ。

 

「そういうツルギの方はどうなんだ?」

「・・・自力で解除できるにはできたが、しばらくは解除するギリギリを攻めた。正直、解除した方が俺にはきついし・・・」

「あぁ・・・」

 

正直、これで攻略が認められるかどうかはわからないんだが・・・。

 

「ツルギ殿なら、大丈夫ではないか?」

「うむ。それだけ感情を緻密にコントロールできたのじゃ。攻略が認められないということはないじゃろう」

 

年長者2人からは評価されたし、問答無用でダメということはないだろう。

さて、問題は他の4人なんだが・・・

 

「あ~、どうなのかしら?最後の方は普通にゴキブリを気持ち悪いと思っていたけれど・・・」

 

八重樫の方は、多分自力で乗り切ったと考えていいだろう。

 

「う~ん、鈴も最後の方はなんとか乗り切れた、かな?自分だとよくわからないけど・・・」

「だが、ティア殿の発破で持ち直したのだ。十分だとは思うぞ」

 

谷口は自信なさげだったが、イズモはある程度評価していた。まぁ、道中でも十分成果を残しているから、谷口なら十分可能性はある。

 

「俺は、どうだろうな?途中からあまり深いことは考えないようにしただけだし・・・」

 

脳筋は変わらず脳筋していただけだった。まじでこいつの辞書に『考える』って言葉はないのか。

 

「・・・・・・」

 

んで、天之河は聞くまでもなくダメだろうな。この様子だと。

まぁ、念のため、どうだったか聞いておくか。

 

『イズモ。実際、どうだったんだ?』

『まるでダメだったな。それなりの数は倒したが、最後まで愛おしいと感じている様子だったし、ツルギ殿やハジメ殿に任せればいいなどと言っていた』

 

マジで何のために来たんだよ、こいつ。

ここまで来ると、呆れ果てて何も言えない。

俺の中の天之河の評価が0をぶっちぎってマイナスに突入した。

その時、天井付近の大樹の一部がメキメキと音をたてはじめ、新たな枝の通路が生えてきた。その通路は俺たちのいる広場まで下りてきて5つ目の通路となってつながり、階段へと変化した。

要するに、先に進めということだろう。

 

「・・・さっさと行くか」

「さっきのが最後の試練だと思いたいところだな」

 

ハジメの言うことももっともだ。これでさらに厳しい試練がでてきたら、それなりに消耗している俺たちにはかなりキツイ。

とはいえ、さすがにそこまで鬼畜ではないと思いつつも、若干疲労の残っている身体に鞭を打って階段を上った。

階段を上りきると、そこにはいつもの洞と魔法陣があった。俺たちが全員魔法陣の上に乗ると、いつものように魔法陣が輝きだし、転移が始まった。

光が収まると、俺たちが立っているのは、庭園だった。広さは学校の体育館くらいで、思わず見惚れるほどの美しさがあった。

 

「おい、南雲!峯坂!あれか!?」

 

逸る様子で天之河が指を差した先には、ひときわ大きい木が水路に囲まれる形で直立しており、根元には石板がめり込むように鎮座している。

今にも飛び出しそうな天之河を制止させつつ、まずは周囲を観察した。

だが、今の周囲には水平方向に青空が見える。

まさかと思いつつ、俺は慎重に庭園の端に近づき、下を覗き込んだ。

 

「これはこれは・・・ハジメ、どうやらここは大樹の天辺らしいぞ」

 

俺の眼下には、広大な濃霧の海が見えた。どう考えても、ハルツィナ樹海だ。となれば、今俺たちがいるのは大樹ウーア・アルトで間違いない。

ハジメたちも同じようにして下を覗き、ハジメはわずかに頬を引きつらせる。

 

「おいおい、それはおかしいだろ・・・俺達がフェルニルで樹海の上を飛んで来たときには大樹なんてなかった。濃霧があるところまでで目算しても、この庭園の高さは400mはある。こんなでっかい樹を見逃すはずがないが・・・」

 

そこまで発言して、ハジメもうっすら気づいたようだ。

俺も周囲を魔眼で観察してから、推測を述べる。

 

