自室に戻り、今後のことを自分なりに考えようとするがどうしても気掛かりなことがあり、スマホの画面を見る。
董香のことだ。
董香に今回のことに巻き込みたくないために、黙って作戦を決行したが、それがどうしても気になっていた。
「やっぱり怒ってるよな……」
連絡を取りたいが、勇気がなく連絡を取っていなかった。
どうするかと悩んでいるとメッセージが入った。
『トーカ:あんていくの裏口に来い』
「………はぁ」
文面から怒っていることがわかり、絋輝は渋い表情で溜息を吐きながら、急いで準備をする。
最悪のことを想定しながら。
ーーーーー
絋輝はあんていく裏口の空き地に着き、董香はいるか探す。
人影一つ無いのでまだ来ていないのかと思っていると、上から董香が飛び降りてきた。
「来ないと思ってた」
「………」
言葉から怒りの感情がわかり、絋輝は何と言っていいかわからずにいると董香が近づいて来て、絋輝の頬を平手打ちした。
「と…」
「何で私を置いていったの!?」
弁解しようとするがその前に董香が捲し立ててくる。
「今回のは危険だったから董香を巻き込みたくなかったんだ」
「巻き込みたくなかったって、私も一緒に行くって約束したでしょ!!」
「約束してたけど、お前を危険な目に合わせたくなかったんだ!!」
「そんなの私も同じ!絋輝を危険な目に合わせたくない!!」
「……っ、その気持ちは嬉しいけど、今回のは俺のことが原因なんだ。お前を巻き込む訳には……」
董香の気遣いには嬉しく思うが、董香を巻き込みたくないの一心で訴え続ける。
「原因!?そんなの私が……っ!」
途端に董香は泣きそうな顔になって、絋輝の胸に顔を埋める。
「絋輝が亜人になる原因を作ったのは私……!私が女狂いに捕まらなきゃ、絋輝は殺される事なく、亜人だってわからずに過ごせてたかもしれないのに……!全部……!全部……!!私が原因!!」
顔を起こして、絋輝を見上げる董香の目には涙が溢れていた。
「私が絋輝の人生を滅茶苦茶にした……!一生をかけても償えない……!」
董香はずっと胸に閉まってあった思いを吐露する。
絋輝の人生を滅茶苦茶にした罪悪感から董香は絋輝の為なら何でもする覚悟でいる。
その気持ちは絋輝にとっても嬉しいが、大切に思っている董香が危険な目に合うのは嫌だった。
「絋輝の為だったら、命だって惜しくない……!」
「それはダメだ!!俺は董香に生きて欲しいんだ!!」
「それは私もだよ……。だけど絋輝は危険な事に巻き込まれて、命を落としてるかもしれないのに、私だけ安全な所でぬくぬくしているなんてできない……!!」
董香の目は本気だ。
このままでは董香は自分のために命を投げ出してしまう。
なら自分が関わらなければ、董香を危険に巻き込まない。
もし董香がそれを拒否しても徹底的に遠ざければ、危険には巻き込まない。
短絡的な考えかもしれないが、それが一番だと今の絋輝は考えた。
「わかった……」
「絋輝……じゃあ」
「別れよう」
「え?何言って……」
「もう俺に関わるな。お前がいると危険な目に合うの確かだ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。いきなり何言って……!」
「じゃあな。俺に近づくなよ」
何か言われて決心が揺らぎそうになる前に董香の前から去る。
背を向けて歩き出す絋輝の顔は苦渋に包まれていた。
ーーーーー
董香に別れを告げた絋輝は1人、高槻が教えてくれた公園にいた。
何もせず、ただ公園のベンチに座っていた。
董香に突然別れを告げたのは良かったのかどうか、悩んでいた。
別れを告げた時の董香の顔を思い出すと辛くなる。
顔を俯いていると前に人影が立っていた。
「やあ、久しぶりだね。少年」
顔を上げると嬉しそうな笑みを浮かべる高槻が立っていた。
「高槻さん……」
「隣、いいかな?」
「……どうぞ」
高槻は隣に座ると手に持っていた金平糖を一口食べ、絋輝に差し出す。
「一つどうだい?」
「いえ、……大丈夫です」
「そっか」
またもう一口食べる。
沈黙が続くなか、高槻が話しかけてきた。
「一体どうしたいんだい、そんなに落ち込んで?お姉さんに話してごらん。少しは楽になるだろうさ」
そう言って絋輝をどこか愉しげに見つめてくる高槻をチラリと見て、ゆっくりと口を開く。
「恋人と喧嘩して一方的に別れを告げました」
「ほう」
「彼女のためを思って、別れを告げたんですが……それが良かったのかどうなのかわからなくて」
「彼女のためを思ったならいいじゃないか。君だって良かったと思ってるんだろう?」
「それは、そうですけど……」
高槻にそう言われ、そうかもしれないと思った絋輝だが董香の泣き顔を思い出し、また罪悪感が湧く。
「別れて傷心しているなら新たな恋を見つけるべきじゃないかな?なんならお姉さんが相手をしてもいいよ?」
「……何言ってるんですか?」
突然の不躾な言葉に絋輝は高槻を睨む。
「はっはっはっ。冗談だよ、冗談」
絋輝の睨みを気にした様子もなく、高槻は笑って誤魔化す。
「でも、後悔しても仕方ないさ。もう別れてしまったんだから」
「………」
高槻にそう言われてもどこか煮えきれない様子の絋輝に高槻は少し不機嫌そうな表情になった。
「何か引っかかっているようだね。その彼女さんとは恋人以外に何か特別な関係だったのかい?」
高槻の質問に絋輝は顔を上げて、遠くを見つめながら、口を開く。
「……董香とは高校で知り合って、恋人になりました。好きになったのは俺からだったんです。一目見た時に気になっちゃって、それから仲良くなって俺から告白したんです」
「君から告白したのか。中々行動的だね」
「自分でも驚いてますよ。あんなに仲良くなろうとして必死になったのは。でも、董香は俺の世界に色をくれたんですよ。それまで色褪せていた俺の世界が彩りに溢れたんだ」
「ふーん……」
高槻は絋輝の話をどこかつまらなさそうに返事をした。
「すいません、勝手に話しちゃって。でも、話したら少し楽になりました。ありがとうございます」
絋輝は礼を言って、その場を後にした。
高槻は絋輝の姿が見えなくなると、青い金平糖を一粒だけ取り、それを指で弄りながら呟いた。
「君の中にはまだあのガキがいるのか…………邪魔だなぁ」
金平糖を指で砕き、憎らしげにそう吐き捨てた。