さすがに話が終わってすぐ救出というわけにはいかず、色々と準備が必要なこともあり、南雲救出は翌日に行われることになった。
それまでの時間に、俺はできる限り必要なことをやることにした。まずは、雫と龍太郎、香織を鍛えることだ。
~訓練場~
「わざわざ訓練時間に俺ら三人だけ呼び出して鍛えるって、なんで三人だけなんだよ?全員鍛えりゃいいじゃねぇか」
「そうよ。私達だけ鍛えるんじゃなくて、全員鍛えたほうが生存率も上がると思うんだけど?」
「そもそも私は治癒師なのに、何で鍛える必要があるの?」
龍太郎、雫、香織が順に意見を言ってくる。俺はそれに答える。
「自分で言っといてあれだけど、鍛えるって言うのは
「じゃあなんで俺達を集めたんだよ?」
「話は最後まで聞いてくれ。龍太郎はせっかちだな。さっき言ったとおり、俺達はこの間のべヒモスみたいな滅多なことがない限り余裕で戦える力を持っている。その俺達に足りないものは何だと思う?」
「「?」」
龍太郎と香織は答えが見つからないようだが、雫はすぐに気が付いたようだ。
「実戦経験ね」
「正解だ」
まだ疑問に思っている龍太郎と香織に、俺は経験の大切さを説く。
「この間の迷宮だって、俺が冷静になって指揮を取っていればもっと楽に切り抜けられたはずだ。だけど、想定外の出来事で冷静さを失ってしまった。実戦経験があれば、そういう時に立ち直りが早くなる」
「だったらもう大丈夫……なわけねぇか」
「ああ、経験って言うのは、そう簡単に身につくものじゃないからな。なるべく多くの状況を経験する必要がある」
「けど光輝君、私たちが光輝君と戦うことと、迷宮の想定外の状況は違いすぎて、経験を積んでもあまり意味が無いんじゃないかな?」
「確かに香織の言うことも尤もだ。だけど良く考えてみてくれ。今までの訓練や迷宮の遠征は何のために行われた?」
「あ!そっか」
香織は気づいたようだ。雫は初めから分かっていたのか表情を変えない。だが、龍太郎は……
「何って、強くなるためじゃねぇのかよ?」
いや、それもそうなんだが……龍太郎はあまり深く考えることが苦手なようだ。
「魔人族との戦争のためだ。魔人にも人が付くわけだし、そもそも魔物を操ることが出来るんだ。おそらく、俺達人間と同じくらいの知能があると見て間違いない。相手は魔物と違って戦略も練ってくるし、一対一の戦いでも単純な力比べだけじゃなく、心理戦の要素だって出てくるはずだ。つまり俺達に今最も必要なのは実戦経験。さらに詳しく言えば……」
「対人戦闘の実戦訓練」
「ご名答」
雫はこちらの言いたいことをよく理解している。もしかして最初から分かっていたのだろうか?俺達に足りないものを。それこそ、迷宮で遠征が行われるより、ずっと前から。
だとしたら、やはり雫は頭がいい。視野も広い。周囲の状況も理解できる。カリスマも持っている。もしかしたら雫には剣士のほかに、一軍の将としての才能もあるかもしれない。
「じゃあなんで全員に経験を積ませずに、私達だけ訓練するの?」
「いい質問だ香織。それは、南雲の死で皆実戦に恐怖が残ってるからだな。死を身近に感じて、おそらく戦いたくないという者も出てくるはずだ。そんな者達を無理に鍛えてもしょうがないし、俺一人でそんなにたくさん鍛えられるわけじゃないからな。そこで人数を絞った結果、実力がトップクラスで、メンタルも強くて、おそらく俺がいない間クラスのまとめ役になるだろう雫、龍太郎、香織を選んだわけだ」
メルドさんに手伝いを頼むのもいいけど、メルドさんは他の皆の訓練で忙しいだろうし、あまり迷惑をかけるわけにはいかないからな。
「というわけで、今から俺達は実戦形式で戦う訓練を行う。俺対龍太郎、雫、香織の三人でな」
