偏食家との一件から数日が経ち、絋輝はいつもの日常を過ごしていた。
最初は喰種達からの襲撃があるのではないかと警戒をしていたが、その気配は一向になかった。
そして、絋輝、董香、吉桐、依子は再び会い、2人に心配かけた事を謝った。
吉桐は2人が仲直りしたことに安心し、依子は心配させた2人を泣きながら怒ったが、再びこうして会えたことに喜んでくれた。
ーーーーー
前々から約束していた海へとやってきた絋輝達は目の前に広がる海を眺めていた。
「着いたー!!」
依子は潮風を感じながら両腕を上げて大声を上げる。
普段の彼女ならしなさそうなことだが、友人達との小旅行にテンションが上がっている。
「着いたな」
「これが……海」
絋輝も目の前に広がる砂浜と海の景色にワクワクした気持ちになる。
隣に立つ董香は生まれて初めて見る東京の外で見る海に感動し、顔が綻ぶ。
その表情を見て、絋輝は嬉しく思った。
「いやー、来てよかったねー。めちゃくちゃ綺麗だよ」
吉桐も目の前を向き、そう呟く。
「お前もそう思うのか?」
「当たり前だよ。人として普通の感情さ」
そう言いながら吉桐の目線はすぐ近くを通った水着姿の大学生に釘付けになっており、鼻の下がわかりやすく伸びていた。
「………あぁ」
絋輝はそれに気づき、吉桐を冷めた目で見た。
その後、水着に着替えた絋輝と吉桐は更衣室の前で董香達を待っていながら、2人の水着がどんなものなのか話し合っていた。
「ねぇ、絋輝。霧島達の水着がどんな物なのか知ってる?」
「いや、知らないな。水着を買いに行ったらしいけど付いて行こうとしたら依子に強く止められたんだ」
事件の一件後、会えなかった分を取り戻すかのように董香は絋輝と一緒にいたがり、絋輝とそれに答えるべくほぼ毎日を董香の家で過ごしていた。
そんなある日依子から董香に水着を買いに行こうと誘いがあり、それは一緒にいた絋輝も知られた。
董香はなるべく絋輝と離れたくなかったため、絋輝も連れて行っていいか聞いたが、依子に強めに拒否された。
なるべく女子だけで買い物に行きたかったらしい。
「どんな水着なのかも聞いてないの?」
「聞いたけど依子が当日のお楽しみって言って教えてくれなかった」
「へぇー……」
絋輝の言葉に吉桐は目線を歩いている水着の女性達に視線を向ける。
「………吉桐って同い年の女子には興味ないのか?」
「興味がないってほどじゃないけど、やっぱり僕は年上の方が好きだね。包容力がある方が好きなんだ。更にボンッ、キュッ、ボンッならなお良し」
「ボンッ、キュッって……今日日古いな」
そんな話をしていると更衣室から依子が出てくる。
「お待たせー」
依子の水着は明るい淡い黄色のフリルがついた可愛らしいビキニの水着だ。
すると、依子は更衣室の方に向かって話しかける。
「ほら、董香ちゃん!行こうよ!」
「ちょっ、ちょっと待ってよ」
依子が手を伸ばし、なかなか出てこない董香を引っ張り出す。
董香の水着は白と黒のボーダー柄のビキニで董香の肌の白さがより際立って見えて可憐であり、絋輝は顔を赤らめる。
「いやー2人ともいいね。可愛らしい、特に霧嶋のは結構体のラインがわかりやすい水着だから胸とかお尻の形が丸分かゲホッ!?」
「黙ってろ!変態!」
恥ずかしいことを平気な顔で言ってくる吉桐の腹に蹴りを入れて倒れた吉桐を踏み付ける。
いつもの光景に絋輝は呆れ顔だがどこか安心した表情で見ていた。
すると、依子が絋輝に耳打ちしてくる。
「篠原くん!何してるの。早く言ってあげないと」
「言うって、何を?」