「おそらく、空間魔法で空間そのものをずらしているか、魂魄魔法で魂レベルで認識に干渉しているんだろう。だが、さすがにそれだけでここまで大規模に展開できるかは疑問だが・・・」

 

だが、今のところはそれくらいしか考えられない。証拠も情報も少なすぎる。

魔法のエキスパートであるユエも、俺以上の考察はでなかった。

それにしても、魔法なら俺の魔眼で認識できるはずだが、干渉されていることすら気づかなかったとは・・・。

あまりのスケールに圧倒されそうになるが、まずは石板のところに向かうことにした。

 

「やっぱり、ここがゴールみたいだな」

 

ハジメの言葉に俺も頷き、石板のもとに歩いていった。

俺たちが小島につながっているアーチを渡ると、突然水路が輝き始めた。

どうやら水路そのものが魔法陣の役割を持っていたようで、いつも大迷宮攻略で感じた記憶を探られる感覚と、知識を無理やり刻み込まれる感覚が襲ってきた。

俺たちは慣れたものだが、後ろから呻き声が2つ聞こえてきた。

輝きがある程度収まったところで、流れ込んできた知識から新たな神代魔法の名前を呟こうとした。

そのとき、石板の木がうねり始めた。

何事かと身構えたが、燐光に照らされた木はグネグネと形を変え、幹の真ん中に人の顔を作り始めた。あくまで方から上だけだが、顔つきから女性だということがわかった。

顔が完全に出来上がると、女性は目を開けて、そっと口を開いた。

 

『まずは、おめでとうと言わせてもらいますわ。よく、数々の大迷宮と、わたくしの・・・このリューティリス・ハルツィナの用意した試練を乗り越えましたわね。あなた方に最大限の敬意を表すと共に、ひどく辛い試練を与えたことを深くお詫び致します』

 

俺は思わず「そうだ、慰謝料払え!」と言いそうになったが、なにやら重要そうな話をされると直感したのと、これはあくまで木を媒体にした記録のアーティファクトであるから我慢した。

それと、この人物からはどこか王族のような気品を感じる。耳の先端が尖っているようにも見えることから、おそらく森人族なのだろう。

 

『しかし、これもまた必要なこと。他の大迷宮を乗り越えて来たあなた方ならば、神々と我々の関係、過去の悲劇、そして今、起きている何か・・・全て把握しているはずですわね?それ故に、揺るがぬ絆と、揺らぎ得る心というものを知って欲しかったのです。きっと、ここまでたどり着いたあなた方なら、心の強さというものも、逆に、弱さというものも理解なさったでしょう。それが、この先の未来で、あなた方の力になることを切に願っています』

 

俺はリューティリス・ハルツィナの言葉に耳を傾けつつ、すでに焦れてきているハジメにジト目を送る。

さすがに我慢しているが、早すぎないか?

 

『あなた方が、どんな目的の為に、私の魔法・・・“昇華魔法”を得ようとしたのかは分かりません。どう使おうとも、あなた方の自由ですわ。ですが、どうか力に溺れることだけはありませんよう。そうなりそうな時は、絆の標に縋りなさい』

 

ここできょろきょろと攻略の証を探し始めたハジメに、俺から肘鉄を送る。内部に衝撃を叩き込んだから、それなりの激痛がハジメを襲っているはずだ。

 

『わたくしの与えた神代の魔法“昇華”は、全ての〝力〟を最低でも一段進化させますわ。与えた知識の通りに。けれど、この魔法の真価は、もっと別のところにあります』

 

昇華魔法の真価?そんなもの、与えられた知識の中にない。いや、それは他の神代魔法も同じだ。

幸い、ハジメの意識も話の内容に向いたようで、うずくまりながらもリューティリス・ハルツィナの方に目を向けた。

 

『昇華魔法は、文字通り全ての“力”を昇華させます。それは神代魔法も例外ではありません。生成魔法、重力魔法、魂魄魔法、変成魔法、空間魔法、再生魔法・・・これらは理の根幹に作用する強大な力。その全てが一段進化し、更に組み合わさることで神代魔法を超える魔法に至る。神の御業とも言うべき魔法・・・“概念魔法”に』

 

