二人の魔王の異世界無双記   作:リョウ77

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最後の大迷宮

「おぉ~。見渡す限り、ずっと雲海ですねぇ~。全然地上が見えないですぅ」

 

八重樫たちに新装備を渡してから数日、フェルニルで移動していた俺たちはとうとう最後の大迷宮である氷雪洞窟があるシュネー雪原にやってきた。

窓から見える景色は、シアの言う通り、雲しか見えない。シュネー雪原は、常に曇天で、地上は激しい吹雪に覆われている。おそらく、気温は氷点下数十度はくだらないだろう。

まぁ、雲の境界がはっきり見えているから、確実に自然現象ではないだろうが。

そんな中、俺はティアを膝枕していた。ティアの腕の中には子キツネのイズモもいる。

いつもと立場が逆になっているのは、もちろん理由がある。

 

「ティア。そんなに緊張することはないと思うが」

「・・・だって、もうすぐ父さんと、って思うと・・・」

 

そう。この大迷宮攻略が終わったら、俺やティアたちはガーランドに向かう。それに、シュネー雪原からガーランドはすぐそこだ。向こうからやってくる可能性もゼロではない。

ティアが緊張するのも、無理はないことだ。

とはいえだ。

 

「あのなぁ、リヒトとやり合うのは俺だぞ?」

「え?」

「結局、王都でも勝負はついてないままなんだ。次で決着をつけてやる」

 

これに関しては、慰めとかではなくて俺の本心だ。2回も勝負がお預けになったのは、リヒトが初めてだ。次こそ、どっちが強いかはっきりさせてやる。

それにぶっちゃけ、ティアのことを認めさせようとかは2の次になっているし。

認めないからなんだ?力づくで認めさせればいいじゃない。

 

「それにな、ティアだけじゃなくて、俺もイズモもいるし、谷口たちもついてくる。お前1人の問題じゃねぇよ」

 

谷口だって中村を連れ戻すためにガーランドに行くし、八重樫たちはもちろん、香織もついていくつもりだと聞いている。戦力としては、むしろ過剰と言ってもいいくらいだ。

 

「だから、そんなに気を張り詰める必要はない。リヒトのことは俺に任せればいいし、王都の件があるから、向こうもむやみに魔物を投下するなんてことはしないだろう。中村が変なことを企んでいないとも限らないが・・・魂魄魔法が使える俺なら、敵にはならない」

 

中村の降霊術は神代魔法に一歩踏み込んでいるほどのレベルだが、逆に言えば魂魄魔法で十分対策できる。今のところ、中村が敵になりうる要素は少ない。

魔物だって、王都襲撃の際に俺とハジメでその場にいたほとんどの魔物を派手に殲滅したから、向こうもそれを警戒するだろう。

つまり、油断しないのはもちろんだが、ティアがそこまで気負うほどのことはないと俺は考えている。

 

「だから、ティアはもう少し力を抜け。まずは氷雪洞窟の攻略をして、話はそれからだ」

「・・・そうね」

 

俺の言葉にティアも気持ちがほぐれたようで、先ほどより柔らかい笑みを浮かべた。

 

「俺としてはむしろ、日本に帰るときの方が心配だ。“道越の羅針盤”で位置を確かめはしたが、まさかハジメでも1発で魔力が全部持っていかれるとは思わなかったし」

『やはり、神代魔法のさらに上というだけあって、使い勝手はよくないということか』

「そうだろうなぁ。探査するだけでこれなら、実際に世界を超えようとしたらどうなるか、まったくわからん」

 

俺たちの中で最も魔力があるハジメでさえ、1発でほぼ全部の魔力を消費して気絶しそうになったんだ。まず俺だと使えるかはわからんし、ユエでもギリギリだろう。

それに、位置が分かったといっても、具体的な座標ではなく、あくまで感覚としてなんとなく、ってだけだ。おそらく、“道越の羅針盤”とセットで使わないと、碌に転移できないだろう。

