その戦いは凄絶を極めた。たった一人のガーディアンに群がり襲いかかる、何十、何百もの敵。それは海の上に浮かぶ木片を、大波が呑み込むようにして彼を押し潰した。
何度も、何度も、雷鳴が轟いた。一撃、また一撃と、光を、命を削り、稲妻が走った。敵の陣形を破壊すべく、また彼の防衛線を抜け出そうとする狡猾な敵に向けて。しかしそれは、圧倒的な数に対してあまりにも無力だった。
彼の戦いはなんの記録にも残らなかった。だが、彼の引いた防衛線は、最後までドレッグ一体すら通すこともなく、ついには敵に二度目の撤退を強いた。
彼の戦いの目撃者はいない。彼の最後の戦いを知るものはいない。彼は誰知れず勇敢に、果敢に戦った。それだけが事実だった。
………………………
「隣のブロックは立て直しが完了したぜ!待たせたなダン……ナ…?」
隣のブロックの救援を済ませ、急いで戻ってきたらしいザナリー3がキョロキョロと辺りを見回す。
「………」
ケイも少しだけ何かを探すようにしたが、遠くへ退いていく敵を見つけると、得心したように黙りこんだ。
「アレ?どうして誰もいないんだ…?行く道間違えたか?」
ザナリー3が歩き回って彼を探す。土嚢の影、岩場の裏、段差の下…
「………」
ケイは黙っている。
「違うよな。来た道そのまま戻ってきたし…うん、俺はあの岩の上から撃ってた。間違えてねえ。ダンナは確かに、ここで増援と一緒に…あ、先に帰っちまったのかな?」
どうしても目的の人物が発見できないことに、ザナリー3は頭を抱えて考えこんでしまった。
『ザナリー3』
そうした矢先、ザナリー3達が来た方角から見慣れたゴーストが現れた。
「ライフ…ということは、やはり…」
「ライフ君!いたのか!なあ、ダンナはどこ行ったんだ?」
ザナリー3が駆け寄る。
『私はあなたを追っていましたが、どうやらすれ違いになってしまったようですね』
「俺を?なんで?」
ゴーストは俯き、少しだけ考える素振りを見せたが、すぐにザナリー3に向き直った。
『説明は後にしましょう。彼が作った時間ももうすぐ終わります。やがて敵の第3波が来ます。…今度はあなた達でここを守って下さい』
ゴーストがザナリー3の正面に回る。彼のシェルが展開を始めると、淡い光がザナリー3を包んだ。
『唐突ですが、これからは私があなたのゴーストになります。少しじっとしていて下さい…』
「…オイオイ、なんか言ってる意味が…」
ザナリー3は状況に理解が追いつかないようで、あたふたしている。
『ガーディアンは死にました』
そんな彼に向けて、ゴーストは極めて無感情に、ただ事実を述べた。
「………はっ?」
ザナリー3は動きを止めた。
「………」
ケイは俯き黙っている。
しばらくの静寂があたりを支配した。
『ガーディアンは…彼は、ガンドールは死にました。増援は嘘でした。彼はあなた方を見送り、一人でここを守りました』
「な、えっ?ハハ、何を言ってるんだ?」
『ザナリー3。全てはこれが終わってから話します。今は戦って下さい。時間がありません』
「……いや無理だ」
ザナリー3が一歩後ずさる。
『ザナリー3』
「無理だ」
二歩、三歩後ずさり、ついにはその場にしゃがみこんだ。
「無理だ!ムリムリムリ!知ってるだろ!?なんで俺がいっつもダンナの背中に隠れて撃ってたか!なんで俺が他のハンターみたいに前でショットガンやナイフを振り回さないのか!」
『………』
ゴーストはザナリー3を見つめて動かない。
「…【臆病者】なんだよ!俺は!ダンナが守ってくれるとこからしか銃を持つこともできない、出来損ないの…」
『ザナリー3、あなたは…』
「ダンナが死んだって?もしそれがホントなら、俺はもうダメだ!戦えない!誰が俺を守ってくれる?誰が俺に戦い方を教えてくれるんだ!?」
「ハ、見てくれよ…脚が震えてる!ホラ!…情けないって笑ってくれよ!臆病者だって!ああ、もうダメだ…これから俺はどうやって戦えばいいんだ…?いや、そもそも戦えるわけない!」
「戦えないなら、もう前に戻るだけだ…隠れて暮らそう…敵も味方もいない…俺一人に戻って、静かに…」
頭を抱えうずくまるザナリー3。そこへザリ、という砂利がこすれる音が鳴り、見覚えのあるブーツが視界に入った。見上げると、ケイがザナリー3を覗き込んでいた。
「それで?」
「ケイ、止めないでくれよ…俺は今から逃げるからな。ライフ君も、俺なんかより他のもっといいガーディアンを新しく見つける方がいい」
ケイはため息をつく。やれやれ、とでも言いたげに肩をすくめてみせた。
「前は敵の大軍勢、隙間なんてないな。後ろは言わずもがな、敵の占領地だ。まさかそこに、今から独りで隠れる場所を探しに行くなんて言わないよな?」
「いや、それはそうだけど…でも、じゃあ戦えって言うのか?死ぬかもしれないのに!」
「いいかザナリー3。私は今から君につらい事を言う」
「…ゾンビ君は死んだ。だがね」
「だがそんなもの、今の君には関係ないことなんだ」
