絋輝が赫子で貫かれた瞬間、董香も目の前で何が起こったかわからなかったが倒れて血を流す絋輝を見て、漸く頭が追いついて来て、感情が溢れ出した。
「ぃや……イヤ!絋輝!絋輝ィッ!!」
ピクリとも動かない絋輝を見て、死んだと確信できた。
かつては生きるために多くの命を刈り取ってきた彼女にとって死んでいく姿は見慣れたものだ。
しかし、それが最愛の人となると全く異なる。
涙が留めなく溢れ、何度その名前を叫んでも返事が返って来ない現実に打ちひしがれる。
そんな様子の董香を見て女狂いは笑みを深くする。
「なんだぁ?もしかして彼氏?人間の!?アハハッ!!これは傑作だ!!」
「……ッ!お前ェェェッ!!」
董香は赫眼になり、視線だけで殺せそうなほど目つきを鋭くさせて突き刺せられた腕と足の痛みを怒りで忘れ、女狂いに近づこうとする。しかし、董香の首を絞め壁に叩きつけて、悔しそうに呻く董香に恍惚の表情で見る。
「いいね、いいねェ!!僕がヤッてきた女の中で最高のシチュエーションだよ!!まさか人間の彼氏がいる喰種の女を恋人の死体の目の前で犯せるなんて!!」
人間と喰種が愛を育むなどあり得ない。
それがこの世界の摂理だ。
しかし、そのあり得ない愛を摘み取れる。
それを考えるだけで女狂いの興奮は最高潮に高まる。
「さあ……始めようか」
女狂いは董香の服を引き裂き、その肌を露出させる。
(くそっ!……くそっ!!こんな奴に!!)
董香は再び倒れた絋輝に目を向ける。
(……絋輝………絋輝!)
董香は絋輝が殺された怒り、死んでしまった悲しみで涙を流し続ける。
しかし、その目は見開かれ奥の方に視線は固定された。
さっそく董香の柔肌を蹂躙しようと舌なめずりしていた女狂いだが、董香の様子がおかしいことに気づき、董香の視線を追う。
そこには信じられない光景があった。
「………ゴホッ、ゴホッ!」
死んだはずの絋輝が咳き込みながら、立ち上がろうとしていた。
「……あれ?俺……何が………?」
絋輝自身も何が起こったかわかっておらず、血で濡れた手と服を見て戸惑う。
「どうしてだ?」
女狂いもその光景に呆然としながら呟く。
今まで様々な人間を殺してきた女狂いは絋輝を貫いた時に確実に殺した感触があった。
それに生きていたとしてもあそこまで回復しているのはおかしい。
更にあの少年は人間だ。
生命力が強い喰種でないにも関わらず、平然と起き上がるのはおかしすぎる。
更には貫かれた腹は傷など一切なく、綺麗なものだった。
全員が呆然とする中でいち早く意識を切り替えた董香は絋輝に向かって叫んだ。
「絋輝!!私のことはいいから早く逃げてッ!!!」
生きていたなら何が何でも生きて欲しい。
董香の言葉で気づいた絋輝はその言葉の通り逃げようと足を後ろに引くが、その足は踵を返して董香の方に向ける。
「何で……!?」
「恋人置いて逃げれるかよ!!」
そう言って女狂いに向かっていく絋輝。
普通なら恐ろしくて逃げ出すものだが、絋輝自身にも何故立ち向かっていくのかわからなかった。
殺された感触と目の前で起こっていることが分からず、混乱してしまい、今は兎に角目の前で危険な目にあっている董香を助けたいという感情に身を任せた。
「ウオオォォォッ!!」
「……ッ!」
とは言っても戦いなんて、真戸との訓練をしていても素人な絋輝は真っ直ぐに向かっていくことしかできなかった。
絋輝の雄叫びで意識が戻った女狂いは今度こそ仕留めんと赫子をしならせる。
他の喰種からしたら細めのタイプだが、それでも人を殺すには十分な力がある。
女狂いの行動に気づいた董香が絋輝に向かって叫ぶ。
「来ちゃダメ!!」
しかし、その叫びも虚しく赫子は絋輝に向かっていき、頭を吹き飛ばした。
首から上を吹き飛ばされ、頭は粉々になってしまった。
董香はその光景に絶望し、女狂いは今度こそ殺したと確信しほくそ笑む。
(これで死んだ……!)
