その日の夜に家に帰ると、女狂いに襲われてから心配性になった母親が血相を変えて駆け寄ってきた。
新宿での出来事をニュースで知った母は電話をしても出てくれない絋輝を叱りながら、どこに行っていたかを聞いてきた。
絋輝は友達の家に遊びに行っていたと嘘をつき、その場をやり過ごした。
翌日、誰よりも早く家を出た絋輝は学校の道には行かず、あんていくに向かった。
まだ開店していないが鍵は開けられており、扉をくぐると待っていた董香が抱きついてきた。
「董香……」
「心配したんだから……バカ」
俯いて表情はわからないが、若干声が震えていることから心配させたと改めて罪悪感がわき、董香を抱きしめ返した。
十分に抱きしめ合った絋輝は裏の休憩室で芳村達に事の顛末を話した。
「そうか……やはり女狂いは死んではいなかったか」
「はい、でも様子はだいぶ違っていました」
「ふむ……赫子の暴走か、『赫者』となったかだね」
「赫者?」
聞き慣れない言葉に絋輝が首を傾げ、そんな絋輝にカヤが説明してくれた。
「共喰いをしてきた喰種の赫子が変異して成る状態のことよ。強力になり、凶暴にもなる。つまり理性を無くした化け物ね」
「共喰いって……同じ喰種なのに?」
「私たちはそういう種族なのだよ」
芳村が悲しそうな表情で言うのを見ると絋輝は少し気まずくなる。
「とにかく今は普通の生活を過ごすことだ」
「襲われたのにですか?」
「だからこそだよ。君は本来此方側の世界に来るべきではない。董香ちゃんと平穏な日常を過ごしてくれ」
そう言われた絋輝は納得がいかなかったが、そうするのが自分とその周りのためだと理解はできた。
ーーーーー
その後、二人は学校に向かうが董香の様子がおかしかった。
「………」
「えーっと……」
普段は仲良くしているところを恥ずかしがって一定の距離を保っているが、この日は腕に抱きついて離れなかった。
「董香?」
「なに……?」
「歩き辛いなーって思って……」
「我慢して」
「……はい」
有無を言わせない雰囲気に頷くしかない絋輝は困った表情を浮かべる。
ここまで抱きついてくるのは自分を心配してくれているのだとわかっている絋輝は片腕の重さに心地よさを感じながら我慢した。
すると今まで黙っていた董香が口を開いた。
「凄く心配した。もう会えないんじゃないかって」
「俺は死なないんだからそんな心配は……」
「そんなんじゃなくて……絋輝が争いに巻き込まれる度に人で無くなる気がして仕方ないのよ」
「………」
董香の俯き気味に低いトーンの言葉に絋輝は申し訳ない気持ちになる。
絋輝は董香の頭に手を乗せ、ゆっくりと頭を撫でる。
董香はそれを受け入れ、心地よさを味わう。
「俺は人だ。何度死んでも必ず董香の元に帰ってくるから」
「じゃあ約束して」
「え?」
「私の所に必ず帰ってくるって約束して」
董香の要望に絋輝は肩を掴んで自分の方を向かせ、真剣な顔で言葉を紡いだ。
「俺は何があっても董香の元に帰ってくる。たとえ、何度死んでも」
その言葉を聞いた董香は真剣な表情の絋輝をカッコいいと思い、顔を少し赤らめた。
それを気付かれないように頭を絋輝の胸に押し付け、抱きついた。
「うん!許す」
「許すって何だよ」
絋輝の約束に董香は嬉しくなり笑みを浮かべ、絋輝も釣られて笑顔を浮かべながら、押し付けてくる頭を撫でていた。
頭を離した董香は黙って絋輝を見つめ、絋輝も見つめ返す。
やがてお互い顔が近づいていき、その距離がゼロになろうとした時、絋輝は視線に気づき目を横に向けると、影から顔を赤くして見つめる依子とニヤついた顔で見ている吉桐を見つけた。
「あー…董香?」
「なに?早くしよ?」
「いや、あっち」
「何……って依子!?新田!?」
2人に気づいた董香は恥ずかしさで顔をより赤くして飛び退くように離れた。
「董香ちゃん、大胆だね……」
「いや、これは……!」
弁解しようとするが言葉が思いつかない董香はワタワタと慌てるしかない。
吉桐はニヤつきを深くして更にイラつく表情で董香と絋輝に話しかける。
「いやー、あそこで気づいても続けてくれればよかったのに。あわよくば青か……」
言葉を続けようとした吉桐に董香のローキックが太ももに突き刺さった。
