亜人研究会のキメラ計画を追うことを決めてから、絋輝はより一層強くなるために準備を始めた。
銃火器の扱い、ゴーストの操作に加えて雄二に頼んで格闘技を本格的に学び始めた。
基本的に雄二に教えを請うているが、時折董香が放課後デートと称して訓練に付き合ってくれている。
もちろん人間と喰種では基本的な身体能力に差があるので負け続けている。
そんな日々を過ごしていると依子が話していた渋谷でのハロウィンパーティの日が近づいてきていた。
そんなある日、依子が仮装用のグッズを買いに行こうと言い出し、何でも揃っている雑貨店へとやってきた。
「わぁ、ハロウィンだから仮装グッズがいっぱいだね」
「こんなにあるんだ」
「色んな物があるんだな。アニメや映画の物もある」
皆が珍しそうに品物を見ていると吉桐がある物を差し出してきた。
「絋輝、こんなのどうかな?紐ビキニ」
「………お前が着るのか?」
「そんな訳ないよ、気持ち悪い。霧島にどうかなって思って」
「はぁ!?」
董香が驚いて絋輝と吉桐の方を向いて、2人に詰め寄る。
「ちょっ、あんた何言って……!」
「まぁまぁ落ち着いて。で、絋輝はどうなの?霧島の紐ビキニ姿見たい?」
激昂して、また暴力を振おうとする董香を落ち着かせて、吉桐は絋輝の意見を求める。
「んー……見たいちゃ見たいけど。董香のそんな姿は他の人には見せたくない……と言うより他の人に見せたくないな。俺だけが見たい」
「……っ!」
「ひゃー……絋輝君、ハッキリ言っちゃうんだ」
「よかったね、霧島。彼氏に愛されて。うん?どうしたんだい?耳まで真っ赤だよ?」
吉桐本人は意識はしていないがどこか董香を煽っているような台詞を言ってしまい、羞恥で頭がいっぱいな董香は照れ隠しと怒りで吉桐と絋輝に蹴りを入れてしまう。
「うるさい!絋輝も変なこと言うな!」
「いだっ!?」
「いて!?」
董香は2人を蹴るとどこかに行ってしまう。
「董香ちゃん!どこ行くの?」
「ちょっと飲み物買ってくる!」
董香はうずくまる2人を置いて行ってしまった。
「お前さ……わざとやっただろ?」
「いやぁ、霧島のあの反応が面白くてさ。アイタタタ……」
蹴られた場所を摩りながら、絋輝は自由に座れるソファに座る。
「僕も飲み物買ってくるよ。何がいい?」
「コーヒー、微糖で頼む」
「分かった」
吉桐が飲み物を買いに行き、絋輝は1人になってしまう。
「董香の紐ビキニ……言ったらきてくれるかな?」
そんな下心しかないことを考えながら皆を待つ絋輝に1人の男が近づいてくる。
「すいません。貴方は篠原 絋輝さんですか?」
ガタイが大きく、目が鋭い顔に絋輝はどこか見覚えがあった。
「はい、そうですけど……貴方は?」
男は鋭い目つきを保ったまま、その目に疑いをはらみ絋輝を見つめる。
「初めまして。荒木 仁の息子、荒木 仁志といいます」
ーーーーー
その頃、董香は自動販売機で飲み物を買いながら先のことで熱くなった顔を冷ますため深呼吸していた。
「絋輝の奴……あーいうのは2人っきりの時に言ってよ」
そう呟くと董香は実際絋輝にアレを着て欲しいと言われたらどうするか考えてしまった。
(絋輝に頼まれたからって流石にあんな物着るのは……いや、でも必死に頼み込まれたら私着ちゃうかも……我ながらどんだけ絋輝に甘いんだか)
結局頼まれた着てしまう自分に呆れてしまうが、不思議と嫌な気持ちではなく喜んでくれる絋輝を思い浮かべて嬉しくなってしまう。
(さっきの紐ビキニってやつ……殆ど透けてたし、アレ着たら絋輝どんな反応するんだろ……顔真っ赤にして驚いたりして。それとも興奮して………)
先のこと想像して、また顔を赤くしてしまう董香だった。
すると、背後から董香を呼ぶ声がした。
