10,000超えが理想。大変だけど。
ちゅんちゅん。
スズメが庭の塀から羽ばたいて飛び立つのを薄ら目で見つめる。
「はぁ……」
カタナは息を吐きながら寝起きのだるい身体を動かし、玄関を開ける。
あの夢から3日。4月18日。
彼、如月カタナは、いつもと変わらない日常を謳歌していた。あの夢のことを綺麗サッパリと忘れたわけではないが、特にトラウマとなるはなかった。
しかし、唯の夢と割り切れず、頭の片隅で悶々と考えふけっていた。
「じゃぁなーカタナー」
「おう。またなー」
学校の正門。放課後、クラスの友人と別れて自宅の方向に歩く。特に重いものがカバンに入っているわけもなく、その歩みを順調に進め一歩一歩近づいていた。
「今日の晩ご飯は何にするかな……」
カタナの両親はいつも自宅にいるわけではなく、海外出張で外国を飛び回っている。そのためいつも家には一人しかいず、自分のことは自分でしなくてはならない。
流石に生活する為に両親から月額で仕送りは来る。だが、一人きりでいることは間違いない。
しかし、そんな生活にも慣れ、寂しいとカタナは感じていない。そんなものと当の昔に割り切っていた。
「久しぶりに
やっぱ和は正義だね。日本人の
「あとは適当に野菜でも見繕って……」
――サラダにでも。
ピチュン――
「!?」
聞いたことのない音。すぐ背後!
とっさに身を屈めた。その瞬間、一瞬だけ背中に熱を感じた。そのまま後ろを見返す。
――見たこともない藍色の物体が駆動音を鳴らしながら、銃口と思わしき穴をカタナに向けていた。
「ヤバい――っ!」
直感が告げていた。――アレは飾りなんかじゃない。
咄嗟に走り出していた。カタナが持ちうる全てを使って、必死に逃げる。
――ピチュン
「......!」
音――鳴る瞬間、身を翻らせる。
――眼の前を、黄色の線が貫いた。
「ビームかよっ!?」
本当に当たったら、傷つくどころか消滅してしまう。証拠に、射線上にあったコンクリート塀が黒く焼け焦げている。しかも穴が若干空きかけそうだ。
「あっ――」
だが、避けた先。足元に石が。
「――っぃ!?」
どうすることもできず、転ぶ。
全力疾走から急に回避行動を取ったこともあり、そのエネルギーを完全に殺すことはできず、一回転がった。
体に少々の痛みを感じるが、気にも掛けずに逃げようと顔を上げた。
ロボットの銃口が目の前で突きつけられている現実さえなければ。
「――――」
恐怖しか感じなかった。いや、それ以外感じる余地もない。余裕すらない。
間違いなく目の前にある銃口は、カタナを一撃でこの世から消し去るのに十分すぎるほどのものだ。あまりのも過剰と言える。
(まさか……)
だが、この状況に一つだけ似たことを体感したことがある。
あの夢と同じ。
あのときも、犯人は
では、
――同じ状況だ。色々が違えど、このロボットがカタナを殺害しようとしていることには間違いない。
あの夢がそのまま現実になったような。
ありえないことでは無い。現実問題、そのロボットは空中に浮いている。
これがあの
考える間もなく、砲身から光が放たれる。
カタナは咄嗟に顔を背けた。
そんなときだった。
影が上から降りて、カタナの前に立ちふさがったのは。
何かが焼けるような音。カタナは熱を感じ、身を縮こませた。
「――大丈夫ですか」
抑揚の無い、女の声。
カタナはその声が聞こえ、目を開けて前を見た。
「――」
ひと目。目を逸らせなくなった。
彼女の周囲で、イチョウの葉の形をしたモノが浮いている。
それよりも、彼女自身の纏っているもの。大事な部分が隠れてはいるものの、動けばたちまち見えてしまいそうなぐらいにしか隠されておらず、胸は大部分が、腹に至っては下腹部から背中まで肌色。
足もストッキングにブーツを履いているようなものだが、絶対領域と称される部分の太ももが隠されていない。
それ以上に、コスプレでもこんなのは見たこと――。
「あ、あぁ……」
衝撃に、カタナは息が漏れるような声しか出せなかった。
――なぜ。
「わかりました」
返事を聞くと、彼女は背を返してロボットへ視線を戻し。
「戦闘システム、起動」
――既視感を覚えている。
一言つぶやくと、剣らしき物体が虚空から光を歪めながら出現した。
彼女が手に持った剣――ビームソードの柄を右手で掴み、ロボットへ走り出す。
数歩目、足を強く踏み出すと、彼女は空を駆けた。地上を走るより圧倒的に速い。
ロボットは反撃――する間もなかった。
一振り。
そのボディが、ケーキの様に。上から。
鉄が溶接されるような音を撒き散らしながら、ロボットは中の基盤をさらけ出し、断面が
――B,BBBBBbbbbbb------!!!!!!
