「…は、あ…」
『ガーディアン…ガーディアン!』
「…く…」
ゴーストの声が聞こえる。返事をしようとするが、その度に身体のどこかが痛み、言葉にならない音が出るだけに終わる。
『ガーディアン…状況を説明します』
『あなたはロシア連邦の雪山を徒歩で移動中、クレバスに足を滑らせて落下。今は…そのクレバスの底です。』
『あなたの身体に複数の骨折が見られます。ですが…』
「治るのを…ぉ…待ってる…暇は無い」
少しずつ意識がハッキリしてくる。しきりに痛みを叫ぶ身体をなんとか宥め、ゴーストに言葉を返す。
『…ええ。その通りです。ここは極寒の地…食料も熱源も無い今、このままでは…』
「…ぐ…つっ…あぁああ!」
『ガーディアン!無茶をしないで!』
ゴーストの制止を無視して、氷壁にもたれて無理矢理に立ち上がる。
目に見えて折れているのは左腕と左脚…特に左腕から地面に落ちたらしく、左肩から先は骨がないかのようにぐにゃぐにゃだった。
「はぁ…っ…ゴースト…左腕は…」
『…光があれば治ります』
「…はっ…」
何をするにも光。やることは結局変わりないようだった。
『ガーディアン…ここから少し歩きますが、洞窟を見つけました。人工のもののようです』
「…?」
こんなところに洞窟?しかも人工だと?
『ああ、いえ、人間ではなくフォールンの遺跡のようですので、人工ではなく…フォールン工?…うーん』
合点がいった。フォールンは地球上のどこにでもいるのだ。こんなところにいても不思議ではない。
フォールン。今となっては懐かしい、4本腕の略奪者にして、ガーディアンの戦うべき敵。
適応力に優れ、敵性技術を奪うとそれをすぐさま利用できるほどの柔軟性をもつ。それは、この地球の厳しい環境による洗礼を乗り切るためにも利用された。
フォールンは地球上のこういった所にも拠点を築くことで、ガーディアンの目から逃れることもあった。
…今の俺では、ドレッグ一体にも勝てないだろう。
『フォールンの機械が残っていますが、生きているフォールンはいません。戦闘の後、廃棄されたということでしょうか…』
なんとか歩きながら、その洞窟を目指す。
少しすると、橙色のうすぼんやりした光が見えた。
『電力が生きているようです。これなら…』
ゴーストが先行する。何かを持って帰ってきたかと思えば、金属の棒と長いコードだった。
『応急処置ですが、ギブスの代わりにはなるでしょう。私は探し物をしてきます。』
そう言うと、ゴーストはまた洞窟の奥に消えていった。
私は洞窟の入口に着くと、ゴーストが持ってきた資材を使い、左脚のギブスを作ることにした。片腕が使えないので、代わりに口を使った。
噛んだだけでも、コードはひどい味だった。今後どれだけ飢えても、これにかじりつくことは二度と無いだろう。
ひどく不格好なギブスを四苦八苦しながらなんとか一つ作り終えると、ゴーストが戻ってきた。
『ガーディアン…朗報です!通信機器が生きています!』
ゴーストが揺れる。シェルを回して、喜びを表現している。
「一体…誰と、通信するんだ」
『もちろんバンガード…ではなく………近くにいる…誰かです』
ゴーストはあまり動かなくなった。
シティが落ちた以上、こういう時に頼るべきバンガードもない。こんな状況で何を頼れというのか。
バンガード。ガーディアン達を統括し、シティを守るためにあった組織。三人のリーダーにより、ガーディアンはそれぞれの任務をこなした。
ザヴァラ…タイタンのリーダー。非情にも映るその行動は、しかしシティを守るためにいつでも万全を期すためにあった。
イコラ…ウォーロックの代表。常に冷静で、何にでも疑問を持って取り組む彼女の助言に救われた者は数しれない。
ケイド6…ハンターの取締役。彼の望まない役職に対する不満を聞かなかったガーディアンはいない。彼の親しみやすさと面白くない冗談は、ピンチの際に強力な支えとなったと言うガーディアンもいた。俺は信じていない。
今は、その誰もが、いない。
『とにかく、オープンチャンネルで救援要請を出してみます』
「…やめておけ」
『何故?』
「フォールンが…来るだろう…俺は、戦えない」
『…そうでしたね。ですが、それ以外に助かる方法は…』
「ゴースト…」
私は洞窟の壁を右手で指し示した。
『フォールンの死体があります。バンダルです。エーテルがまだ残っています。触ると危険です』
「使え…」
『使う…?一体何を考えているのですか?』
「左腕を作るんだ…銃は撃てるように…なる」
