絋輝の言葉に一瞬空気が静かになったが、芳村が絋輝に質問しかえした。
「強くなるとはどういうことだい?」
「奴は俺に恨みを持っていて、まだ生きてる。必ずまた襲ってくる。なら強くならないといけないんです」
絋輝のその言葉に芳村は苦い表情になり、諭すように話しかける。
「絋輝君。君は私たちの事情を知り、片足だけとは言えこちら側の世界に踏み込んだ。だが、まだ引き返せる所にいる。このまま何も力を持たずに董香ちゃんと一緒に生きていくことだってできる。……なのに君は更に踏み込んでくるのかい?」
芳村はできれば絋輝にはこちら側の世界の事情に触れて欲しくなかった。
せっかく自分が夢見ていた人と喰種の共存ができる関係だと言うのに、亜人という希少な存在であり、知られれば狙われてしまう立場だ。
そんな彼を危険な道に進ませるのは芳村は反対だった。
「……力がなきゃ大切な物、全部奪われるだけです」
しかし、絋輝は今回のことでそれを痛感した。
水戸は絋輝がバイトを始めた時からお世話になっていた人だった。
あまり人付き合いが得意じゃなかった頃からよく気にかけてくれた。
女狂いはそんな大切な人たちを次々と手をかけていくに違いない。
それも自分の目の前で。
これ以上奪われないためにも強くならないといけない。
絋輝の意志が固いことは芳村にもわかった。
少し息をついて、仕方ないと言った態度で絋輝の説得を諦めた。
「わかった。君の気が済むまでやれば良い」
しかし、強くなると言ってもどうするのかが分からない。
その時、入見カヤが休憩室に入ってきた。
「店長、田中さんが来ましたが……」
「田中君が?どうしてここに?」
「俺が呼んだんです。入見さんありがとうございます。芳村さん、地下を借りても良いですか?練習に使いたいんです」
「構わないよ」
芳村の了解を得て、絋輝は田中を連れて以前に強引なやり方で亜人の力を教えてもらった所に来た。
「驚いたぜ。結構早めに連絡が来たからな」
「すいません。どうしても強くなりたくて」
絋輝の気合の入った目を見て、やる気だな、と田中は思いながら、後ろからの突き刺さる視線に振り向く。
「ところで何で嬢ちゃんがいるんだ?」
あんていくの制服に着替えた董香が田中を睨みつけていた。
「何?悪い?」
「バイトがあるんだろ?サッサと行きな」
田中にそう言われても董香は動こうとせず、田中を睨む。
董香は芳村に絋輝が無理をしないように監視して欲しいと頼まれたが、そんなのはそっちのけで田中を睨んでいた。
先日の仕打ちが彼女は今だに許せなかった。
董香の睨みに呆れながらも田中は絋輝に質問する。
「それで鍛えて欲しいってのは?」
「出来るだけ早く力が欲しいんです。だけど喰種には体力面じゃまず勝てない。だから……」
「『こいつ』か」
田中の隣に筋骨隆々の黒い人型の異形、ヴェノムが現れる。
「で、お前は出せるのか?この前は出せてももう出せませんじゃ話にならないぞ」
田中がそう言うと絋輝は目を瞑って集中し、呟く。
「『ゴースト』……」
今度は絋輝の隣に標準型の人型の異形、『ゴースト』が現れる。
「ゴーストか……安直だな」
「アメコミから貰うよりマシだと思いますけどね」
「言うねぇ」
絋輝の皮肉に眉をピクリと上げた田中にゴーストは突然顔を向け、走り出した。
「ちょっ……!」
董香が反応するよりも早くゴーストは引き裂かんと腕を振り上げる。
「止まれ!!」
爪が田中に当たる直前に絋輝はゴーストに向かって叫ぶとゴーストは動きをピタリと止めた。
「命令無しだと自動で攻撃するのか……お前だいぶと好戦的だな」
目の前で止まっているゴーストの爪を見て田中はそう呟く。
「俺が?それはゴーストでしょう」
「ここでこいつらの特性をもう一度教えておくか。まずこいつらは普通の人間には見えない。喰種は赫眼になれば姿を見ることができるらしいけどな。なんだっけな……Rc細胞がどうとか言ってたっけ。まぁ、いいや。あと、使用者が明確な意志を持つと人間に見える。次にこいつらを出せる回数だが1日平均2回が限界だ」
