PHANTASY STAR ONLINE2~星霜ヲ蝕ス三重奏~ 作:無銘数打
例えばの話、街中に盛大にすっころんだとしよう。そういう経験があるかどうかの話。転んだ拍子に持っていた荷物もばらまいてしまい、自分は地面に顔面から強打。そんな状況で自分に向けられる他人の目は様々だろう。ある者は哀れみを、ある者は心配を、ある者は嘲笑を―――まぁ、そんな感じで転んだ本人は非常に恥ずかしい。大多数の視線を集める事を目的としていないのならば、尚更だろう。
しかし、だ。
「――――」
この状況は違う。
「――――」
大多数の視線は何の感情もなく、ただ単に観察されているような視線を向けられた時、その硝子玉の様な冷たい感情のない瞳に直視された時、人は心の底から恐怖を抱く。
「――――」
まずい、と心の底から思った。
離れろ、と言ったような気がした。
女が窓から離れると同時に、窓ガラスが音を立てて割れ、無数の手が室内に伸びる。その不気味な光景に言葉を失うが、体は意外とまだ正常だった。俺達は何の言葉も発さずに向かうは入口へ。相手が誰であろうと関係ない。この場で正常な者と判断できるのは、もはや俺とこの女の二人だけ。
また人影が見えた。
足を止める事はなく、相手が何者かも判断できないが―――俺は一切の迷いなく人影を蹴り飛ばした。勘違いだったら、ほとぼりが冷めた頃に謝りに来よう。だが、その心配もなかった。蹴り飛ばした相手は何の感情も、痛みすら感じないのか平然と立ち上がり、俺を見る。
やはり硝子玉だ。
「拙い状況です」
女が見ているのは蹴り飛ばした奴でも背後でもない。見れば、唯一の通路から続々と奴等が上がってくる。どいつもこいつも操り人形の様に不格好な動きをしている。
「やっぱりあれだな、派手に騒ぎすぎると近所からクレームが来るんだな」
「馬鹿な事を言っている場合じゃないでしょう……」
心に余裕を持てよ、少しは。まぁ、俺もだいぶ余裕はないけどな。
逃げ場はない。5階の部分から地上に向かってダイブするには危険すぎて却下。しかも、見れば通路の壁を無謀にもよじ登ってくる奴までいる。
「普通に階段使えよ」
戻るべき場所もなければ、進むべき場所もない。部屋に戻って個室に籠城という手段も一瞬考えたが、リスクが高すぎて却下だ。前に進もうとしても今の装備であの人数を相手にするのもリスク的に無理がある。しかも、先程俺に襲いかかってきた奴の様に、自分の体の安全など無視した連中ばかりという可能性もある。そうなるとこっちの身が持たない。
「おい、とりあえず此処は―――って、」
いない。
俺の隣に居たはずの女が居ない。
見事に綺麗さっぱり気配すらなく居ない。
「あ、あのクソ女……」
1人消えて、残るは1人。
つまり、獲物は1人。
「……暴力反対」
知った事かと、通路に居た連中が一斉に襲い掛かってきた。反射的に部屋の中に入り、ドアを閉め、スタンロッドの柄でドアの制御装置を叩き壊す。念のために傍にあった棚を倒して即席のバリケードを作り―――結果、中に居た連中とご対面。
「勘弁してくれ、おい」
餌に群がる猛獣の如く―――奴等が俺に向かってくる。近場にあったデッキブラシを横薙ぎに振るい、向かってきた奴の顔面を殴る。その背後にいた奴には返す刃ならぬ、返すデッキブラシで足元を払い、床に倒す。すると次の来る連中がそいつに引っかかり倒れこむ。その体を乗り越え、向こうにいる連中に向かって突貫する。
別にこの方法がベストなわけではない。
現に突っ込んだ瞬間、転がっていた奴に足を掴まれ、無様に転倒する。手から唯一の武器が離れてしまい、無手になる。上体を起こし、足を掴む奴の顔を殴る。一撃で足りなければもう一発、多少は効いているようだが、俺の足を掴む手は未だに万力。骨が軋む様な痛みが走り、これ以上は本気で折られる可能性もある。拳から掌へ、空気を掌へ集めるようにして、奴の耳を強打する。鼓膜へと伝わる衝撃に、奴の手から力が抜ける。抜いた足で奴の顔面を蹴り飛ばし、転がるようにして起き上がり―――集団を目にして溜息を吐く。
