絋輝は高槻のキスから逃げるように立ち去り、約束していた董香の家の前に来ていた。
まだ落ち着かない心臓を深呼吸で落ち着かせ、董香に悟られないようにしてインターホンを押し、家に入る。
「遅かったね」
「うん、打ち合わせに時間がかかってさ」
座って一息ついた絋輝に董香が近づくと絋輝の顔の間近で鼻を動かす。
「ど、どうしたんだ?」
少し冷や汗を流す絋輝を董香は睨む。
「………他の女の匂いがする」
「いや、それは……」
弁解しようとするが董香は依然睨んだままで何を言っても許してくれなさそうな雰囲気が出ているため、絋輝は訳を話した。
「ふーん……それで為すがままにキスされちゃったんだ。信じらんない」
「キスしたのは悪かったよ。ゴメン!でも、突然のことで仕方なかったんだって!」
絋輝が必死に訴えるが董香は不機嫌そうにそっぽを向くだけだ。
どうしようかと悩んでいると突然董香が絋輝を押し倒し、馬乗りをしてきた。
「ぐえっ!?な、何だよ!?」
「罰として今日は一日私の言うこと聞いて」
「……わかったよ」
笑顔で命令してくる董香に絋輝は逆らわず了承した。
そして董香からソファに座るように言われ、座ると董香は絋輝の足の間に座ってくる。
「え?このままでいいの?」
「そうよ。何?何か期待した?」
悪戯っぽく笑って振り向く董香に絋輝は事実少し期待しており、恥ずしくなってしまう。
「な、何とも思ってない」
「ふーん……」
董香は含み笑いを浮かべながら絋輝を椅子にしながら本を読み続ける。
目の前から董香のいい匂いに少しドギマギしながらこのまま何もないのかと思っていると、董香が突然下半身を押し付けてきた。
「と、董香?」
「どうしたの?」
笑みを浮かべる董香を見て、確信犯だとわかった。
それから1時間ほど生殺しの時間が過ぎ、董香は本を閉じた。
絋輝はやっと地獄の時間が終わったと思うと今度は押し倒されソファの上に倒れる。
「今日は私が攻めて上げる……♡」
顔を赤らめて妖艶な笑みを浮かべる董香は服を脱ぐ。
最近より女性の丸みを帯びてきた董香の美しい躰に絋輝は喉を鳴らせ、恥ずかしくなり顔をそらすと董香が顔を掴んで無理矢理向かせる。
「こっち見て……」
やがて、そのまま2人の距離は無くなり、体を重ねあった。
2人は向かい合いながら布団の中で寝ており、もちろん服は着ておらず生まれたままの姿だ。
董香は情事の余韻に浸りながら、絋輝の手を取り体温を感じ取りながら弄っていると絋輝がふと話を切り出した。
「俺、バイト辞めてきたよ」
「え?」
描くことが好きだった絋輝がイラストのバイトを辞めたのを聞いて董香は驚いた。
「今は絵を描くと、どうしても女狂いのことを思い出しちゃうから、辞めてきた」
「そう、なんだ……」
今思えば全ての始まりは自分が女狂いに襲われたからだ。
そのせいで好きなことを辞めさせたことに罪悪感が湧いてくる。
「これからは特訓もしないで董香たちとの普通の生活を送るよ。なんか色々疲れちまった」
「そう……」
それを聞いた董香は罪悪感の他に嬉しさも込み上げてきた。
絋輝といれて、凄惨な戦いから遠のくは何より嬉しいことだが、それを喜ぶ自分に嫌気がさした。
董香は今の自分の表情を見られないように絋輝の胸に顔をうずめ、体をくっつけた。
絋輝は密着してきた董香を驚いたが愛おしく思い、髪を撫でる。
董香は絋輝の心地よさを感じながら、罪悪感に押しつぶされそうだった。
ーーーーー
それから数日間、絋輝は普通の学生生活を送っていた。
友人、恋人と青春を過ごし、女狂いの凄惨な戦いの日々を忘れようとしていた。
季節は梅雨を過ぎて初夏となり、期末試験が近づくなか4人は夏休みのことについて話し合っていた。
「今年の夏休みで遊べるのは最後かもしれないからさ。4人でどこか行かない?」
