南雲が奈落に落ちたあと、取り乱した香織を気絶させ、何とか体勢を立て直し、俺たちは迷宮を脱出した。そして、現在の拠点であるホルアドの町に戻った。
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俺を含めて生徒たちは何もする元気がなく、それぞれの部屋で休んでいた。
「エミヤさん。エミヤさんは確か、俺と五感を共有してるんですよね?」
『いや、五感全てを共有してるわけじゃない。だが、視覚と聴覚は完全に共有している。それがどうかしたのか?』
「じゃあ、エミヤさんも見たんですか?檜山の魔法が南雲に命中しそうになったのを」
『…………ああ。確かに見た』
檜山は横暴な態度は目立つけど根は悪い奴じゃない。魔法だってきっと緊張して誤って暴走した結果偶然南雲に当たりそうになった可能性がある。
……だけど、だけどエミヤさんの力で強化された視力は確かにとらえた。皆の魔法が南雲の頭上を通り過ぎる寸前、どさくさに紛れるように突然檜山の火球が軌道を変えたのを。偶然にしては都合が良すぎる。
何より南雲が落ちた後の檜山の邪悪な笑み。あの笑顔が頭の中にこびり付いて離れない。
「あの魔法が、檜山の誤射によるものという可能性はありますか?」
『いや、ないな。緊張状態による誤射なら、もっと大きく軌道がずれていなければ不自然だ。軌道の変化の仕方、タイミング、これらを全て偶然で片付けるにはいささか問題点が多すぎる。あれは間違いなく南雲君を狙って撃った攻撃だ』
そんな……どうして檜山がそんなことを……。
『今は疲労で頭も働かない。そんな状態で考えても何も進展しないだろう。今はゆっくり休め』
「そうさせて……もらい……ます」
エミヤさんの言う通り疲労がたまっていたのだろう。俺はあっさり眠りに落ちた。
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「問おう。あなたが私の……マスターか?」
尻もちをついた赤毛の少年の前にたたずむ、凛とした雰囲気の金髪の少女騎士。
なんだこの夢は?俺はあの少年のことも、少女のことも知らない。なのになんでこんなにハッキリと夢の中で現れる?
「それは、この夢が私の過去だからだ」
いつの間にか俺の隣には、背の高い褐色肌の赤い騎士が立っていた。この声は……
「まさか、あなたがエミヤさんなんですか?」
「姿を見せるのは初めてだったな。そうだ。ちなみに、そこで呆然と尻もちをついている未熟者は若いころの私だ」
「えええええっっ!?」
いや、嘘だ!だって身長、髪の色、目の色、肌の色、何もかもが違いすぎる。むしろ共通点を探す方が難しい。
「言いたいことはわかるが、今は置いておけ。しかし、サーヴァントがマスターの夢に直接現れるとは……霊核を適合された影響か?」
俺がエミヤさんと衛宮士郎の違いや、エミヤさんの過去を突然見ることになったことに戸惑っていたり、エミヤさんが何やら考察している間に、場面はどんどん進んでいく。
「エミヤさんって、十年前の冬木の大災害の生き残りなんですね。にしてもまさか、俺が知らない間にこんな壮大な戦いが行われていたなんて。冬木市ってかなり家から近いのに」
「魔術協会と聖堂教会が共同で隠蔽していたからな。一般人には分からないだろう。それで、君は私の行動を見てどう思った?」
行動とは、自己犠牲のことだろうか?それは……
「素晴らしいと思います。自分の身を
「……それが、人として破綻しているとしてもか?」
「はい!むしろ憧れます!俺はあなたみたいになりたいです」
この人の過去を見て実感した。俺はどうしようもないほど正義の味方に憧れてしまっている。この人が例えどれほど人として破綻していても、この人は俺の理想だ。自己犠牲、それこそが俺が目指す在り方なんだ。命を賭けて多くの人々を救う。まだ未熟な自分には無理だけど、いつかきっとこの人と同じ位置にたどり着いて見せる。
(違うんだ光輝。俺は君が憧れるほど偉大な人物じゃない。俺はただ、決して叶わない借り物の理想に向かって突き進むことしかできなかった愚者でしかないんだ。そのために多くの人を犠牲にしても止まれなかった。君は俺を目指すべきじゃない)
だが、口で言っても光輝は理解しないだろう。なので、エミヤは一度流れに任せて、自分が人を殺した場面になったところで、正義の味方がどういった存在なのかを叩き込むことにした。
聖杯戦争の終盤。俺は信じられないものを見た。人の不幸を嗤い、人の死を嗤い、それらを愉悦と言い切り、己を絶対悪と定め、人の悪性を全面的に肯定する神父の存在を。
「そんな……こんな人間が存在するはずがない!人はみんな善の心を持ってる。絶対悪なんて存在しないんだ!」
「いいや、この神父は紛れもない絶対悪。生まれ落ちた時から悪にしかなれなかった破綻者だ」
そんな……悪の存在が本当にあるなら、あの時の檜山の顔は、そういうことなのか?檜山は根はいい奴じゃなく、悪人なのか?そんな馬鹿な!
