PHANTASY STAR ONLINE2~星霜ヲ蝕ス三重奏~ 作:無銘数打
こう言う事を口にしてしまうと、きっと誤解を生みかねないと承知しているが、時には口に出す事もしておくべき―――少なくとも、俺はそう思うのだから、仕方がない事だ。
「アークスって連中は、どうしてこう自己表現をしたがるのかねぇ」
「急にどうしました、マスター?」
気持ちのいい朝、というほどではない。今日のアークスシップ『ナオビ』での天候設定は曇りのち雨、気分によっては晴れ、気分を害せば大雪。そんな空を見上げながら齢35の男、つまり俺はコーヒー片手にハンドルを握る。
「俺の服を見ろ」
「その服に何か不満が?」
服に不満はない。着古しすぎているコートは別として、転職後の少ない給料から算出した侘しい財産で購入したスーツは、最近の俺の買い物の中では一番有意義な物だと自負している。それ故に不満がある。車内から外を見れば、道歩く人々の中に妙に浮いた格好をしている者達がいる。耳が尖っている者もいれば、機械にまみれた機械みたいな者、そして角を生やした者だっている。いや、別に人種差別について語っているわけではない。俺が語っているのは職業差別の話だ。
「この服を見た後、それにいる連中を見てみろ……どう思う?」
「どうと言われましても……そうですね、言えることがあるとすれば、マスターの服装は普通ですね。あぁ、もちろんいい意味で、ということです」
「その表現が出る時点で、地味だと言っているように聞こえるな」
「まぁ、地味とも言えますが、私として分相応でTPOを弁えている非常に非凡ではない格好という意味で好感を持てます……褒めてますよ、これ」
「そう願うよ。だが、いざこうして外から見るとどうだ?連中の格好」
「……個性的、派手、自己主張が激しい、水着着て外歩くなビーチじゃねぇんだぞ、どういうセンスしてたらそんな奇抜な恰好して我が物顔で歩けるんだ、恥ずかしい連中だ……つまりこう言ってほしいわけですね?」
「そこまで言えとは言ってないが、概ね正解だ」
まぁ、なんだ。意外と中にいると気づかないが、外に出ると気づくこともある。綺麗で空気のおいしい森だとおもっていたが、外にでると怪しさ大爆発だと気づくようなものだ。
「スーツが落ち着いた格好と思える事が、これほど幸せだとは驚きだ」
「似合ってますよ、マスター」
「ありがとよ、アンジュ」
信号機が赤から青に変わり、アクセルを踏む。ゆっくりと静かに動く愛車は、法定速度より気持ち少し早い速度で走り出す。
「ですがマスター。一言言わせてもらえるならば、マスターだって他に比べれば大分変ってますよ」
「ほぅ、そいつは心外だが、一応聞いておいてやる」
「では、言わせてもらいますが―――」
そう言ってアンジュは自分の体にまったく合わない助手席から車内を見回す。
「オラクル船団における自家用車の保有率はご存じで?」
「いや、知らんが……6割くらいか?」
「2割です。一般的に見ても個人が車を持つという風習は、此処では少ないほうです。理由は簡単です。アークスシップでの移動は主に徒歩。長距離移動にしても転送装置を乗り換えで使用するほうが楽で経済的、そして現実的です」
淡々と俺でも知っている事実を自慢げに語る小さな相棒は、時に可愛らしく、概ね憎たらしい。
「以前、どこかのシップでは、鉄道を走らせてみてはどうかという計画が持ち上がりましたが、議会の承認は得られず、メディアからも不評、市民からも不評でした。それでも賛同する方々もいましたが、そういう方々はマスター同様に少数派でした」
「そういう連中はロマンチストなんだろうよ」
「マスターはそうは見えませんけど?」
「男はロマンチストなんだよ……なんだ、お前は車移動には否定的なのか?」
「効率の問題です。現に転送装置を使用した場合の出勤時間は10分程度で済みますが、車移動ではその倍はかかります。朝の通勤時の混雑で多少の誤差はありますが、やはり車移動は非効率です」
アンジュは頭が固い。いや、キャストタイプなので物理的には固いのは当然だが、俺という少数派のサポートパートナーになって10年以上経つのに、未だに俺を理解していないのではないか―――と、思う事があるが、実際は俺を理解した上で小言で俺をチクチク刺す事が好きなのかもしれない。
「大量の荷物運搬を目的とした車移動が、車の主な使用目的です。大容量の転送装置の設置には時間と経費がかかる故、今のところは車を使用していますが、近い将来、それすらもなくなると以前ある記事で読みました」
確かに外を見れば、俺の車の前後左右は車というよりはトラック。しかも大型ばかり。そんな中で見慣れない4人乗りの車が走っているのは、多くの人から見れば、大分少数派に見えない事はない。
「さらに言わせてもらえれば、車の燃料は主に電気と化石燃料。特に化石燃料は惑星リリーパで採掘が主で、年々その採掘量も減り、高騰化が止まりません」
「だから最近は電気にしてるだろうが。化石燃料なんていざという時にしか使わないんだから―――」
「そのいざという時の為に、隔月の燃料交換ですか?しかもこのシップ内でも1~2店しかないショップで?それこそ無駄というものです。そんな無駄な金を使うくらいなら、私の天然オイルの1本でも買ってくれてもいいのでは?」
「ほぅ、お前が無断で俺のアカウントで使いもしない着れもしない服を無駄に買い漁っているのは、無駄ではないと?」
「車サイコー」
「海水に漬けるぞ」
■■■