まぁ、その辺りは錬成師であるハジメの領分だ。俺もできる限り手伝うつもりだが、役に立てるかは正直微妙だ。

それに、初めて得た手掛かりにハジメもテンションが上がっている。その勢いのまま任せた方が吉だろう。

 

「ま、どうにかなるだろ。今までもそうだったしな」

 

お気楽だと言えなくもないが、ハジメたちと今まで乗り越えてきた旅路を考えてみれば、ある意味当然だともいえる。

 

『・・・そうだな。なら、私からも励まさせてもらおうか』

 

すると、イズモがティアの腕の中からひょいと脱出し、ソファの近くに降りた。

ティアが思わずといったように両腕を伸ばしたのを見て内心微笑ましくなるが、いったいどうしたのだろうとイズモを見ると、子キツネイズモが紫の炎に包まれたかと思ったら、中から大きくなったイズモが現れた。これは、最初会ったときのようなでかい九尾の姿だ。この姿を見るのは何気に久しぶりな気がする。

変化したイズモは近くに来て丸まり、

 

『ほら、ここに寝転がってくれ』

 

尻尾をふさふささせながら、俺たちに手招きならぬ尻尾招きをした。

ティアはこれに遠慮なく飛びつき、俺もそんなティアの様子に苦笑しながら腰を下ろしてもたれかかった。

今までに尻尾や耳をモフモフしたことは何度もあるが、こうして体の中に納まるのは初めてな気がする。

・・・なるほど。人間状態のイズモに抱きしめられるのとはまた違った抱擁感というか、包まれ方をしている。こう、人間状態のときは柔らかいというか、思わず力が抜けてしまう印象が強いが、こっちだと温かいというか、思わず潜り込んでしまいたくなるような魔性の魅力がある。これを知ったら、他のどのクッションでも満足することはできないだろう。

ついでにティアも抱きしめて、さらに大きくなった尻尾を毛布代わりにすれば、最強形態の完成だ。いっそ、このまま寝てしまおうか・・・

 

「わぁ~、モフモフですぅ!!」

 

・・・せっかく寝ようと思ったら、でかい声で邪魔が入った。

声のした方を見ると、そこにはシアが目をキラキラさせながら覗き込んでいた。

 

「すごいですねぇ、私にはできない芸当ですぅ」

「シアはウサ耳とウサ尻尾があるだろ」

「さすがにハジメさんを包み込むことはできないですよぉ」

 

それもそうだろう。シアの尻尾はテニスボールくらいのサイズしかないし、ウサ耳だってモフモフというより巻きつくに近い。ついでに言えば、時折先端がハジメの目を貫いている。

 

「言っとくが、場所を変わったりはしないからな・・・すでに眠い・・・」

「わかってますよ。それにしても、3人とも、さらに甘々になってますねぇ」

 

その言い方だと、以前から甘かったみたいな感じだが、あながち間違いではないかもしれない。俺もティアも、イズモの尻尾とキツネ耳の虜になっていた。たまに寝るときに子キツネイズモを抱きしめたりしていたし。

だが、

 

「それを言ったら、シアとハジメもそうだろ。シアなんか、何で今になって照れてるんだよ。衆人観衆の前で『私の処女をもらってください!』って言ってたシアはどこに行ったんだよ」

「うっ、その時のことは忘れてほしいですぅ・・・」

 

昔のシアはなんとしてでもハジメの気を惹こうと大胆なアピールを繰り返してきたが、今となっては座る位置すらもじもじしながら測るという、思わず「乙女かっ!」とツッコんでしまいたくなるような状態になっている。

ついでに、近くで恍惚の表情を浮かべながら痙攣している駄竜には意識を向けないようにしている。あんなの見たところで気持ち悪いだけだ。さらにびくりと痙攣した気がするが、気のせいだろう。

すると、ドアが開いて八重樫たちが中に入ってきた。

 

「お、戻ってきたか。どうだ、もう新しいアーティファクトには慣れたか?」

「えぇ、峯坂君。おかげで・・・って、すごいことになってるわね」

 

