「ずっと俺はあんたを変えようとして、…頑張ってきた。でも、あんたは少しも、変わってくれないな。」浩希は悲しく、微笑んだ。
秀治の良心が、秀治の心を串刺しにした。衝撃。無力感。罪悪感。喜び。悲しみ。安堵。倦怠。
「いっそあんたを殺してしまおうかとも思った。」浩希は天井を見上げた。座ったまま、両手を後ろについた。
「いろんなものを用意したんだぜ。ほら、こんなものまで。」そう言いながら、浩希はジャケットの内ポケットに手を入れた。
途端にナイフをつかんだ手が現れた。秀治は体をこわばらせた。浩希はそれを横に置いて、さらにジャケットをまさぐった。「まだあるよ。」
ナイフ3本。拳銃2丁。注射器2本。吹き矢。アイスピック。毒のビン2本。手榴弾。
「…私を殺すのか。」半ば諦めたように、秀治は言った。
「殺さないよ。親父には生きて、罪をつぐなってもらう。」浩希は答えた。
「あんたはまだ45だろ。数年間刑務所に入ったとこらで、会社は十分立て直せる。今以上の大企業だって、作り直せるさ。あんたならな。」自信に満ちた顔で、浩希は笑った。
「ど、どうしてお前はそんなことを…。」秀治はうめいた。浩希は何か言いたそうにしたが、秀治の顔を見て、黙った。
「これだけの…凶器を、持っていれば……おまえ自身だって……捕まる…かも、しれないんだぞ…。それなのに、どうして…。」全く訳が分からないというふうに、秀治は頭をかきむしった。
「それはな、親父。」浩希は優しく、「俺が、あんたの息子だからだ。」言って、少しおどけて見せた。
「すべての息子がこう、ってわけじゃないけどな。でも俺はそうなんだ。」
「いつも、気が付くと、親父のことばかり考えてる。親父を目にするたびに、少し痩せたな、とかちゃんと睡眠はとってるか、とか考えてしまうんだ。」
「だから今度テレビであんたを見たときに思った。このままじゃ親父はダメになる。だから俺はあんたを変えようとしてきた。今までずっとな。でも、人を変えるって難しい。なかなか変わってくれないからな。」
「俺は焦った。このままじゃ親父が本当にダメになってしまうんじゃないかって、心配だった。時間がない、と思った。それで俺は最終手段に出ることにした。」
秀治は考えていた。
お前は本当に、私達の息子なんだな。突飛な発想や、心配性な所は母親譲り。根回しがうまい所や、理論的な所は私譲りだ。でもどちらかといえば、お前は母親似だ。顔立ちや髪の色、瞳の色。死んでしまった母親に生き写しだ。それに、いつも私のことを考えていてくれる。これは今の妻もそうだが。ああ、お前は本当に、母親そっくり…。
「!」稲妻のようなものが秀治の体を駆け抜けた。ある恐ろしい予感が、浮かび上がってきた。
恐る恐る秀治は、浩希に尋ねた。「お前…まさか…。」
「…バレちゃったか。」浩希はもの悲しげに微笑んだ。しかしすぐ真剣な顔に戻った。
浩希は立ち上がった。服を脱ぎ捨て、上半身裸になった。「ああ…。」秀治は息を吐き、手で顔を覆った。
細身の体に、ダイナマイトがきつく縛りつけられていた。
『私は、あなたのためなら死ねます。』家内の言葉が秀治の脳裏によみがえった。鮮やかに、怖れをともなって。
死んだ母親は、息子の中でまだ生き続けていたのだ。
「せめて、そいつらは逃がしてやってくれ。」秀治は黒スーツ達を指さして言った。浩希は表情を変えない。
「死ぬのは俺だけだ。」静かに浩希は言った。秀治の背筋に寒気が走った。「や、やめ…」
「なあ親父。」秀治の言葉をさえぎって、浩希は呟いた。秀治は黙った。
「『人を変えるには、どうすればいいか』、覚えてるか?」「…『何らかの衝撃を、その人物に与えること。』」早口に秀治は答えた。
「そういうことだ。では、『人に最も衝撃を与えるものって、何だと思う?』」秀治は答えなかった。そんな話はこれまで1度もしたことがない。
「『死だよ。人の死。正確には、自分と近い、他人の死だ。』」
ああそうか。これは私や家内の言葉じゃない、こいつ自身の言葉なんだ。秀治は思った。
「母さんが死んでから、あんたは変わった。そして、このままじゃあんたはダメになる。俺はあんたを変えたい。」
浩希はライターを取り出し、火をつけた。途端に火柱が上がった。赤い炎が天井を焦がし始めた。
「おいそこのボディーガード!親父を連れて行け。俺はこれから爆発する。30m四方は吹っ飛ぶだろうな。その前に親父を安全な場所に連れて行ってくれ。早く!」浩希は言った。2人の黒スーツが飛んできて、秀治の両脇についた。
「さあ、行きましょう。」
「…嫌だ。」
「え?」
「やめろ。やめてくれ。死ぬな。…頼む。死なないでくれ!浩希!」
「…親父。生きてくれ。どこに行っても堂々と、胸を張って歩けるように。」
「やめてくれ、死なないでくれえぇぇぇ…。」
さらに集まった黒スーツにかつぎ上げられて、秀治は出ていった。それを見ながら浩希は、泣いた。
押さえられなかった。火がまわるのも気にせず泣いた。ひとしきり泣いた後、浩希はついに導火線に火をつけた。
ちりちりと燃えるそれらを確認して、浩希は何もない天井を見上げた。
「親父。…母さん。」
すさまじい爆音とともに屋敷の中央の屋根が吹き飛んだ。
正面玄関に集まっていた報道陣は騒然として、降り注ぐ屋根の破片やもうもうと上がる黒煙を写真に収めた。
家政婦たちは驚きつつも昼食の支度を再開。
秀治は膝をつき、ただ空高く上る黒煙の行方を追うだけだった。「浩希、浩希、…っ。」
*
「いやぁまさか、泣きながら謝罪するとはねえ。あの社長が。」「言い訳じみた感じも一切見せませんでしたしね。やっぱり何かあったんですかね。」
「お?そう思う?そう思っちゃう?」「何ですかその含み笑いは。」
「明日からあの社長の側近に取材だ。全員回るぞ。」「うわ、まじですか。…まあいいです。ついていきますよ。」
「よしよし。それがお前の良い所だ。準備しておけよ。」「はぁ…。」
こうしてそれは、世に知られることになった。
世界中のメディアがこの事件をワイドショーで取り上げ、誰もが出所後の相場秀治に期待を寄せた。
5年後、刑期を終えた秀治は会社の方針を発表。世界中から支援金や寄付金が殺到した。
秀治はそれを元手に地球規模の大事業を推し進め、会社は飛躍的に発展。
わずか4年で、会社は世界一の売り上げを叩き出した。
*
これでいいんだ。これで…。
Fin.