英霊エミヤ。それがこの人の名前。
「あの、そもそも英霊って何ですか?」
『む、そこからか。まあいい、よく聞け。英霊とは、過去、現在、未来を問わず、ありとあらゆる時代に偉業を成した英雄が死後、英霊の座にその魂が登録された存在のことだ』
「じゃあ、あなたも英雄なんですか!?」
『いや。残念ながら、私は自らの光だけで座に登録された存在ではない。私は守護者だ』
「守護者?」
『守護者とは、死後自分の魂を世界に売り渡すことを条件に、英霊としての力を手に入れた者だ。その役割は、人類の滅亡の阻止。抑止の守護者とも呼ばれているな』
「じゃあ、俺のこのもう一つの天職は……」
『……そうだ。それは間違いなく、君が守護者になる契約を交わしたことにより得たものだろう』
「じゃあ俺は、英霊になって多くの人を、世界を救う力を手に入れたってことですか!?」
『……ああ。…………そうだろうな』
確かに守護者になれば、多くの人間が助かることも、世界を救うこともできるだろう。だが、それは今光輝が思っているような、全てを救う正義の味方などでは断じてない。十人を救うために一人を殺す。百人を救うために十人を殺す。千人を救うために百人を殺す。そうすることによって人類の滅亡を防ぎ、世界を救う。それが守護者の役割だ。
守護者は人など救わない。守護者のやることはただの掃除。それが結果的に多くの人を救うことになっているだけに過ぎない。それは正義の体現者ではあっても、正義の味方ではない。守護者では正義の体現者には成れても、正義の味方には成れない。
エミヤはそれを教えることはできなかった。光輝とその友達の会話を聞いていたが、光輝は衛宮士郎のように破綻していない。信じられないことだが、光輝は十七歳にもなっていまだに性善説を信じ、誰も犠牲にせず全てを救うことができると本気で思い込んでいる、現実を知らない子供なのだ。
そんな子供に自分は理想とは違う正義の体現者となり、多くの人間を殺すことになると、そんな救いのない残酷な現実を教えるほど、エミヤは非情になれなかった。だが、今後の光輝がその力をどんなふうに使うのか、それだけは確認しなければならない。
『君は、その力を何の為に使うつもりだ?』
これはエミヤにとって確認に過ぎない。なぜなら、この未熟な子供は、
「それはもちろん、この世界を救うためですよ」
(やはりそう答えるか)
この答えは予想がついていた。なぜなら、衛宮士郎だった頃の自分も、そう答えていただろうから。
『なぜこの世界を救う?君と友達の会話を聞いて、ある程度君たちの状況は分かっている。異世界から誘拐されて、多種族と戦争しろなんて、断っても大抵の人間が納得するだろう。神を信仰している狂信者以外はな』
「確かにそうです。この世界の人達がやったことは良い事じゃありません。けど、仕方のない部分だってあるから、それは別にいいんです。戦争についてだって、この世界の人たちが困っているのに、それを見捨てるなんてできないし、それに、世界を救う力があるんだったら、そりゃ助けますよ」
『それが、多くの人間を傷つけることになってもか?』
「はい?」
俺は、この人が何を聞いているのかわからなかった。その意味が本気で理解できなかった。だって、世界を救うことが、多くの人間を傷つけることになんてあるはずないのに。
「何言ってるんですか?世界を救うことが多くの人間を傷つけることになるはずないじゃないですか」
『本気で言っているのか?戦争だぞ。戦場では多くの人間同士が争うことになる。魔人族も、人間族も、それぞれが掲げる大義も、何もかも関係なしに多くの人間が傷つき、死んでいく。君は誰も傷つかない戦場があると思うのか?』
「だったら誰も傷つかないように力のある俺たちが魔人族を倒せば……」
『それは、必要なら魔人族を殺すという解釈でいいのだな?おそらく魔人族は、アニメの悪役のような絶対悪の理由で戦場に立っていないと思うぞ』
「そ、そうなんですか?じゃあどうすれば……あ!そうだ、話し合いでなんで人間族を攻撃するのか聞けばいいんですよ。それを解決したら戦争は終わります」
『その交渉に魔人族が応じない可能性は?その理由が解決できない可能性はどうするつもりだ?』
「魔物を全部倒して戦力を削げば交渉に応じてくれるはずです。理由の解決だって何とかなりますよ。俺たちには勇者の力があるんです。その力があればなんだってできます」
『……その理由を解決しても戦うことを望む者がいたらどうするつもりだ?』
「何言ってるんですか?そんな人いるわけないじゃないですか?皆本当は善い人なんですから、理由もなく戦うなんてありえないですよ。大丈夫。
(そういうことか)
エミヤは理解した。なぜ光輝がこんな現実を知らない未熟者になったのかを。光輝は才能がありすぎたのだ。だから大抵のことは何でもできるし、困ったことは解決できる。そうやって他人の困りごとを解決して、その全てを正しいと言われ、褒められ続けたのだろう。
子供は、自分のやっていることが間違いだとしても、それを指摘されないと間違いに気付けない。そして、光輝は才能がありすぎた故に、他人が指摘できるだけの間違いを犯さなかった。そして、指摘されないまま成長し、自分のやることが全て正しいと錯覚してしまった未熟者。それが天之河光輝という人間だ。
(現実を知らない分
『そうか。こちらは、その力を悪のために使わないのなら何も言うことはない。せいぜい努力し、その力を磨きたまえ』
「はい!俺、頑張ります」
エミヤは理解していた。光輝が唯の独善者であるという部分は。
だが、エミヤは気づかなかった。光輝のその思考は破綻こそしていないが、歪んだものではあるという事に。その思考を矯正させるための挫折が、後の光輝の人生に大きな影響を与えることに。
だが、もう選択は為されてしまった。エミヤが少しずつ現実を教えて徐々に改善していく道を選ばなかった時点で、光輝の