「降参、しても見逃しちゃくれないよな」
既に室内には6、7人ほどいる。外にはまだ別の奴等が真面目に待機中。玄関のドアはどんな力で叩いているのか凶悪な音を響かせている。恐らく、すぐにでも破られる。
リボルバーがある部屋には頑張ればいけるが、行った後は完全な袋小路。既に袋小路なのにわざわざ袋小路を好む気はない。それに銃を突き付けて止まる様な連中ではない上に、発砲した事で余計に面倒な事になりそうな気がしてならない。
唯一の救いは、こいつ等は一応は普通の人という事。自分の体が壊れる事を完全に無視して襲いかかってくるが、急所への攻撃はしっかりと入る。心臓に打撃を加えれば失神してくれる。耳に掌で打撃を加えてもしっかり倒れてくれる。半面、そういう手段以外はあまり効果的ではなさそうだ。そうなるとスタンロッドが壊れているのが妬ましい。
状況は圧倒的に不利。
しかし、逃げ道は既にない。
「……やるか」
手加減無用、容赦無し。
来るなら殺る。
敵なら殺る。
向こうがその気なら、生きる為に相手を壊す。
目の前に立つ最初の集団に向けて、構えを取り、啖呵を切る。
「来いよ、相手してや―――」
その集団の1人が、急に倒れた。
不意に倒れた仲間だが、周りの連中はそんな事を気にもしない。仲間意識などないのだろか、それとも気づいてすらいないのか。兎も角、視線は俺に向けられたまま―――今度は数人が同時に倒れた。
俺からは見える。
倒れた奴の背後にあの女がいた。
理解した。同時に腹が立った。だが乗ってやる事にした。
「テメェ、後で覚えてやがれッ!!」
「生きていたら、多少の文句は聞いてあげますよ」
声だけが響く女の声。
窓の外にいる奴等が室内に侵入してきた。逃げ場はないので、当然俺は奴等に向かっていくしかないわけだが、先程とは動き方を変える。俺の移動はあくまで壁を背に、そして奴等の背後には空間を作る。
人が1人、凶悪な武器を振るうだけの空間を。
何もない虚空から突如して出現する女。その手に備えた兇器で切るのではなく、頭部や急所への打撃。加減を間違えれば、武器の使う場所を間違えれば確実に相手を死に追いやる一撃だが、女は確実に相手の急所を打ち抜く。奴等がそれに反応するように背後を振り向くが、既に女の姿はない。女はまるで霧の様に目の前から姿を消し、気配すら感じられない。そしてその隙を担当するのは俺の仕事。余所見をする奴を背後から両手の掌で頭を挟むように挟み撃つ。こっちも加減が難しいが、既に覚悟は決まっている。殺られる前に殺る。あとでどうなるか考えるのは頭が痛くなりそうだが、考えている間に死ぬよりはマシだ。
つまる所、俺は囮だ。
連中の視線を俺に集め、視野の外から女が急襲。それに釣られて奴等が俺から目をそらした時には女の姿はなく、そこへ俺の襲撃。非常に不愉快ではあるが、この場においては思っていた以上に効果的だった。
それにしても、女が使うあれは何なのだろうか。姿を隠す光学迷彩は確かに存在する。だが、女のあれはそれとは違う。女が消える度に何も感じなくなる。音もなければ気配もない。完全にその場から、存在そのものを消している様な行為。
聞いた事はあるが、聞いた事がない技術。
それを見せつけられれば、嘘の様な噂は一転して真実となる。
つまり、俺が先程まで敵対していた相手は、噂だけの中にしかいない空想上の存在ではなく、確かに存在する、
「アークスの始末屋、ね」
「その呼び方は、好ましくありません」
背後で始末屋の女が不満げな声に思わず余所見をしてしまい、軽く一発貰ってしまった。そんな俺を笑うような声。