依子が3人に提案すると、吉桐は食い気味に賛成した。
「いいね!行きたい!海!プール!水着!ボインのお姉さん!痛い!?」
ふざけたことを言う吉桐に董香が制裁を加えた。
「うーん……出かけるか」
「あっ、やっぱり董香ちゃんはバイトが忙しいから難しい?」
董香はあまり乗る気ではないらしい。
ふとした時に自分の正体がバレるのを恐れ、遠出するのは避けたい。
しかし、残念そうにする依子と隣に座る絋輝に目を向け、考えを改めた。
「いいよ。バイトは休めばいいし」
「ホント!?よかったぁ」
喜ぶ依子を他所に絋輝は董香を連れて2人から離れる。
「大丈夫なのか?もし正体がバレたら……」
「大丈夫。食べなきゃいいだけだし、楽しもうよ」
笑いかける董香を見て絋輝は仕方ないと思ったが、それと同時に無理をしているのではないかとも思った。
ーーーーー
学校からの帰り道、董香たちとも別れ絋輝は家路についていた。
すると目の前に立つ男性が目に入った。
立っていたのは荒木だった。
「荒木さん……」
「少し話せるか?」
絋輝は荒木に誘われるがまま付いて行き、公園のベンチに並んで座った。
「どうだ、元気だったか?怪我はしていないか?」
「亜人だから怪我しても死ねば治りますよ。荒木さんの方こそ怪我は大丈夫なんですか?」
絋輝はギブスを付けている腕を見ると、それに気づいた荒木はおどけたようにギブスを掲げる。
「まだまだ若い奴には負けねぇよ」
それを見て少し笑みを浮かべた絋輝は荒木に問いかけた。
「何の用で来たんですか?」
「………」
おどけた様子だった荒木は思いつめた表情になって俯いた。
「波島は亜人だった」
「えっ……!?」
突然の言葉に絋輝は驚きを隠せない。
「あの事件の直後、波島は死んで亜人だと分かったんだ」
「波島さんはどうなったんですか!?亜人研究会だって……!」
「その直後にタイミング良く亜人研究会が現れて波島を連れて行きやがった。今頃人体実験をされているかもな……」
「そんな……でも、波島さん亡くなったってニュースで」
「国が亜人研究会の味方をしている。直談判したがなかったことにされた」
田中から亜人研究会には気をつけろと言われてたが、それを今実感できた。
CCGも国直轄の組織だが、荒木の言い方からすると亜人研究会はさらに上の立場だと思えた。
「それで俺に何の用が……」
「……お前を危険に巻き込む可能性がある。それを承知で頼む。波島を助け出すのに力を貸してくれ」
絋輝は荒木の頼みをすぐに頷くことはできなかった。
また戦いに身を投じるのは自分だけでなく、周りも巻き込む可能性があり、簡単に了解はできない。
「すいませんが、できません」
絋輝は申し訳ないと思いながらその場を後にすると後ろから荒木が声をかける。
「亜人研究会は俺の女狂いに関する調査資料を取っていった。その資料にはお前のことも書いてある」
絋輝はその一言に足を止め、荒木の方を振り向いた。
「亜人研究会をどうにかしないとお前やお前の家族、友人達に奴らの手が伸びるぞ。奴らは亜人を捕まえるためなら何だってやる。たとえ一般人を犠牲にしようとな」
その言葉に絋輝の心に怒りがよぎる。
荒木が言っていることは脅しみたいなものだが、荒木自身に文句を言っても何もならない。
「………少し…考えさせてください」
絋輝は悔しそうに顔を歪めて呟いた。
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絋輝は自身の部屋で明かりをつけずに悩んでいた。
もう戦いたくないが、そうすれば董香や家族に危険が及ぶ。
そう考えると、自ずと選択肢は1つしかなかった。
絋輝はスマホを手に取り、ある人物に連絡した。