八重樫はなるべくティオを視界に入れないようにしながら、イズモに包まれながらティアを抱いている俺の方を見た。

ついでに、天之河からなにやら眉をピクリと動かして口をへの字にしているが、めんどくさいから放置する。

 

「おぅ、楽園はここにあったぞ~・・・」

「寝ないの。もうすぐ到着するんだから」

「あと5分・・・」

「だからダメだって・・・」

 

八重樫がイズモの背中越しに俺を引っ張り出そうとするが、今のイズモの大きな体越しだと否応にも全身がモフモフに包まれることになり、俺を引っ張る力が抜けて沈み込みそうになっていく。そして、とうとう顔をイズモの背中にうずめて、モフモフを堪能し始めた。

 

「すげぇな。あの雫がいちころだぜ」

「うぅ、鈴も思い切りしがみつきたい・・・」

 

後ろでは、坂上が数秒で八重樫を堕落させたイズモのモフモフの破壊力に戦慄の表情を浮かべ、谷口はすでにモフモフの誘惑に負けそうになっていた。

 

「言っておくが、谷口にはこのモフモフはやらんぞぉ・・・」

「シズシズはいいんだ」

「すでにティアとモフモフしたからなぁ・・・」

「・・・とりあえず、一回起き上がったら?本当に寝そうになってるよ」

「・・・ハジメぇ、あとどれくらいだぁ?」

「今から降下するところだ」

「・・・なら、もう起きなきゃな・・・」

 

名残惜しいが、これは大迷宮を攻略した後のお楽しみとして取っておこう。

ていうかむしろ、八重樫の方が起き上がる気配がない。

 

「おら、八重樫も離れろ」

「ぐぇっ」

 

俺は八重樫の首根っこを掴み、無理やり引きはがした。その際、女の子にあるまじき呻き声が聞こえたが、優しい俺はスルーした。

無理やり引きはがされた八重樫は、首筋をさすりながら、顔を赤くしながら俺を睨んできた。

 

「何するのよ」

「これくらいしなきゃ八重樫は離れなかっただろ」

「だからといって、普通女の子の首を掴む?」

「掴むどころか足蹴にしたやつを俺は知っているぞ」

 

主に、すぐ近くにいる白髪眼帯さんとか。ついでに言えば、身分もあまり気にしない人間だ。

 

「それは、そうだけど・・・でも、もう少し他にやり方があったんじゃない?」

「ちなみに、このまま放置したら顔面を床にぶつけることになっていたが、そっちの方がよかったか?」

「・・・起こしてくれてありがとうございます」

 

床ビタンされるよりは首根っこを掴まれるほうがマシだったらしい。

 

「あぁ、そういえば、不具合とかはなかったのか?」

「あ、あぁ。というか、驚いたよ。魔力の通りや出力は段違いだし、新しい能力もかなり有用だ」

「おう、マジですごいぜ!空中を踏むって感覚は戸惑ったけどよ、慣れればマジ使える。籠手の威力も倍増したし、実戦で使うのが楽しみだぜ!」

「鈴も、大満足だよ!薙刀の方はまだ実戦だとわからないけど、結界は前よりも比較にならないくらい操れるし、満足だよ!」

「私の方は、むしろ機能が多すぎて実戦での選択に迷わないか不安だけど・・・そこは経験値を稼ぐしかないわね」

 

まだ細かいところで各自調整する必要はあるようだが、アーティファクト自体に問題はないようだ。ハジメが作ったんだから、当たり前だろうが。

 

「そいつは重畳。完全に使いこなせれば単純に考えても戦闘力は数倍になる。それなら魔人領に行っても問答無用に潰されることはないだろう。まぁ、せいぜい気張れよ」

 

そこに、ハジメの方からそっけないながらもエールが送られた。与えられた力だって本物だし、やはり以前と比べべて柔らかくなっている。特に、谷口の目的の達成には大きすぎるレベルの恩恵だ。

 

(男のツンデレとか誰得・・・いや、ユエたちには得っつーかむしろ大幅に惚れるポイントか)

 

