ヒーロー『デク』 作:ジョン・スミス
結構な難産でございまして。ひり出すのに時間がかかってしまったよ。申し訳ないね。
今日、かっちゃんに自分の個性のことを話すことができた。ビビっちゃって吃ってたけど、それでも伝えるべきことは伝えれたと思う。
「勝己君から電話よー」
「………? ………。―――えええええええ!?!?」
カツキクンって誰だ、と一瞬分からなかった。かっちゃんだ。何年ぶりだ、家に電話かかってくるの!?
「はい。それにしても随分久しぶりじゃないの? 遊ばなくなって以来じゃない?」
「あ、あはははは………」
かっちゃんに虐められていたことは、母さんには話していない。無用な心配を掛けたくは無かったというのもあるけど。母さんだけじゃなく、身の回りの大人に言うのだけはなんとなく嫌だった。
でも、怖い。なんだろ、こんな時間に。ロクでもないことだって簡単に予想できる。保留を解除するのが、こんなにも躊躇することだなんて思いもしなかった。
ええい、勇気出せよ緑谷少年!! ―――心の中のオールマイトに叱咤されて、保留を解除した。
「………もしもし」
『………。デクか』
「う、うん。どうしたのかっちゃ『多古場海浜公園に来い、今すぐ』
用件をそれだけ言うと電話は切られる。
受話器越しに、声の調子から機嫌が悪いことはすぐにわかった。切れる瞬間、舌打ちのような音も聞こえたから相当機嫌が悪いのだろう。予想してた通りだ。これは絶対ロクでもない。
「どうしたの、出久」
「………ちょっと出てくるよ。かっちゃんがなんか直接話をしたいみたいで」
「そうなの。気を付けてね」
「うん。―――行ってきます」
理由は話せないまま家を出た。
多古場海浜公園。なんでみんなあそこ好きなんだろう。そんなこと考えてみて、近所にいい感じの広場が無いのを思い出した。小ちゃいころは近所の公園でも良かったんだろうけど、高校生や大人が集まって何かするにはあの辺りは手狭だ。
ゴミ捨て場だった公園も今じゃ立派な観光スポット。だけどこの時期、この時間。寒暖差による肌寒さが気になる浜辺の深夜は人が少ない。都合が良いんだ。きっと。
着いた先で、かっちゃんは海を背にして待っていた。
「よぉ、デク」
「かっちゃ―――ひっ」
あぶなっ!? 少し肌寒さのある海風が一瞬にして熱風に変わる。掌をこちらに向けて、個性を使った。その怒りの具合はハッキリとわかる。でも、目前で迸った爆炎は流石と言うべきもので、当たることは無かった。
「お前は俺より上か。なぁ、おい」
「そんな、上か下かなんて………」
「俺とお前が対等なわけねえだろ」
かっちゃんはらしくないことに静かだ。声が震えるのは僕だ。まったくもって僕らしい。
「デク。てめェ、個性がツエーからって、俺を見下してんじゃねえぞ、なぁ、おい………!!」
「そんなこと………」
「―――見下してたんだろがよぉ!! 俺や! クラスの奴らを!!」
BOOM‼ BOOM‼
両手から爆発が滾る。今分かった。かっちゃんの怒りは不発弾みたいなものだったんだ。いつ爆発してもおかしくなかった!
迫ってくる右手と爆炎―――やられるッ!
「個性使えや、クソデク―――!!」
………個性というものについて、物心ついてからの僕の人生で考えない時は片時も無かった。それはきっと他の人に取っても同じだ。
誰かを語る時、ヒーローを称える時。そして誰かを嘲笑い、貶め、優越感に浸る時。
必ず、それは持ち出される。誰もが持って当然のものであり、その点で言えば、千差万別であり共通の話題となった。
個性とはそもそも非日常。それこそアメコミの主人公が持ってるような特別なものだった。
その特殊な能力が、特殊でなくなり。腕っぷしの強さ、足の速さなんかの違いと大差ないものになっていく。誰もが特別な能力を持ってしまえば、それはもう特別でも特殊でもない。………だから、個性。多くの人にとってそれは超能力でもなんでもない。
「話し合おう、かっちゃん。今日、学校でも言ったけど。………未だに無個性だよ、僕は」
「ァアアあ!!? 話し合うだあ? ざけんじゃねーぞ!!」