「こんな状況で余所見をするなんて―――間抜けですね」
「五月蠅い、黙ってやれッ!!」
まるで思考するという事が出来ないのか、奴等は面白い様に釣られていく。何度も何度も同じ手を使っている奴等は始末屋を警戒すらせずに、俺ばかりに熱視線を送る―――つまり、奴等は自分の意思で行動しているのではないという事。
ナオビでのみ確認されている人形病は、目の前にいる奴等と同じと考えれば、あれは病と呼んでいいものか。むしろ、その言葉が表すように人形を操る傀儡使いが存在するのではないか―――などと思考する程度の余裕は出来た。
窓の外に居た連中は、もう殆どいない。残りは2人。1人が1人対応できるだけの人数だ。俺に向かう奴の膝に蹴りを入れ、体勢を崩した所で首に手を回し、極める。残る1人は極めた奴が堕ちた時には、既に床に倒れている。
僅かな静寂が支配する。
「……とりあえず、これで全部か」
後は外にいる奴等だけだが、
「流石に全部片づけるのは骨が折れそうです……此処は、窓から脱出する方が賢明ですね」
それには賛成だ。
出来ればアンジュの無事を確かめたい所だが、未だに通信機からはノイズしか聞こえてこない。アイツなら大丈夫だと信じたいが―――いや、信じる事にする。
窓から下を見れば、流石は5階建てだ。どう考えても今の装備で飛び降りるのは不可能だが、壁沿いに下の階に降りる事は可能だろう。
「……とりあえず、お前が殺してないって事だけは信じてやるよ。今回だけはな」
「棘がある言い方ですね。それと、私が言うのはなんですが、たまたま利害が一致したから協力しただけです。簡単に信用するのはどうかと思いますよ」
それも一理ある。
一理はあるが、
「その能力があれば1人で逃げる事は出来たのに、わざわざ協力するようなお人好しだ。少しくらいは信じてみようと思っただけだ」
何度も言うが、今回だけだがな。
さて、逃げる前に銃と鞄を回収しなくてはいけない。クレアの死体はこのまま此処に放置しておくしかない。まぁ、これだけ暴れまわった部屋の中で現場検証もクソもないんだが。
「次は捕まえるからな。例え相手がアークスの始末屋さんだろうがな」
「……結構根に持つタイプですね、貴方は」
余程、始末屋呼ばわりされるのが不満なのか、はっきりと俺に抗議の眼を向けてくる。
「仕事だからな」
「それはそれはご苦労様です。可能であれば二度と貴方とは出会いたくないです」
それはこっちも同じだよ。殺人事件の捜査に来てみれば、始末屋と出会い。変な連中に集団で襲われた―――いや、現在進行形か。ともかく、そんな酷い目には二度と会いたくはない。
それに音が聞こえないが、外の連中が今にも中に入って、
「………」
「どうしました?」
「―――なんで、静かなんだ」
音がしない。
先程までドアをしつこく叩いて、破ろうとする連中の音が聞こえてこない。
この事態が終わっていないのは理解しているが、変化しているのに気づかなかった。
視線はドアに向けられる。
俺も、始末屋も。
気を取られた―――その瞬間だった。
小さな音だった。小さいが、何かを突き破る音を確かに捉えた。
その音が何なのか認識するまで僅かな時間。
気づくまでかかった時間も僅か。
「――――あ、」
始末屋の声で漸く気づく。
音は別の部屋のドア。そのドアから細い何かが伸びている。恐らく貫通したのだろう。細い何か、ワイヤーの様な何か、それがドアを突き破り、突き刺さる音。
始末屋の腹部に広がる赤。
ドアを突き破り、始末屋の脇腹を貫通し、壁に突き刺さったワイヤー。
その光景に気を取られていた俺の体が反応したのは奇跡、殆ど勘だった。
同じドアから更に複数の穴が開くと同時に、ワイヤーが俺に向かって来ていた。数はわからない。だが避けた時に幾つか体に痛みが走った。何れも致命傷ではない掠り傷に等しいが、それが餌である事を察知できなかったのは痛かった。避けた所に追撃するようにワイヤーが次々と襲い掛かる。
