夏休み中は散々な目にあった絋輝だが、その合間には友人達、恋人と学生らしく過ごしていた。
今回はそんな幕間の話である。
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絋輝は1人動物園の前で画材を持って待っていた。
待ち合わせを約束した人物はかれこれ1時間遅刻している。
「……遅い」
蒸し暑い中、汗を少しかきながら待っていると漸く待ち合わせした人物がやってきた。
「お待たせしました〜」
「遅いよ、什造さん」
待ち合わせした人物は父の新しいパートナーである鈴屋 什造だった。
鈴屋は特に悪びれた様子もなくヘラヘラと笑いながら現れた。
その様子に絋輝も怒る気が失せて、動物園へと向かう。
「じゃあ、行きますか」
「はーい、お絵かき会の始まりですね〜」
「いや、お絵かき会って……まぁ、そうなんだけど」
2人が何故集まったかと言うと、鈴屋から父を経由して絋輝に出掛けないかとお誘いがあり、久しぶりに鈴屋に会いたかった絋輝は喜んで誘いに乗った。
そして、動物園で写生でもしようと話になりこうして集まったのだ。
2人は動物達を眺めながら、絵が描ける手頃な場所を探していると大きな木が影となっている場所を見つけ、そこで絵を描くことにした。
目の前にはキリンの檻があり、絵を描く題材にも問題なかった。
「ここにしますか」
「そうですねー」
2人は並んで座り、キリンを描き始めた。
絋輝は目の前のキリンを写生しているが隣の鈴屋はキリン模様だが何か分からないものを描いていた。
「什造さん、何書いてるんですか?」
「キリンの断面図ですー」
「え?」
「断面図を想像して描くのって楽しいですよ?」
「は、はぁ…そうすっか」
什造の独特な感性に絋輝は困惑してしまう。
今度は什造は絋輝の絵を覗き込む。
「絋輝くんは普通に写生ですか?」
「うん、まぁ……」
絵を見せる絋輝だが什造はふと絋輝の首元に顔を近づけて匂いを嗅ぎだした。
「えぇ……何ですか?」
「うーん……?絋輝くん何か香水とか付けてます?」
什造のその一言に絋輝の顔が一瞬強張る。
まさか喰種対策の香水の匂いに気づいてしまうとは思わなかった。
雄二は無香料の香水だと言っていたが、什造の敏感な嗅覚にはその存在が分かってしまっていた。
「ほ、ほら。俺も高校生ですし、ちょっと色気ついたと言いますか……」
「ふーん、そうですか……」
「そういえば最近は父さんとの仕事はどうですか?」
「………毎日やりすぎだーって怒られてばかりですよ。少し喰種の皮を剥いだくらいなのに」
「は、ハハ……」
2人は絵を描きながら他愛もない話を続けるが、鈴屋は絋輝と話しながら先程嗅いだ匂いについて考えていた。
(やっぱり前より
以前家を訪ねた時に絋輝から僅かに血の匂いがしたが、今は更に濃くなっていることに鈴屋は気づいていたが、それを問い詰める訳でもなく、黙っていることにしてしまっていた。
常人ならあり得ないくらいの匂いにいつもの自分なら尋問するなり問い詰めるのだが、そうしようとした瞬間鈴屋の脳裏に篠原の顔が思い浮かんでやる気が無くなってしまった。
○
別の日、絋輝は吉桐と2人で遊びに出かけていた。
今まで色々と迷惑をかけてしまっていたので食事を奢ることにしたのだ。
待ち合わせ場所で着いた絋輝が目にしたのは近くの服屋でナンパしている吉桐だった。
「何してんだよ。たくっ……」
絋輝は渋々ながら吉桐がナンパをして迷惑を掛けてしまっている女性に謝ろうと近づくが、吉桐がナンパをしている女性を見て驚いてしまった。
「え、暁姉さん?」
「ん?絋輝か」
「え?何?絋輝、このお姉さん知り合いなの?ちょっと僕に紹介してよ」
吉桐がナンパしていたのは絋輝に戦い方を教えてくれている人の1人、真戸 呉緒の娘、真戸 暁だった。
その後、3人は近くのカフェへと入りお茶をする事になったがその中で絋輝は気が気でなかった。
なにせ友達が姉と慕っている人にナンパしていたのだ。
穴が有ったら入りたい気持ちだった。
「さて改めて自己紹介としよう。私は真戸 暁だ。絋輝とは幼少期から知り合いでね」
「僕は絋輝と同じ高校の同級生で新田 吉桐と言います。絋輝のお姉さんがこんなに美人な女性だったなんて知りませんでしたよ。こんなことならもっと早くに知り合いたかったな」
「お前は……!」
吉桐の歯の浮くような言葉に絋輝は吉桐を睨む。
暁は高校生でナンパしてくる吉桐を面白そうに見る。
「フフ、君は口が上手いようだな」
「ええ、暁さんにはこれくらいの言葉じゃ足りないくらいですよ。その氷を思わせるような美貌もそうですが何よりスタイルがいい。背が高くほっそりとした体だけどちゃんと出ている所は出ている………ぶっちゃけ言っちゃうとエロい体してま……」
「お前少し黙ろうか!?」
絋輝は吉桐の口を押さえて襟首を掴んで揺らす。