無個性の僕は欲して止まなかった。個性という名の超能力。でも、今じゃそれは僕にとって個性ですらなくなった。超能力でも、特殊能力でも。ちょっと学べば使える技術みたいなもの。数学の公式だとか、英語の文法だとか。あるいは跳び箱の飛び方みたいなものだ。
「使えるんだ。キミの『爆破』も。ヴィランの『ヘドロ』も。あの人の力は、特別なものだけど、それ以外の大体は使えるんだ」
「チッ! あんときのヘドロか!」
全身をヘドロに変えてしまえば、かっちゃんの攻撃の一切は僕に通用しなくなった。腕をヘドロで捕える。………あんなに怖かったかっちゃんの個性も、今は全然怖くない。いや、顔は怖いけど。
「個性。自分だけの力。そんな力は僕には無いんだよ。かっちゃんの『爆破』は覚えた。一番身近にあった個性だったから。ヘドロヴィランの個性も覚えた。キミも僕も殺されそうになるくらい強い個性だったから。ヒーローの個性も、ヴィランの個性も。クラスメイトや家族の個性も。君が爆破したあのノートに書いてあった人達の個性は全部使える。………将来使える個性だと思ったから」
「何ブツブツ言ってやがる! いい加減その汚ェヘドロ解きやがれッ!!」
「でも、僕自身の個性じゃないんだ。力でしかない。本来の持ち主よりも、よっぽど使いづらい。結局は返せない、借り物なんだよ」
「ゴタゴタ言ってんじゃねーぞ! ぶっ殺す!」
「だから顔コワ―――いいよ、離すよっ!!」
ヘドロの中に手を突っ込まれたままだとどうなるかわからない。海の方へと放り投げて『ヘドロ』を解除した。宙を舞うかっちゃんは掌からの爆発で勢いを殺し、危なげなく砂浜に降りる。やっぱり天才だ。空で姿勢を維持するのにどれだけ時間がかかったことか。
「………やっぱり、かっちゃんは天才だ」
「あア? それは―――馬鹿にしてんのか、デク。ったりめーのこと言ってんじゃねーぞッ!」
「ちが、………本当にそう思ってるんだ。僕なんか君には到底及ばない。でも、こうして君の個性やあのヴィランの個性、いろんな人の個性を使えるようになって思ったことがあるんだ」
BOOM‼とかっちゃんは『爆破』を全開にして飛び掛かってくる。顔は険しいままだ。
「謝っても遅いけど、かっちゃんの個性使って、―――っヴィジランテしてた!!」
「もう気付いとるわ! テメーしか居ねーだろーがア!!」
受け流す。表面を『ヘドロ』で覆った腕で、『爆破』とその腕を滑らせ躱す。
一際大きい『爆破』。反動で戻っていった腕が―――凶器が。僕の顔めがけて飛んでくる。
ヴィランとヒーロー。一皮めくれば、それは超常の形をした暴力でしかない。
「ヒーローも、ヴィランも! そこに義勇の心がなかったら! 変わらないんだ!!」
「ちぃッ!」
―――『視力向上』、『反射強化』、『ゴム』化。普段使いしない、持て余してしまう
「僕はかっちゃんと同じだ!!」
「俺とお前が同じなわけねーだろが!!」
「いいや、君と同じだ! ―――僕はヒーローになるんだ!! なれるって言ってくれた!! だから―――!」
腕を『ヘドロ』に変えて腕を掴む。かっちゃんの戸惑いはたったの一瞬だった。直ぐ目つきを鋭くさせ、ヘドロの中に入った両手から盛大な『爆破』を起こす。本来の『ヘドロ』なら一撃で吹き飛ぶような今までで一番の威力。市街地で打てば大火災間違いなしの大爆破。―――しかし『ゴム』の個性でより強い粘性を帯びた『ヘドロ』は一瞬膨らむだけでその威力の衝撃を耐えた。
かっちゃんの『爆破』の個性は強力だ。それだけに相応の反動があることを、僕は知ってる。最大火力が生じさせる痛みに顔をしかめて硬直した隙は―――逃さない。
「かはっ―――!?」
ぐるりとかっちゃんの腕を持ったまま振り回し、砂の上へと叩きつけた。
ヴィジランテをして、オールマイトに出会って。この想いは決意へ。そして確信へ変わった。
ヴィランが己のしたいことをするというなら。したいようにするというなら。―――僕もしたいようにする。したいことをする。
「ヒーローになるよ! かっちゃん!」
―――君も、僕もそれは変わらない。………それだけは昔から変わらなかった。
□-□-□
走馬燈。いや、夢だ。夢を見ている。
―――すごいやかっちゃん!