神の領域・・・“概念魔法”。そんなもの、初めて聞いた。

だが、思い当たる節もあった。

あの時、ミレディは「君の望みのために、全ての神代魔法を手に入れて」と言った。つまり、このことを言っていたのだろう。

 

『概念魔法・・・そのままの意味ですわ。あらゆる概念をこの世に顕現・作用させる魔法。ただし、この魔法は全ての神代魔法を手に入れたとしても容易に修得することは出来ません。なぜなら、概念魔法は理論ではなく極限の意志によって生み出されるものだから』

 

極限の意志・・・ずいぶんとフワッとした表現だ。まぁ、それを言ったら概念自体もフワッとしたものだが。

だが、それが本当なら魔法陣で知識転写できなかったのもうなずける。

 

『わたくし達“解放者”7人掛りでも、たった3つの概念魔法しか生み出すことが出来ませんでした。もっとも、わたくし達にはそれで十分ではあったのですけど・・・その内の1つをあなた方に贈りましょう』

 

そう言った直後、中央の石板がスライドし、中から懐中時計のようなものがでてきた。

俺が手に取ると、表には半透明の蓋があり、中には指針が1本だけあった。時計というよりは、コンパスのように見えなくもない。

裏には、リューティリス・ハルツィナの紋様が描かれていた。どうやら、これが攻略の証も兼ねているようだ。

俺がまじまじと見つめていると、リューティリスが説明を再開した。

 

『名を“導越の羅針盤”。込められた概念は、“望んだ場所を指し示す”』

 

その言葉を聞いた瞬間、たしかに俺の心臓が跳ね上がった。

“望んだ場所を指し示す”。

それが本当なら・・・

 

『どこでも、何にでも、望めばその場所へと導いてくれますわ。探し人の所在でも、隠されたものの在処でもあっても、あるいは・・・別の世界であっても』

 

きっと、リューティリスの言う別の世界とは、神のいる世界のことを言っているのだろう。

解放者の目的は、神を倒すことだ。おそらく、神を見つけるためにこの概念を生み出し、オスカー辺りがこの羅針盤に付与、あるいは創造したのだろう。

だが、神の世界ですらその場所を指し示して導くというのなら、俺たちの世界・・・日本であっても可能なはずだ。

ようやく、日本に戻るための一手を掴んだ。

俺でさえも、高揚を抑えきれない。なら・・・誰よりも帰郷を望んだハジメの心境は、俺の比ではないだろう。

ちらりとハジメの方を見れば、義手の左手をギュッと握り締めていた。

 

『全ての神代魔法を手に入れ、そこに確かな意志があるのなら、あなた方はどこにでも行けますわ。自由な意志のもと、未来を選択できますよう。あなた方の進む道の先に幸多からんことを、心から祈っておりますわ』

 

最後にそう言って、微笑みはそのままに木の中へと戻っていった。

それからしばらくは誰も口を開くことができなかったが、感情を抑えたような、努めて冷静さを保とうとしているハジメが静寂を破った。

 

「ユエ、ツルギ、念の為に聞くが・・・昇華魔法を使えば・・・空間魔法で・・・・・・世界を越えられるか?」

 

そのハジメの質問に、俺とユエは即答を避けて頭を回転させた。ハジメの質問の重みを察しているからこそ、あらゆる可能性を探る。

俺とユエは、パーティーの中でも特に魔法に秀でている。だからこそ、その期待に応えようと必死にトライアンドエラーを繰り返すが・・・

 

「・・・ごめんなさい」

「今の俺たちだと、この世界の空間に干渉することはできても、世界を超えて空間に干渉することはできないな」

「そうか・・・」

 

俺たちの扱う神代魔法は、あくまでこの世界の理に作用するものだ。それは、昇華魔法込みでも変わらない。

おそらく、世界を超えるには、それこそ概念魔法が必要になるのだろう。

リューティリスは、概念魔法を3つ編み出したと言っていた。残りの2つは、神の世界に行くための概念と神を殺すための概念のはずだ。

だが、それがわかっただけでもかなりの収穫だ。なにせ、日本に戻るための明確な手段が提示された。あとは、その手段を手に入れてチェックメイトだ。

それに・・・

 

