PHANTASY STAR ONLINE2~星霜ヲ蝕ス三重奏~   作:無銘数打

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Interval『バタフライ・エフェクト』

 英雄は夢を見ない。

 瞼の裏に広がる光景は、常に血煙の荒野が映し出される。無数の残骸死骸、消えた命と錆びた武器が転がる場所で常に佇む。

 見上げた空は継ぎ接ぎで、白と黒と青と茜、そして黒と白。

 死屍累々の部品は、知人と友人と戦友と家族と他人。

 彼が誰だったのか、彼女は誰だったのか。

 記憶は混同され、名前すら思い出せない。

ただ、全てが大切な人だったと確信する。

ただ、全てがどうでもいい連中だと記憶する。

ただ、全てが己の敵で殺すべき者達だったと記憶する。

 混合され、融合されていく記憶の中で確立すべきは己の存在だけ。存在理由を探し、それだけは失う事は出来ない。

最初から、そうなるようにデザインされているからこその英雄。

そうなる事を求められていたからこその英雄。

求められて、求めたからこそ英雄として存在してしまった。

存在理由は個人からの祈りと、どうでもいい大多数の他人の祈り。

数多の凶器がこの手に集う。

血を吸う剣は右手に、血を吐く銃は左手に、使わぬ武器も、使えぬ凶器も、今は無い兇器も、いずれ握るであろう何かも―――全てが英雄に集う。

集う物は狂気のみ。

集う者は1人として必要ない。

英雄は1人だけ。

英雄のみが集う場所で、1人佇み続ける。

 

■■■

 

幼い女児の声が眠りから、英雄スパルタンを引きずり出す。

「よく眠れたかい?」

 幼き声だが、そこから感じる個性は皆無。

いつもの様に、何処からか勝手に連れてきた者から奪った声だろう。

 「人の寝顔を勝手に見るな」

 「そんな酷い事を言うなよ、傷ついちゃうよ?」

傷つく心などあるはずない。仮に心があるとするならば、それは多くの媒体から得たデータを模範しただけだ。心があるように思えるのは他者の錯覚。心を求める他者の願望がそうさせているだけに過ぎない。だからこそ、この存在はあまりにも不愉快で、あまりにも滑稽なのだ。

 「―――まぁ、いいけどさ。ところで、なんで私の邪魔をしたんだよ?」

 「邪魔だと?何の事を言っているか知らんな。俺がお前の邪魔をする時があるとすれば、お前を壊す時だけ。もしくは―――」

 「英雄としての存在の行使、かな?阿保らしい。他人が居なくちゃ自己の肯定も出来ない出来損ないが、ほざくなよ」

 挑発しているのだろう。そうやって挑発して学習したいのだろう。イプシロンというモノも、常に興味を持つ。多くのモノに興味を抱き、学習して捨てていく。そして今は、英雄スパルタンというモノを学習しようとしているのだろうが、

 「お前のお勉強に付き合う気はない……それで、俺に対して何の不満がある?」

 「どうして、あの連中を逃がしたの?あれは滅多に見る事が出来ないレアな奴なのに」

 「必要だからそうしただけだ。あの連中が必要となる者達となるかは知らんが、あの場では必要だった。それはお前も理解していると思っていたが……ふん、所詮は百科事典か。考える機能が喪失している」

 「お褒めの言葉として受け取っておくとしよう―――私はね、創世器の事は知っているけど、創世器その物はまだ目にしていなかった。知識だけでは知る事が出来ない機能を、直に体験してみたかったんだ。そして幸運な事に、その1つが儂の目の前に姿を現したのだ……興奮して当然であろうに」

 創世器という言葉に、心が僅かに騒めくが、他人事だと意識の奥に押し込む。

 「だが、まぁ……そうだな、今回は別に諦めてもいいなって思ってるんだ」

 イプシロンは吐けないくせに、溜息を吐くような仕草をして、スパルタンを見る。

 「スパルタン。君の眼から見て、連中は君の敵となるかい?」

 「ならんよ」

 あっさりと切り捨てる。

 「標的になるかもしれんが、それ以上にはならない。脅威になるには弱すぎる。障害となるには足りなすぎる。もしも連中がこの件に必要な存在でないとすれば、連中はただの英雄に切り捨てられる雑兵でしかない」

 「うんうん、私もそう思うよ。だから、今回は君を許しちゃうんだ。創世器は確かに強力な武器ではあるけど、今の力は以前よりも弱まっている。そして何より、持ち主が良くない。創世器を振るう者なら良い学習材料にはなるが、創世器に振るわれている雑魚なんぞでは、何の意味がない」