「あん?三対一だと?なめてんのか光輝?」
「治癒師の香織を引いても二対一。それもクラスメイトの中でもトップクラスの私たち二人を相手なんて、正気なの光輝?」
「ああ、
そして俺は、赤い外套と黒のボディアーマーの姿に変身する。そして、白と黒の双剣、干将・莫邪を投影した。
「さて、ではこれから(エミヤさんが俺を通して)指導するが、厳しくいくぞ。ついてこれるか?」
念のため確認してみたが、この質問は無意味だったようだ。何故なら三人とも、まるで問われるまでもないとでも言うように、笑っていたから。
「「「上等!!」」」
この実戦形式の訓練は、夕方まで続いた。
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「はあ、疲れた」
『君は
「それもそうですね。そもそも、俺にあなたのスタイルは合ってないですし」
そもそも双剣という時点でアウトだ。俺も別に扱えないというわけではないが、やはり剣は一本の方が俺には合っている。
しかし、この実戦訓練のおかげで全員の課題が浮き彫りになった。
龍太郎は挑発に乗りやすく、一人で突っ走って連係を崩しがち。あと遠距離攻撃に弱い。香織は防御を魔法に頼りがちで、不意打ちや近距離攻撃に対応できてなかった。俺はさっきエミヤさんに指摘されたとおり、
ちなみに、雫は特にこれといった致命的な弱点や課題はなかった。
「雫に課題があるとすれば……」
『人に剣を向ける時や攻撃を当てる時に、剣先がぶれるときがあることぐらいだろうな』
雫は自分にも他人にも厳しいけど、根は優しいから、誰かを傷つけることが怖いのだろう。その優しさをもっていること自体はとてもいいことだが、こと実践においてそれは邪魔でしかない。
『だがそれは本人が一番分かっているだろう。現に攻撃するたびに本人は苦い表情をしていた。だからあえて指摘することはしなかった。これは我々ではどうしようもない、八重樫君自身の問題だからな』
「……そうですね」
そんな会話をしている間に、俺達は目的地についた。ここは……
檜山の部屋の前だ。
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コンコン
「ん?誰だこんな時間に。まあいいや。上がれよ」
本人からも許可をもらったことだし、遠慮なく上がらせてもらうとする。
ギイィーと音を立てて入ってきた意外な客に、檜山は大層驚いた様子だった。
「お!天之河じゃねぇか。珍しいな。お前が俺の部屋に来るなんて。珍しいって言うか、初めてか」
「悪いけど、世間話をしに来たわけじゃないんだ。前置きは飛ばして本題に入らせてもらうぞ。どうして俺が南雲の生存を発表した時、あんなに不愉快そうな表情をしたんだ?」
「!?」
その瞬間、檜山は面白いくらい動揺した。挙動は明らかに不自然だし、冷や汗も掻いている。必死に目を逸らしてこっちを見ようともしない。
「な、何言ってんだよ天之河。南雲は同じクラスメイトだぜ?生きてて嬉しかったに決まってんだろ!」
「ああ、お前の魔法のミスで奈落に落ちたんだ。良かったな。殺人者にならなくて」
「そういう事じゃねぇよ!確かに俺の魔法のミスで南雲が奈落に落ちて、もしかして俺がころしちまったのか?って不安だったけどよぉ、そんなんじゃなくて俺は純粋に南雲を心配して……」
「それはおかしいだろ」
「あん?」
お前の発言はおかしい。だって……
「あの時はクラス全員で魔法を放った。お前の放った魔法がどれかわからなくなくなるほどたくさんな。それなのに、何でお前は自分の魔法のミスだって断言できたんだ?」
