迷宮の奈落なんて危険な場所に錬成師なんて非戦闘職がそう何人もいるとは思えない。それに教えてもいないのに俺の名前を何回も呼んだこと、使っている武器が俺たちのいた世界の現代兵器に酷似していたこと……以上のことからこの男が本物の南雲である可能性を導き出したわけだが……どうしよう、まだ確証が持てない。
『もう本人に聞くほうが手っ取り早いだろう。どんなに考えてもあの豹変の理由はわからん。私が言うのもあれだが、本当に何があったらああなるんだ?』
「よし、天之河。早速俺の質問に……」
こっちが混乱しているというのに南雲はマイペースに質問しようとしてくる。そうはさせるか。
「待て。君にもいろいろ聞きたいことはあるだろうがまず最初にこれだけははっきりさせてくれ。その姿はどうした……」
「あ~……超頑張った」
「そうなのか……って納得できるか!真面目に答えろ!」
(面倒くせえな)
しかし、天之河の場合、何も説明しないでずっと問い詰められるほうが面倒くさそうだと思ったハジメは、諦めてきちんと説明することにした。
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「……なるほど。魔物の肉を食べて激痛が走ったと思ったらそんな姿に……」
「そういうことだ。納得したか?」
「……一応は」
確かに体が変わった理由は納得した。だが、精神面が変わったことについては説明を受けていない。しかし……
『あそこまで性格が豹変したのは、余程辛いことがあったからなのだろう。あまり深く聞いてやるな』
エミヤさんの言葉で、俺も自分の変化に気付いた雫が何も聞いてこなかったとき、安心したことを思い出し、聞くのをやめた。
「次、その女の子は誰だ?」
「待て。こっちは質問に答えてやったんだ。次はそっちの番だろ?お前のその力は何だ?装備も変わってたし威力も段違いだ。なんかこの世界のスキルとは違う感じがするぞ」
『鋭いな』
(ちょっとごまかすのは難しそうですね)
『ここは正直に話したほうがいいだろう。口はそこまで軽くなさそうだ。別に話してもこちらに害があるわけではないしな』
「えっと、ちょっと長くなるけど、大丈夫か?」
「長いのか?だったら後でいい。先にこの女、ユエの話がしたい。俺もさっき封印されてたとこを解放したばっかで全然知らねえんだ」
『封印されていたとは、穏やかじゃないな。警戒したほうがいいかもしれん』
「!?」
「天之河……で合ってる?別に警戒しなくていい。ちゃんと全部話す」
そして、話が終わるまで待った。
「つまり、君は吸血鬼の先祖返りで、その力を危険視した身内が殺そうとしたが、再生能力が高すぎて殺せず仕方なく封印したと」
想像してたよりだいぶ重い話だった。というか人間じゃない時点で想定外だ。あとこの見た目で300歳以上って……詐欺だ。
「今度はこっちの番。ハジメたちはどうしてこんなところにいるの?」
「別に面白い話じゃないんだがな……」
そう前置きして、南雲は話し始めた。自分が異世界から召喚されてきたこと。無能と蔑まれ傷ついてきたこと。裏切られたこと。それから必死の思いで生きてきたこと。
「とまあそんなわけで……って、なんで泣いてるんだユエ?……そしてなんで土下座してるんだ天之河!?」
「ぐすっ……ハジメが辛いと、私も辛いから……」
「そもそも俺が皆に勇者になることを勧めなければこんなことは起こらなかったはずで、南雲の被害の全部は俺に一因があると思うといたたまれなくて……本当にすまなかった」
「いや、別に謝らなくていい。俺も正直勇者ってのはまんざらでもなかったし、もう過ぎたことだ」
(にしても素直に謝られると気持ち悪いな。こいつ絶対こんなキャラじゃなかっただろ)
ハジメにとって、天之河光輝とは自分の正しさを疑わず、こちらにいちいち自分の理屈で突っ込んでくる鬱陶しいやつ。悪いやつではないが苦手な部類にカテゴライズされている。そんな男にこうも低姿勢で謝られると、思わず鳥肌が立ってしまう。
「この迷宮は反逆者……神代に神に挑んだ神の眷属が作ったといわれている。この迷宮の最深部には反逆者の住まう場所があるといわれているから、そこにたどり着けば地上への道もあるかもしれない」
そんな微妙な雰囲気を感じてか、ユエが話題を変えた。