「な、なぁ、南雲、峯坂。さっきの話・・・その概念魔法が使えるようになれば・・・」

 

物思いにふけっていると、天之河が遠慮がちに声をかけてきた。

 

「あぁ、帰れるだろうな」

「少なくとも、転移先はこの羅針盤が示してくれるはずだ」

「そう・・・か・・・。な、なぁ、帰るときになったら・・・」

 

そこまで言って天之河は口をつぐんだ。坂上の方を見れば、似たような感じでそわそわしている。

 

「安心しろ。定員制限やらデメリットでもない限り、ついでに全員連れ帰ってやるよ」

「そ、そうか。ありがとうな、南雲」

「つーか、やけに自信なさげなところを見ると、お前らはダメだったな?」

「「うっ!?」」

 

俺のストレートな言葉に、天之河と坂上が胸を押さえてうずくまった。

やはりというか、男2人は攻略を認められなかったようだ。

まぁ、坂上はともかく、天之河は終始醜態をさらしていたから、当然だろう。

だが、

 

「八重樫と谷口は、攻略を認められたみたいだな」

「!・・・えっと、ええ、使えるみたい」

「う、うん、鈴も使えるよ」

「ほ、本当か、2人とも!?」

「マジか、やったじゃねぇか!」

 

それもそうだろう。

戦闘はもちろんだが、2人とも理想世界の夢と快楽地獄を自力で乗り越えたんだ。最後のゴキは自信なさげだったが、攻略を認められるのには十分だったようだ。

 

「とりあえず、今日のところはさっさとフェアベルゲンに戻ろう。多少は回復したが、早くティアとイズモに癒されたい・・・」

「まだ足りなかったの?」

「まったく、しょうがないな」

 

当然、まだまだ足りませんとも。少なくとも、今日明日は思い切り癒されたい。そして、若干呆れながらも承諾してくれたティアとイズモがマジでありがたい。

というか、すでにティアが右から、イズモが後ろから抱きついてきて、すでに夢心地だわ・・・。

・・・それに、今日はいいものも見れた。

 

「ツルギ、どうしたの?」

「何やら、ハジメ殿の方を見ているが」

 

俺がハジメを見ていることに気づいたのか、2人が問いかけてきた。

たしかに、俺はハジメの方を見ていた。

なにせ、

 

「ようやく、ハジメが報われたと思ってな」

「あ・・・」

「なるほどな・・・」

 

今まで、ハジメにはまったく余裕がなかった。いつだって死に物狂いで、必死で、傷ついて。

だが、今までの地獄の日々が、ようやく報われた。

その証拠に、今のハジメが浮かべている笑み。

それは、こっちで何度も見てきた傲岸不遜で不敵なものではなく、日本で何度も見てきた少し困ったような笑みだった。

そして、その笑みに心打たれたユエたちは、香織が好きになったハジメに共感するとともに、そのままハジメのもとへと走った。

今回のハルツィナ樹海の攻略で、俺たちは、ハジメはたしかに前に進むことができた。今回で得た希望は、たしかにハジメにいい影響を与えたに違いないと、俺は確信していた。

・・・若干1名、無理して笑みを浮かべているのが丸わかりのやつがいたが、あえて無視した。わざわざ水を差すことでもないし。

何はともあれ、こうして俺たちのハルツィナ樹海攻略は幕を閉じた。




「・・・なんだか、ハジメを見るツルギの目がとてもやさしい・・・」
「あ?まぁ、親友だからな」
「・・・まさか、ツルギって・・・」
「ちょいと待て、それは誤解だからな。俺にその趣味はない」
「大丈夫だ、ツルギ殿。たとえツルギ殿に特殊な性癖があっても、私たちは偏見を持たないからな」
「だーかーらー!違うって言ってるだろ!」

久しぶりにホモ疑惑を持たれた剣の図。

~~~~~~~~~~~

鈴の強化フラグが確立しました。
さて、ここからどう改造していきましょうか・・・。
まぁ、登場の機会は少ないかもしれませんが。
あくまでツルギ視点が主体なので、かかわりが薄い谷口や坂上あたりはどうしても存在感が薄くなりがちなんですよね・・・。

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