ありふれた勇者と正義の味方   作:海・海

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夢と出会い

 ……夢を見ている。

 

 ……地獄を見ている。

 

 何一つ救いのない火災の中を、一人の少年が歩いている。

 

 「どうか、どうか子供だけでも」

 

 その少年は、助けを求める声から耳を塞ぎながら、前を歩き続ける。

仕方のないことだ。その少年だって、自分が生き残るのだけで精一杯なのだから。

最初は震えながらも助けようとした。

だけどその人は、瓦礫に潰されて亡くなった。

少年は顔に恐怖を浮かべ、泣きながら歩き続ける。だけど、その地獄から抜け出すすべはなく、ついには力尽きて倒れてしまう。

それでも救いを求めて伸ばした手を、一人の男がとった。

 

 「生きてる!生きてる!生きてる!」

 

 男は涙を浮かべながら、少年を抱き上げる。

 

 「ありがとう……。ありがとう……」

 

 本来は助けられた少年が言うべきお礼を言ったのは、男の方だった。

 

 「見つけられてよかった。一人でも助けられて……。救われて」

 

 男は少年を救えたことを心の底から、泣きながら喜んでいた。

まるで、本当に救われたのは、助けた男のようにも見える、矛盾した光景。

だけど俺は、なぜかそれを……美しいと思った。

とても尊い、大切なもののように見えた。

 

 

 

 場面は変わり、見たこともない武家屋敷の縁側で、二人が語り合っている。

 

 

 

 片方は黒髪黒目の大人で、その眼は何か大切なものを諦めてしまったような、諦観を感じさせる瞳だった。

 

 もう片方は赤銅色の髪に琥珀色の瞳の少年で、厳しい表情を浮かべていた。

 

 「誰かを救うという事は、誰かを助けないという事なんだ。いいかい?人間の手で救えるものはね、自分が肩入れした側のものだけなんだ。当たり前のことだけど、それが正義の味方の定義なんだ」

 

 男の方が語った持論は、とても俺には受け入れられないものだった。

そんなことはないと、すべてを救う方法は必ずあると、いや、なくちゃいけないと、そう声に出して言いたかった。

ただ、夢の中で俺は何も言えず、俺と同じことを思っただろう少年が、何かを伝えて会話が終わった。

 

 

 

 また場面が変わった。

 

 場所はさっきと同じ縁側で、二人とも何をするわけでもなく、月を眺めている。

 

 「……子供の頃、僕は正義の味方に憧れてた」

 

 「なんだよそれ。憧れてたって、諦めたのかよ」

 

 正義の味方。弱きを助け悪を挫く、全てを救うヒーロー。この男だけじゃない、全ての男は、子供の頃はそれに憧れるだろう。だが、そんなものはアニメや漫画の中だけで、ヒーローはこの世には存在しない。そう考えると、自分は運が良かったのかも知れない。異世界召喚のおかげで、そんなヒーローみたいな力を手にすることができたのだから。

 

 「うん、残念ながらね。ヒーローは期間限定で、オトナになると、名乗るのが難しくなるんだ。そんなコト、もっと早くに気が付けばよかった」

 

 俺は、その言葉に疑問を覚えた。何でオトナはヒーローになれないのか?と。だって、皆を救う力と正義の心があれば、オトナでもヒーローになれるはずだ。そのはずなのに、何でそれを憧れた本人が否定するのか、俺には解らなかった。

 

 「そっか。それじゃしょうがないな」

 

 「そうだね。本当に、しょうがない」

 

 少年は納得したようだが、俺は納得できない。諦めなければ、オトナでもいつか正義の味方になれるはずだ。それをあの男は否定した。あの男は諦めたのだ。俺は男の結論を否定したかった。だが、そんなことはないというたった八文字さえ口に出せなかった。

 普段の俺なら、あの男を夢を諦めた意思の弱い軟弱ものと罵倒していただろう。だけど、諦観と絶望を宿した光の無い、死んだような目を見てしまうと、それを口に出すのは躊躇われた。なぜあの男がそんな目をするようになったのかを、自分は知らないのだから。

 

 「うん、しょうがないから俺が代わりになってやるよ」

 

 それはさり気無く、けれど、強い決意を秘めた口調で放たれた言葉だった。

 

 「爺さんはオトナだからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ。まかせろって、爺さんの夢は━━」

 

 「そうか。ああ━━安心した」

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 パチリ

 

 

 「……今の夢は?」

 

 俺はムクリと体を起こしながら、今の夢について思考を巡らせた。あの火災も二人の登場人物も、俺は全く知らない。それなのになぜ、それが夢に出たんだろう?