「地上への帰り道か。だったらなおさらこの迷宮を攻略しないとな」
「待て南雲。一回戻ってあの壁を上ったほうが安全じゃないか?上ったところにベヒモスがすぐ現れたとしても、今の俺たちの敵じゃないだろ?」
(……それもそうだな)
ハジメは奈落に落ちたばかりの頃は壁を上るほどのステータスはなかったし生きることに必死だった。だからそんな発想はできなかったし、仮に思いついても実行には移さなかっただろう。しかし、今は魔物の肉を食べて力も魔力も上がっている。錬成で壁を加工してボルダリングみたいに凹凸を作れば簡単に帰れるかもしれない。
「……いや、俺はこの迷宮の魔物を食い尽くして強くならないといけない」
ハジメの目的は故郷への帰還。だが、その目的を果たすためには半端な覚悟と力では足りないだろう。もしかしたらここ以外の迷宮を攻略しないといけないかもしれない。魔人族が行く手を阻むかもしれない。故郷へと帰る過程で魔物に食い殺されるかもしれない。より確実に帰る手段を手に入れるためには、ここで安全策を図って逃げるようではダメなのだ。
「そうか。だったら俺も協力する。俺も元の世界に帰りたい」
この場にいるのが日本人だけならそれで終わっただろうが、ここには一人、日本人どころか人ですらない者がいた。
「……私、帰る場所……もう、ない」
そうか。ユエさんは同族に裏切られて、長い間封印されていたから知り合いの伝手を頼ることもできないのか。
俺がどうすればいいか悩んでいるうちに、南雲は答えを出した。
「……ユエも俺の故郷に来るか?まあ、普通の人間しかいない世界だし、戸籍やら人外やら問題は山積みだが、まあどうとでもなるだろ」
「本当に、私もついて行っていいの?嬉しい」
嬉しいという言葉とともに放たれたのは、思わず見とれてしまうほどの花が咲くような美しい笑顔だった。だからこそ……
『吸血鬼か……聖堂教会の連中が死徒と混同して討伐するようなことが起こらないといいが……』
その言葉に強烈な不安を覚えた。そういえば元の世界にも吸血鬼やそれ以外の吸血種……それに対抗する勢力も存在するんだった。
「なあ南雲。元の世界にも吸血鬼が存在して、ユエさんがほかの吸血鬼と同一視されて討伐されるような可能性があったらどうする?」
「いや、ない可能性を考えてもしょうがねえだろ」
「……信じられないかもしれないが、元の世界にも吸血鬼はいるし、魔術だって存在するんだ。ただ、一般人には秘匿されているだけで」
「天之河……お前……」
光輝の衝撃的な話を聞いて、ハジメの脳内にある可能性が浮かぶ。それは……
「お前、厨二病だったのか。……高校生でそのレベルはまずいぞ」
天之河光輝が重度の厨二病という可能性。よくよく考えれば自分の正しさを疑わない傲慢や思い込みの激しさには厨二病の片鱗が見えていた気がしなくもない。
もしそうなら頭をしこたま殴ってでも治療しなければならない。ただでさえ苦手な部類に入るこの男が己の黒歴史の鏡写しとなる未来はごめんである。
「その厨二病っていう単語の意味はよくわからないけど多分違う。そして、これは本当の話だ。俺の力のことも含めてまとめて説明する」
そして、俺はステータスプレートに血を垂らしたとき英霊に霊核を無理矢理適合されたこと、それにより英霊の力を一時的に行使できるようになったこと。そしてその英霊エミヤから聞いた、魔術、聖杯戦争、聖堂教会、死徒のことをかいつまんで説明した。
「信じられねえ。元の世界にそんなファンタジーが存在するだと?しかも冬木市って俺の家から自転車でも行けるような距離だぞ。そんな近くで物凄いやつらがドンパチやってたのかよ……」
「異世界の同族……私たちとずいぶん違う。私たちは太陽なんて平気。異世界の同族はずいぶん不便な体質」
ユエはともかく、ハジメは正直半信半疑だが、厨二病が作った設定にしてはずいぶん凝っているし、冬木の大災害は原因不明で自然現象じゃなければ神秘が関わっていると言われたほうが納得がいく。そして、異世界召喚されたことで元の世界にも異世界にもあり得ないなど存在しないことが身に染みた。
そして何より……元の世界にも魔術があるって信じたい!憧れや幻想の類でしかない魔法、魔術がどちらの世界にも存在するなんて、最高か!