 「随分と過小評価するんだな。あれは恐らく六芒の者なのだろう?ならば」

 「ならば強いと、ならば強者だろうと……テメェは英雄にしては人を見る目がないな。透刃マイの性能を知っているかな?」

 イプシロンの問いには答えない。

 「だろうね。まぁ、簡単に言ってしまえば、自身の存在を希薄にする道具さ。存在の希薄という言葉では分かり難いかもしれないが、そうだね……ざっくり言えば人を小石にしてしまう物だね。小石、分かるかな?よく道端の小石程度、なんて言うけど、まさにそれさ」

 「……認識の阻害か」

 「そういう事。なんでも装者のフォトンを喰らう事で、他者から認識され難くなるらしいね。そうするとあら不思議。本人は普通に歩いているだけなのに、他者は認識しないからその人が其処に居る事に気づかない。隠密やら暗殺やら、もしくは人間嫌いな連中には素敵な商品ってわけだ」

 それは透明人間を作り出す事に近い。だが、決して透明人間ではない。光学迷彩の様に視界から姿を消すのではなく、その場に居るのに居ないと認識される。錯覚させるとも言えるだろうが、シンプル故に強力で、恐ろしい。

 「もっともカラクリがわかれば、意外と攻略は単純なんだよね。個を見るのではなく、全を見る。真っ赤な絨毯の中で、中央だけ切り取られれば目立つだろ?そういう事だ」

 簡単に言うが、それが出来る者など居るのだろうか。イプシロンの言葉だけを聞くと、誰にでも可能な発見方法だが、気体の中で目視だけで別の気体を見つけるようなもの。専用の機器を使わなければ不可能な行為であり、生身の者では不可能だろう。

 そしてそんな専用の機器であろうと簡単に出来るものではない。

 「それだけ言うならば、どうして今更その創世器が欲しいと思う?」

 「―――存在の希薄とは、その先の可能性は存在の消失だ。人が死ぬとか、そういうレベルではなく、消失。有から無になるのではなく、最初から無となるに等しい」

 「なんだ、お前は消えたいのか。だったらさっさと消えればいいさ」

 「人の話を最後まで聞きなって。いいかい、存在の消失。最初から存在しない。だが、そうなる前までは確かにそのモノは存在している。記憶にも記録にもね。だが、そのモノの存在が消失したらどうなる?消失した事で影響を受けるのは果たして、消えたモノだけなのかな?」

 学習装置の無駄な駄話だと聞き流そうとしたが、思考がある位置で止まる。

 有が無となり、最初から存在しない無となる。

 積み重なった積木の1つが消えた場合、起こる事象は何か。

 支えているパーツが消えた事で重なった積木は崩れるという当たり前の結果か、何とか他のパーツによって支える事で立ち続けるか。

 もしくは、

 「バタフライ・エフェクト……」

 「アレは、それが出来る可能性があるのだよ、スパルタン」

 もしくは、積木をしていたという行為が消える。

 「取るに堪えない存在が消えたとしても、何の影響もないのか。いいや、そんな事はあり得ない。小さな羽虫を踏み潰した事で、進化のサイクルが狂うかもしれない。花を1つ積んだだけで、別の場所の花畑がなくなるかもしれない。人が1人消えるだけで、世界の歴史が捻じ曲がるかもしれない―――この話、聞き覚えがあるだろ」

 「……それは可能性の話だ。如何に創世器であろうと、」

 「うん、不可能かもしれないね。以前よりも力が弱まった事で、完全な隠密性を発揮できなくなっている透刃マイは、勘が異常に鋭い者なら見つける事も可能となっているだろう。だが、弱まっているだけで失くしたわけじゃない。何らかの要因を得る事で力を取り戻すかもしれないし、今まで以上の力を発揮するかもしれない」

 だから、と。

 「あの女じゃ駄目だ」

イプシロンは吐き捨てる。

 「あの女が装者である限り、私が望む可能性の1%にも届かない。だが、あれが生きている限りはあれが装者だ。だから、今は別に構わない。今はこの手に無くとも構わない」

 「おかしな事を言っているな。だったら奪えば良いだけだろ。盗もうが殺そうが、手段はどうでもいいが、ともかく手に入れれば幾らでも貴様の好きな学習が出来るというのに」

 「お前は、強欲な者が全てを得るとは限らないと知っているはずだ。一兎を追う者は二兎を得ず、とな。それに幾ら私でも今回の件は中々骨が折れる。優先順位だよ、優先順位。更に言えば、仮にあれを手に入れて、バタフライ・エフェクトを起こせたとしても、観測する手段が今の私にはない」