「平均って……他にも亜人がいるの?」
「あぁ……まあな」
田中の言葉に疑問を覚えた董香が質問すると田中は頭を掻きながら濁すように答えた。
「そしてこいつらは言っちまえばもう1人の自分だ。俺たちの代わりに戦ってくれるな。だから俺たちの言葉を使う」
『安直ダナ』
「なっ?そして、こいつらは俺たちの本質を表しているらしい。俺もよく分からんが」
2人の会話を聞いていた董香は田中に向かって馬鹿にしたように言う。
「じゃあ、アンタの黒いのは見たまんま筋肉バカってことだね」
「あ?なんだと?」
田中は董香を睨むが子供相手にムキになってはいけないと落ち着くためにタバコを取り出す。
「お前のはとても好戦的だが、命令も聞く賢さもある」
「………」
タバコを吸いながらそう言う田中だが、絋輝はゴーストをなんとも言えない表情で見ていた。
「それじゃあ、ここから実戦だ。取り敢えずはこいつらで自分の身を守れるようになれよ。ヴェノム」
田中がヴェノムに声をかけるとピクリと動き、田中の方を見る。
「戦え」
田中の命令を聞いたヴェノムはその巨体を揺らし、徐々にスピードを速めて絋輝に近づく。
「行くぞ、ゴースト」
『マシダト思イマスケドネ』
ゴーストも姿勢を低くして、一気にヴェノムに駆け出し、両者はぶつかりあった。
ーーーーー
別日、また練習場で田中は大きめの黒いボストンバッグを持ってきた。
「幽霊が尽きた時のための保険だ。待っとけ」
田中から差し出されたのは拳銃だった。
渡された銃の重さに少し顔をしかめながら、絋輝は銃を握る。
「……俺銃なんか撃ったことない」
「だから、今練習するんだよ。ほれ、弾と弾倉だ」
弾と弾倉を渡された絋輝だがどうすればいいか分からないでいると今日も監視役でいた董香が馬鹿にしたように声をかけた。
「普通の弾丸渡しても意味ないでしょ。私らにはそれは効かない」
董香は絋輝が持つ拳銃を指差して言う。
「そんなのはわかってんだよ。これは練習用だ。本命はこっちだ」
田中が鞄からもう一種類の弾丸を取り出す。
それは弾の先端が血のように紅く染まっており、董香はそれを見て顔をしかめ、その様子に気になった絋輝が質問した。
「何ですかそれ?」
「Qバレット。喰種を溶かして作った弾丸だ。これなら喰種にも効く」
「アンタ、それどこで手入れたの?まさか喰種を……」
董香はやはり田中は敵ではないかと考える。
「違う違う。俺1人でこんなの作れないって。CGGから盗んだ。幸いヴェノムの姿は見えないからな」
どうやら人には見えないヴェノムをCGGの本部に忍ばせ、盗んできたらしい。
しかし、それでも董香の不機嫌そうな顔は晴れなかった。
ーーーーー
銃の扱いをある程度覚え、絋輝は銃の整備を覚えようと董香のアパートで練習していた。
動画の説明を見ながら整備しているが、絋輝は不機嫌そうにソファで寝転ぶ董香からの視線が気になっていた。
「なぁ、どうかしたか?」
「……別に」
そう言ってそっぽを向いてしまう董香に絋輝は困った表情になる。
そして手に持つQバレットに目を向ける。
喰種を溶かして作った弾丸。
同じ喰種である董香にしては気分のいい物ではない。
「ごめん……気分のいいもんじゃないよな」
「……絋輝が身を守るために必要だから仕方ない」
そうは言うが董香の不満そうな表情は消えない。
絋輝は立ち上がって、董香の前に立ち抱きしめた。
「そんな顔で言うなよ。俺は自分自身を守るだけじゃなくて董香やみんなを守れるようになりたいんだ」
「……別に私は頼んでないでしょ」
「それでもだ。目の前で危険に晒されているのに何もしないのは嫌なんだよ」
その言葉を聞いた董香は仕方ないと言った風にため息を吐き、絋輝の体に腕を回し、抱きしめる。
「じゃあ、こっちでも安心させてよ」
「……了解」
2人はベッドに倒れこんだ。