「そんなわけで、ユエさんがこのまま俺たちの世界へ帰ると聖堂協会が死徒と同一視して討伐に来る可能性があるわけだが……どうするんだ?俺としては、この世界に永住できる場所を見つけてあげるか、元の世界で人間として暮らしたほうがいいと思うんだが」
『私も同意見だ。日光も平気なら種族を偽ることはそう難しいことでもないだろうしな』
「エミヤさんも同意見だって……」
エミヤの声は光輝以外には聞こえないため、説明を挟む必要がある。
「……」
ユエは何も答えられなかった。同族に裏切られたとはいえ、自分は吸血鬼という種族に生まれたことを誇りに思っている。それを偽って生活するなど快く思えない。苦痛ですらある。しかし、そうすることでハジメや天之河に迷惑がかからないのであれば、そうするべきだという自分もいる。
「私は……」
「知るかよ」
それでいい、という言葉に、ハジメは待ったをかけた。
「教会だか代行者だかがユエのことをどう思おうが知ったこっちゃねえ。ユエが俺の故郷までついて来るってんなら、俺が責任をもってそんな奴らからユエを守ってやる。種族を偽るなんて窮屈な思いをさせてたまるか!」
最初にユエを元の世界に誘ったのはハジメである。なら、自分は最後までその責任を取らなければいけない。教会の代行者とやらがユエの前に立ちふさがるのなら、その障害を排除するのも含めて自分の責任だ。断じて、ユエの優しさに甘えて種族を偽らせるような真似はさせてはならない。
この時、ハジメは自分が思っている以上にユエを気に入っていることを自覚した。徹頭徹尾自分のためにという己のスタンスからは外れるが、不思議とユエを想うこの感情に悪い気はしなかった。
「ハジメ……」
ユエはハジメの言葉を聞き、感動に胸を震わせる。そして……
「私、ハジメの故郷で吸血鬼として暮らしたい」
吸血鬼として暮らすことに、一切の妥協をしないことを決意した。
『どうする?おそらくあの二人は梃子でも動かんぞ』
(どうするも何もないでしょう)
「そこまでの覚悟があるんだったら、それでいい。いいや、それがいいんだ」
だって、南雲とユエさん、二人の願いは決して、間違いなんかじゃないんだから。
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「さて、話もひと段落ついたところで飯にするか。俺はサソリもどきの肉を食べるが、ユエと天之河は……」
「私はハジメの血がいい」
「俺は南雲を見つけるまで長期的な迷宮探索を想定していたから、保存食を用意してある」
「おいちょっと待て」
ハジメは聞き捨てならなかった。ユエはいい。血を吸うのはむしろ吸血鬼らしい。だが天之河、テメーはだめだ。
「俺が味気のない焼き肉を食うってのに自分は保存食ってどういうことだ?あぁん?」
「いや、欲しいなら南雲にも分けるぞ。ほら」
「そういうことじゃねえんだよ!あ、保存食はもらう」
(そういえばクラスメイトのことなんて白崎と八重樫以外は本当にどうでもよかったが、あいつら俺が苦しんでる間に王宮でうまい飯食ってんだよな?やっぱ許せねえ。特に檜山)
「なあ天之河。檜山のことなんだが……おそらくあいつが俺を奈落に落とした犯人だ。白崎への独占欲が暴走した結果だろうな。白崎は大丈夫なのか?ついでに八重樫も」
ハジメは学校でも自分を気にかけてくれていた香織と雫のことは、ほかのクラスメイトより気になっていた。それでもほんの少しでしかなく、目の前に天之河がいるからちょっと聞いてみようみといった軽い感覚ではあるが。