その様子を見ていた暁はどこか安心したような表情になる。
「よかった。絋輝は学校で楽しく過ごしているようだ」
暁は幼少期から絋輝を知っており、実の弟のように思っている。
小学校、中学ではあまり学校に馴染めず、孤立しがちな絋輝を心配していたが高校に入り、良き友人に恵まれて楽しそうにしている絋輝を見て安心した。
「なんか言った?暁姉さん」
「いいや、なんでもない。そう言えば絋輝、今日は父と共に買い物に来ていたな」
「え?」
「ナンパされていたことを話してしまった」
いたずらが成功した子供みたいな笑みを浮かべる暁を見て、絋輝の顔は青ざめる。
そして絋輝と吉桐の肩に手が優しく置かれた。
「暁からのメールで男にナンパされていると知ったが、まさかその男が私が知っている者だったとは……なんとも嘆かわしいねぇ」
置かれた手は徐々に力が入り、絋輝と吉桐の肩からギリギリと鈍い音が鳴り始める。
「え、ちょ、ちょっと痛いんですけど……」
「ま、真戸さん?」
手を置いているのは真戸 暁の父、真戸 呉緒だった。
まるで死人のように生気のない顔色だが、今はその目を血走らせて絋輝と吉桐を睨んでくる。
それを見た絋輝と吉桐は悲鳴を上げて許しを請うが呉緒はそれを許さず2人に折檻を加え、暁はそれを見ながら静かにコーヒーを飲んだ。
「それでは絋輝君。また特訓で会おう」
「今日は久しぶりに会えて楽しかった。今度は食事でも行こう」
真戸親子は絋輝達と別れの挨拶をするが絋輝は腕を上げて答えることしか出来ず、吉桐に至っては椅子に沈み込んで答えることができていない。
真戸親子と別れてから少しして、吉桐は漸く元気になってきた体を伸ばしながら絋輝に話しかける。
「あのゾンビみたいな人、何だったの?うぅ……まだ肩が痛い」
「現役の喰種捜査官だよ。誰にも言うなよ」
「そうなんだ、おっかない。……でも、なんか安心したよ。絋輝を心配してくれている人って案外多そうでさ」
「え?どういうことだよ?」
「絋輝は愛されているってことさ。みんなが絋輝を心配してくれている。君が困っても助けてくれる人がいる」
吉桐は暁が絋輝を見守る目が親愛と優しさを持っていることに気づいていた。
「もちろん、僕もさ。君とこの平和を守れるためなら何だってする」
吉桐は真剣な表情で絋輝を見ながらそう言った。
「吉桐…………なんかクサいな」
「えっ!?真面目に言ったのに!?」
「さっきのお仕置きされているところ見てそんなこと言われてもなぁ」
「絋輝って僕のことどう見てるの?」
「ナンパ失敗しまくりの残念イケメン変態」
「なっ!?じゃあ、僕がナンパを失敗しないところを見せてあげるよ!」
「残念イケメン変態は否定しないのかよ………いいよ、付いて行ってやる」
「そうだ!ナンパ勝負しようよ。どっちがよりモテるか勝負だ!」
「なんでだよ。俺、董香いるし」
2人はふざけ合いながら、店を出て意味はないが大切な時間と平和を過ごしていく。
なお結局、絋輝は吉桐に押し切られナンパ勝負をすることになったのだが、後日吉桐が口を滑らせて董香にナンパ勝負のことがバレてお仕置きを受ける羽目になってしまうのだった。
○
絋輝達、亜人のアジトに絋輝は走って向かっていた。
雄二から知らせがあり、長らくパニック状態だった波島が漸く話せるようになり呼び集められたのだ。
アジトに入り、波島が休んでいる部屋に行くと雄二、甫、そしてベットに座っている波島がそこにいた。
「波島さん……」
「篠原くん……あはは……迷惑かけちゃったね」
「……もう大丈夫なんですか?」
「うん……まだ混乱してるけど、田中さん達から話を聞いて何となくはね」
力なく笑みを浮かべる波島に絋輝は気の毒に思ってしまう。
すると、甫が全員に聞こえる様に話し出す。
「さて、今ここで僕達の目的を話しておこう。僕達の最大の目的は亜人達の自由を確立することだ」
「亜人達の……自由?」
「僕達亜人は人間、喰種の両方から狙われ続けている。このまま行けば奴らに搾取されて絶滅か、もっと酷いことになる。だから、自由を勝ち取る」
「自由を勝ち取るってどうやって?」
雄二は懐から亜人研究会を襲撃した時に使用したUSBを取り出す。
「まずは人間から攻略する。今は目下の敵、亜人研究会に対してはこれを使って違法な研究データを公開しようと思ったんだが、中身がなかった」
「なかった、て……」
「肝心の亜人についてのデータがほとんどなかった。これじゃあ、使えない」
絋輝に向かってUSBを投げ渡す。
受け取った絋輝はデータを盗む時に見たデータファイルを思い出す。
「そういえばあの時『キメラ計画』っていうデータがあったはずですけどアレは?」
「次の狙いはそれだ。データにはさわりしかなかったが奴らが隠したがっていることには違いない」
甫は真剣な目で絋輝を見る。
「亜人研究会を潰そう」
絋輝はその言葉を聞いて、拳を握り力を込めた。