古い記憶だ。緑谷出久が、勝己にとって木偶の坊のデクでなかった昔の事。個性が発現する前の事。
誠に遺憾ながら、出久は勝己にとっても幼馴染だった。凄い凄いと自分の事を持て囃す、気分を良くさせる。勝己にとっては特別な、その他大勢の一人。友情らしきものを感じていたのは、この頃だった。
いつも5人でつるんでいた。自分に知っている限り唯一無二の『爆破』の個性が目覚めて、自分自身の才能を合わせれば一番凄いのは自分だった。周りもそう言っていたから間違いない―――間違いない。
―――そしていっちゃんデクが凄くなかった。
『大丈夫? たてる?』
なのに、出久は足を滑らせて沢に落ちた勝己の事を心配した。なんともなかったのに。
『頭打ってたら大変だよ!』
―――おかしいだろ。一番すごくない奴が、一番すごい奴の事心配なんてするかフツー。
誰も心配しない。あの場で誰もが大丈夫だと言っていた。
帰るとズボンを汚した事を怒られた。渋々事情を話すと心配された。親だから。それは当たり前だと思えた。
しかし、だからこそ余計に、勝己にとって出久に心配された訳がわからない。不可解で不愉快だった。………あの不安と焦りを滲ませた出久の表情が未だに頭の中に残っている。心配されたことが、未だに勝己の中で消化できていない。
―――俺の方が上だ。
上だと思ってた。そして出久は下だと。………実際は手も足も出なかった。
相性が悪かった。そんなのは言い訳でしかない。何もかもねじ伏せてこそ、ヒーローだ。だからこそ、あの事件の時に動けなかった奴らをヒーローだと思えなかった。よくて職業:ヒーローというだけだ。あの時動いて、助けてくれたオールマイトはやはりヒーローだった。
『オールマイトカッコいいなぁ! 僕もなるんだ、オールマイトみたいなヒーローに!!』
オールマイト。感謝してる。依然として目標だ。
―――俺も、お前も憧れた。………諦めてなかったのかよ。無個性の癖に。
勝己の原点は変わってない。そのための努力は惜しまずしてきた。
それが出久も同じだったというだけの事。知らないフリをしていた。あのノートはその蓄積の一つだ。出久は、出来ることを、出来る限りやってきた。
―――同じって。一緒って………そういう事かよ。
どれだけ殴っても、どれだけ突き放しても。気が付けば後ろに張り付いてきていた。金魚のフンみたいなやつだった。しかし障害になり得ない道端の小石だと。―――けど、負けた。
いつまでも、やさぐれてはいられない。こっからだ。これからだ。………もう、誰にも―――!
□-□-□
大の字で気絶したかっちゃんをそのままにしてはおけず、目が覚めるまで待つことにした。流石に置いて帰るのはどうかと思った。
最近見かけた、個性を使ったパントマイムを行うストリートアーティストが持っていた『消音』。それを使ったおかげで、誰にも通報されることなく済んだ。
………僕は『
力の使い所を誤れば、ヴィランになりかねない。僕の力は、自分がどう思っていようと強力なものだ。オールマイトが僕にOFA以外を使うなと言ったのは、もしかするとそれを恐れていたのかもしれない。
散々と降り注ぐ星明かりだけの暗闇で、かっちゃんの腕が動いて目元を覆った。
「………………負けちまったのか、俺は」
「………起きたようだから。僕はもう帰るよ」
「待ってんじゃねークソ雑魚金魚のフンが」
雑魚なのか金魚なのかわかんないよそれじゃ。あとどっちも汚い。………にしても随分と元気だ。
「クソが。………俺に勝っていい気になったかよ。俺にとってお前は、ただの道端の小石だったろーが」
そんな風に思ってたのかよ。ひっでーなあ。
「そっか。でも、良い気分なんかじゃない」
「ああ?」
………良い気になんて、なれていない。全て『
むしろ突き付けられた。才能の差を。
「かっちゃんは凄いよ………」
「嫌味かてめえ!!」
「違うよ! ………ホントに、本気でそう思ってる。やっぱりかっちゃんは天才だって。凄いよ」
あんな動き。中学3年生に出来るか、普通。空中機動も、遠慮のなさも。それでいて怪我をさせない見極め。繊細な力加減。自分の事を知り尽くして尚、一秒一秒常に前へ、進化しようとする絶え間ない向上心。言動と人相の悪さを除けば、本当に誰よりもヒーローになるべき天才だ。
ずっと、ずっと羨ましかった。才能にも、個性にも恵まれたかっちゃんが。
「………借り物だとか言うんじゃねーだろうな」
「え?」
「俺はお前に負けた。それは変わらねーだろうが。借り物ばっか使って、自分の力じゃないって言うお前に負けた俺はどうなる? どうしたらいい。………お前自身の力だろ。じゃなきゃ、俺は誰を超えたらいいッ―――!」
はっとした。かっちゃんらしい凄い自分勝手な理屈だけど………でも、一理ある。
言い訳だ。『
助けられなかった時、誰かの個性の所為にするのだろうか。………しちゃいけないだろ。
「ごめん、かっちゃん」
「謝んじゃねー殺すぞ。………もういい。先帰れや」
「わかった。………あの」
「………っ。んだよ」
ありがとう、と。言いかけた。でも言ったら絶対怒るだろうと思ってやめた。
でも、気づかせてくれて感謝してる。気付けなかったら最高のヒーローになんて、なれなかった。
「………。いや、なんでもないよ。痛くしてごめんね」
「喧嘩売ってんのかテメーは!?」
これだけ元気なら大丈夫だ。うん、帰ろう。
少し晴れやかだ。ずっと感じてたかっちゃんとの
「………。痛くなったら病院行きなよ!!」
「余計なお世話だてめえ!!」
ちょっと心配だった。
□-□-□
ちくしょう。負けちまった。一瞬でも、絶対に敵わないと思ってしまった。
ちくしょう。次は負けねえ。絶対に負けてやるものか。
「ぐそ………ぢぐじょう゛………!!」
こんな姿あいつに見せるわけにはいかない。
―――この日、道端の小石は岩壁へ。
乗り越えなきゃいけない、余りにも大きい踏み台へ変わった。