エラー音にもならない断末魔を鳴らし、ロボットは各部に点くランプを点滅させる。しばらくすると、その光も徐々に弱々しくなっていき、完全に沈黙した。
もう、なにがどうなってる……!?
これじゃ、まるで……、
あの夢のようだ。
未だに目の前の現実を受け止めきれてないカタナに、彼女が近づいていく。
「大丈夫ですか」
変わらず抑揚のない声。それでも、気にかけていることは言葉で伝わった。カタナは慌てて彼女に視線を移し、頭を上下に振る。
「だ、大丈夫、だ……」
眼前の状況を取り敢えず置いておくことでなんとか理解を追いつかせ、彼女に返事をする。
「ところで、君は……」
そして、気になったことを彼女に訊いた。
「私は、XDG-01
答えられた問に、カタナは固まった。
「
これが、彼らの未来を大きく変える、最初の出会い。
1:EXE_エグゼ
自宅。
住宅街に立つ一軒家。両親合わせ家族3人で住んでも部屋が余るくらいには広い家。現在は一人で住んでいるため、数多くの部屋を使わずに余らしている。
そのリビング、カタナは
テーブルにはカップが2つ。両方にお茶が入っている。片方はあと少しで無くなりそうで、もう片方は一口も付けられていないために減っていない。
「あの……」
「はい」
学校から帰宅し、制服そのままのカタナ。対して、まんまSFチックなコスチューム――、あのロボットの戦闘時と同じアタッチメント?を身に纏っているエグゼ。露出はそのまま。
薄紫のロングヘアーに翡翠の目。無表情を地で行く彼女に、カタナは気後れしながら訊く。
「俺を守るって、どういうことなんだ?」
守るという大前提にしても、狙われる何かをやった覚えがカタナに存在しない。ごくごく普通の一般人を貫く彼に、どんな理由があって狙われるのか。
エグゼは表情を変えず、口を動かす。
「そのことを話す前に、まずは観てもらったほうが早いです」
「見てもらう……?」
言葉のニュアンスが分からず、カタナは思わず聞き返す。エグゼは答えることはなく、目を閉じた。すると、カタナの意識が暗転する。
――太陽系星間
(あれ……)
――ちょっと疲れてるんだ……。
(この夢……)
――aG―!
――見たことある。
夢。
そのままだった。
理解不能なあの夢。そのままだった。
目を開けると、テーブルの対面にエグゼが目を開いて座っていた。
「それは夢ではありません」
その前置きを持って、彼女は話を進めた。
「私が貴方の意識に投影した、未来の出来事」
それは、あまりに突拍子のない話。
「貴方の子孫の身に起こる、――現実の出来事です」
自分の子孫に起こる出来事が、なぜ自分に?
「如月カタナ」
名前を彼女は告げ、口を動かし続ける。
「貴方の子孫は、太陽系星間連邦の初代大統領に就任しますが、常にその政敵に狙われることになります」
確かにその通りだろう。惑星間航行を自由にできるようになった科学力。それは計り知れないものがある。政敵のレベルも今と比べたら雲嶺の差なのだろう。
「ですが」
だが、そこから先が。
「その暗殺計画が失敗に終わった今、彼らはその標的を変えました」
最悪だった。
「それは、遠い過去の――貴方」
それはまさに。
「初代大統領の遠い祖先〝如月カタナ〟へ向けました」
一切関係のない自分に向けられた、理不尽な死刑宣告。
「つまり、大統領へと連なる如月家の系譜の祖先に当たる貴方を暗殺」
「そして、大統領につながる子孫をすべて消し、」
――如月家の存在をなかったことする。
エグゼの話は、到底受け入れられる、理解出来る話ではなかった。
あまりにも理不尽。ただ自分自身の存在を保身する為、邪魔なその存在を消すためだけに過去まで行って系譜から一切を消そうとする。突拍子過ぎて理解が追い付かない。
「え~と……」
相槌が漏れ、後の言葉が出てこない。現実逃避気味に、カタナはエグゼに訊く。
「現実の話……な――んだよな?」
「はい」
即答。
いっそ否定してくれたほうがよかったなぁ……。
「はい……て……」
抑揚のない声で素っ気なく放たれる一言。これほど破壊力のある返事はないだろう。カタナは息を大きく吐き、肩を力なく落とした
「で、君は護るとか言ってるけど、それは……」
「私は、貴方の子孫である太陽系星間連邦〝如月ヤイバ〟大統領の命を受け、如月カタナの護衛と遺伝子の確保の為、1024年後の未来からやってきたスレイブニルです」
せん・・・にじゅう・・・よねん・・・ご?