次は避けられないと確信した。
「世話が……焼けますね」
それを防いでくれたのは始末屋の刃だった。脇腹を貫通したワイヤーを断ち切り、俺に向かってきたワイヤーを弾く―――だが、その結果として始末屋の片腕、片足それぞれに新たな傷を増やす事になってしまう。
倒れこむ始末屋を支えながら、拾った銃をドアに向ける。
心拍数が異常に上がる。これが女に触れているからなんていう阿保らしい理由なら、今回だけは許そう。だが、そうじゃない。これは先程よりも拙い状況になっている。始末屋の傷は大きなモノではないが、決して問題がないわけではない。彼女の傷口から流れ出る血が俺の手を汚す。致命傷はないが、すぐにでも手当が必要な状態だ。
「これで、仮が1つ、ですよ……」
「あぁ、わかったよ。だから動くな」
というより、動けない。
俺も彼女も。
追撃は来ない。
その代わりにドアがゆっくりと開き―――怪人が姿を現した。
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果たして、アレは何なのか?
機械と肉と何かが継ぎ接ぎとなって、人の形をとっている。いや、人の形に見えるだけでおぞましい何かである事は確かだ。加えて俺達を襲ってきた連中が人形の様な動きをして、非常に気味が悪かったが、こいつはそれ以上だ。
どの種族でもない。機械に近いかもしれないがキャストなどではない。機械種でもない。奴等は全てが機械で出来ている分かりやすい連中だが、こいつの体は機械以外にも生身の肉片の様な物も見える。腕を腕として使わず、足を足として使わず、その場にあった残骸死骸を拾い集め、無理矢理に人の形をとったようにしか思えない。
それ故に怪人であり、化け物だった。
怪人は喋るように口を動かすが、聞こえるのは咀嚼音にも似た不快な音。何かを言っているようだが俺達には理解出来ない。それを向こうも察したのか、部屋の中で何かを探すように見回す。
怪人が見つけたのは、俺達が気絶させた奴等の1人。恐らく、最初の男だった気がする。その男を雑に足から持ち上げると、怪人の胸元から細い機械のワイヤーが伸びる。俺達を攻撃してきた物と同じものだろうが、その先端には鏃の様に鋭く尖っている。そして、そのワイヤーを男の首筋に突き刺した。男の体が痙攣し、皮膚の裏側を生物が移動するようにワイヤーが蠢いている。その筋が顔を覆い、額にまで到達した瞬間、男は急に声を上げた。
「ぜいががあるごとがのぞあじいどばごのごとだぞうだ」
凡そ言葉にならない声。
「びじょうじのぞばじいがばごぞばおあ」
理解する。
「ばばいぎぎぽぴぱぺこぎばはふぇしゃかおあいうかおしめもばじづりおあえまおっ」
これは傀儡使いが操る腹話術であり、この意味の分からない声は調整だ。ラジオの周波数を調整するように、マイクの音を調整するように、高音と低音を調整し、最も適した形にしようとしている。
人を、まるで玩具の様に。
「―――――――幸運。私。発見。偶然。発見。好ましい。予想外」
継ぎ接ぎの怪人は、継ぎ接ぎの言葉で会話する。
「実験。マイ。成功。不必要。六。攻撃。観察。望む。取得」
何を言っているかはわからないが、奴はこちらに何かを伝えようとしているのだろう。そうでなければこんな意味のない事をしない。
「問う。求む。我。必要不可欠。学習したい。願望。切望」
単語だけでは凡そ理解は出来ないが、わかる事は一つだけ。
この怪人は非常に不愉快な奴だという事だ。
「おい、お前がこいつ等を俺達にけしかけたのか」
「行程。否。肯定だ。肯定する。正解」
「なら、クレアが自殺したのも……いや、殺したのも」
「女。性別。女。必要。奪った。我々。必要なのだ」