「いだーーーー!!?」
「バカ言ってんじゃねぇよ!!依子!行こう!」
「え?あっ、董香ちゃん!?」
蹲る吉桐を放って董香と依子は走って学校に行ってしまった。
絋輝は去って行く董香達を引き攣った顔で見送り、蹲る吉桐の側にしゃがんで、声をかける。
「大丈夫か?」
「う、うん……まだ痛いけど」
立ち上がった吉桐に肩を貸して、2人も学校に向かう。
「霧島は知ってるの?」
「…………いいや」
「そっか」
絋輝は否定したのを吉桐は見たが、何も言わず前を見た。
ーーーーー
波島の
親族と関係者だけだった。
勿論その中には怪我をした荒木もいた。
葬式も終わり、参列者が殆ど帰ったなか荒木とその隣に人が座っていた。
荒木の隣に座っていたのは十代後半の少年でどことなく荒木に似ていたが、荒々しさはなく誠実そうな少年だった。
彼は荒木 仁志、荒木の1人息子だ。
彼も波島と交流があり、姉のように慕っていた。
「………」
「………」
親子が隣り合いながら座っているのに会話がない。
元から親子関係が冷え切っていた2人だが波島のおかげで最近は会話も増えてきていた。
しかし、波島が死んだことによりそれも無くなってしまった。
黙っていた仁志が口を開く。
「何で一沙さんが死ななきゃいけないんだ」
「………」
「何で死なしてしまったんだ。あんな良い人を」
責めるような口調で荒木に話す仁志は横目で荒木を睨む。
「………俺たちの仕事は命懸けだ。いつでも死と隣り合わせなのはアイツも覚悟していた」
それに対し、冷めた態度で答える荒木に仁志は激昂し立ち上がって荒木を睨む。
「っ!!それを親族の人たちに言えるのか!?何で助けられなかった!!」
「それは……」
「また逃げたのか?母さんの時のように」
「…………」
仁志の悲しい表情での呟きに荒木は目を見開いたが何も言わず、仁志を見つめた。
気まずくなった仁志は親族に挨拶だけして、式場を出て行った。
最後まで残った荒木は誰も居なくなった式場で波島の遺影を見ながら、つい先日のことを思い出した。
ーーーーー
荒木は波島の処遇に納得がいかず、亜人研究会に物申すために連絡を取ろうとしたが、ネットにも情報がなかった。
そのため荒木は政府に直接連絡が取れるCCG本局局長、和修 吉時の元を訪ねた。
「波島の処遇に納得がいきません。即、亜人研究会に抗議の連絡をしてください」
「………」
一介の捜査官が局長である吉時に直接会うことは滅多にできないが、荒木は古参の捜査官で、吉時が現場の捜査官の頃から面識があり、直接会うことができた。
荒木の申し入れに吉時は目を瞑って黙り込んでしまった。
それを見かねた荒木はもう一度強い口調で詰め寄った。
「亜人研究会に連絡を取って欲しいって言っているんです!!」
「……わかっている。だが、できないんだ」
「何故!?」
吉時はデスクに置いてある資料を荒木に渡す。
荒木はそれを読んで愕然とした。
「波島 一沙捜査官の扱いは喰種との戦闘中に死亡したものとし、箝口令を敷く!?誰がこんな命令を!?」
荒木はこれを送ってきたのは誰かと吉時に詰め寄ると吉時は重い表情で答えた。
「国だ」
「っ!」
「国があの事件の直後これを私の下に送ってきた。動きが早過ぎる」
「まるで、最初から計画してたかのように?」
荒木の言葉に吉時は黙って頷き、言葉を続ける。
「亜人研究会は国直属の機関だ。位的にはCCGより上だ。下手に申し入れができない」
「ポッと出の組織から手を引けって言っているんですか?」
「私も納得していない。だが、このままでは予算を下げると脅された。……私たちも公人なんだ。個人の感情で動くのはリスクがデカ過ぎる」
吉時の悲痛な顔に何も言えなくなった荒木は紙を投げ捨て、部屋を出て行く。
去って行く荒木に吉時は声をかけた。
「カズ!無茶はするなよ」
かつての渾名を読んでくれた吉時に荒木は一礼して出て行った。
ーーーーー
荒木は笑顔の波島の遺影を見て、覚悟を決める。
助けられる命を放ってはおけない。
あの時のように後悔などしたくない。
荒木は立ち上がり、遺影に向かって言った。
「待ってろよ。波島」
荒木は松葉杖をつきながらも力強く、式場を後にした。