「えぇ……」
普通は信じられないのだが……。
「いや、アレを見せられちゃうと……なぁ……」
あのとき、ロボットから守ってくれたときの彼女の行動、そして何より、今のこのコスチューム。どう見たって未来からのものとしか言いようがない。
「じゃあ、服を一瞬で変えられたりするのか?」
数少ないSF要素を脳から引っ張り出し、エグゼに訊いた。
「できます」
「お、おう」
また即答。ともあれ、普通の服装があるならそれに越したことはない。なにせ今のエグゼは、
「じゃ、じゃあ普通の服で」
「了解しました。ノーマルドレス、起動」
エグゼが喋った瞬間、視界は光が溢れた。
「うぉ――!?」
光が収まり、背けていた視線をエグゼに戻すと。
至って普通のロングワンピースを着ていた。
白にアクセントでラインが走る。どことなく儚げなエグゼによく似合ってる。
「これは
「わぉ……」
もうリアクションパターンなんて、目の前の現実を見ればすぐに吹っ飛ぶ。何も言えない。
ともあれ、2013年を基準にしても、普通の服装になったエグゼ。カタナはもう考えるのを放棄し、取り敢えず聞くことに専念することにした。
「うん、分かってたけどね……。
じゃあ、エグゼが言っていた〝スレイブニル〟ってなんなんだ?」
スレイブニル。
名称としては、〝スレイ
「戦略、戦術、護衛、将補王、情報処理、愛玩、雑用等を目的とした、個人運用に特化した多目的人形支援ユニットです」
「支援ユニット……?」
支援、ユニット。
「ユニット……いや、どう見てもエグゼはロボットに見えないんだが……」
「いえ、原体のクローン細胞を人工子宮によって育成した人体が素体となっております」
つまり、人のコピーを作り、それを本当の子供同様に再現した環境下で機械的に産ませ、その子供にエグゼのように何かを施す。
今の御時世から見れば、どこかの人権団体が憤慨、消化器と傘を持って殴り込みをかけてきそうだ。
「クローン、人工子宮――ってことは、細胞自体は人間と変わらないってことか……」
「はい。そのような認識で構いません」
エグゼは話を続ける。
「その育成された有機素体に人工進化形ナノプローブを投入し、全細胞の強化、頭脳への電脳域形成を可能としています。
その恩恵により、先程のように服飾はもちろん、別モジュールによる武装システムとのリンクを行うことができます。
それが私達、〝スレイブニル〟なのです」
そう締めくくるエグゼ。表情はとても誇らしげに微笑んでいた。
それを訊いてカタナは一つの言葉が思い浮かぶ。
人体改造。その一言に尽きる。
サイボーグとは違う。何かを置き換えるのではなく、元を利用し、それをテクノロジーによって人体の可能性を最大限に引き出す、ヒューマンバイオテクノロジー技術。
AIとも違う。トップダウンのようにどこからか何かを学んでくるのではなく、自分自身で思考し、生き物同様にボトムアップの思考をすることができる。
AIの場合、人体の代わりの義体を作ったとしても、人間が手を加えなければ一歩を踏み出すことも、何かをすることもできない。一歩を踏み出すのに、各部位に取り付けられた各種センサーがCPUで即座に計算され、体重移動を行い、足を踏み出し、付く。
生き物の場合は根本が違う。
生きる為、細胞レベルにまでに染み込んだ本能だ。それをどこからともなく自己学習し、自分のものにしていく。それを徹底的に管理することによって、エグゼのような形が生まれる。
まさに技術が進んだからこそできる人の新しい形だ。
ただ、そこまで技術が進んでいない今だからこそ、考えられることもある。
「……」
道具としか見ていない、負の部分。それはエグゼの言動から見ても例外ではない。
「そうか――」
だが、その事を言ったところでどうにもならない。今はカタナを護る為エグゼが未来から来た、その認識だけでいいだろう。
カタナは任務を訊く。
「それで、未来を変えない為に俺を守るってことだけど……」
「はい。それと、遺伝子の確保が私の任務です」
遺伝子の確保。確かにその判断も正しい。
もし
未来へ繋ぐ手段としては、何も間違いではない。
「その任務に遂行する為、元のマスターである如月ヤイバ大統領より、如月カタナへと私の所有権を譲渡する決定が下りました。ですので、今後は貴方が私のマスターです」
「所有権――」