ていうかここはどこだ?ベッドの上?

 

 「「「光輝(君)!!」」」

 

 どうやら俺が気絶している間、雫、香織、龍太郎の三人が看病してくれたらしい。てことは、ここは医務室か何かか。

 

 「皆、俺何時間くらい気絶してた?」

 

 「大体三時間くらいね。びっくりしたわよ。他の皆がステータスプレート使っても体に異常が無かったのに、あんただけ急に苦しみ出すんだもの」

 

 「アハハ……」

 

 雫の言葉が本当なら、あの痛みを味わったのは俺だけなのか。原因は何なんだ?

 正直あの痛みは二度と味わいたくない。あれは打撲や切り傷とは違う、マッドサイエンティストに人体実験でもされない限り味わうことのない慣れない痛みだ。体の中にあんな規模の異物が入ってくるなんて……いや、実際に何か入ったわけではないが、そんな感覚だったのは間違いない。

っと、そんなことより、看病のお礼言わないと。

 

 「雫、龍太郎、香織。わざわざ看病してくれてありがとう」

 

 「気にしないで。あんなに苦しんでたのに、放っておくなんてできないわ」

 

 「友達(ダチ)が寝込んでんだ。こんくらい当然だぜ」

 

 「私は治癒師だから、患者を看病するのは当然だよ」(本当は南雲君と一緒にいたかったけど)

 

 いつ目覚めるかもわからない俺を三時間も待っていてくれたなんて、俺は本当に最高の友人を持った。

 

 

 

 ……あとで聞いた話だが、治癒師の香織と付き添いの雫は容体を見るためずっと看病していたが、龍太郎は皆と外で喋っていて、少し様子を見に来た五分後に俺が起きたらしい。

 ……超恥ずかしい。なんだよ、最高の友人を持ったって。

このあと俺の龍太郎を見る目が白くなったのは仕方ない。俺は悪くないはずだ。

 

 「治癒師っていうのは、香織の天職かな?字面からして、治療に特化した職業みたいだね。優しくて、香織らしい良い天職だと思うよ」

 

 「ありがとう。光輝君」

 

 「そうだ!天職で思い出したけど、光輝、あんた天職が二つあるらしいわよ。メルド団長もこんなのは初めてで、あんたが気絶したのもそれが原因じゃないか?って」

 

 「すげぇじゃねぇか光輝!考えられねぇくらいすげぇよ!まあ、お前らしいっちゃあらしいけどよ」

 

 「ありがとう。龍太郎。そんなに期待されてるなら、俺も頑張ってそれに応えないとな」

 

 この後、香織に体の調子について聞かれて、四人で他愛もないお喋りを十分程した後、俺のステータスプレートを貰い、三人は部屋を出ていった。

 

 

 

 三人が部屋を出たあと、俺は自分のステータスプレートを見ていた。

 

「魔力は150でそれ以外は100か。でも基準がわからないとこれが強いか弱いか判断が付かないな」

 

 それに、天職だって勇者はなんとなくわかるが、もう一つは想像すらできない。いったい何なんだろう?抑止の守護者(カウンターガーディアン)って。

気絶するわ変な夢を見るわ、この世界に来てから散々な目にあってきてるな、俺。

 

 『確かに判断は付かないが、君は才能もあるようだし、その数字はレベル1にしては強いほうなのではないかね?』

 

 「うわっっ!!!」

 

 い、今の声は!?

 

 『急に声をかけてすまなかったな。いやしかし、この程度のことでそんなに驚くとは、今回の(マスター)、いや、宿主(マスター)はずいぶん臆病なようだな。いやはや、これではせっかくの才能も宝の持ち腐れというものだ』

 

 「いきなり誰もいないのに話しかけられたらそりゃ驚くよ!ていうか、どこから喋ってるんだ?」

 

 『私は君の体の中にいる。君と視界を共有してステータスプレートとやらを見させてもらったが、そこに記されている英霊憑依という技能が原因だろうな』

 

 「英霊?あなたはいったい……?」

 

 『ただの弓兵だよ。呼び名はアーチャー……いや、この状況では、真名の秘匿は何の意味も成さんか。では、良く聞くがいい』

 

 

 

 俺は一生忘れない。この出会いを、この人の真名を、この人の生き様を。この人は、それだけの影響を俺に与えたのだから。

 

 

 

 『英霊エミヤ。それが私の真名だ』

 

 

 

 これが、俺の全てを変える要因となる人物、英霊エミヤとの出会いだった。

 

 

 


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