絋輝が寝ている部屋に時計のアラームが鳴り響く。
絋輝は気だるそうに起き上がり、時計のアラームを消した。
部屋から出て、フラフラと一階に降りると彼の母、篠原 実(しのはら みのり)が朝食の準備をしていた。
「おはよー母さん」
「おはよう、って今すぐ服を着替えてきなさい!」
「は?」
訳が分からず、呆けた顔をする絋輝だがその首元や襟元が伸びきっただらしない寝巻きから、小さな虫刺されの痕みたいなのか首元から至る所にあった。
「あっ、やべ」
「早く制服に着替えてきなさい!それからついでにあの子達も起こしてきて!」
実は叱咤するように言うと絋輝はそそくさと自分の部屋に戻っていった。
「まったく……彼女ができたのはいいけど少しだらし無さ過ぎるわ」
「どうしたんだい?」
そこに大柄な男性が朝刊を持って現れた。
彼は絋輝の父、篠原 幸紀(しのはら ゆきのり)。
現在は喰種捜査官を育てるアカデミーで教官をしているが、かつては数々の凶悪な喰種を打ち倒してきた凄腕の捜査官だった。
「あなた……最近絋輝だらし無くありませんか?何か言ってやってください」
困ったように実はそう言うが幸紀は笑って答えた。
「ハハハッ、いい事じゃないか。絋輝は中学まではやる気が無くて心配してたけど、高校に入ってからは友人も恋人もできたんだ。今はあの子の好きにさせてあげよう」
「そうかもしれないですけど………」
そんな話をしていると制服に着替えた絋輝が4人の兄妹を連れてやってきた。
「おはよう父さん」
「おはよう。昨日はいいことがあったみたいだな」
幸紀は含みを込めた笑みで絋輝を見る。
「俺が女だったら引いてるよ」
「ハハハッ!そうか、それは気をつけないとな。だけど学生の本分は勉強だ。それを忘れるんじゃないよ」
「わかってる」
親の小言に少しうんざりしながらも、いつも通りだなとどこか安心した気持ちになった絋輝は席についてご飯を食べ始めようとすると、彼のまだ小学低学年の妹が話しかけてきた。
「お兄ちゃん、首が赤く腫れてるよ?」
「え、あぁ、うん。たぶん虫に刺されたんだよ」
流石に小学生の妹にバレているのは不味いと思った絋輝は今度からは気をつけようと思った。
ーーーーー
絋輝と途中で会った吉桐とともに学校に向かっていた。
「昨日はありがとうな」
「ん?あぁ、霧島は元気になった?」
「あぁ、バッチリだ」
「そりゃよかった。君たちがギクシャクしているのを見るのは辛いからさ」
吉桐と他愛のない話をしていると董香が電柱のところで待っているのが見えた。
「噂をすればなんとやらだね。僕は先に行っとくから、愛しの彼女とゆっくり来なよー」
吉桐はそう言って、ニヤニヤしながら絋輝より早く学校を目指していった。
「嬉しいんだけどな……」
絋輝は照れを隠すように頭をガシガシと掻き、董香に近づく。
「おはよう董香」
「お、おはよう……」
董香は絋輝の顔を見ると顔を赤くして、俯いてしまう。
しかもその距離は少し離れてる。
絋輝と董香が恋人の関係になったのは1年の終わり頃からだ。
恋人同士になってデートも重ね、もちろんそういったこともしたが、董香は今だに慣れないのか自分から誘ってきたのに次の日には顔を真っ赤にして一日中恥ずかしそうにして、絋輝と距離を置いているのだ。
普段から仲のいい吉桐や依子にはもちろんバレているが、さらにはクラスの連中も普段はクールな霧島があそこまで恥ずかしがっていることから、何かあったなと気づくほどだ。
今ではこうなった董香をみんなが生暖かい目で見守っている。
「…………」
「…………」
無言のまま歩いていく2人。
これもヤッた次の日のお決まりの光景だ。
「なぁ、トーカやっぱりまだ慣れないか?」
「な、慣れるって?」
「そりゃ、そのぉ……セックス?」
「セッ……!?こんな人の目があるところでそんなこと言わないでよ!」
「人の目って……今俺たち以外誰もいないぞ?」
顔をより赤くした董香が慌てて止めるが、絋輝はあたりを見渡しても誰1人いない。
「そういうことじゃ……!!ああ、もう!」
董香は怒って絋輝より先を歩いて行ってしまう。
「ちょっ、ちょっと待てって!何をそんなに怒ってんだよ?」
「怒ってなんかいないって言ってんじゃん!この鈍感!」
「怒ってんじゃねえか」
絋輝は董香の前に出て、抱きとめる形で董香を止めたため、董香は自分より背の高い絋輝にぶつかって止まる。
「待てって!………俺が鈍感なのは自分でもわかってる。人の気持ちもよくわからない。だけど俺たちは恋人同士だろ?ちゃんと言葉で相談したいんだ」
「〜〜〜っ!………ない」
「え?」
