ストライクウィッチーズ 〜カールスラントの英雄〜 作:テアイチ
サラエボで起きた皇太子暗殺事件で始まった第一次世界大戦は世界規模で行われた戦争であった。オストマクル帝国はセルビア、オラーシャ帝国方面を担当し、カールスラント帝国は西のガリア共和国方面を担当した。初戦は同盟国側が有利だったが、攻勢の失敗で塹壕を掘って両者が睨み合いをする塹壕戦が始まった。塹壕は約100キロメートルにも及ぶ長さだった。塹壕戦で膠着状態が続いた両軍はこの戦況を打開する為、塹壕戦に対応した新たな戦闘方法と武器が必要になった。
それに対応したのがこの2カ国でブリタニア連邦では戦車(タンク)であり、カールスラント帝国では毒ガスであった。
カールスラント帝国陸軍省の委託を受け毒ガスの開発、製造、使用の責任者になったのはフリッツ=ハーバーであった。ハーバーはカールスラント国籍を持つユダヤ人で、化学者としてはすでに水と空気から得られる窒素からアンモニアを合成することに成功し、国外からの原料輸入に依存せず肥料を生産できるようにしたため、カールスラント帝国の戦争遂行に大きな貢献をした最も優れた化学者と言われていた。塹壕戦で有効な毒ガスの特性として、空気より重く地に這うように広がること、においも色もなく存在に気付かれないこと、輸送が容易であること、そしてカールスラント帝国内で原料が得られることが必要とされた。ハーバーは助手たちと実験を進め、塩素ガスに行き着いた。塩素ガスは空気の2.5倍重く、たこつぼや塹壕に沈んでいく。またボンベに詰めて蓄え、輸送することも容易でり、しかも原料の食塩は岩塩という形でドイツで豊富に産出される。何よりも毒性が強く少量でも人を殺すか、行動の自由を奪うことができる。唯一の欠点は、黄緑色で激しいにおいがすることだった。ハーバーははじめ砲弾に詰めて発射しようと考えたが、弾丸の火薬の量を減らさなければならなくなるので断念し、風が連合軍側に吹いている時を狙ってガスをボンベから放出するという方法を提案した。
毒ガスは1915年4月22日、西部戦線のイープルの戦いではじめて使用された。「見張所の兵士は、緑がかった雲が白煙を従えて、約1mの高さで自分の方に動いてくるのを見た。ガスは塹壕に達し、その中に沈んでいった。恐怖の叫びがあがった。はじめ目と鼻とのどがきりきり痛みはじめた。数分とたたないうち、多くの兵士はひどくせきこみだし、ついで血をはいた。・・・」この戦闘で連合軍は5千の兵士が殺され、1万5千がガスに中毒した。しかし、カールスラント軍の司令官は毒ガスの使用に熱心ではなかった。それはフランドルでは風の状態は不安定で、どちらかというと西風が多く、カールスラント側が風下になることが多かったからであり、部隊の行動の自由が奪われるためであった。
一方ブリタニア連邦の方も新兵器を使っていた、それは戦車である。
ブリタニア連邦で考案され、「陸上軍艦」と云われた。初期の戦車はmark1戦車と呼ばれたが故障が多く欠陥している所も多かったが、高火力、鋼の装甲を持ち、1916年のソンムの戦いで最初に使われ大戦果を上げると、次第に大量に使用されるようになり、戦車を持たず高火力、鋼の装甲を持つ戦車にカールスラント軍は成すすべもなく撤退していった。この戦いにより戦車が恐るべき威力を発揮すると言う事が分かり今後起きる第二次世界対戦の主役となって行くのである。
さらに新兵器は続く、この第一次世界大戦では新たな戦場が登場した、空である。
1903年にライト兄弟が世界で初めて有人動力飛行に成功してから航空機は凄い速さで進化していった。無論第一次世界大戦で使用されており開戦の頃は両陣営それぞれの空軍が百数十機しか保有していなかったが、戦争中に急速に増加し、3万機までになった。また戦闘機だけでなく、攻撃機、爆撃機、偵察機といった機種が生まれた。さらに飛行船も登場し、偵察・爆撃に使用された。特にカールスラント帝国海軍のツェッペリン号はロンドンの夜間爆撃を行い恐れられた。
飛行機は当初、偵察や命令の伝達、あるいは砲兵隊の着弾地の計測に協力するといった補助的な任務しかなかった。銃を備え付けて敵機を撃つことも試みられたが、銃弾がプロペラに当たってしまうという問題があったので、銃座をプロペラの回転面から離さなければならず、効果が薄かった。その問題を解決したのが中立国ネーデルラントのフォッカーで、彼はエンジンの回転軸と機銃をカムシャフトでつなぎ、プロペラが機銃の真正面に来た瞬間に撃鉄が薬莢の雷管をたたいて発射する仕組みを考えた。こうしてプロペラの回転と銃弾の発射を同調させることに成功した。このフォッカー型戦闘機は1915年夏からドイツ軍が前線で使うようになり、本格的戦闘機の出現は連合軍の空軍を恐怖に陥れたという。その後戦闘機は急速に改良され、パイロット技術も上がって、第一次世界大戦では敵機を何機落とすかという競争が行われ、レッド=バロンと呼ばれた。カールスラントのリヒトホーフェン騎兵大尉(一人で80機を落とした)後のヒトラーの側近、ヘルマン・ゲーリングなど、何人もの空のエースが現れた。
そしてこの世界ではもう一つ新兵器が登場する。それは魔法力を持ったウイッチを使った航空兵器である。
名前は『ストライカーユニット』とよばれウイッチの持つ魔力を動力にする「魔導エンジン」により駆動される機械装置のであり対航空戦、対地攻撃の両方を同時に行えるウイッチ専用の装備兵器である。機械の働きによって魔力を適切にコントロールする事が可能であり、これを装着することによって訓練を積んだ一部のウィッチにしか出来なかった飛行能力や身体能力強化、防御魔法などを特別な訓練無しに使えるように出来る様になった。基本的な出力は搭載された魔導エンジンによって決まるが、使用者のコンディション次第で許容範囲以上の出力を出すことも可能である。
この兵器も最初の登場は第一次世界大戦で複数の国が開発に注力するが、この時はまだ試作機の段階であり、実戦にも参加した事があるがエンジン不調、搭乗員が10代の少女で国民から非難があったなどにより、目立つ戦果は挙げられなかったが、これが実用化されれば今までの戦い方が大幅に変わると軍上層部は思っていたが、この時既に勝敗は決しており、協商連合の勝利は明白であり遂に5年にも親及ぶ第一次世界大戦はカールスラント帝国などの同盟国側の敗北で終わった。
次回は明後日に投稿予定です!