新光歴239年、『深遠なる闇』の復活やら、若きアークス総司令の誕生やらと騒がしい年が終わり、新光歴240年はきっと良い年になればいいと誰もが思いながらも、新年早々にアークスシップ『ナオビ』へのダーカー襲撃という面倒な事件から早1ヵ月。このシップが受けた傷跡がまだ生々しく視界に映り込み、復興の光が初々しいと感じる事ができるようになってきた今日この頃。
「随分と人が多いな」
「『タタラ』の方々もこちらに住を構えているでしょうから、そう見えるだけですよ。1ヵ月前の事件後の他船への移住者は数千人。逆にタタラに乗船している作業員はその倍という話です」
『タタラ』は複数ある多目的作業船の中でも、船の修復を主な目的としている作業船であり、船外はもとより、ここ市街地の修復修繕を一手に担っている。アークスシップの住民は1隻あたり約100万。そこに他船の作業員がくわれれば否応にも人は増える。更に護衛艦『イクサ之5番』に乗船しているアークスを含めた戦闘員までいるときた。
「復興は年単位の時間のかかる大仕事です。今の人員でも手が足りないくらいですから、数か月後にはもっと増えますよ、きっと」
「どうせなら、警備その他もアークスがやってくれればいいのよ。住民としてもそっちのほうが安心できるだろうに」
「アークスとて負傷しているシップ1隻の為に大規模な人員は割けませんよ。『深遠なる闇』の復活に加え、リリーパでの『若人』の復活ときて、新体制の構築と仕事は山積み。となれば、私達のような都市警備局の面々が治安維持を受け持つのは必然……つまり、猫の手の猫なんですよ、私達は」
「犬のおまわりは暇してそうだな」
「無駄口を叩く暇があるなら、さっさと警備局へ向かってください。朝礼まで残り10分を切りました。これ以上マスターの印象が悪くなるのは、私としても避けたいのです」
「俺は別に構わんのだがな。仲良しこよしじゃないと仕事ができない様な連中なら、こっちが願い下げだ」
「そういう所が嫌われる原因なのでは?まったく、昔は可愛げのあるマスターだったのに、どうしてこうも草臥れた中年になってしまったのか……」
「俺に可愛げがあった時期があることに、お前以上に俺が驚きだよ」
とはいうもの、仕事は仕事。少しだけアクセルを踏み、車のスピードを速める。
「それにしても、お前が俺の好感度を気にするとは意外だったな」
「意外ですか?」
「あぁ、意外だ。お前だけは俺を甘やかしてくれると思ってたのに……残念だ」
「私に甘えるのは勝手ですが、マスターは他人に甘えられるような愛嬌を持ってください。昨今、ハードボイルド気取っている一匹狼なんて流行りませんよ」
人を痛い奴みたいに言わないでほしい。
「こうして第二の人生を歩める事自体が奇跡なんですから、その幸福の上に胡坐をかかずに努力をしてください」
痛い所を突かれ、鏡を見なくてもしかめっ面をしているとわかる。確かにこうして転職に成功したのは奇跡に近い。元々転職が難しい職場ではあったが、色々と社会の仕組みに変化が起こった事で、奇跡を起こった。だが、俺の現在の仕事である都市警備局は、安全安心で楽ができる職場では断じてない。いや、安全という点から見れば、以前に比べればかなりマシになってはいるが、根本的な部分は変わっていない。
「やっぱり、あれだな。どうせなら退職金で料理屋でも開くべきだったんだ」
「マスターは料理ができるのですか?」
「コーヒーなら淹れられる」
「マスターから見れば料理ですが、料理から見れば舐めんなって話です」
などと現実的ではない話をしていると、甲高い電子音が車内に響く。この寝てる奴をたたき起こさんばかりの音量を何とかしたい、これが最近の俺の悩みだ。
「出ないのですか?」
「代わりに出てくれ。朝から上司の小言は聞きたくない」
朝礼の時間まで残り5分。まだ遅刻はしていないが、確実に遅刻はするだろう。ならば、この電子音を響かせる通信機の向こうにいるのは、俺の事を大いに嫌っている同僚の連中か、あまり嫌われていない上司の二択。
アンジュは溜息を吐くような仕草をしながら、通信機を取る。
「―――こちらB1145号」
『こちら本部。やぁ、アンジュ。今日も君の主人が時間通りに顔を出してくれない良い朝だな』
「えぇ、良い朝ですね、マクレーン課長」
どうやら、今回は上司のほうらしい。
『ヴァンはそこに居るか?』
居るとわかっているのに、わざわざ聞いてくるのは嫌みの一種と思いながら、アンジュから通信機を受け取る。
「いるよ」
『おはよう、ヴァン。昨日の晩はご苦労だった。だがな、だからと言って遅刻していい理由にはならんぞ』
「朝からアンタの小言は聞きたくないよ―――で、どうした?」
『市街地で殺しだ』
そら来た。なにが良い朝だ。朝っぱらから気分が悪くなるような現場で、嫌みな連中と顔を合わせなければいけないなんて、最低の一言だ。
「そういうのはアークスでも頼め」
『アークスが殺しの調査をするとでも?それは君が一番よく知っているはずだ』
嫌われてはいないが、好かれてもいないようだ。
「……わかったよ、近いのか?」
『地図を送る。君が迷って現場に来られないという言い訳をしない為にね』
「余計なお世話だ」
通信を切って、アンジュに放り投げる。慣れているアンジュは片手で受け取り、送られてきた地図を表示させる。
「此処から4分弱の距離です」
「あいよ……」
どうか面倒な事件でありませんように―――などと願いながら、俺はアクセルを踏む足を少しだけ浮かす。