ゾンビが人間を守って何が悪い   作:セイント14.5

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本編がシリアスだとタイトルがふざけます。
今回は普段の倍近く長いのですが、うまい切り所がなかったのでまとめました。ご了承ください。
それと補足として、現時点でゾンビさんは人間として見るのはかなり難しい外見をしてます。7割ぐらいキャプテンです。




レベル15.精神的に病んでいる時は何してもうまくいかない

 

 

 

木の扉を右手で引く。有り余る力は腐りかけていた扉をつなぎ止めていた最後の蝶番を引きちぎり、扉は大きな音を立て倒れた。

 

 

「チッ…」

 

 

右腕の力加減が未だによく分かっていない。自身の腕として十全に扱うためには訓練が必要だろう…巻き上がった粉塵を手で払いながらそんなことを考えていると、ザナリー3がいつものように調子のいい声色で話しかけてきた。

 

 

「意外と早かったな。もういいのか?」

 

 

「ああ」

 

 

簡単に事情を察しているようで、深入りはしてこないのがありがたかった。

続けて、銃のメンテナンスをしていたケイが、視線は下に向けたままこちらに語りかける。

 

 

「厳しいことを言うようだが、あまり気にしすぎるのも良くないことだ。こういった気の迷いが戦闘にも支障が出る可能性がある」

 

 

「そうだな…」

 

 

彼女は生真面目にこちらに忠告を投げかけてくる。耳が痛い。

 

 

「…なあケイ。あんたって…『空気が読めない』とか、『頑固者』とか言われたことある?」

 

 

「…ザナリー、空気が読めないのはあなたもだ」

 

 

「ダンナも読めないからお揃いだな!ハハハ」

 

 

ザナリーがわざとらしく大げさに笑いながら、どかっとその場に胡座をかく。俺が何か言うのを期待してか、顔だけをこちらに向けた。

 

 

「………」

 

 

「…ダンナ?」

 

 

「…いや、なんでもない。ライフ、これから俺達はどうすべきだと思う?」

 

 

『そうですね。現状、我々は生きていくだけの資材には困っていません。当面の間は、資材のために敵を襲う必要はないでしょう。まあ、こちらの望む如何に関わらず敵はやってくるわけですが』

 

 

『今我々に最も必要なものは情報です。そこで、私はある方をお呼びしました』

 

 

「ある方?いや、そもそも勝手に呼んだのか?」

 

 

『私が勝手に通信回線を使用することは今に始まったことではありませんが?』

 

 

「…今度から許可を取れ」

 

 

『いいでしょう。それで、呼んだのは…』

 

 

ライフの言葉が終わらないうちに、突如部屋の中心に黒い霧が発生した。それは高速で渦を巻きながら、緑がかった歪な楕円を形成していく。崩れかけの窓枠がガタガタと音を立て、苔むしたまま乾燥した屋根や柱が激しく軋みながら粉を吹いた。

俺は、いや俺達は、この光景にひどく見覚えがあった。これは…

 

 

「ハイヴの遠隔テレポートだ!まずい!ハイヴの軍隊が来るぞ!」

 

 

ザナリーが声を上げ、距離をとる。俺とケイも同様に距離をとり、全員が戦闘態勢を取った。ただ1者を除いて…

 

 

「ライフ!何をしてる!こっちに来い!」

 

 

『いえ、大丈夫です。私が呼んだのは彼女なのですから』

 

 

「何を言って…っ!」

 

 

外側へ向けて強い風が吹いたかと思うと、黒い霧がさらに収縮し、地面に吸い込まれていく。そこから姿を現したのは…

 

 

「ゴースト。私を呼んだのはお前で間違いないな?」

 

 

『ええ。御足労感謝します』

 

 

「エリス・モーン!?」

 

 

ケイが声を荒げる。エリス・モーン。その名は先程聞いたばかりだった。この異質なアウォークンがそうであるならば…

 

 