「水着のことだよ。言ってあげないと董香ちゃんが可哀想だよ?」
依子に促され、董香の前に立つと少し恥ずかしそうにしてしまう。
「えっと、その……似合ってるよ」
「そこは可愛いとか、綺麗とか具体的に言わないと!」
「い、いいよ依子。絋輝、ありがとね……」
照れながら褒める絋輝にヤキモキした依子は叱咤するが、董香はそれを止めて、こちらも照れながら微笑んだ。
その後、4人は海で泳いだり、ビーチボールで遊んだりととても楽しんだ。
その途中、ふと依子が人だかりができている方に目を向ける。
「あれ?なんだろう?」
「どーしたの、依子?」
「なんかあったのか?」
「エロいお姉さんでもいぷぎゅっ」
変なことを言う吉桐の顔面に董香は流れるようにチョップをぶつけるがその他の皆は無視して、人だかりの方を見る。
「『ドキッ!男だらけのビーチフラッグ大会』?」
「何で男だけのイベントなんだ……女性は?お姉さんたちは?」
絋輝がイベント名を読んで、吉桐はそのイベントに心底落胆した様子だ。
「豪華商品があるんだって!ねえ!篠原君と新田君で参加してみたら?」
「嫌だね。お姉さんがいないなら参加しない。絋輝はどうだい?霧島にいい姿見せたいんじゃない?」
吉桐が絋輝に話を振り、絋輝は董香の方を見ると絋輝の視線に気づいて視線を逸らして恥ずかしそうにしながら口を開いた。
「こ、絋輝が頑張るなら見てあげても、いいよ?」
頬を赤くしてチラとこちらを見ながら言う董香に胸がときめいてしまった絋輝は張り切って大会に参加してしまう。
興味本位で参加した者や絋輝のようにいい姿を見せたい者など、様々な理由で参加した人達が皆同様にスタートラインに並ぶ。
観客席側で応援してくれる董香達が目に入り、より気合が入る。
『それでは位置について!よ〜い………スタートッ!!』
司会の合図で参加者は一斉に走り出す。
裏の世界での戦いに巻き込まれてからというもの絋輝は日々鍛え続け、以前とは身体機能に違いはあるが、それでもたった3ヶ月しか経っておらず、そこまで劇的に変わったというわけではない。
運動はそこそこできるが、どんどんと速い者達に抜かされてしまう。
その時、応援席側から手を振って応援してくれる董香達の姿が見えた。
やる気がみなぎり、足に力を込めると電流が走ったような感覚が足に走る。
その瞬間、絋輝の走る速度は劇的に早くなり前を走る者達を追い抜き、先頭に立った。
「篠原くん、凄い!」
「おー、すごいね。ごぼう抜きだ」
「……?絋輝ってあんなに早かったっけ?」
依子と吉桐は追い抜かしていく絋輝に驚くが、董香は突然の変化に疑問を覚えた。
結果は絋輝が優勝となり、優勝賞品を勝ち取って戻ってきた。
「へぇー、地元有名温泉のペアチケットだって。凄いね」
「勿論、2人で行くんだろ?いいねー、お盛んで」
吉桐の冗談に絋輝は頬をかいて照れ隠しをして、董香は顔から煙が出るんじゃないかというほど顔を赤くして、吉桐に殴りかかった。
そして昼頃になり、絋輝と吉桐は皆で食べる昼食を買いに行っていた。
「大丈夫か?」
「イタタ、霧島め……本気で殴ってきたな」
「あれはお前が悪い。(本気で殴ってたら今頃吉桐の頭は爆散しているだろうな)」
喰種である董香が本気で殴れば吉桐は簡単に死んでしまうことは容易に想像ができ、少し赤くなるくらいで止めている所を見ると董香もだいぶと手加減していることが絋輝にはわかった。
董香達のところに戻ろうとすると董香と依子の周りをチャラそうな男たちが囲んでいた。
「おっと、トラブルかな?」
