目の前に現れた3体目のゴーストに絋輝は驚いていた。
黒い幽霊を出せるのは日に1体か2体が限界だと田中は教えたが、絋輝は3体目を出現させてみせた。
ゴーストは絋輝を遠くに投げ捨て、女狂いと対面する。
『グルル……!!」
『ナンカ…不気味ダナ』
ゴーストは姿勢を低くして駆け出し、それを迎え撃とうと女狂いは赫子を何本も振るう。
しかし、向かってくる赫子を跳んで身体を横に翻すことで全て躱し、その勢いを利用してを女狂いの頭に踵落としをぶつけた。
踵落としで下に向いた顔目掛けて、すかさずアッパーと膝蹴りの連続攻撃を放ち、女狂いを大きく怯ませる。
そこに追い打ちをかけるようにゴーストはドロップキックを放ち、転倒させるとスサノの大矢が突き刺さる。
「終わらせる……!」
波島のその一言と共に大きく爆発を起こし、断末魔を上げる女狂い。
『グギャアァァァッ!!?」
『怒鳴ルナヨ」
叫ぶ女狂いにゴーストは容赦なく大振りの打撃を連続して加えていく。
何とか立ち上がるが、たたらを踏む女狂いの背後に荒木がクロガネを構えて立つ。
「これで終わりだ。お前と俺の因縁も……」
荒木の声が聞こえた女狂いは赫子を振り向くと同時に振るうが荒木はそれを予知し、屈んで躱し、足を両断して地面に倒す。
すかさず荒木は女狂いの首目掛けてクロガネを振り下ろした。
「…………」
振り下ろした荒木はその場に座り込み、大きく息を吐いた。
足元には苦しそうな表情を浮かべた女狂いの首が落ちていた。
それを見て、荒木は天井を見上げ呟く。
「終わったぞ、美沙……」
ーーーーー
座り込んだ荒木に絋輝と波島が駆け寄る。
「やりましたね荒木さん!とうとう女狂いを倒しましたよ!!」
「……ああ、これで10年の因縁も終わりだな」
「10年?」
荒木の10年の因縁という言葉に絋輝が疑問符を浮かべる。
「女狂いが捜査官を殺したって聞いただろ?あれは俺の妻だ。当時は妻が上官で俺と組んでいたんだが、アイツを助けることができなかった。……やっと仇を討てた」
憑き物が落ちたかのような穏やかな顔をする荒木はタバコに火をつけ、煙を吹かす。
「それよりお前をどうするかだな。保護してやりたいがそれもヤバイしなぁ」
「俺としてはこのまま無かったことにしたいんですけど……」
絋輝は苦笑いでそう答えると咄嗟に荒木を押し倒した。
「っ!?何を……!」
怒鳴ろうとした荒木の頭上を鉄骨が通り過ぎた。
轟音と共に壁を破壊し、荒木達は鉄骨が飛んできた方を見る。
そこにはあり得ない光景があった。
首から上が無くなった女狂いの体が立ち上がり、もう一本の鉄骨を持ち上げていた。
「嘘……」
波島から信じられないと言った言葉が漏れ、絶望の表情を浮かべる。
荒木と絋輝も夢でも見ているのかと思い、目を見開く。
女狂いの赫子は解体重機に伸びていき、破壊しながら取り込んでいき、まるで新たな武器のように体に備え付ける。
機材を取り込んだ分、体はより大きくなり凶悪になっていく。
そして首がなくなった部分からは赫子が盛り上がっていき、牙が生え、呼吸の音が聞こえてくる。
『ハァァ…ハァァ……グゥオオォォォ!!』
雄叫びを上げる女狂いに3人は身構える。
「なんでまだ死んでないんですか!?」
「知るか!!確実に首を切り落としたぞ!!」
荒木は怒鳴りながら切り落とした首を見る。
枯木のように干からびた女狂いの頭がそこには落ちていた。
しかし、未だに女狂いは健全だ。
それどころか凶暴になっている。
女狂いは様々な機材を取り込んだ巨腕を振るい、荒木にぶつけた。
「ぐうぅぅっ!?」
あまりの早さに回避が間に合わず、クロガネで受け止めるがクロガネから火花が散り、体がバラバラになりそうなほどの衝撃が伝わる。
やがて力負けし、吹き飛ばされる荒木を尻目に波島はスサノで攻撃を始める。
いくら撃とうが先もロクに効かなかった小さい攻撃では見向きもされない。
大きい攻撃をしようと羽赫を溜める波島だが、大きな攻撃が来ることを感じたのか女狂いは見向きもしなかった波島に向かって、腕を振るい攻撃する。
鉄骨やらが織り交ぜられた赫子は確実に波島を圧殺する。
