第三話です。
敵の中ではフォールンが好きです。同種なのに派閥があったり、中には必ずしも敵対してないのがいたり、個性的なのが多いんです。
ガーディアン。トラベラーの従者にして、人類の守護者。
磨き上げたプラスチール製のヘルメットとガントレット。ジェットパックでどこまでも飛べる気がした。
俺は、ガーディアンであることに誇りを持っていた。
人類を守っている自負があった。敵をことごとく打ち倒し、全能感に浸っていた。
今はもうない。
…………………………
「いいことを思いついたんだ」
ぽん、と、わざとらしく手を叩く。
『きっと悪いことですね』
ゴースト…いや、『ライフ』がうつむく。ボロボロになったシェルも俺の腕のついでにちょっと直したらしい。
「お前にとってはそうかもしれない」
「だが、俺にとってはいいことだ。絶対に」
『そうですか…それで、一体何を思いついたのですか?』
「俺の身体をもっと機械化しよう。手始めに左脚だ。今ではまだ動くだけだ。戦えるようにしよう」
『…本当に死んでしまいますよ?』
「俺はゾンビだ。ちょっとやそっとでは死なん」
『それはただの…もういいです。バンダルを持ってきます。』
「頼む」
ライフが、俺の左脚に鉄板を振り下ろした。
『成功…で、いいのでしょうか。慣れてきた私に寒気がします』
「成功だよ。間違いなく」
俺の身体にくっついたバンダルの左脚が動く。接続には問題ないようだ。
『長さは調節しておきましたが、重さも何もかも違います。走ればバランスが崩れることがあるでしょうね』
ガシャガシャと新しい脚をいじくり回す。なるほど、これは確かに、走ることは難しいだろう。
「だが、ギブスのついた肉の足よりはマシだ」
『そうかもしれません』
「…む」
瞬間、目が眩む。左腕が妙に重く感じた。
『どうしました?』
「…目眩だ。それと…腕が、急にうまく動かなくなった」
『少し待ってください。見てみます…これは…』
『ゾンビさん。今すぐ通信機器を使って、オープンチャンネルで電波を流しましょう』
「どうして。危険じゃないか」
『あなたのエーテルが切れかけています。このままでは本当に死んでしまいます』
『電波を掴んだフォールンが怪しんでやって来るはず。それらの中には必ずサービターもいます』
「サービターを捕まえろっていうのか?」
『いえ。破壊しても構いません。サービターは破壊されても周囲にエーテルをまき散らします。それをこのタンクで集めれば…』
ライフが人間大の金属缶を取り出す。エーテルタンク。かつてフォールンの基地で、散々爆破した覚えがある。
「エーテルをそのタンクにどうやって集めるんだ?」
『…タンクを開けてれば勝手に入りませんか?』
「まさか!」
『生きているフォールンを見て学びましょう。実は、もう呼んであります』
電源の落ちたヘルメットの代わりに腕に取りつけたレーダーが赤く光る。
「…お前のそういうところは相変わらずだな。今度お前を握り込んでフォールンを殴ってやる」
『遠慮しておきます。敵はフォールンの一小隊。ドレッグ三体にバンダルが一体…まあ、斥候ですね』
「サービターがいないじゃないか」
『もっと後ろにいるようです。まあ、ドレッグ一体でも多少はエーテルを持っているでしょう』
「…クソっ!なんて無計画で無責任なやつなんだ!」
『あなたには言われたくありません!』
「ふん。ところで、武器はあるのか?」
『たくさんあります。フォールン製のものが』
「持ってきてくれ…いよいよ俺はフォールンの一員だな」
『これからフォールンを倒すんですが…ああ、いえ。フォールンは各ハウスで戦争してましたね』
ライフが俺にワイヤーライフルを手渡す。
アーク(電撃)エネルギーをまとった弾丸を打ち出す、バンダル用の武器だ。こいつに初めて撃たれた時は思わず叫んだぐらいには痛い。
「ああ。仲間内で殺し合うのはやつらの得意技さ」