「董香ちゃーん!」
「依子……どうしたの?」
「私も手伝おうと思って!」
「そう、ありがとう」
2人で飲み物を選んでいると依子が董香に話しかける。
「董香ちゃん、だいぶ変わったよね」
「そう?そんなに変わった?」
「うん!まだちゃんと董香ちゃんを知らなかっただけかもしれないけど、初めて会った時は誰も寄せ付けない感じがあったけど、今はみんなと一緒にいることに嬉しそうにしてくれるから変わったのかなぁって思って」
董香は依子にそう言われて、ふと自分のことを考える。
前までは自身の弟とあんていくの仲間以外はほぼ敵と考えていた。
さらに人間と関わりを持つのを良しとする芳村の考えにはどこか否定的だった。
しかし、芳村の提案で高校に通うことになり依子と知り合って友人となり楽しく毎日を過ごす、絋輝と出会って恋人となり愛を育み、吉桐という悪友をしばく生活はとても充実しており、前の生活に戻りたいとは思わない。
できることならば、この関係が一生続けばいいと思っている。
そう考えると確かに自分は変わった。
「……そうかもね」
「ふふっ、私は今の董香ちゃんが好きだな」
そう言って笑う依子に微笑む董香だが、依子の肩越しに見えた男達に表情が固まる。
(白鳩……!?)
アタッシュケースを持ち、白いコートを着た捜査官2人が何かを探すかように走って行った。
「全くどこに行ったんだ!?」
「アカデミー主席で、飛び級で捜査官になったからって最近勝手な行動が多いですよ……やっぱり親子だから似ているんですかね?」
「でも、それで功績を残しているんだから何とも言えん。優秀な所も似ているな。とにかくこの店に入ったんだ。手分けして探すぞ」
「はい!」
(もう1人がこの中にいるってこと……?早めに出た方がいいか)
「董香ちゃんどうしたの?顔が怖いよ?」
「えっ……いや、なんでもない。早く衣装買いに行こうよ」
「うん」
董香は走り去る捜査官を尻目に絋輝達の元へと戻った。
ーーーーー
「初めまして。荒木 仁の息子、荒木 仁志といいます」
仁志の名前を聞いて絋輝は思い出した。
自分のせいで狙われて死んだ荒木 仁の息子が荒木 仁志だった。
その息子が目の前に現れたことに動揺してしまう絋輝だが、それを表に出さないように必死に取り繕う。
「………荒木さんの息子さん。初めまして、篠原 絋輝と言います」
「知っています。父が残した捜査レポートに載っていましたから」
「そう……ですか。荒木さんには事件に巻き込まれた時に親身になってもらって、とても心強かったです。そんな荒木さんがあんなことになって……お悔やみ申し上げ……」
心からの申し訳ない気持ちを言葉に出そうとしたが仁志がそれを遮った。
「そんな取り繕った言葉はいらない。単刀直入に聞く、お前は亜人4号『ゴースト』か?」
途端に粗暴になった口から出たのは衝撃の言葉だった。
それに絋輝は口から言葉が出そうになるがなんとか堪える。
「………っぁ、亜人って都市伝説とかこの前ニュースになった奴ですよね?そんな訳ないですよ」
「捜査レポートの最後に記載されていたのはお前のことが大半だった。さらに先日新宿で起きた喰種の大量殺人事件で現れた亜人。その事件以降、お前のことが書かれていない。俺は全てはお前に集約していると考えている」
仁志の考えはズバリ的を得ている。
僅かに冷や汗が流れるが絋輝は必死に冷静を取り繕って反論する。
「それだけで俺を亜人と断定するのはどうかと思いますけど?何より俺に事件が集約しているってなんで考えたんですか?」
「………」
絋輝の言葉に反応しない仁志は黙って絋輝の目を見る。
絋輝は仁志のこの反応に確たる証拠は持っていないと分かったが、その目には疑いの余地のない確信を持っている目だった。