ケイの口から放たれた言葉に、ザナリー3は一瞬たじろいだ。だが次の瞬間には、ケイに掴みかかっていた。
「…なっ何だよそれ!ケイ!お前は…!」
興奮するザナリー3を掴み返し、ケイは畳みかける。
「聞け!今さっき私達は何をしてきた?隣のブロックの増援に入って、戦って、敵を倒した。そうだろう?」
「そりゃ、ダンナが生きてるって思って!早く助けに戻らないとって!」
「ゾンビ君はいなかったのにか?」
「…な」
「事実だ!…私は客観的事実を述べる。ザナリー3。君はもう、【彼がいなくても、自分の力で戦っている】んだ」
「へ、ヘリクツだ!そんなの思い込みだ!そんなこと言ったって、現に今、俺は戦えてないじゃないか!」
「いいや、戦えるとも」
「…なんっ、なんでそんなにハッキリ言えるんだよ!?」
中々心の決まらないザナリー3に、ケイは更に言葉を続けようとしたが、敵がもうすぐそこまで迫ってきていることに気がついた。
ケイはザナリー3を掴んでいた手を放し、腰の銃を取り出し構える。
「…どうやら時間切れだ。ザナリー3。あとは君自身で気がつくしかない…私が死ぬ前に答えを出してくれると助かる」
そう言い残し、彼女は走り出してしまった。
「ま、待ってくれ!そんな…俺はまだ何も分かってないんだ!教えてくれよ!オイ!」
「くそっ…何だってんだ!一人で戦えないから、ずっとダンナの背中に隠れてたんだぞ?…そのダンナがいなくなったのに、今までと同じように戦えるわけないじゃないか…」
「自分で気がつく?もう戦えてる?…ダメだ、なんにもわかんねえ!」
再びうずくまろうとした時、背後から衝撃を受け転倒した。驚いて振り向くと、2体のカバルがこちらへ銃を構え前進してきていた。
「うっ…!カバル!?なんで!?本隊はどうしたんだよ!」
咄嗟に逃げる。少し離れた岩陰に身を隠した時、胸元で何やら作業をしていたゴーストが浮き上がり、目の前に姿を見せた。
『はぐれ部隊のようです』
「ライフ君!なあ今大変なんだ、どうすれば…」
『ザナリー3。いえ、これからはガーディアンと呼びましょう。今、私とあなたの接続は完了し、あなたは再び光を取り戻しました。ただ、光はまだ【彼】の残滓だけですが…』
ゴーストは淡々と語りかける。
「俺が…ガーディアンだって!?」
『ガーディアン。あなたをガーディアンとするのは、前のガーディアン…ガンドールたっての希望でした。私は彼の意思に従っているだけです』
「ダンナの…?」
『ガンドールはあなたへのメッセージは特に残していません。ですが、あなたがガーディアンなら、誰に言われずとも分かっているハズです。あなたが…ガーディアンがすべきことは何か』
「ガーディアンが…ガーディアンは、トラベラーと市民を守る…?そういうことか…?ダンナならそう言うのか?」
『彼なら、ではありません、ガーディアン。あなたは、あなたの意志で、ガーディアンとしての責務を全うして下さい』
「俺、俺の…意志で…」
「俺が…ガーディアンになって……」
『………』
両手を見つめる。握って、開いても、何も変わらない。
【臆病者】。そう蔑まれた、銃もマトモに持てなかった手。
無愛想で、大きな背中に隠れて、やっと役に立てた。
こんな自分でも戦えた。ガーディアンになれた。そう思ったのに。
その背中は、今はもうない。
「…やっぱ難しいよライフ君…俺が戦うなんて…怖くて怖くて…ホラ脚が震えてる。いやこれはさっきも言ったかな…」
『………』
ゴーストは、じっとこちらを見つめている。
「うん。慰めてくれって訳じゃない…ライフ君は優しいな。分かってる…ダンナは俺を信じてくれたんだ。俺はもう戦えるって。それも分かってる……でも……」
震える脚をなんとか動かし、片膝を立てる。腰のハンドキャノンを取り出す。
「俺は物語の主人公じゃない。いきなりスゲー力に目覚めたり、気の持ちようで全部が上手くいったりしない」
弾を込める。
『…ガーディアン』
「だから」
「…だから、今だけだ!この1回だけ、今だけ、俺は俺じゃなくなる…おバカで臆病者のザナリー3はどっかにしまう。強いガーディアンのザナリー3が、ダンナの信じたザナリー3が、1回だけ、ここに立つ」
「やっぱり死ぬのは怖いけど、正直逃げたくてしょうがないけど!今だけ戦う!!それからのことは、それから考える!」
1、2、3。勢いよく岩陰から身を乗り出し、カバルの頭を狙って、ハンドキャノンの引き金を引いた。
彼の放った2発の銃弾は、見事に2体のカバルの頭を吹き飛ばしてみせた。
『…ありがとうございます。ザナリー3。あなたは立派なガーディアンです…彼の判断は間違いじゃなかったと思います』
カバルが動かないことに確認して、ケイが向かった方を振り向く。
ケイはなんとか敵を押しとどめているが、かなり苦戦している様子だった。すぐに助けないと、彼女も新たな犠牲者となってしまうだろう。
「うん。ありがとう…さ、さあ行くぞ!待ってろ暗黒ども!ダンナの仇討ちだ!ここからは、この俺!ザナリー3が相手をしてやるぜ!!」