ゆっくりと後ろに倒れる絋輝の体だがそれは途中で止まり、ビクンッと震える。
死んだはずの体がゆっくりと起き上がる。
頭がなくなった首からは血が流れるはずだが、溢れ出てるのは血ではなく黒い粒子のような物だ。
「なんだよ。ソレは……?」
女狂いの戸惑いの呟きが響く。
湧き出る粒子は徐々に頭の形を成していき、粒子から覗く目が生気を灯らせる。
「ありえない……」
女狂いはさっきまでの狂気染みた風体を無くし、戸惑いの感情を見せる。
やがて完全に復活した絋輝は息を吹き返す。
「……っは!!ハァ…ハァ……!!」
殺された感触が絋輝を襲う。
冷や汗が止まらず、ガタガタと体が震える。
(今……確実に死んでた……!)
2回目の死ははっきりと感じたために凄まじい悪寒が走る。
「ぅ…うぉえぇぇっ!!?」
あまりの気持ち悪さに吐いてしまった。
それでも悪寒は、死の恐怖は消えてくれない。
「………いい加減に死ねよォォォッ!!!」
不気味なものを見た女狂いはその恐怖心からか激昂し、董香を拘束していた赫子を解き、全ての赫子を絋輝を殺すために向ける。
縦横無尽に迫ってくる赫子は壁、地面を破壊して向かってくる。
「僕ノ楽しみを邪マするナッ!!!」
凄まじい怒りを赫子に乗せ、絋輝を襲う。
絋輝は咄嗟に腕で顔を守り、目を瞑ってしまう。
しかし、いくら待っても赫子が絋輝に届くことはなかった。
「え……?」
目をゆっくり開くと目の前に大きな影が自分を覆っていたことに気づいた。
目の前には黒い粒子を僅かに出す人型の何かが赫子を受け止め、絋輝を守るように立っていた。
「黒い……幽霊?」
ありえない現象が何度も起こり、絋輝は座り込みながら人型のことをそう呟き、戸惑う。
『トーカ、マモル……オトコハ、タオス』
フィルターが掛かったような声を出す人型は、自身に突き刺さっている赫子を一掴みすると引っ張り上げる。
「なっ……!」
強い力で引っ張りあげられた女狂いは宙に浮かんでしまう。
人型も女狂いを追いかけるように飛び上がり、その拳を握り振りかぶる。
女狂いは咄嗟に腕を交差させて防ごうとするが、人型の拳は容易に女狂いの腕を破壊し、胴体を殴りつける。
「ごッ………ッッッ!!!?」
凄まじい衝撃が女狂いを襲い、地面にク罅ができるほど叩きつけられる。
「ごぼっ…!ぶ、ぶざけりゅなァァァッ!!!」
口から血を吹き出し、呂律が回らなくなっているが女狂いの殺意は止まることなく、赫子を人型に向けて動かす。
人型は避けようとせず、逆に赫子に向かって走っていく。
そして赫子を飛び越え、空中で体を翻し、全ての赫子を避けていく。
「あ」
女狂いが気づく頃には人型は目の前に来ており、その鋭い手を突き出していた。
人型の超人的な力と赫子を物ともしない体の突きが女狂いに突き刺さる。
「がはぁあああ"あ"あ"あ"ッ!!!?」
人型は女狂いを突き刺したまま走り出し、ビルの壁に叩きつけた。
壁は崩れ、辺りには女狂いの血が散らされていた。
瓦礫の中に埋もれた女狂いはピクリとも動かない。
『ゥウアアアアァァァッ!!!』
人型は突然空を仰ぎ、叫び声を上げた。
それは初めて命を摘み取った感覚への絶叫か、または生まれた産声のようだった。
ーーーーー
絋輝は謎の人型が女狂いを倒すのを呆然と見届けると急激に意識が遠のいて行く。
(あ、頭が……)
何も考えられず、倒れてしまう。
「絋輝っ!」
人型と女狂いの絋輝と同じく見ていた董香も絋輝が倒れたことに気づいて駆け寄る。
「大丈夫!?しっかりして!」
絋輝を抱き起す董香だが、絋輝は意識が遠のいていくのに抗えず目を閉じていく。
(安心しろって董香……少し眠いだけなんだ)
心配そうにする董香を見て、そう頭の中で考える。
(そーいや、董香の眼って……紅くて綺麗なんだな……)
薄れていく意識の中で最後に見たのが紅く輝く董香の赫眼だった。