「それまでの親父は、慈善事業にもよく手を出す、業界2位のシェアを持つ会社の社長として、マスコミにもよく取り上げられていたよな、業績も順調だった。…そこで、母さんが死んだ。途端に業績は伸び悩み、経営は傾いた。そこからだ。親父は利潤追求を目指すようになった。会社は立て直された。そして、肥大を始めた。恐ろしい勢いだった。たった数年で売り上げを3倍に伸ばしたんだからな。誰もが驚愕したさ。」秀治は誇らしげに聞いていた。
「業界のシェアもNo.1になった。」ふむ、と秀治は頷いた。
「国を代表する企業、とまで言われるようになったな。」ああそうだ、と秀治は少しふんぞり返った。
秀治はもう、浩希が何を言いたいか、分かっていた。浩希の話の展開の仕方も。これまで何度もしてきた親子ゲンカだ。しかしなんだかいつもと違う。
「親父は変わっちまった。顔も、体も、生き方も。…以前はそこまで痩せてはいなかったよな。口数もめっきり少なくなった。皮膚は青白いし、白髪も増えた。それのどこが幸せなんだ?親父。」
「母さんが生きてた頃のことを思い出してくれ。『人が1番幸せを感じるのは、他人の笑顔を見る時だ。』そういってただろ?親父!」浩希はまくしたてた。
ああ。そんなことも言ったっけ。歯噛みしながら、秀治は思った。
まったく。俺の息子は、俺の罪悪感を刺激してくれる。これまでは仕方ないと割り切っていたものを。
再び沈黙が訪れた。やはり数秒の。
「人間は、変わってしまうんだよ。」そういうと秀治は「今日はもう帰れ。」と浩希を促した。
浩希は再び厳しい顔に戻り、立ち上がった。
「最後に一つだけ、聞いてもいいか。」足を止めて振り返り、浩希は言った。
「改ざんに、賄賂に、不倫。親父は本当にやったのか?」静かに浩希は言った。かすかに声が震えた。
「…ああ、やった。」息を吐くように、秀治は答えた。
「私が命令して書き換えさせた。衆議院議員のアイツに700万の賄賂を送った。モデルの彼女と夜を過ごした。もちろん細心の注意を払ってだ。だから写真は1枚もとられていない。」一言一言、確かめるように親父は続けた。
「私は刑務所には入りたくない。積み上げてきたものが、刑期の間に、知らぬ間に崩れていきそうだからだ。もう一度言う。私は、刑務所に、入りたくないんだ。」そういうと、秀治は少し、すっきりした顔をした。
「だから帰れ。…もう来ないでくれ。」懇願するように言って、秀治は椅子に背中をもたせた。
「でも罪は償ってもらわないと困るんだよ。」浩希は呟いた。
「誰が困るというんだ!?」突然、口調を変えた秀治は、問い詰めるように言い放った。
「それは」「誰も困らないさ!私の悪評は忘れ去られ、マスコミは金を得る!いい展開だ!ハッピーエンドだ!」声のトーンを上げて狂いまわる秀治を、浩希は冷ややかに見つめた。黒スーツの男たちも驚きを隠せない中、浩希だけが一人、孤立しているようだった。
「それは、あんただよ!親父。」浩希は秀治を指差していった。秀治は動きを止めた。
「覚えてるか?『悪いことは今のうちに直しておかないとクセになる。だから親は子供を叱る必要がある。』って。『世の中は利害関係だけではできてない。金では解決できないこともある。』って。全部、あんたが言った言葉…。」
「黙れ!!」秀治は叫んだ。残る全員が硬直した。秀治は肩で息をしながら、浩希を睨み続けていた。
親父は変わってしまったな、と浩希は思った。秀治が叫ぶのを見たのは今日が初めてだ。
もう、いくら話しても無駄だ。浩希は最終手段に出た。
「なあ親父。」「今の会話が、すべて録音されてるとしたら、どうする?」浩希はさらりと言った。
秀治は、絶句するしかなかった。浩希はただの親子ゲンカをしに来たのではなかった。文字通り“最後”の“説得”をするために来たのだ。
「また来たのか」から「黙れ」まで、今日言ったすべての言葉が脳内を駆け巡った。そこには確かに、聞かれてはならない言葉があった。「自分は改ざん、賄賂、不倫をやった」と。
秀治は目を見開いて、空中を見つめて、ゆっくりと言った。どうにかして奪い取るしか道はない。
「そんなものは、おいて行ってもらわないと、困るなあ。」黒スーツの男達がじりじりと浩希に近づいてきた。
私/親父は変わってしまったな。以前なら、こんな顔はしなかった。もっと、よく笑っていたような気がする。
やっぱり家内/母さんがいたおかげなのか。いや、そんなことを考えるのはやめよう。死んだ人は戻らない。
今日、私/俺は強硬手段に出ざるを得なかった。もっと平和的にできたかもしれないが…。でも、仕方がない。全ては…
親父/状況を変えるためなんだ。
「やれ。」私たちはもう、終わりだ。黒スーツの取り巻きが浩希に襲いかかった。
終わりにして、たまるか。
「動くな。」低い声。恐怖の言葉。右手に握られた拳銃。部屋のすべてが一瞬にして凍りついた。
一回転して黒スーツたちを下がらせて、浩希は秀治に拳銃を向けた。秀治の額に冷や汗がにじんだ。
「おい、あんたら。」秀治に拳銃を受けたまま、浩希は振り返り、懐から小ビンを取り出した。ビンの中で、琥珀色の液体が揺れた。
「これは気化性の毒薬だ。これを開けたら最後、全員死亡だ。間違っても俺を邪魔しようなんて、…考えないことだな。」そう言って、浩希は秀治の正面に座った。
「さて、ようやくゆっくり話ができるな。」「…何が欲しい?金か?会社での地位か?それとも…。」「黙れ。」
恐怖は人を饒舌にさせる。