ヒーロー『デク』 作:ジョン・スミス
別にタルタロスに収監されているわけではないので安心してください。
早く出てきませんかね、あの方は。
「出久!? どう、だった………??」
「………母さん。うん。合格、してた」
「っっっ!!!!! 夢じゃ、ないのよねっ!?」
「うん、うんっ………!!」
「っおめでとう出久………! おめでとう―――!!」
抱きしめられて。自分の事のように喜んでもらえて。
………僕はその日、個性の話を母さんにした。
『個性を持たせて生んであげられなかった』
そんな罪悪感が心労になっていたのだろう。ヒーローになることを諦められなかった僕の姿を見て、そんな想いを持っていたはずだった。
母さんは多くは言わなかった。でもそれは見て取れた。
「っ………よかったっ………よかったぁ………」
ただ「よかった」と繰り返し言って。
―――あの日、僕に個性が無いとわかった時のように。泣きながら僕を抱き寄せて、頭を撫でて。
□-□-□
「実技総合成績出ました!」
表示された『1』の数字の横には彼の名前がある。
「オールマイトの再来、ねぇ」
「確かに、あれは目を見張るものがあった」
「YEAH! って言い続けてたからな―――」
皆が驚くのは無理もない。………しかし入試の様子を見ていて正直、あの場で一番驚いていたのは自分だ。
合格は疑っていなかった。だが、苦戦はするだろう、というのがOFAを譲渡した時の予想だった。最後の0ptヴィランをぶっ飛ばすのが精々だろうと。
当日見た様子にまさかとは思ったが、あそこまで動けるとは思いもしなかった。
師匠たちに「身体を動かすことに関しては才能がある」と散々言われていた自分とくらべても、あれは異常だった。
「2位の少年と大差をつけてか。………いや、まあ2位の子も後半で多くが鈍る中、派手な個性で敵を惹きつけてptを稼ぎ続けた。タフネスの塊だ」
「それもレスキューptは0でヴィランptだけときた。純粋な継戦能力でいえば彼に軍配が上がるだろう」
「しかし1位の彼は………」
ヴィランpt一位の、ヘドロ事件の時の少年に迫る勢いでのpt獲得数。あれは爆破という個性が試験内容と個性の相性が良かったからこそ。
緑谷少年の使ったOFAは言ってしまえば世で語られるように増強系の個性で、よほどの運と実力がないとあのpt数は無理だ。
指導らしい指導ができるのだろうか、と弱音を吐いてしまいそうだった。
「YEAH!って言っちゃってたしなあ―――」
マイクくん、ちょっと今それ無くなった筈の胃に響く。
□-□-□
衝撃の合格通知の届いた翌日、夜8:00の海浜公園。
待ち望んだ電話を受けて僕はそこに。
海を臨む後ろ姿に叫ぶ。
「オールマイトォ!!」
「誰ソレ!!!(喀血)」
「オールマイト!?」「うっそ!? ドコ!?」
東屋の方から聞こえる男女の声にハッとする。
「Repeat after me 人違いでした………!!」
「人違いでしたぁ!!」
顔にかかりそうなオールマイトの血の量に僕の血の気が引きそうになる。当の本人はすっかり慣れた様子だが、こんなの慣れそうにないです、オールマイト。
―――すっかりキレイになった多古場海浜公園は地元の地方紙にデートスポットとして紹介されるほどにまでなってしまった。なんとか誤魔化せたようでほっとする。けれど自分の迂闊さは反省だ。
僕と同じように胸をなでおろしたオールマイトは染みの残るハンカチで口元を拭う。
「改めて。合格おめでとう緑谷少年!」
「っ! はいっ!」
向けられた掌にハイタッチ。何度目かになる、合格したんだという喜びがこみ上げて頬が緩む。
「いや、合格できるとは思っていたんだが。まさか正直主席合格だなんてことになるとは思わなかったよ。無茶を言ってしまったかなと気にしていたんだがね」
「そんな、いえ………確かにやり難さみたいなものはありましたけど、でも引き継いだ
「………緑谷少年。いや、私は君に謝らなければならない。君には力がある。それを真っ当に評価される機会を奪ったのだから」
「そう、なんでしょうか」
首をかしげる僕に「悪いことをしたね」と謝罪を口にしたオールマイト。確かに、もっと楽に試験はこなせたかもしれない。けどオールマイトが言ったことは何か意図があってのことだと、今では思ってる。
それに、OFAを使いこなせるようにならなきゃいけないのは事実だ。
「―――ああ、それと。一応言っとくけど学校側には君との接点は話してなかったぞ。君そういうのズルだとかで気にするタイプだろ」
「お気遣いありがとうございます………」
流石オールマイト、よくわかってる。………いや、わかりやすいもんな僕。
沢山話しておきたいことはあるけど、一番はあれだ。
「オールマイトが雄英の先生だなんて驚いちゃいました。だからこっちに来てたんですね………だってオールマイトの事務所は東京都港区六本木6-12-「やめなさい」
呆れられてしまう。すみませんオールマイト。
「学校側から発表されるまで他言は出来なかったからね。後継を探していた折に雄英側から
―――『元々後継は探していたのだ』
ヘドロ事件のあったあの日の言葉を思い出す。
本当は生徒の中から選ぶ予定だったんだ。僕みたいに本来の持ち主には一歩劣る『無個性』なんかじゃない、若き実力者たちから―――