真犯人探す手間が省けたのは良いが、この状況は非常に良くない。
間違いなく悪い部類に入る。それ以外に思えない程に。
「―――少しだけ」
俺にだけ聞こえる小さな声で始末屋は言う。
「少し、だけ……奴の、気を引いて……ください」
「……わかった」
始末屋を床に寝かせ、俺は怪人と対峙する。
呼吸を整える。そうしなければ目の前の怪人に全て持っていかれてしまいそうな気がしてならないからだ。
「お前は何だ?」
「我。個別なり。貴様。名を名乗る。私は―――私は誰かと問うか?」
どうやら調整が終わったらしい。
「君達の常識では、名乗るのは自分からだと認識しているのだが、違うのか?」
「人によるな。特にお前みたいな奴には自分から名乗るなんて間抜けな事はしない」
「ほぅ、それは知らなかった。この世には無数の知識があるが、俺の知識もまだまだという事になるのか」
「勝手に1人で納得してんじゃねぇよ」
銃口を突き付けてはみるが、まるで安心は出来ない。こんな凶器は怪人を前にするとまるで玩具だ。
「そう怒るなよ、僕はあまり人と接する機会がないんだ。こうして僕が肉声で会話するのは本当に久しぶりで、勝手がわからないんだ」
「そうかよ、だからそんな事も平気で出来るわけか」
「そんな事?あぁ、この発生器の事か。調整に時間がかかったが、こうしてテメェと俺が会話する事が出来ているので、問題は無いだろう」
何故だろうか、俺は本当にこいつと会話しているのだろうか。まるで決められたパターンで俺がどう答えるか観察されているように思える。話し方も一々違う。一人称も変わる。複数の人間と話しているような気さえしてくる。
「しかし、そうだな。今回だけは特別に私から名乗ろうではないか。私は人に名乗る事が好きなんだ。知る事が好きだが、知られる事が少なくてね」
怪人はわざとらしく、サーカスで客に挨拶する道化の様に大げさな身振り手振りをする。
「私はイプシロン。それ以外でもそれ以下でもないモノだ」
気配がない事を確認する。
俺が始末屋の事をまるで認識できない事で、準備は整っていると確信した。
「そうかよ。なら―――」
「ところで君は挨拶してくれないのかな?」
俺の言葉を遮り、イプシロンと名乗った怪人は不格好な笑みを浮かべる。
「それは非常に失礼だと私は認識しているよ」
視ている。
何も見えない場所を、奴は視ていた。
何も存在しない、虚空を。
何も感じられない誰も居ない場所を。
俺も認識できない、消えたはずの存在に向けて―――奴は天井を殴りつけた。
天井に亀裂が走るほどの威力に、部屋が揺れる。その手は天井以外に当たっていないのにも関わらず、何かを掴み、その何かを床に叩きつける。
「――――ッがぁ」
苦悶の声。
「こういうのを、躾とテメェ等は言うそうですね」
床を蹴り上げようとする動作に、何も認識できないでいる俺は、無意識にその場に飛び込む。見えないが、確かにいる彼女を庇い、俺の体ごと蹴り飛ばされた。床を転がる俺の腕の中で、微かな揺らぎを見る。揺らぎは徐々に見えない彼女を認識させてしまう。
「どうして……」
苦悶の表情を浮かべながらも、信じられないモノを見るように、始末屋はイプシロンを見る。
「どうして、視え……」
イプシロンは俺達を見ながら、自身の体を変化させる。音声機にしていた男の首を胴体から引き千切ると、その顔を自身の体から伸ばされたワイヤーで巻き付け、自分の体の一部とした。残った体は邪魔だと放り投げ、首無しの死体が増えた。
「何故に視えるのかと、問われれば……別に視えているわけじゃないんだよね、これが」
これ以上、無意味に銃口を向ける意味はない。ならば、今あるありったけをぶち込む。
1発、2発と弾丸を撃ち込む。あまりにも虚しい音だ。奴の体に撃ち込まれた弾丸が、奴の体を僅かに壊す。だが、それだけでしかない。壊れただけで奴に何らかの損害を与えたようには思えない。現に奴は気にする様子もなく語り続ける。