「信じられないだろうが、ああいう存在は現実にこの世にいるのだ。人を傷つけるたびに笑顔になるような奴を、悪という言葉以外にどう表現する?」
この言葉を聞いて、俺の中にある人間はそうそう悪い事はしないという価値観は、完全に打ち砕かれた。今まで生きてきた人生の中で最も大きな衝撃だった。これ以上ないと思うほどに。
だが、俺はこの後すぐにこれ以上の衝撃に打ちのめされることになる。
聖杯戦争終了後、エミヤさんは遠坂さんのもとで魔術を習った後世界を
楽しみだった。憧れに人がどんなふうに人を救うのか。
血の滲むような努力で鍛えた双剣技術で敵を倒すのか、それとも卓越した弓で倒すのか、それとも魔術を利用して災害救助でもするのか。
違った。どれでもなかった。エミヤさんがしたことは、英雄のような華々しい活躍じゃなかった。
殺した。
「え?」
男を殺した。女を殺した。老人を殺した。子供を殺した。一人殺した。十人殺した。百人殺した。千人殺した。
殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した
死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死
年齢も、性格も、掲げる大義も、善も、悪も、関係なかった。ただ、数が多い方を救って、少ない方は殺していった。
「どうして!?どうして殺したんですか!?優しい人もいた、子供もいた、死ぬべき人じゃなかった。なのにどうして!?」
「全てを救うことはできない。だから少数を犠牲にした。より多くを救うため、幸福の席から外れた人間を切り捨てた。個より全を取り、味方した側しか救わない。それが正義だ。君が信じたものだ。何も矛盾していない」
「違う!何かあるはずだ!全てを救う方法が!少なくとも、こんな殺人行為は正義じゃない!!!」
「なら教えてくれ。どう救うのか。君ならどうするのか」
「どうって……」
あれ?どうすればいい?殺さずにどう戦争を終わらせればいい?殺さずにどう病気の感染を防げばいい?殺すしかない?それが正義なのか違う違う違う!そんなはずがあるか!
「それが正義なら、俺が今まで信じた正義はいったい何なんだ!?」
「幻想だよ」
即答だった。まるで初めから用意していたような、それほどの速さで答えられた。
「幻……想……?」
「そうだ。全てを救えると、正義の味方は存在すると、そんなものが存在しないことすら知らない無知な子供が抱く夢。それが君が信じた正義だ」
「そんなはず……」
「あるんだよ。見ればわかるだろう?」
こうして会話している間にも場面は進み、ついに聖杯に汚染された後輩をエミヤさんが殺すところまで進んだ。誰よりもエミヤさんを愛していた少女を。エミヤさん自身大切に思っていた少女を、その手にかけた。
そしてその数年後、仲間の裏切りによって処刑台で殺された。
「あなたは……いったい何がしたかったんだ!?大切な人を自分の手で殺して、自分が救いたいはずだった人を殺して、そうまでしていったい何が欲しかったんだ!?」
「……………」
エミヤさんは数秒考えたあと、独り言のように語り出した。
「俺は、憧れの人との約束を守りたかった。憧れたモノになりたかった」
「!」
俺は、ステータスを発現して気絶した後見た夢を思い出した。
「俺が代わりになってやるよ。まかせろって、爺さんの夢は―――」
「そうか。ああ―――安心した」
まさか、そんな子供の頃の約束をずっと……!?
「火災で記憶を失い、空っぽだった俺には、爺さんとの約束しかなかったんだ。正義の味方になるという、借り物の理想しかなかったんだ。それに向かって突き進むことが、衛宮士郎の全てだったんだ」
エミヤさんのしてきたことは、どんな理由があろうと、許されることじゃない。だけど、エミヤさんのしてきたことが、それでも人を救ったのは事実なんだ。
頑張って頑張って、血の滲むような努力をして、全てを救おうとあがき続け、誰かのために戦い続けた。
だけど、その努力と想いは報われることはなく、助けようとした誰かに殺された。
もしも少数を犠牲にすることが正義なら、その少数に大切な人がいたらそれでも殺すのが正義なら、そうまでしたのにその献身も想いも努力も報われないのなら、俺が今まで信じた正義が幻想なら………………
…………その幻想を信じて今まで生きてきた俺は、一体これからどうすればいいのだろう。