彼女は、手段の一つ。
その事実が、何より現代社会を知っているカタナに深く突き刺さる。
「所有権かぁ……」
「?」
軽く呟いたカタナ。漏れる声にエグゼは不思議そうに首を少しかしげる。
自立型のユニットは自壊機能を持つ。
世界に溢れるSFの知識。それはエグゼに該当する。実際にあるだろう。そして、恐れもないだろう。
だからこそ、この揺らぎようの無い感情を顔で見れる。
「……わかったよ。」
カタナの言葉に、気のせいかエグゼが微笑んだように見えた。
それは年相応の、少女の微笑み。
だからこそ。
「でも……、エグゼ」
「はい。なんでしょうか」
カタナは、エグゼに質問する。
「スレイブニルでいること。どう、感じてる?」
エグゼにとって、真意を計りかねる質問。だから、彼女は違いを込めてこう答える。
「私の誇りです」
「それはわかってる。それ以外だよ」
だが、その答えを出すことをカタナは分かっていた。意地悪な質問だ。何にも侵されずに、ただ仕えていた彼女にとっては。
「……何が言いたいんでしょうか」
「……それは、エグゼが見つけるべきだよ」
「見つける……? マスター、どういうことでしょうか」
「その問も俺は答えられない。それでも言えるのは――そのままの意味だよ」
「……」
直ぐに分かりそうな問なのだが、エグゼは何も答えられず、なにか呟き始めた。
パン、パン。
「はい、この話はここまで」
カタナが手を叩いて思考をずらす。そしてそのまま話し始める。
「俺としてはマスター呼ばわりも、その、嬉しいんだけどさ……エグゼのこと全く知らないし、他人行儀だったり、周りの目がな……」
若干本音が出てるが、今日出会ったばかりののエグゼにマスターと呼ばれるのはそれもどうなのか。カタナ自身恥ずかしげに頭を掻きながらも、目線を彼女に合わせ、
「だから、俺のことはカタナって呼んでくれ」
カタナは微笑んでエグゼに言った。けども、道具にとって、それは選択とも言える。
そう、選択だ。
「それは、命令ですか?」
エグゼはマニュアル通りに答え。
「それを、エグゼが考えるんだ」
その答えに〝NO〟を叩きつける。
今まで無表情を貫いていたエグゼの目が少しだけ丸くなる。予想外の返事だった。
「……」
再び無言に。カタナが語り掛ける。
「考えは甘いかもしれないけどな。俺としては、家族として接してくれたほうがありがたいかな」
「家族……ですか?」
その響きに、エグゼが反応する。作られた存在である彼女にとっては、言葉の意味は理解していても、その深層を理解はしていないだろう。
「だって、ずっとなんだろ? 俺が死ぬまで」
彼女の任務は、護衛と遺伝子の確保。なら、側に置いておけば自ずと達成出来るだろう。
「そうです」
「だからこそ、俺はエグゼとは対等の関係でいたい」
カタナは、本心からの言葉をエグゼに投げかけた。
「だから、家族として」
カタナの妙に的を得ない発言。エグゼは、まだ真意すら読み取れずに表面層を理解しただけだろう。
それでも。
家族――その響きをまた少し考えだし、口元が緩んだ。
――スッ、と。
エグゼは手をカタナの前に差し出した。
「これから、よろしくお願いします」
その手を見て、カタナも手を重ねた。
「よろしく、エグゼ」
「はい、カタナ」
そう答えたエグゼの声は、こころなしか弾んでいるように聞こえた。
彼女は気付かない。
家族を概念でしか知っていなかったために。
また彼も、そういうことになるとは思っていなかった。
夢は、彼に影響を与え始めていた。
)如月カタナ
主人公。小説内設定では、1996年8月2日、16歳、高校2年。原作ではもっとテンパっていた。
キャラクターの年齢は原作設定にも無い為、ここでは完全なオリジナルに。
仕方ないね。エロゲだし。
)XDG-01EXE
通称、エグゼ。3020年11月23日、16歳。基本無感情で無表情。スレイブニルであることを誇りに感じている。まだカタナに裸を見られていません(重要
)ロボット
崩壊3rdの崩壊獣がイメージ。なんか浮いてる藍色の小さいやつ。
天命組織のビーム撃ってくる白いやつでもいいのよ?
)家族
慣れても一人ぼっちは寂しいじゃない。
2018.12.07
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