久々の銃の感触。思いのほか軽い。左腕にもよく馴染んだ。
「よーく狙って…」
金属の折れた柱を支えに三本指になった左手を添え、右手でトリガーを握る。スコープがついていなかったので、とりあえず勘で撃つことにした。
レーダーが映す赤点が大きくなる。物音も聞こえる。既に洞窟の曲がり角を挟んで向こう側にいるようだ。
呼吸を抑える。右手に汗が滲む。つとめて肩の力を抜く。ここで死んだら、今までのように生き返ることはできない。フォールンは残虐だ。間違っても俺を生きたまま放り出すことはない。
失敗は許されない。
『…2…1…来ます!』
ゴーストの合図と同時にワイラーライフルの引き金を引く。
スプリングが水中で跳ねたような、特徴的な音とともにアークエネルギーの塊が走る。
「頼む!」
ライフルをリロードしながら祈る。どうか当たりますように。
『…ヒット!ドレッグ一体が沈黙。あと三体です』
「よし!」
ライフルを構える。奴らは少し混乱したあと、既にこちらに向けて腰を落として戦闘態勢を取っていた。
『バンダルを狙ってください!小隊長です!』
「分かってる!」
もう一度引き金を引く。今度はバンダルの前に出ていたドレッグの胸を撃ち抜いた。
『違います!そいつじゃない!』
「射線上にいたらどうしようもないだろ!ああクソ、もう一度だ!」
敵の攻撃が激しくなる。たまらず柱の裏に身を隠した。
『ドレッグが電磁ナイフを取り出しました!こちらに走ってきます!』
「うそだろ!?」
まずい!近接戦闘も想定しておくべきだった!
『来ます!ジャンプしました!直上!』
「っーーーー!」
ドレッグがナイフを両手に持って飛びかかってくる。フォールンの中では一番下っ端の、失うもののないドレッグにとってお得意の戦法だった。
たまらず転がって回避する。
「っがあああああああ!」
骨がきしむ。激痛が走った。ここに落ちてきた時に細かいところにヒビが入っていたらしい。これ以上激しい動きはできない。
何とかライフルを構える。向かってくるドレッグに向かって電流が走った。
「ギュアアアア!!」
ドレッグの悲鳴。右脚が吹っ飛んでいた。切断面が焦げつき、血が流れていた。
「左だったらお揃いになれたかもな!」
ライフルを撃つ。今度は頭に命中した。ドレッグはしばらく痙攣したあと動かなくなった。
『あと…あ、いえ。撤退していきました』
「フォールンが撤退?」
『いくら気性の荒いフォールンだって撤退ぐらいするでしょう』
「…そうかね」
『それよりエーテルです。このドレッグ…はダメですね。最初に撃った方…ありました』
ライフがドレッグのつけていたマスクを引きはがす。パイプの先にはドレッグがつけていた小さな箱が繋がっていた。
どうやらこれにエーテルを貯めてあるらしい。
『つけて下さい』
「ウソだろ?」
『残念ながら、ドレッグと間接キスです。…生きるためです』
「クソ…」
しぶしぶマスクをつける。心なしかライフが笑っているように見える。後でお仕置きしてやることを心に深く刻む。
数回呼吸をすると、空気とは違うものが肺に流れていくのが分かる。恐らくこれがエーテルだろう。
だんだん思考が明瞭になり、機械化した腕が軽くなった気がした。
「まるで麻薬だな」
『そんなに【イイ】ものですか…エーテルというのは』
「ああ。お前も吸うか?」
『遠慮しておきます。それより、しばらくはそれをつけておいてください。今あなたの装備にくっつけます』
「フォールンと見分けがつかなくなりそうだ」
『今度は胴体も作りますか?』
「それもいいかもな」
『…あなたはフォールンになりたいのですか?』
「俺はフォールンじゃない。ガーディアンでもないが…」
『ですが…!』
ライフが一回転する。慌てている。
「どうした」
『フォールンが来ます!さっきより多い…!』
まずいことになった。