「ハイヴと融合したガーディアン…」

 

 

エリスがこちらを向く。彼女の緑色に光る3つの眼に俺は戦慄した。背筋に氷が張ったような錯覚に陥る。

 

 

「私を見て何を恐れる、タイタン…私よりも余程業の深い存在へと成り果てたお前が、何故私をその目で見る。【異物】を見る目で」

 

 

そう言ってこちらを見る彼女の口元は、卑屈に歪んでいるように見えた。

 

 

「…恐れてなどいない。驚いただけだ。ライフ、彼女をここに呼んだ理由を教えろ」

 

 

『ですから情報です。彼女から暗黒の力の使い方や付き合い方を学びましょう』

 

 

この異様な空間の中で、ライフだけが、妙に呑気に話していた。

 

 

エリスがケイに向き直る。顎に手を当て、記憶を手繰っているようだ。少しの間の後、彼女の口元が緩んだ。

 

 

「…ケイ・サカモト…だったか。ああ、覚えている…ゴーストの研究に熱を上げていた。アシェル・ミルとそのゴーストに触れた噂が立った私に、しつこく質問してきたこともあったな」

 

 

「…覚えていてくれて嬉しい。…あなたは我々に協力してくれる、そう考えていいか?」

 

 

「私がわざわざここに1人で来た。それが答えでは不満か?」

 

 

「…いや、十分だ。感謝する」

 

 

「…そういえば」

 

 

そう呟いて、エリスの肩越しに部屋の奥を覗き見る。そこには、積み上がったガレキに仰向けにひっくり返ったまま動かない、哀れなエクソの姿があった。

 

 

………………………

 

 

「…それで、エリス…氏」

 

 

「呼び捨てで構わない」

 

 

「では、エリス。あなたは俺のライフ…あー、ゴーストが、通信によってあなたを呼んだ…そして、それに応えたと、それでいいか?」

 

 

「そうだ。お前のゴーストの独断であったことは驚いたがな」

 

 

「それで、暗黒勢力の力をその身に宿した先達として、俺達に情報を伝えてくれると」

 

 

「そうだ。もっとも、お前達はフォールン、私が宿したのはハイヴ…全く異なる種の暗黒を扱うために、あまり確実なことは言えないがな」

 

 

「待った、いや待ってくれ!」

 

 

ザナリーが右手を上げて抗議のポーズをとる。

 

 

「悪いが俺はアンタを信じられない。だって都合が良すぎるだろう!フォールンの武器や身体がくっついてエーテルが頭まで回った元ガーディアンに、アンタは二つ返事でご奉仕するってのか?しかも無報酬で!?」

 

 

「…エーテルの話は余計だが、その点については確かに聞きたい。エリス、あなたが俺達にここまでしてくれる理由はなんだ?悪いが、あなたなら自分1人でもこの辺の敵からなら身を守れるだろうし、俺達はあなたに渡せるものを何も持ってない」

 

 

「…ゾンビ、と呼べばいいのか?お前にひとつ、伝えておかなければならないことがある…私は、バンガードから指令を受けてここに派遣されている」

 

 

「…何だと?」

 

 

「真実だ。バンガードはお前達の存在を把握し、それに関する情報を求めている…つまりもし、私に対する報酬を無理に定義付けるならば、それはお前達の情報、ということになる」

 

 

「何故俺達のことを知っている?」

 

 

「…デヴリム・ケイという男に覚えはあるか?」

 

 

「!…ああ、覚えているとも」

 

 

デヴリム。先日、ヨーロッパ・デッドゾーンの市街地で俺に麻酔を撃ち込み、監禁した男。ヤツの目の奥に見えた明確な敵意が、脳裏にちらついた。

 

 

「その男から奥地を経由してバンガードに報告が入った。【フォールンの実験体を逃した。人間に擬態する。危険だから早いところ始末してくれ】…だそうだ」

 

 

「なら、俺を殺しに来たのか?」

 

 