「『ワン・フォー・オール』………オールマイトのような力で使えば一振り、二振りで体が壊れました。僕にはてんで、扱いきれない………」
「それは仕方ない。突如尻尾の生えた人間に『芸みせて』と言っても操る事すらままならんって話だよ。例えるなら、尻尾だけで逆立ちしろと言っているようなものさ」
「はぁ………」
「まァ、君は0か100のどっちかしか出来ない―――なあんてことは無かった! 採点していない、とは言っても試験の様子は見ていたからね」
「………」
雄英の教師になる話を聞いて薄々勘付いてはいたけど、『他の個性を使ったらわかる』ってそういう事だったわけか。
「そう、気負うことは無い! 器を鍛えれば鍛える程、力は自在に動かせる―――」
手にしていたスチール缶に入ったお茶を飲み切ったオールマイト。
「こんな風にね!!」
そう言ってマッスルフォームに変わり、空き缶はぺしゃんこにされた。
「まあ、元々君には個性がある。焦って使えるようにならなくても「待ってアレ、オールマイト!?」「何時の間に!?」やっべ!」
流石にマッスルフォームの姿を見られたら誤魔化しようが無い。
ざっざ、と砂浜を早足で歩いていくオールマイトに僕も続く。
聖火の如く―――譲渡した火はまだ火種。これから多くの雨風に晒され大きくなっていく。
そしてこっちはゆっくりと衰え消え入り役目を終える………。
「ううん、シブいね!!」
「???」
急な独り言に少し首を傾げた。
□-□-□
職員室に呼び出されて以降、感情を表に出さないようにするのがやっとだった。
『ウチの中学から雄英進学者が二人も出るとは!』
『特に緑谷は奇跡中の奇跡だなあ!』
爆豪勝己は冷静にキレていた。
隣にいた緑谷出久に言葉少なに着いてくるように言い、彼を連れ立って爆豪は場所を校舎裏に移した。
「どんな汚え手使やあ
「っ―――」
「史上初! 唯一の雄英進学者!! 俺の将来設計が早速ズタボロだよ! ―――他行けっつったろーが!!」
合格が取り消しになるかもしれない。あくまで胸倉を掴むだけ………爆豪はそのつもりだった。
「か、かっちゃん。手、離してよ。………久しぶりに、ちゃんと、話そう」
「ああ!? ―――ってめ!?」
ガシッ
声は震えていた。ただし、壊れ物を扱うような爆豪の手を掴む力は万力のようで、びくりとも動かない。
「この体勢でもいい、けど。………僕もう、ただの無個性のナードじゃないんだ」
「―――どういうこったそりゃよお? おいデクゥ………てめえは生まれつき個性が
「うん。僕もそう、思ってた。………でも2年の終わりに僕にも出たんだ、個性が」
遅咲きの個性。話には聞いたことがあった。複雑すぎる個性の発動条件が、無個性と思わせてきてしまう事がある。それは知識としてある。
しかし、目の前のナードが。道端の小石にしか思っていなかった存在がそれに該当する、という事実を。納得できない。
「はっ、大した個性でもねえ癖に「僕の個性は『学習』。人の個性を覚えて使うことが出来る」―――はァ?」
どろりとした粘性の液体。―――忘れもしないあの事件の時に嫌というほど喰らった個性。ヘドロと形容するのが相応しい液体に変わっていく腕を見て、爆豪の背筋が凍り付く。あれはそれなりに傷跡を残された事件だった。
掴んでいる胸倉を離して後ずさる。幸いにもガッチリとつかまれていた腕は離されて、すんなりと距離をとれた。
「ご、ごめん。驚かせた………。でも、あの事件のヴィランの個性なら覚えてると思って。それに―――」
ボッ
聞きなれた音が、自分以外の掌から熱と発光と衝撃が。
爆豪の開いた口は塞がらない。
どうして、何故、どうやって。混乱は止むことなく。
目に焼き付いた場景を夢でない、とだけ認識するので精いっぱいだった。
気が付けば爆豪は脱力して、家の自室の椅子に腰かけていた。
緑谷があの後何か言っていたような気がしたが、何一つ内容は入ってきていない。
この『爆破』の個性は自分だけの個性。自分だけの特別な力。自分は恵まれている天才。
………だと思っていた。でも違った。
傑物揃う雄英に行けば、そりゃあもっと強い個性を持った奴らはいるかもしれないと思っていた。しかし、そんな中でも埋もれる訳がねえ。そんな覚悟で爆豪は雄英を受けたのだ。
緑谷は眼中に無かった。道端の石ころだと思っていた。意識せずとも蹴飛ばせる程度の小石だと。
なまじ爆豪は頭がいい。クソナード程ではないにせよ、ヒーローの知識がある。―――爆豪も自らの個性がどこまでできるだろうかと研究するほどにヒーローになるためには必死だ。実践できてないだけで、必殺技も10や20は考えている。
だから。
他人の個性を自分の個性として使えることに、どれだけの優位性があるのか。どれだけ強力な個性なのか。あの一瞬、垣間見ただけでもわかってしまった。
「畜生」
―――あいつは嘲笑っていたのだろうか。クラスメイトも俺も、馬鹿にして貶していた間ずっと。
………………。
………。
そう思うと腹が立ってきた。
「クソが!!」
殴らねえと気が済まない。そう思った爆豪の行動は早く。
凡人ならばとっくに忘れ去っているだろう、昔の記憶を頼りに携帯電話から固定電話へと電話する。