絋輝が目を覚ますと目の前に写ったのは木製の天井だった。
寝惚けているのか天井を眺めていると意識がはっきりとしてきたのか、起き上がって周りを見ながら状況を整理する。
古い家具が並んでおり、田舎の一般家庭だと分かる。
手錠や拘束されているわけではなく、服も和服の寝巻きに着替えさせられており、傷も手当されている。
一体誰が?と疑問に思っていると物音が聞こえてそちらを向くと10歳くらいの女の子が襖こしにこちらを覗いていた。
「え…えっと、君はこの家の子なのかな?」
「……っ」
絋輝が話しかけると女の子は走り出してしまう。
「あっ、ちょっ!まっ、待ってくれ!」
絋輝はすぐに立ち上がって話を聞こうとする。
廊下に出ると女の子の姿はなかった。
廊下の長さだとまだ姿が見えるはずだが忽然と消えてしまう。
「は?え?」
戸惑っていると声をかけられ振り返ると初老の女性が立っていた。
「あら?目が覚めたのかしら?」
大人が現れたことで絋輝は警戒するが女性は優しく微笑む。
「体の具合は大丈夫かしら?」
「え、ま、まぁ……」
「それは良かったわ。まずは食事にしましょう。お腹が空いていると頭も回らないだろうし」
絋輝は女性に促されるまま居間に案内されて茶葉台の前に座るとおにぎりと味噌汁を出される。
「さぁ、どうぞ」
女性が促されるが絋輝は手をつけようと思えなかった。
料理に毒が盛られているかもしれないと思って警戒してしまう。
「……ふふっ、毒なんか入れていないわ。貴方のことは知っているし、世間が貴方のことを追っているのも知っている。それなのに介抱なんてしないわ。捕まえておいた方が安全なんだもの」
「………」
それもそうかと思えたがそれでもまだ信用出来ずに手をつけれない。
女性は動かない絋輝を見て、絋輝の前に置いたおにぎりを1つ取り、口に入れた。
「……んっ、ほら毒なんて入ってない」
「………いただきます」
それを見た絋輝は漸くおにぎりを手に取って食べ始めた。
一口食べ始めるとそのままバクバクと食べ進めると突然涙が溢れ始めた。
突然の逃亡劇に死闘が続き、緊張の糸が切れてしまった。
絋輝は涙を拭うが止まることなく溢れ出てくる。
「………」
女性は何も言わず背中をさすり、絋輝はそれが少し暖かく感じた。
ーーーーー
食事を終えて、改めて自己紹介をすることになった。
「さっきは……ありがとうございました。もう知ってると思いますけど、篠原 絋輝です」
「気にしなくていいのよ。私は森元
女性、瑞希は優しく微笑むが絋輝は難しそうな表情をして質問する。
「あの……なんで森元さんは俺を助けてくれたんですか?俺のこと知ってるんですよね?」
「うーん……理由は色々あるけど、死にそうな貴方を放ってはおけなかったわ。それにあの子が助けて欲しいって言ったのよ」
「あの子?さっきの女の子………」
「あら、もう会った?ちょっと待っててね」
瑞希が奥に行くと先程の女の子を連れて戻ってきた。
「私の娘の恵里、この子が林の中で倒れていた貴方を見つけたのよ」
「この子が……助けてくれてありがとう。恵里ちゃん」
「………っ」
絋輝が頭を下げると女の子、恵里に頭を下げると恥ずかしがって瑞希の後ろに隠れてしまった。
「ごめんなさいね。この子、人見知りが激しくて」
「あっ、いや気にしないでください」
自己紹介が終わり、お茶を飲んで一休みしていると瑞希が話を切り出してきた。
「それで今後はどうするのかしら?」
「…………」
絋輝もそのことについては悩んでいた。
董香たちに連絡することが1番最初に頭に思い浮かんだが、すぐに齊藤のことを思い出しその考えが変わる。
(董香たちのところに向かうとアイツが出てくる。アイツは異常だ。……迷惑をかけてしまう)
難しい表情になって考えこむ絋輝を見て、瑞希は提案した。
「絋輝くん。もし良かったらここに暫くいたらどうかしら?」
「いいんですか?」
「ええ、ここは田舎であまり人もいないし身を隠すのはうってつけだと思うの」
「でも、俺は追われている身ですし森元さんたちに迷惑をかけます」