(ぁ……私、死んだ)
そう思った瞬間、波島の前にゴーストが立ち、その超人的な力で赫子を受け止めた。
しかし、赫子はそのまま天井目掛けて伸びていき、何階も突き破って屋上にまで達した。
流石のゴーストも衝撃が強すぎて屋上に達した時には体がバラバラに砕け散り、消えていった。
ゴーストを片付けた女狂いは次に絋輝に狙いを定めた。
体に巻き込んだ機材を引きずりながら一歩一歩迫ってくる女狂いに絋輝は恐怖し、足がすくんで尻餅をついてしまう。
「あ…ぁ……」
体がガタガタと震え動けなくなる。
赫子を振り上げようとした女狂いの肩にクロガネが突き刺さる。
『グギャアァァァッ!!!』
「坊主!逃げろ!!」
頭から血を流した荒木が女狂いの巨体に乗りクロガネを突き刺した荒木が叫ぶ。
女狂いは痛みから逃れようと暴れ、荒木はそれに必死で食らいつく。
波島もそれに援護射撃を行う。
絋輝は恐怖からなんとか立ち上がり、逃げようとするが女狂いが暴れたせいで出口は崩れてしまっていた。
周りを見渡すと上階への非常階段があり、そこに向かって走る。
その時、荒木がクロガネを一旦引き抜き、また深く刺すと女狂い再び絶叫を上げ、体の表面から機材の破片が飛び出した。
「ぐあぁっ!!」
「ああっ!?」
荒木は何とか致命傷は避けたが腕と足に深い傷ができ、女狂いから落とされてしまった。
絋輝は後ろから肩に破片が刺さり、鉄棒の一部が足に刺さり倒れた。
背中から落ちた荒木は痛む背中を我慢し、すぐに態勢を整えようとした時にふと横に目を向けた。
「えっ……あ……」
そこには鉄骨が腹に刺さり、柱に串刺しにされた波島の姿があった。
血の気が引いている波島は震える手で血がジワジワと滲む腹部に手を添える。
「波島ぁッ!!」
荒木は体を引きずりながら波島に近づき、容態を見る。
「ひゅー……ひゅー……ぁら…き……さん」
「しっかりしろ!」
呼吸が掠れ、目が暗くなっていく波島に荒木は必死に声をかけるが致命傷なのは明らかだ。
このままでは死ぬ。
3人とも負傷し、ゴーストも消え、攻撃の手段もない。
まさに絶対絶命だ。
女狂いは波島たちを無視し、倒れている絋輝に近づいていく。
後退る絋輝は女狂いに対する恐怖を感じながら、徐々に強くなっていく感情があった。
それは『怒り』だった。
何故理不尽に恋人を狙われ、それを阻止して執拗に狙われなければいかないのか。
何故関係のない人たち、家族が狙わなければいかないのか。
何故自分を守ってくれた人たちが死にそうになければいかないのか。
自分が傷つくのはいい、どうせリセットする。
絋輝の中で怒りが渦巻く。
普通の人間ならば誰よりも自分を第一に優先する。
しかし、絋輝はもう普通ではなくなっている。
亜人として何度も死を経験し、自分のことを疎かにしている。
その異常な感情から生まれる怒りは彼に力を与えた。
「……ざけるな。ふざけるな!!何で俺の周りが傷つかないといけない!!何で関係のない人たちが死なないといけんだよ!!殺すなら俺だけを狙えよ!!」
叫ぶ絋輝に女狂いは関係なしに近づいていく。
「殺してやる!お前は絶対に……!!」
絋輝の体から黒い粒子が溢れ出る。
その量は今までで一番多い。
まるで感情に合わせて、溢れ出ているようだ。
「『ブチ殺してやる!!!』」
絋輝の叫びがゴーストの叫びと重なり、体からゴーストが現れ、走り出して攻撃を繰り出す。
殴打、引っ掻き、突き刺し、あらゆる方法で女狂いを攻撃していく。
まさに獣の動きだ。
しかし女狂いも負けずに攻撃を繰り出す。
その瞬間、獣のような動きをしていたゴーストは動きを止め、攻撃をいなし始めた。
隙を見つけ、ゴーストは女狂いの肩を掴み、肩に乗ると肩に刺さっていたクロガネを引き抜き、首を切り飛ばした。
『グオッ!?』
切り飛ばされた首は奇声を上げて宙を舞うが、体から赫子が伸びて繋がる。
伸びた首を振り、ゴーストに向かって攻撃する。
それを跳んでかわしたゴーストは絋輝の前に降り立ち、クロガネを構えた。
その構えはさっきまでの獣のような動きではなく、まさしく人間そのものだった。