「迷宮に入る前に、雫には檜山に注意するように伝えてある。雫は信じられないといった表情だったけど、香織のためなら警戒を怠るような真似はしないはずだ。檜山もすぐにバカな行動は起こさないはずだし、大丈夫だろ」
「まあ、みんなの魔法に紛れないと俺一人嵌められない小物だからな」
ハジメは地上のわずかな不安要素が無くなったことで、少し気が楽になった。
「それはもういいとして、天之河。ちょっと魔物の肉を食べてみないか」
「なんでだ?人間には毒なんだろ?いやだぞ絶対」
誰が好き好んで自分から痛い目に合うもんか。
「俺だって魔物の肉なんて食いたくなかったさ。けどお前が勇者になってみんなで世界を救おうなんて言うからこんな目にあって……ああ痛かったなー、苦しかったなー、辛かったなー」
「うぐっ」
それを言われると弱い。雫の言葉のおかげで俺の思いは間違っていないと思うことはできたが、それでも俺の短慮が南雲をひどい目に合わせたという負い目は変わらない。南雲が目の前にいることで罪悪感は募っていくばかりだ。
(思った通りだ。こいつ俺に相当負い目を感じてやがる。畳みかけるか)
ハジメは別に天之河のことを勇者云々で恨んではいないし、助けに来てくれたことには感謝すらしている(口には出さないが)。しかし、それは食べ物の恨みに勝るものではない。自分と同じ苦しみを味合わせないと気が済まない。なら、使えるものは何でも使う。それが例え、向こうが勝手に抱えている感じる必要のない負い目だろうがだ。
「お前が魔物の肉を食べて強くなって、迷宮攻略により一層協力してくれたら許してやらなくもないんだがなあ。ん~?」
「セリフが完全に悪役のそれだぞ。ユエさんも何とか言ってくれ」
「天之河、さっさと肉を食べて」
ユエの好感度は【ハジメ>超えられない壁>光輝】となっている。つまり、何事においてもハジメが優先される。
「エミヤさん」
『今後のためにも強くなって損はない。あきらめて食べろ』
「他人事だと思って!」
最大の味方が敵にまわった。多数決ではすでに敗北している。
「勇者君の、ちょっといいとこ見てみたい。ハイ!」
「勇者君の、ちょっといいとこ見てみたい」
『男は度胸だ。いっそ一思いに行け』
最初にハジメが言葉を発し、ユエもノリで復唱する。エミヤも味方する気はなし。四面楚歌とはまさにこのこと。
「こうなったらヤケだ!いただきます!」
アウェイな空気に耐えられなくなり、光輝はサソリもどきの肉にかじりついた。
「よし、神水を飲め。……よし、飲んだな?」
神水とは、膨大な量の魔力を内包した伝説級の秘宝。飲めば部位欠損以外の傷はたいてい治る。これがなければハジメは魔物の肉を食べたとき死んでいた。
そして……
「ぐわぁあああああああああ!!!」
魔物の肉を取り込んだことによる肉体の破壊と神水による肉体の急速な再生による激痛が絶え間なく光輝を襲う。
その苦しみ様にハジメは思わず同情し、ユエは血があれば食料がいらない自分の種族に感謝し、エミヤは視覚と聴覚だけで、痛覚を共有していないことに心底安堵した。
おまけ
「天之河はなんで私のことをさん付けで呼ぶの?」
「え?だって何百歳も年上ですし……」
「年上扱いしないで」
「じゃあユエちゃん?」
「子ども扱いしないで」
(なんだろう。この難しい年ごろの女の子を相手にしているような感覚は)
「じゃあユエ」
「馴れ馴れしく呼び捨てしないで」
「じゃあどうしろと!?」
「ユエ様で」
「嫌だよ!」
「……しょうがない。特別に呼び捨てを許可してあげる」
「ありがとう?」
(なんか釈然としないなあ)
『いつの時代、どの世界でも女性は難しいものだ』