実際俺もエミヤさんの超人的な視力と檜山の魔法を放った後の歪んだ表情がなかったら分からなかっただろう。なのに、誰の魔法が南雲を落したか断言できる奴なんて、南雲を故意に落とした犯人しかいない。
「て、てめぇ、嵌めやがったな!?」
「落ち着け。俺はお前を責めに来たわけじゃない。むしろ感謝している。俺も南雲は気に入らなかったからな」
ここで檜山にやけになって暴れられても困る。だから俺は落ち着かせるために檜山の行動を肯定する。正直反吐が出そうだが、波風立たせないためにはしょうがない。今檜山をどうこうすると、せっかく落ち着いたクラスメイト達がまた動揺するからな。
「感謝だあ?おいおいまじかよ。まさか
「そういうことだ。正直南雲が奈落に落ちたときはスカッとしたよ」
スカッとしたどころか心が罪悪感やら何やらで滅茶苦茶だ!と文句を言ってやりたいが、それをぐっとこらえて、俺は檜山に話を合わせる。まずは南雲を殺そうとした動機を聞きださないと。
「けど、なんで南雲を殺そうとしたんだ?そんなに南雲のことが嫌いだったのか?」
「当たり前だ!」
それを聞いたとき、檜山の表情が今までにないほど苦渋に歪んだものになった。
「あいつは、香織に好かれてんだぞ!キモオタのくせに、ごみクズのくせに、無能のくせに!あんなやつに香織が、俺の香織が奪われるなんて我慢ならねえ!香織は俺のもんだ!誰にも渡さねえ!邪魔する奴はぶっ殺してやる」
そう南雲に対して呪詛を吐く檜山の顔は、狂気に歪んでいた。香織に対する想いを叫ぶ顔は狂喜に歪んでいた。言っていることは全くわからない。滅茶苦茶で、
これが人の悪性なのか?俺が今までの人生で一度も目にしなかった。隠された。目を逸らしていたものがこれなのか?
エミヤさんの夢で見たときとは違って、リアルに実感できる。
『落ち着け光輝!』
「!」
エミヤさんの言葉で我に返った俺は、とにかくこの場から離れるため、話を切り上げることにした。
「そうか。まあ安心してくれ。俺が迷宮に行って南雲を殺すからな。じゃあもう行くよ。俺は何でお前が南雲を殺したか気になっただけだしな」
そして俺は、急ぎ足で部屋を出た。
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『よく頑張ったな光輝。いくら私が犯罪者に対し波風立たせず会話する方法を叩き込んだとはいえ、義憤に駆られて殴る可能性は視野に入れていたが、よく耐えた』
「俺は、ただ動揺して何もできなかっただけですよ」
憤る暇もなかった。それほど俺の心は困惑と嫌悪感で満ちていた。
『しかし檜山が南雲君を殺した動機が香織君への独占欲とはな。これは八重樫君に伝えなければ』
「香織には伝えますか?」
『いや、やめておこう。香織君には刺激が強すぎるかもしれん』
確かに、檜山の狂気は尋常じゃなかった。
初めてだった。あんなに人を醜いと思ったのは。
初めてだった。あんなに人を怖いと思ったのは。
初めてだった。あんなに人を…………殺したいと思ったのは。
「俺は、本当に何もわかっていなかった。クラスメイトのことを、何も見れてなかった」
もっと俺に色々なものが見えていたら、南雲が実は凄かったことも、檜山の悪性も早く気付けていたら、何か変わったかもしれないのに。
『過ぎたことを悔やんでも仕方ないだろう。今は檜山に対しどうするかだ。そういえば、さっき檜山が気になることを言っていたな。お前も仮面をかぶっていたのか。お前もということは、他に誰か仮面をかぶっているものがいるのか?』
「さあ?それより早く雫の部屋に行きましょう。一刻も早く檜山のことを知らせないと」
『それもそうだな』
俺は檜山についての話を早く終わらせたくて、わざと話の流れを切った。だがそれは間違いだった。
俺達はもう一人についてもっと深く考えるべきだった。