 「だから泳がせると」

 「だから預けてるのさ」

 

■■■

 

 イプシロンは去り、英雄は1人孤独を手に入れた。

 「存在の消失から生み出される、新たな可能性か」

 あれが言っているのは、あくまで可能性の話。そんな事は出来ないと嘲笑う事は簡単だ。だがイプシロンという学習装置が、如何に並外れているかはスパルタンも理解している。今回の件もアレの存在が多くの障害を突破し、全てを可能へと導いている。過小評価はできないが、過大評価もしたくはない。

 「確かにお前の仮説は、荒唐無稽ではあるが、現実味がないわけではないだろうな」

 事象から生まれる事象、バタフライ・エフェクトの存在を知っている者がいる。

 その者だけが理解する事が可能で、それ故に起きた事象をその身に刻んでいる。そんな者がいるからこそ、このナオビにイプシロンという怪物と、スパルタンという英雄が降り立っているのだ。

 この2体の遺物は仮に交わる事があれば、必ず衝突するはずだった。だが、今回はその間に現れた存在によって、予想外の共闘を生み出している。

 英雄と呼ばれ、伝説となった。

 英雄と呼ばれ、多くの者を奪い取ってきた。

 これはその過程でしかない。未だに過程で、この先もずっと続いていく。終わりはない。英雄を必要とする有象無象が居る限り、英雄という願望機が必ず現れる。

 まるでそうなるように台本が出来ているようだ。

 そういえば、とスパルタンは思い出す。

 このオラクル船団にも英雄がいるらしい。

 会った事はないが、その英雄の存在が多く者を救い、アークスと『深遠なる闇』の戦いに終止符を打つかもしれないとさえ言われている。絵に描いたような英雄。誰もが望む英雄。自分とは違う系統から生まれた英雄を想い、彼は苦笑する。

 その英雄がどんな者かは知らないが、きっと自分とは違う道を歩んでいるのであろう。それが羨ましいと思いながら、哀れだとも思う。同じ英雄だからこそ、個人の為ではなく他人の為にのみ存在を許されるなど、悲劇でしかない。

 その英雄と出会う事はあるだろうか。

 会う事が出来れば敵として出会うだろうか。

 敵として出会う事が出来れば、自分はこんな英雄などという役割から解放されるだろうか―――否、それはあり得ない。英雄となってしまった己は、この先どうなって英雄としての存在に繋ぎ止められる。

 アークスの英雄と対面した時、残るはどちらかの英雄だ。そして、結果は英雄が現れる。

 ナオビは混沌に巻き込まれている。

 その混沌は巨大な渦となり、オラクル船団すら巻き込むだろう。そうなるように台本は出来ている。それに抗う者は必ず現れ、その者は恐らく英雄だろう。その英雄がアークスの英雄である事を祈りながら、英雄スパルタンは空を見上げる。

 「作り物だが、美しいな」

 青空は次第に夕焼けへと変わる。何れ、夜になる。星が煌めく夜空は作り物だからこそ美しいだろう。仮初の、作り物の、本物ではないもの。

 「なぁ、イプシロン」

 既に去った遺物へと語りかける。

 「もしもお前が今、創世器の事を置いておくと言うならば、それはきっと正解だろう」

 正しい選択だ。

 これから起こる厄介事に比べれば、その程度は些細なものだ。

 「だが、お前は1%の可能性を甘く見過ぎている」

 僅か1%と囀った。

 僅か1%だと嘲笑った。

 それが0ではなく1である事を甘く見ている。

 「お前は人を、舐めすぎている」

 僅かな数値と傲慢に足元を掬われる事にならんと良いな、などと想いながらスパルタンは夕焼けを見ながら、歩き出す。

 だが、それは英雄も同じだ。

 英雄の敵は、別の英雄かもしれない。

 現に英雄が認める敵はこの場にはいない。明確な敵、確固たる強者として対する敵。それこそが英雄が討つべき敵だろう。

 それでも、だ。

 そうだとしても、だ。

 英雄の敵に相応しい者は、必ずしも英雄に匹敵する者とは限らない

 英雄だけしか救えない世界など、存在しない。

 英雄だけが救ってきた世界など、存在しない。

 

 これは『あなた』のいない物語

 

 英雄は未だ敵を認識していない

 

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