フォールンの機械技術は非常に高い。実際、フォールンの中には身体を機械化して戦闘するものも多く見られた。まさに、今目の前にいるフォールンのように。
フォールンとて二足の生物だ。ガーディアンと同じような構造をしているかもしれない。
『まさか…しかし!危険です!前例がありませんし、腕を機械化しても動くとは限りません!それどころか…』
「ゴースト…」
『嫌です。光を取り戻したって、一度改造してしまえば、その腕はもう元には治せなくなる』
「ゴースト」
『…ガーディアン…しかし、私は…』
「やれ、ゴースト…!」
『………』
「…頼む」
『…きっと失敗します』
「ああ…それでもいい」
何もしないよりは、誰かの救いを求めて死ぬよりは、ずっといい。
「俺は…死ぬまで、いや…死んでもガーディアンだ」
ガーディアン。人類の守護者。人間を守るために最後まであがいて死ぬなら、それも本望だ。
『…では、始めます。寝転がっていて下さい』
『麻酔はありません。せめてコードを噛んでおいて下さいね。それと…早めに気絶することを祈って下さい。』
そう言うと、ゴーストは薄い鉄板を取り出した。
ゴーストは私の左腕をしばらく見つめると、おもむろをその鉄板を振り下ろした。
「っっーーーーーー!」
『…ガーディアン…』
ゴーストの声。
『ガーディアン…申し訳ありません…』
「どう…した…」
失敗したのか?そう思って首を左に向ける。
そこには、よく見る腕があった。
「…なんだ…」
そう。俺がいつも殴り倒していたバンダルの腕。
カチャリと軽い音を立てて、その腕は自身の望むように動いた。
「成功したのか…よかった」
『ガーディアン…いえ…失敗です』
『フォールンは機械を動かしたり、生きるためにエーテルを消費します。普通はサービターが供給するのですが…』
「…まさか…」
『…ええ。その腕も、エーテルがないと動きません。それだけならともかく…』
ゴーストはためらうように俯いた。
『ガーディアン…その…あなた自身も…』
嫌な予感がした。
『エーテルが無くなると、全く活動出来なくなります』
「何故だ…機械化したのは左腕だけのはず」
『神経系を接続する際に、機械に残っていたエーテルが逆流しました。いえ、機械を動かすには必要なので、それは正しいのですが…ガーディアン…いえ、あなたとの相性が悪く、エーテルによる侵食が始まりました。』
『何とか侵食を止めた頃には、あなたの身体の中にエーテルが通っていない所はほとんどありませんでした。』
「…なんてことだ…!ああ…最悪だ…」
「…今、俺の身体には…光じゃなくて、エーテルが流れているのか?…」
「俺は…それでもガーディアンなのか?光のないガーディアンならまだいい…だが、望んでフォールンの腕を持ち…身体の中を、フォールンと同じものが流れている…ガーディアン…?」
「俺は…どうやって今の俺を…ガーディアンとして、定義すればいい?」
『ガーディアン、気を確かに持ってください…』
「ゴースト…お前には俺が何に映る?」
『あなたははガーディアンです。それ以外のなにものでもなく…依然変わりなく』
「…嘘だな」
『そんなことは!』
「ああ…すまない。俺が認めたくないだけなんだ。自業自得だ。無理矢理ゴーストにフォールンの左腕をくっつけさせて、いざこうなってみれば…。死んで本望だ…なんて、本当に死んでみたら下らない。」
自嘲する。不思議と笑いが込み上げてくる。
『ガーディアン…』
「俺というガーディアンは死んだ」
「俺はもうガーディアンじゃない。俺のことをガーディアンと呼ぶな…今後一切」
『ガーディアン…!』
「二度は言わない…俺を苛立たせないでくれ」
『………では、ガーディアンにつき従わない私もゴーストではありませんね』
「なんと呼べばいい…俺も…お前も」
『…そうですね…では…』
ゴーストは少し考えるような仕草を見せた。
『ガーディアンであることを放棄したもの…ガーディアンとしての命を捨てた、動く屍ですね。分かりやすくゾンビでいいですか?』
「何とも言えないな。ゾンビか」
『…では、あなたが考えてください』
「いや、これでいいよ。…お前は、俺がガーディアンだったことの象徴だ。俺が捨てたガーディアンとしての命は、お前が預かっておいてくれ。」
『そうですか…では、私があなたの命を預かっている間、私を「ライフ」と呼んでください。あなたがガーディアンだったことを…その命を捨てたことを、忘れないために』
「分かった。…よろしくな」
『…ええ。初めまして、ゾンビさん。私は…ライフ。あなたのライフです。』
あとがき
あとがきはあったりなかったりします。
更新は不定期です。