「そうではない。バンガードはこの報告を受け、仮説を立てた。フォールンの装備を奪いながら生き残っているガーディアンがいたのではないか、と」

 

 

「待ってくれ。その仮説は報告から飛躍しすぎている!何故バンガードはそう思い、あなたという貴重な人材まで使って危険を冒した?」

 

 

ケイが声を上げた。確かにそうだ。デヴリムは【フォールンの実験体】だと言ったのに、バンガードはそれを【ガーディアン】だと考えた。加えてエリスは貴重な情報提供者であり、優秀な研究者だ。こんな確実性の低い任務につかせる理由が分からない。

 

 

「バンガードが私を派遣した理由はいくつかあるが、まずは…」

 

 

緩慢な動作でエリスが首を曲げ、ライフに視線を投げかける。

 

 

『…では、私が経緯を説明しましょう。まず、我々が求めたのはゾンビさん、あなたの、フォールンと融合した身体についての情報です。そのためには何が必要だと思いますか?』

 

 

「………」

 

 

「…前例だ。未知のことでも、似た例があれば研究の加速度は段違いだ」

 

 

ケイが答える。

 

 

『その通りです。我々に必要なのはゾンビさんの前例…つまり、ガーディアンによる暗黒との融合やその力の利用の歴史です。フォールンが一番なのですが、暗黒であれば参考になりますからね』

 

 

『では、その情報が最も集まるのは?』

 

 

「バンガードだ!バンガードのデータベースには、ガーディアンが暇つぶしに集めてきた伝承がゴロゴロ転がってる!」

 

 

『そうです。よくご存知でしたね?』

 

 

「ああ。伝承のデータ…まあボイスデータとかが主なんだが、こいつがその辺に時々転がってるんだ。ウォーロックや学者ぶりたいタイタンには高く売れたんだぜ?」

 

 

『…そういうことでしたか。話を戻して、私はこのデータを求めてバンガードとコンタクトを取りました。彼らにゾンビさんのことも含めた今までの経緯や現状を伝え、協力を求めました』

 

 

「俺はそんなこと全く聞いてなかったがな」

 

 

『そう何度も言わないで下さい。次からは気をつけますよ』

 

 

「…バンガードがお前達を信用したのは、これがゴーストからの連絡であったからだ。フォールンがゴーストを破壊することはあっても、利用した例はなかった。また、デヴリムは用心深い男だった…時には、必要以上に。だから、バンガードはお前達を敵ではないと考え、また協力する代わりに、お前達が生き残ってきた戦略や改造の情報の提供を求めたわけだ」

 

 

『それに、今のバンガードには少しでも戦力が必要ですからね』

 

 

「戦力…?ライフ、お前まさかとは思うが」

 

 

『ええ。お察しの通り、シティ奪還作戦発動の際には、我々も戦力として協力する約束をしました』

 

 

「………」

 

 

驚きや怒りを通り越して放心する。確かに、ライフの独断専行は今に始まったことではない。ガーディアンであった頃にも、少し抜けたところのある性格だとは思っていたし、光を失ってからは頼んでもいない冗談や忠言をよく言うようになった。通信を勝手にすることもあった。

だが、今まで俺に何かを強制することは無かったし、まして戦闘などは俺の判断に全て任されていた。

…しかし今回はそうではない。

 

 

「…ライフ。俺を、無理矢理戦わせようとしたのか?」

 

 

『そう思われても仕方のないことだと思いますが、必要なことでした』

 

 

「…そうか」

 

 

ライフは知っているはずだ。俺はこのフォールンの力を忌避していることを。それを振るって戦うことは、そのフォールンの力を誇示することにも等しい行為となることを。

 

 

「…俺が…」

 

 

『………』

 

 

「俺が、それを望まないことくらい、知っているだろう!」

 

 

『もちろんです。私は…』

 

 

「お前は、俺の『あなたの』」

 

 

「『ゴーストですから』だろうが!」

 

 