「………吉桐、これ頼む」
「え、ちょっと」
それに気づいた吉桐は声を上げたが、絋輝は眉間に皺を寄せて持っていた食事を吉桐に持たせて董香達に近づく。
「なぁ、いいじゃん。俺らと遊ぼうよ」
「男の連れなんか放ってさ」
「俺ら楽しませる自信あるよ〜?」
軽薄な言葉で誘ってくる男たちに董香は苛立っているのか軽く眉間に皺を寄せて不機嫌さを露わにして、依子はその董香の少し後ろに隠れて不安そうにしていた。
「……鬱陶しいって言ってんのがわかんないの?」
「そんなこと言わずにさー。ほら、ちょっとあっち行こうって!」
「ちょっ!?放せって!」
「董香ちゃん!?」
男の1人が業を煮やしたのか董香の腕を強引に引っ張る。
ただの人間の力など喰種の董香からすれば何の意味もないがここで強引に引き離せば、後々面倒なことになってしまう。
どうすればいいかと考えていると背後から腕が伸びて、董香の腕を掴んでいた腕を掴んで、董香を後ろに退がらせる。
「放せよ」
絋輝が険しい目つきで男を睨みつける。
「あ?何だよお前?」
「もしかしてこの子たちのツレ?悪いんだけどーこの子たちは俺らと遊ぶから」
「どっか行っていいよ」
煽るように絋輝に話す男たちだが、絋輝はそれらに反応せず董香を引っ張った男の腕を掴んで睨み続ける。
「おい!何か言えよ!キモいんだよ!」
掴まれた男は強引に絋輝の手から逃れようと腕を動かそうとするがまるで固定されたかのように動かない。
「てめ…!放せって!!」
絋輝は何も言わず、腕を掴む手に力を入れ続ける。
今、絋輝の心には男に対して怒りだけがあった。
ギリギリと音がなる腕に男は痛そうに顔を歪める。
「いた……痛いってぇ……!」
「おい!何してんだよ!放せって!!」
「おい!聞いてんのかよ!テメェコラ!!」
絋輝の腕から一瞬僅かに黒い粒子が吹き出ると更に力は強まっていく。
「もういいって!絋輝!」
董香が絋輝の肩を掴んで呼び掛けると絋輝は目を覚まし、男の腕を放す。
男は尻餅をついて倒れてしまい、その腕は赤黒くなっており、内出血してしまっていた。
絋輝はその光景と自分の手を交互に見た。
「何なんだよ、お前……!」
男たちは怯えた目で絋輝を見てそう呟き、どこかへと行ってしまった。
「絋輝。私たちも行こう」
「あっ、うん……」
その後は先程の空気を忘れようと依子と吉桐が盛り上げてくれたおかげで帰りまで楽しく過ごせた。
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遊び終えた絋輝達は帰路へとついていた。
帰りの電車の中で遊び疲れた依子と吉桐は寝てしまっていた。
そんな中で董香は絋輝の肩にもたれ掛かり、頭を預けて目を瞑って安心した表情を浮かべていた。
しかし、それとは対照的に絋輝はどこか浮かない顔で何かを確かめるように自分の手を握ったり、開いたりしていた。
(今日のレースとあの時……一瞬我を忘れてた。一体俺の体で何が起きてるんだ?)
いつも以上の力が突然出てきたりと自分の体で何かが起こっているが、それの原因が分からず悶々としてしまう。
すると、横から董香の手が伸びてきて動かしていた手を優しく包み込んでくれた。
「董香……」
「大丈夫?」
「うん、まぁ……大丈夫だと思う」
「そっか……何があっても私は絋輝と一緒だから」
「………うん、ありがとう」
その一言に悶々とした気持ちはすっきりと消えて、安心したのか睡魔に襲われて董香にもたれ掛かるように寝てしまった。
その表情はさっきと打って変わって安心した表情だった。