2人の間に重い空気が流れた瞬間、声が聞こえてきた。
「ごめんごめん、自販機が見つからなくて遅くなっちゃった……あれ?その人は?」
「絋輝!早く衣装を買いに……っ!」
そこに缶コーヒーを持った吉桐と依子を連れた董香が合流した。
董香は仁志の姿を見ると一瞬強張ったがすぐに平静を装った。
「友達が来たんで、もう行っていいですか?」
「待て、まだ話は……」
「荒木二等!勝手な行動をするな!」
仁志が呼び止めようとしたが、そこに先程董香が見つけた捜査官2名が現れて仁志を呼び止めた。
仁志は先輩捜査官を一瞥すると、ここまでか……と絋輝を諦めて、その場を離れる。
「勝手な行動をしてしまい、申し訳ございません」
「全く……!君は勝手な行動が……」
「出河上等!別件で動いているチームから応援の要請が入りました」
「……はぁ、話は後で聞くからな。向かうぞ!」
「はい!」
「…‥はい」
仁志は大人しく出河達の後に着いて行こうとして、顔だけを絋輝のほうを振り向く。
「絋輝、大丈夫?」
「ああ、特に何もなかったよ」
「あの人誰なんだい?」
「知り合い?」
絋輝は皆に心配されるが何もなかったと答え、安心させながら絋輝も仁志の方に目だけを向ける。
2人の視線が重なり、そこに緊迫した空気が流れるが2人はそれぞれ前を向いて離れていった。
ーーーーー
絋輝達はそれぞれの衣装を買って、ハロウィン当日に見せ合うことになって別れた。
絋輝は家路につきながら、先程接触した仁志について考えていた。
(荒木さんの息子……俺を亜人だと勘繰っている。今後、亜人研究会と争うことになったらもしかしたら……)
「そんなことにならないといいんだけどな……」
絋輝は不安を覚えながら呟いた。
ーーーーー
仁志達は応援要請があった場所へと急いでいたが、その中で仁志は先程のことを考えていた。
(篠原 絋輝……あれは間違いなく黒だ。隠そうとしていたが挙動が可笑しな点が幾つも見られた。アイツを追って行けばいつかは……)
そう考えていると前を先行する出河から声をかけられる。
「もうそろそろ着くぞ!気合いを入れろよ!」
「はい!」
「はい」
たどり着いた先には数名の捜査官が一体の喰種と戦闘しており、喰種は赫子を出していた。
「状況は?」
「A〜レート喰種『鞭使い』を追い詰めたのですが、どうやら報告にはない赫子を持っていたらしく、苦戦している所です」
捜査官が目を向ける先には鞭状の尾赫を伸ばして牽制しているが、捜査官の1人が隙をついて鞭使いに近づくがもう一つの赫子が現れ、捜査官に傷を与える。
「あれはA+レートだろ。羽赫持ちを中心に陣形を組んで処理するぞ」
「あの……出河上等」
「どうした?」
「荒木二等が先行して突っ込んで行きました……」
「はぁ!?」
出河が目を向ける先には鞭使いの攻撃を的確に避けて、懐に潜り込む仁志の姿があった。
鞭使いは不味いと思ったのか高く跳躍して逃げようとするがその前に仁志はクインケ『ツナギ』を振り抜き、足首から下を切り落とした。
「がぁっ!?」
うめき声を上げる鞭使いの首に向かって、上段からツナギを振り下ろし首を切断した。
一瞬で鞭使いを討伐した仁志に周りの捜査官達は唖然としてしまっており、出河はため息をついて頭を抱えた。
仁志はツナギに付いた血を振り払いながら、討伐した鞭使いのことではなく絋輝達のこと考えていた。
(アイツを追えば父さんが死んだ真相が分かる……逃さないぞ)
決意を新たにする仁志だが、1つ気掛かりなことがあった。
(あの時、篠原 絋輝と共にいた女子……俺の姿を見た瞬間、動揺していた。気になるな……)
仁志の注意は董香にも向いていた。