頭の中で考えはするが、言葉には出さない。どうせハジメのツンが加速するだけだろうし。

そのハジメは、不意に表情を真剣なものに変え、道越の羅針盤に視線を落とした。

 

「氷の峡谷に到着だ。雲の下に降りるぞ」

 

そう言って、ハジメはフェルニルを降下させた。

降りる途中で稲妻や雹がフェルニルに襲い掛かったが、ハジメ作のアーティファクトを貫けるはずもなく、何事もないかのように降下していく。

数秒で雲の中を抜けると、外は猛烈な吹雪に覆われていた。

 

「おぉ、すげぇな」

「シュネー雪原やその周辺は、どこも年中こんな感じよ。だから、ガーランドは防寒に関してはかなり優れている部分があるわ」

 

たしかに、王都や帝都のような設備だとすぐにあらゆるところが凍り付いてしまうだろう。地球でも、年中寒いところは防寒に特化した作りになっているって聞くし、ガーランドも似たようなものなんだろう。

 

「ほわぁ~。ハジメさんハジメさん!外がすごいことに!」

 

そんな中、はじめて雪を見たシアのテンションがすごいことになっていた。あまりの荒ぶり方に、ちょいちょいハジメの目をウサ耳がつくくらいに。

 

「確かに“極寒”というに相応しい有様じゃな・・・妾、寒いのは余り得意ではないんじゃがのぅ」

「私は、別に平気ですけどね」

 

ティオは外を見て嫌そうに目元を歪めながら愚痴るが、イズモは特に変わった様子もなく呟く。まぁ、あんな立派な毛があるのに寒さに弱いとか、何のための毛だよって話になるし、当然と言えば当然か。

だが、今回はあまり心配はいらない。

 

「安心しろ。そのためにハジメが作ったやつがあるだろう」

 

そう言って、俺は胸元にかけてあるペンダントを取り出した。

これはハジメのアーティファクトで、“エアゾーン”と名付けている。これは、一定範囲の空気をある程度遮断して、外の気温の影響を受けないと同時に中を快適な温度に保つという、グリューエン大火山の経験から生み出されたアーティファクトだ。

ついでに言えば、ユエたちには基本的に雪の結晶をかたどったものが渡されている。ティアとイズモのものも同じだ。どうやら、ハジメ程錬成が上手くない俺に気を遣ってくれたらしい。

ユエたちは、ハジメからの贈り物にすでに浮足立っているが、不満そうにしているものが1人。

 

「・・・のぅ、ご主人様よ。なぜ妾だけ、ちっちゃな雪だるまなんじゃ?いや、これはこれで可愛いとは思うんじゃが、妾も出来れば意匠を凝らしたアクセサリーの方が・・・」

 

そう、ティオのペンダントだけデフォルメ化した雪だるまになっていて、今にもアメリカンな笑い声が聞こえてきそうな感じだった。

そんなユエたちの方を見て物欲しそうにしているティオを見て、ハジメは真剣な表情になってティオに話しかける。

 

「ティオ、俺は知っている」

「な、何をじゃ?」

「お前の中に、スーパーティオさんが眠っていることを」

「!?」

 

瞬間、ブリッジの中を雷が落ちたかのような衝撃が駆け抜けた。

そう、俺やハジメたちはあくまで聞いた話でしかないが、シアや香織から聞いたのだ。

ハルツィナ樹海攻略の時、最後の試練で生じた現象。

そう、まともなティオが現れたのだ。

その時の姿は、変態性は欠片もなく、まさにお姉さんのようで、カッコよすぎたのだとか。

俺やハジメも、最初はただの都市伝説のようなものだと考えていたが、シアや香織が攻略後も散々恐ろしそうに語っていたことから、本当のことなのだろうと信じた。

ちなみに、この話を聞いたイズモは、あまりの衝撃に涙を流して崩れ落ち、俺とティアで頑張って慰めた。ティオの変態化で、この中で最もダメージを負ったのはまぎれもなくイズモだ。その内心は、俺たちでは計り知れない。