「その創世器は確かに強力な力を持っている。自身の存在を希薄にするという面白い武器だ。だがよ、それは別に完全に存在しないわけじゃない」
残りの弾も撃ち込もうとするが、俺が出した発砲音のせいで聞こえなかったのか、気づけば入口のドアは破壊され、そこから奴等が室内に雪崩れ込む。銃口を怪人から奴等に向けるが、引き金にかけた指が躊躇する。
「むしろ、俺からすれば非常にわかりやすい、発見しやすい、頭隠して尻隠さずってものじゃないかな」
僅かな躊躇だが、奴等からすれば十分過ぎた。多勢に無勢、そもそも恐れもしない奴等に飛び掛かられ、数の暴力の前に組み伏せられる。
「過剰に希薄なんだよ、それは。だから、わかりやすい」
怪人は俺になど目もくれず、始末屋に歩み寄る。硝子の眼が見るのは彼女の腕に付いている武器。
「きっと今日は僕にとって吉日なんだ。こんなゴミ捨て場みたいな場所で、思いもしない拾い物をするなんてな」
乱暴に腕を掴み、始末屋を吊り上げる。
「データでだけでは、情報だけでは知る事は出来ない事もある。創世器は以前に比べれば多少能力は落ちているらしいが、構わない。実物を手に入れられるならば多少の劣化は問題ない」
どういう理由かは知らんが、奴は始末屋の武器に興味があるらしい。だからこそ、
「おい、ガラクタ野郎……その手、離せ」
必要じゃない部分はいらない。
人が武器を使うという前提があるとしても、奴にとっては人は武器の部品にしか見えていないのかもしれない。だから、余計な部品は壊して欲しい部品だけを取り出す。声を出す為だけに一つの命をあっさりと奪う。
「殺すぞ……」
「口汚いヒューマンは黙ってろ」
奴の言葉を行動に移した奴等に殴られ、意識が飛びかける。飛びかけた意識を暴力が引き戻し、もう一度暴力が意識を刈り取ろうとする。
体中を襲う多数の暴力の前に成す術もなく消えていく意識が、始末屋の苦痛に満ちた声を聴き、何とか繋ぎとめる。だが僅かな繋がりは細く、次第に薄れゆく。俺を痛めつける暴力の音が聞こえない。奴の声も、始末屋の声も聞こえない。痛みも徐々に薄くなっていく。視界が徐々に範囲を狭めていく。なんとか繋ぎとめようとしても体が拒否する。
『オッサンは、生き方が下手糞なんだよね』
誰かの声が聞こえる。この場に居る誰でもない声。こんな声が聞こえてくるのは、俺の状態が非常に危険な場所に立っている証拠だ。
『私がいないとダメなんだから、あんまり無理しちゃダメだよ?』
五月蠅い、今はお前の事はどうでもいい。だから、頼むから思い出の奥に引っ込んでいてくれ。まだ、まだ此処で意識を失うわけにはいかない。
『大丈夫。ヴァンが強い事は知っているから』
顔を出すな顔を。
そんな顔で俺を見るな。
思い出すな、思い出そうとするな、それは今見るべき光景ではない。まだ見るべき光景でもない。見る意味がない光景なぞ消えてしまえ。まだ俺は、俺は、俺は―――俺、は
『……大丈夫。私がヴァンの隣にいるから、絶対に大丈夫』
大丈夫。
大丈夫。
大丈夫、
だいじょうぶだと、
あいつは、いつもそんなことを、いっていた。
『奥さんは大事にする事。お嬢さんはもっと大事にする事。私よりも、ずっと大事にしないと駄目だからね』
くちうるさい、おひとよしで、おせっかいで、めんどうくさい、やつだった。
『もう、大丈夫だよ』
だが、おれのとなりには、かならず、ひつような、やつ。
『私が……いなくても、さ、大丈夫だよ』
そして、もう、おれのとなりには、いないんだ。
だから、だか、ら―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『―――ヴァンの傍には、最高の相棒がいるじゃない?』