「っ…!だったら…!」

 

 

『私はライフ。ゾンビさん、あなたの命を預かる者です。ですが、私はあなたのゴーストであることを辞めた覚えはありません』

 

 

『私は、あなたがもう一度【ガーディアン】として蘇ることができるなら、それがあなたにとって…我々にとってのベストだと思っています』

 

 

「………」

 

 

『光を取り戻したガーディアンがいる。この事実はプラスです。なぜなら、それであなたをフォールンの、エーテルのしがらみから解放し、元のガーディアンに戻せるかもしれないのですから』

 

 

座り込み、歯を噛み締める。ギシギシと音が鳴るのを煩わしく思う余裕はなかった。それほどに、ライフの言葉は理解できず、また衝撃的であった。

俺をガーディアンに戻すだと?身体中をパイプが走ってエーテルを流し込み、醜く膨れ上がり、フォールンの三本指の義手や義足にまみれ、人間としての原型など留めていないこの俺を、未だにガーディアンになれると思っている?

額には汗が滴り、見下ろした右手がわなわなと震える。俺はあまりにも重いライフの言葉を噛み砕くのに必死だった。

 

 

「…ライフ…お前は一体…何を言ってる…?」

 

 

『………』

 

 

「…何を……考えてる………」

 

 

『………』

 

 

『…あなたはガーディアンに戻るべきだ。今の状態のあなたでは、今後長く生きることは…まして、戦い続けることは難しいでしょう。身体もそうですが…精神的に、あなたはもはや崩壊寸前まで来ています。その自覚はありますか?』

 

 

「………」

 

 

あまりにも残酷に、ライフは、俺のゴーストは、現状を告げる。

 

 

『私をおかしいと思いますか?』

 

 

「…まだ、考える時間が必要だ」

 

 

『ですが、状況はあまり待ってはくれません』

 

 

「…ああ、そうか…そうなんだな、ライフ」

 

 

「…いいさ。ああ、分かった……エリス、お前達バンガードの望むものを全て提供してやる」

 

 

「………」

 

 

エリスは黙ったままこちらを見つめている。

 

 

「俺をバンガードまで連れて行ってくれ。いくら仮説でも、ここよりマシな医務室くらいはあるんだろう?」

 

 

「いいだろう。バンガードはお前達を受け入れる。研究や情報収集はそこでするとしよう」

 

 

エリスは無機質に、淡々と答えた。まるで最初からこうなることが分かっていたかのように。

 

 

「なあ、ライフ」

 

 

『なんですか?』

 

 

「俺をハメたんだろう?こうなるって知ってたんじゃないのか?」

 

 

【1度光を失い、暗黒の力を宿せば、2度と元には戻れない】。知らず知らずのうちに、俺はその幻想に取り憑かれているのだろう。ガーディアンであった頃の輝かしい記憶と、忌々しい力を身に宿し、身体を醜く変形させてまで生きながらえている自分を対比させて悲劇的な感傷に浸っているだけなのだろう。

ライフはそれを俺よりもよく知っていたというわけだ。そして、力技でもってそれを崩しに来た。ただそれだけのことだ。

 

 

『そこまでは考えていません。ただ、私はあなたのゴーストであるために、あなたをガーディアンにしたいだけです』

 

 

「……そうか」

 

 

結局、これもまた俺の妄想に過ぎないのかもしれない。ライフは俺をガーディアンに戻すと主張する。

今俺の中にあるのは諦めだけだ。もはや抵抗してもどうにもならない。

状況は、とっくに俺が把握しコントロールできるような状態ではなくなっていたのだろう。既に完成した流れは、今更多少の力で変わることなどない。あとは流されていくだけだ。

 

 

俺はただ、無心のままに術式を編むエリスを眺めていた。ザナリーが俺の前で手を振っている。ケイはまた、難しい顔をして何かをライフと話し合っている。

今ここにある全てが、俺の意識の外にあった。

 

 

 


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