董香はさっきより顔を赤くして、また俯いてしまう。
顔が赤くなったのは怒りからと絋輝は思ったが、どうも様子が違うらしい。
すると董香は絋輝の手首を掴んで路地裏に連れ込んだ。
人がいなく、少し暗いところに着くと董香は絋輝を壁に押しつけた。
「いたっ、何すんだよトー……んぅっ!?」
「んっ、ふぅ………んぅ……ちゅ……」
突然董香がキスをしてきて絋輝は驚いてしまう。
口を離した董香は昨日同様、上気した顔で絋輝を見つめる。
「もう我慢できないって言ったんだよ!セックスした日の次の日なんか忘れられなくて色々と我慢してるのに、あんなに近づかれたら我慢できなくなるのっ!!」
「お前……だから俺と距離取ってたのか」
「そうだよ!あんまり近くにいると思い出して……」
顔を赤くして体をモジモジさせている董香を見た絋輝は普段とのギャップで完全にスイッチが入ってしまった。
「トーカ……」
「なに…んっ……ちゅる……ちゅっ…ちゅ…んっ…ちゅぅ…」
さっきよりも長いキスで絋輝は董香に答えた。
董香は絋輝のことが好きだが、それが収まらず日常でも支障が出てしまうと思い、董香は我慢してきていた。
それを思うと絋輝も愛おしくてたまらなくなっていき、やがて唇だけの淡いキスはより激しくなっていく。
「んんっ…ちゅぱ……れろ…れろ…じゅるるぅ……ぷはっ」
やがて2人は口を離し、その間には透明の橋が架かっていた。
「……トーカ」
「はぁ…はぁ…こうきぃ……」
絋輝も顔が上気し、董香も顔が蕩けてしまっていた。
2人はまたキスを続けようとしたが……
「おーい、不純異性行為はいけないぞー」
「おわぁっ!!」
「きゃっ!」
突然声をかけられ、絋輝は慌てて声がした方を向き、董香は絋輝の後ろに隠れ、絋輝の背中から同じほうを見た。
路地裏の入り口には先日『女狂い』の調査をしていた喰種捜査官、ニヤニヤしている荒木と顔を赤くして口をパクパクしている波島が立っていた。
「いやー朝からお盛んだなぁ、さすが高校生」
「色っぽいのぉ……東京はんでねぇ……」
「おい、方言出てんぞ」
絋輝はとりあえず2人に声をかけることにした。
「何か用ですか?」
「用ってわけじゃねぇんだけど、とりあえず社会人としてそういうことの注意と、あとは捜査官としての注意を言いにきたわけだ」
(捜査官……?こいつら白鳩か!いいとこで……!)
喰種は喰種捜査官のことを通称白鳩(はと)と呼んでいる。
いい雰囲気を壊された董香は喰種の身体的特徴である赫眼を出しそうになる程、荒木たちを睨む。
「あー彼女さんがめちゃくちゃ怒ってんな、こりゃ」
「………ハッ!んんっ!君たち!学生の本分は勉強ですよ!そ、そういったことはもう少し大人になってからしなさい!」
睨んでくる董香に呑気に構える荒木に、漸く現実に戻ってきた波島は顔を少し赤くして注意する。
「で、捜査官としての注意は何ですか?」
「最近ここらで凶悪な喰種の犯行が盛んになってるの。なるべく路地裏や暗いところには入らず、夜も外出を控えて」
「まぁ、そういったこった。ヤルならホテルか家でやれよー」
「ちょっ、ちょっと荒木さん!なんてことを……!!あっ!そういうことはいけませんからね!!」
そう言って荒木と波島は去っていった。
「……邪魔が入っちゃったな。董香?」
「……………えっ?なに?」
「いや、そんなに睨んでどうしたのかって」
「な、何でもない」
(危ない……ずっと睨んでた)
さっきまでのムードは荒木たちのせいで無くなってしまった。
「学校行くか」
「………うん」
董香の残念そうな返事が2人しかいない路地裏に響いた。
○
時間は経ち、学校が終わり絋輝は運動ができる広室内の場所で絋輝はスポーツ用のビニール刀を1人の男性に向かって振り下ろした。
しかし男性はそれを最低限の動きでかわし、持っていたビニール刀を絋輝に向かって突き刺すが、絋輝はそれを体を捩ってかわす。
絋輝は地面に転がるが、男性はそこに更に追撃を仕掛ける。
「ぐっ!」
絋輝は腕で地面を押し、跳ねるように距離を取ると一気に勝負を仕掛けるが、男性はそれより早く絋輝の懐に入り込み、喉元にビニール刀を添えていた。
「〜〜っ!……参りました」
「ふむ……絋輝君は思い切りがいいが少し単調すぎる。もう少しフェイントやら混ぜたり、相手を翻弄することも考えたまえ」
その男性は中高年で三白眼で怖い印象を与える。
しかし絋輝と話しているその様子はどこか優しい印象があった。
彼は真戸 呉緒。
現役の喰種捜査官で、絋輝が戦い方、生き残り方を教えてもらっている人だ。
「今日はもういい時間だ。今日はここまでにしよう」
「ありがとうございました!」