「大丈夫よ。いざとなればいくらでも誤魔化せるわ。それにそんなに追い詰められている人を放ってはおけないもの」
瑞希の言葉に絋輝は申し訳なさそうにする。
「それと恵里が懐いているからもあるからかしら?」
「え?恵里ちゃんが?」
2人の横で絵を描いていた恵里を見ると、一瞬こちらをチラッと見てまた絵を描き始めた。
懐いているようには見えなかった。
「どうかしら?」
「……よろしくお願いします」
どこにも頼ることが出来ない絋輝は苦しく思いながらも頼ることにした。
ーーーーー
同刻、董香たち『あんていく』の面々は田中 甫をはじめとする亜人のメンバーとともに絋輝の行方を探していたが港からの足取りが全く掴めずにいた。
「港は白鳩と警察の捜査でこれ以上捜索を続けるのは無理だ」
「IBMを使っての捜索も限界がある」
四方と雄二が申し訳なさそうに報告すると次にその地区近くの喰種に聞き込みに行っていた芳村と入見も報告する。
「近場の喰種は皆んな、その地区から離れたみたいよ。絋輝くんの姿や亜人らしき人間も見ていないって」
「更に謎の喰種集団が篠原君を捜索していた人間たちと戦闘になったらしい。それを率いていたリーダーらしき喰種はあのアマゾネスらしい。消息が途絶えて久しぶりだが生きていたのか」
絋輝についての大きな手掛かりがなく沈黙が流れる。
「これ以上港は近づけない。篠原くんを狙っていたであろうアマゾネスの集団を探ろう。しかし、今は全地区でCCGが激しく活動している。動く際には充分に注意してくれ」
芳村の指示に全員が頷き、それぞれが出来ることをしようと動き出す。
しかし、その中で董香は耐えるように自分の手を祈るように握りしめて暗い表情をしていた。
それに気づいた芳村がそっと近づいて肩に手を置いた。
「董香ちゃん。家に帰って休みなさい。もしくはここでもいい」
「いえ、私に絋輝から連絡があるかもしれないし、他の皆んなが動いてくれているのに私だけ何もしないのは……」
「そんな顔で言われても君を連れて行くことはできない」
董香はあの嵐の日から心配で寝ることが出来ず、目の下には隈ができて疲労でやつれてしまっている。
皆が休むように言うが頑なに寝ようとせず、目の前のスマホを見ていた。
いつ絋輝から連絡がくるか分からないからだ。
「明日から学校だろう?休まないと学校に行けないよ?」
「絋輝の無事が分かるまでは行きません」
「……そうか」
無理して行かせるものではなく、まずは心を休めるのが一番だろうと思い、コーヒーを淹れて董香に渡す。
「わかった。君の好きなようにするといい。だけど、ここから出ないようにいいね?それと休みたくなったらいつでも休んでいいから」
「ありがとうございます……」
芳村のコーヒーを一口飲むがいつもより味気なく感じ、絋輝の安否を心配することしか出来なかった。
「お願い、無事でいて……」
ーーーーー
絋輝は借してもらった部屋で1人今後どうするか考えていた。
ここは千葉の片田舎で隣人のところまでは10分も歩かないといけないくらいだ。
董香たちに連絡を取ろうと考えたが昨夜の齊藤の言葉が蘇り、それが躊躇われた。
あの狂人が恋人の董香をマークしていないわけもなく、近づけば董香や更にはあんていくや他の亜人たちが危険になってしまう。
それに今は人が多くいるところに行くことが危険なために移動することができない。
「今はここで情報を集めるしかないのか……」
結局どうすることもできずここにお世話になるしかないと思い、寝転がって不貞腐れてしまう。
すると視界の端に何かが入り、そちらを向くと恵里が部屋の角でちょこんと座ってこちらをジッと見ていた。
「うわぁっ!?え、恵里ちゃん?何で?俺1人で入ってきたのに……」
絋輝は確かに1人で部屋にいたはずだが、いつのまに入ってきたのかも分からなかった。
「…………」
恵里は何も言わずに立ち上がって部屋から出て行ってしまった。
「……え?何だったんだ?」
絋輝は始終困惑するしかなかった。