そして、ハジメは一度見てみたいという興味から、俺はイズモの心傷を少しでも軽くさせたいことから、どうにかそのスーパーティオさんを引き出そうと画策した。あの雪だるまペンダントも、その一つだ。

だが、

 

「俺たちは、お前の中にはまだスーパーティオさんが眠っていると信じている」

「存在を証明すれば、頑張ったご褒美にお前が望むデザインのアクセサリーをくれてやる」

「ひ、ひどいのじゃ・・・それはつまり、一生妾には女らしい贈り物をせんということかっ!?あんまりじゃ、ご主人様よっ!痛くされるのは好きじゃが仲間はずれは嫌じゃ!妾にも、もっと可愛らしい贈り物をしてたもう!」

「おい、駄竜。性癖が治らないことを確定事項にするんじゃねぇよ」

「だぁ、くそ。ほら、イズモ、落ち込まないでくれ」

「そ、そうよ、まだ希望はあるから」

「・・・いや、いいんだ、ツルギ、ティア。私はもう諦めている。たとえ、里の者から罵られようとも、私にはどうすることもできないのだ・・・」

 

結局、イズモの心傷は深くなる一方だった。それでも、マジでなんとかしないと、イズモもそうだがティオの関係者の精神状態も危うい。

また違う方法を考えようか・・・。

 

「・・・シズシズ。鈴達のなんか作った感すらないよね。どう見ても唯の石ころだよ。これなら、まだ雪だるまの方がいいよ」

「言わないで鈴。扱いの歴然とした差に悲しくなるから・・・」

 

後ろでは、谷口と八重樫が渡されたペンダントを見て扱いの差に顔を見合わせていた。

谷口の言う通り、勇者パーティーには形状加工されていないただの石ころが渡されていた。一応、アーティファクトとしての機能は果たしているが、やはり女性陣には受けが悪い。

 

「そうかぁ?別に唯の石ころでも効果があるんならいいじゃねぇか」

「・・・龍太郎。そういうことじゃないと思うぞ」

 

天之河に同意するのは癪だが、たしかにその通りだ。この辺りの機微は、脳筋の坂上には難しいだろう。

 

「ねぇ、ツルギ」

 

そこに、横からティアが声をかけてきた。そっちを見ると、ティアが意味ありげに八重樫と谷口の方を見ていた。

・・・あぁ、なんとなくわかった。

 

「ったく・・・おい、2人とも、ちょっと貸せ」

「え?え、えぇ・・・」

「わ、わかったけど・・・」

 

いきなり俺に声をかけられて動揺しているのか、若干声が上ずっていたが、素直にペンダントを俺に渡した。

ペンダントを手に持った俺は、宙に魔法陣を生成して、その中心に2つのペンダントを放り込んだ。

2つのペンダントは魔法陣に触れるとそこで停止し、形を変えていった。そして、数秒後には兎のシルエットのペンダントが出来上がった。俺は魔法陣を消してペンダントを手に納め、八重樫と谷口に渡した。

 

「ほら、これで少しはましになっただろ」

「え、えぇ、ありがとう、峯坂君」

「ありがとう!やっぱり龍太郎くんとは違うね!」

「言っとくが、ティアに頼まれただけだからな・・・それと、お前らは別にいらないだろ?」

 

そう言って天之河と坂上に視線を向けると、天之河は曖昧気味に「ま、まぁ」とだけ答え、坂上は谷口のジト目に目を逸らしながら「あ、あぁ、いらねぇ」と言った。

そんなやり取りをしているうちに、氷雪洞窟に続いているクレバスが見えてきた。だが、しばらく進むと入り口が見えないままクレバスの終わりが見えた。

 

「ん?ここで終わりか?羅針盤はもっと先だと示しているんだが・・・」

「ハジメ、よく見ろ」

 

首をかしげるハジメに、俺は水晶ディスプレイを指差す。

よく見ると、峡谷の幅はかなり狭くなっており、奥にトンネルのような道が見えた。進路の先は雪によって上がふさがれた状態になっているらしい。

 