「いや、後世の若者に技術を教えるのは案外楽しくてこちらの為にもなるよ。しかし絋輝君が私に師事を頼んできたときは驚いた。やはり将来は喰種捜査官を目指しているのかい?」
絋輝が真戸に鍛えてもらっているのは将来のためと、自分と周りの人たちを守れるようにだ。
「まぁ、そうですかね………」
「ふむ、そうかい。私としては喰種を駆逐する仲間が増えることは喜ばしいことだが、篠原はそれを望まないだろうねぇ」
「そうですね……父さんに言ったら反対されました」
絋輝が喰種捜査官になると言ったら、篠原は渋い顔をしてやんわりと反対したのを思い出した。
「彼は私以上の親馬鹿だ。自分の子供が危険なところに身を置くのは気が気ではないのだろう」
「真戸さんが親馬鹿……?」
外見からは全く想像ができない。
「私とて娘を持つ親だ。子の心配はするよ」
「そういえば暁姉さんは元気ですか?」
「連絡はあまり無いがアカデミーで毎回一位を取り、首席で合格したとは聞いたね。今も喰種捜査官として活躍しているだろう」
そう言った真戸の顔は嬉しそうで、絋輝もそれを見て嬉しくなった。
「もう外は暗い。家まで送っていこう」
「大丈夫ですよ。路地裏は使わないようにしますし」
「いや、今20区は危険な喰種がいるらしいからね。念のためだ」
「そう言えば朝捜査官の人がそんなこと言ってたな」
「荒木君だろう?彼は私の後輩で何回か組んだことがあるが、彼はあのクズに執着していたからねぇ……『女狂い』のクインケ……いやぁ、どんなものか見て見たい……」
(怖い……)
次第に凶悪な笑みになる真戸に絋輝は少し怖くなった。
○
場所は変わって20区にある喫茶店『あんていく』で董香は上機嫌でアルバイトに勤しんでいた。
最早鼻歌を歌いだしそうで、そこに同じ従業員であるカヤが話しかけた。
「トーカちゃん、上機嫌ね。彼氏くんと何かいいことあった?」
「えっ?何でそう思うんですか?」
「だってトーカちゃんが機嫌がいい時ってだいたい彼氏くんが原因かなんだもの」
可笑しそうに笑うカヤを見て、董香は少し顔を赤くして照れる。
実際董香と絋輝はあの後、次の休みにデートをしようと約束したので、董香は上機嫌だった。
「だけどトーカちゃん。本当最近いい顔をするようになったわね。やっぱり恋愛って人を綺麗にするのかしら?」
「カヤさんはそういった相手はいないんですか?」
「芳村さんはそういった感じでもないし、四方くんはタイプじゃないしね」
「古間さんは………」
「お猿さんは対象外だわ」
そこに店長である芳村が四方と古間を連れて奥の部屋から出てきた。
「2人とも少し話を聞いてくれないかな?」
2人は作業の手を止め、真剣な表情になった芳村に耳を傾ける。
「最近20区に『女狂い』が現れるようになったらしい。CCGの動きも活発している」
「『女狂い』?」
今まで聞いたことのない喰種の通り名に頭を傾ける董香に古間が説明した。
「『女狂い』っていう喰種は女性ばかりを狙う変態な喰種のことだよ」
「何ですかそれ……弱そうに聞こえますけど」
「お猿さんが言うと弱そうに聞こえちゃうけど実際は特等捜査官を1人殺した実力者よ」
「あの特等を……!」
董香は女狂いの実力の高さに驚く。
「みんなCCGにもだが、女狂いにも気をつけるように」
「捜査官だかじゃなくて、そいつにもですか?」
「奴は共喰いもする凶人だ」
いつも柔らかい表情の芳村が強張った顔でそう言い切る様子に董香は背筋が少し寒くなった。
○
月明かりも差し込まない路地裏に女子高生の苦しそうな声と荒い息遣い、そして肌に打ちつける音が響いていた。
男は背後から四つん這いの女子高生に腰を打ち付けていた。
「もぉっ……やめ……て……ぅっ!」
「おら!イクぞ!しっかり締めろ!!」
やがて男は体を震わせ、背後から女子高生の中に解き放った。
「あっ……あぁ……」
女子高生の目から光が失われ、崩れそうになる瞬間男は手を引っ張り起こす。
「いやぁ、中々具合が良かったよ」
男の目が赤く染まり、背中から鱗のようなものがびっしり入った赫子をゆっくりと出す。
「もう、飽きた」
突然赫子を振り、女子高生の首を刎ねた。
首を刎ねられた体は痙攣を起こし、震えるが男は腕を掴んだまま離さない。
「うおっ、締まるぅ。やっぱりこん時が一番気持ちいいなぁ。なぁ、そう思うだろ?」
男はそういいながら刎ねた首の髪を先割れした赫子で掴み、こっちに向けさせて話し、キスをするとその顔を食べ始めた。
「ふぅ……最近は人間ばっかだったからなぁ。次は喰種を喰べるかぁ♪」
男、女狂いは口を血で汚しながら、上機嫌に嗤った。