「しょうがない。ここからは地上を行くか。洞窟までは1㎞もないようだし、問題ないだろう」

「いよいよお外に出るんですね!雪初体験ですぅ!」

 

ハジメの言葉に、未だに雪でテンションが上がったままのシアがウサ耳や尻尾を荒ぶらせる。

なんつーか、初めて雪を見た子供の反応ってこんな感じだよなぁ~、なんて他人事みたいに考える。ハジメの方も、それはもう慈愛たっぷりの表情になってシアに手を伸ばそうとしていたから、内心は簡単に察せる。ユエの方も、そんなハジメの様子を微笑みながら見ている。

やっぱり、ハジメがシアを受け入れてから、いろいろと変わったなぁと実感する。

そんなこんなで、フェルニルを崖の上に着地させ(谷底は狭くて無理だった)、下部ハッチを開けた。

すると、そこから身を刺すような冷気が流れ込んできた。

 

「おっ、やっぱそこそこ寒いな」

「とか言いながら、わりと平気そうな感じだな」

「これくらいなら、まだどうにでもなる」

 

これくらいの寒さなら、自分の身体をコントロールすればどうにでもなる。まぁ、寒いものは寒いから、さっさとエアゾーンを起動させるが。

それに、エアゾーンは外気を防ぐことはできても吹雪とかは防げないから、念のため着たコートのフードを目深にかぶった。

 

「わぁ、これが雪ですかぁ。シャクシャクしますぅ!ふわっふわですぅ!」

 

そんな中、シアだけはコートの前を開けっぴろげにして、大はしゃぎしながら全身で雪を浴びていた。

とはいえ、ここまで雪が積もっているといろいろと危ないから、注意を呼び掛けておく。

 

「おい、シア。あんまりはしゃぎすぎるな・・・」

「これはもう、ダイブするしかないですよぉ!」

「あっ、ちょい待て!気を付けないと・・・!」

 

俺の制止もむなしく、シアは大の字になって雪にダイブし、

 

「今日から私は雪ウサギぃあぁぁぁ~~~」

 

情けない悲鳴を最後に、シアの姿が消えた。

 

「・・・落ちるぞ」

「遅いわ、ツルギ」

 

それに関しては、俺の忠告を無視したシアにも問題があると思うんだが。

こう雪が積もっていると、穴の上を雪が覆って天然の落とし穴が出来上がる。それに、これほどの規模のクレバスだと深さもかなりあるだろうから、気を付けた方がいいと忠告しようとしたのだが・・・

 

「まぁ、あのバグ兎なら大丈夫か」

「それもそうね」

「たしかに、この程度の高さなら問題ないだろう」

 

八重樫や谷口は突然のことに慌てているが、俺たちは大して心配していない。

あのバグ兎なら、受け身を取れなくてもかすり傷1つ負わないだろう。それだけのポテンシャルがある。

そして、それは俺たちも同じようなものだ。

 

「んじゃ、俺たちもいくか」

「そうね」

「あぁ」

 

次々と飛び降りていくハジメたちに続き、俺たちもクレバスの中に飛び込んだ。

さて、最後の大迷宮攻略を始めるとするか。




「イズモさんの毛並みって、そんなに気持ちがいいの?」
「八重樫が即落ちするくらいにはな」
「うぅ~、鈴もそのモフモフにあやかりたい・・・峯坂君、言い値を払うって言ったら、どれくらいになる?」
「そうだな・・・10秒1万でどうだ?」
「高い!でも買った!!」
「断る」
「なんで!?」
「売ると言った覚えはないからな」
「この詐欺師!」
「お前らはなんの漫才をしてるんだよ」

どうしてもイズモのモフモフをどうしても堪能したい鈴と絶対に渡そうとしないツルギの図。


~~~~~~~~~~~


物語も終盤に差し掛かってきました。
きたんですが・・・ここで「あれ、そう言えば恵里はまったく強化してなくね?」ってことに気づきました。
このままだと、谷口にボコられるだけの恵里が出来上がってしまうかも・・・。
まぁ、まだ先のことなんで考えても仕方ないですが。

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