PHANTASY STAR ONLINE2~星霜ヲ蝕ス三重奏~ 作:無銘数打
蛇に睨まれた蛙ではなく、蜥蜴に睨まれた局員……別に巧い事を言いたかったわけではないので、気にしないでくれ。
「つまり、俺は何も見てない。イプシロンとかいう化け物もいなければ、スパルタンっていうヤバそうな男も見ていない。全部が俺の空想だと」
「そう、同僚と上手くいってないので、自分の価値を皆に認めさせたい為に、思わず出てしまった可愛い嘘という事だ」
都市警備局本部、その中にある応接間という名の取調室は、非常に居心地が悪い。
狭い空間に図体のデカい男が椅子に座らされ、周りは特色のない黒ずくめに囲まれ、前方には蜥蜴顔の男が居る状態は、非常に居心地が悪い。
「悪いが、報告書はもう出した。それを今更無かった事にはしたくないんだが……」
「心配しなくていい。そういう事になっている。君の報告書は非常に誤字脱字が多すぎて出し直しを貰い、新しい報告書は既に提出済みとなっている」
「代わりに書いてくれた、と」
「いいや、最初から用意されていただけだ」
蜥蜴みたいな顔ではなく、本当に蜥蜴の顔をしたキャストの男。どうせなら竜とかにすればいいのに、どうして蜥蜴を選択したのか。ついでに鋼鉄製の蜥蜴男は見るからに良いスーツを着ているのが異常にミスマッチ。趣味が悪いのか、あえて悪いように見せているのか。
「あのさ、えっと……名前、なんだっけ?」
「ジョンドゥ。覚えやすい名前だと自負しているのだが、覚えにくいか?」
「コードネームか、それ」
「いや、れっきとした名前だ」
「そうかい……」
なんか聞いた事がある名だが、何処だったか。最近、どうも過去に聞いた事があるか、視た事があるような事を、わざわざ思い出す事が多くなっている。自分自身の記憶能力に挑戦しているようで、非常に疲れる。
「それで、ヴァン君。君は私のお願いを聞いてくれた、という認識で問題ないな?」
問題ありに決まっている。
数日前の馬鹿騒ぎの後、寝る時間も削って報告、報告、報告の連続。更には俺が見て聞いた事以外も、あの建物の周りで多くの住人が殺されたという事態まで発生している。一体、あの日だけで何人が命を落としたのだろうか。
「ヴァン君、身内の頼みは効いても罰は当たらんぞ」
「身内じゃないからな、お前等は」
「同じアークスだろ」
「元だよ、元アークスなんだよ、俺は」
頭が痛い事に、この連中もアークス。アークス情報部。なんでそんな連中が出てくるんだと思ったが、こんな大ごとになっているのだ、出てきてもおかしくない。だが、どうして出てきて早々に、俺の報告書が握り潰されなければいけないのか。
「俺の上司はアンタじゃない。そういうのはクルーズかマクレーン課長にでも言ってくれ。俺の独断でそんな事は出来ない」
「心配するな。話は既に通してある」
無表情な蜥蜴顔の言葉は、こうも言っているのだろう。
「通しただけ、だろうが。こっちの都合なんぞ関係なしに強要した事を、話を通したなんて言うなよ」
「君もあの局員と同じ事を言うのだな。クルーズとか言ったかな、あの局員は。どうも彼は私達アークスが嫌いらしい。野良犬みたいに食って掛かってきて、非常に喧しかったよ」
第一印象から決めてました、俺はお前が嫌いだ。
「彼は情報統制という言葉を知らないらしい」
「それをしたかったら、きちんと俺達と協力するべきだろう。それをしないで何が情報統制だ。お前さんは、本当に情報部か?裏でコソコソするのは良いが、裏の事をこっちにまで押し付けるなんぞ、強引すぎる」
「情報部も色々と変わってきている最中でな。昔のやり方もあれば、今のやり方もある」
「それじゃ、これが今のやり方か?」
「いや、私のやり方だ」
味方を作らないが、敵を無限に作り出すような態度に、怒りを通り越して呆れが生まれる。そして、情報部の連中がこんな奴ばかりじゃない事を祈るよ、本当に。
「……理由を教えてくれるか?なぁに、俺も元アークスだ。もしかしたらアンタの提案を飲む理由を少しくらいは、理解出来るかもしれない」
「おかしな事を言うな、君は。君はもう私の提案を受け入れているじゃないか。物忘れが酷いようだが、この仕事を続けていけるのかな?」
「―――殺すぞ」
暴言1つ、それだけで俺を囲む連中が僅かな動きを見せる。俺からは見る事は出来ないが、微かな機械の稼働音が俺の耳の傍で鳴る。何を突き付けられているのか、まったくもって怖い怖い。
「言葉には気をつけろよ、元アークス」
「そっちこそ態度には気をつけろよ、アークス」
最前線から離れたとはいえ、こっちはまだその蜥蜴顔の凹凸を、他人に見せられないようにする事くらいは出来る。
「……なるほど、やはり君は面倒な男だ。あの場で君も死んでいてくれれば、こっち色々と楽だったというのに」
「そういう事を平気で言うのな、お前は」
「平気ではない。君の命をなんとも思っていないだけだ」
絶対に仲良くできないな、この蜥蜴とは。それ以前に、絶対友達とかいないぞ、こいつ。
「そこまで言うなら、頑張ったご褒美くらいはくれよ」
「ご褒美ね。なら、特別に質問に答えてやる。ただし1つだけ。そして回答の真偽は問わない事だ」
それ、質問する意味があるのかと思ったが、一応は質問するとしよう。だが、何を聞くべきか。色々と事が起こりすぎて、正直何が何だかわからない状況だ。そこで聞くべき質問などあるのだろうか。
考えて、考えて、考えて―――
「――2ヵ月前に殺されたアークスは、情報部の人間か?」
選択した質問に、僅かな手応えを感じた。
ジョンドゥは何も動じなかったが、背後で僅かに動揺する何かを感じた。どうやら情報部といっても全員が全員優秀というわけではないようだ。それを察知したのか、ジョンドゥは小さく溜息を吐き、俺を睨みつける。
「お前はやはり死んでおくべきだったな」
「なら、此処で殺すか?」
「こちらの手数が減るのは望ましくない。だから忠告しておく。これ以上、この件に余計な首を突っ込むな。もしも余計な事をすれば、こちらもそれ相応の措置を取る事にする」
そう言うとジョンドゥは立ち上がる。
「お前達に協力を仰ぐ事があれば、こちらから連絡する。それまでは余計な詮索などせず、黙って交通整理でもしていろ」
「その傲慢がアンタの首を絞めないといいな」
ジョンドゥは俺の質問には答えなかった。答えない事が正解なのだろう。あくまで勘だが、この事件はナオビでアークスが殺された時から起きている。もしくは、その過程で殺されている。
始まりはジェリコの死などではない。なら、始まりは何処なのか、何時なのか。
ジョンドゥを囲むように集団が取調室から出ていく。
残された俺になど、目もくれず。
その態度が気に入らないので、奴に少しだけ意地悪する事にした。
「あぁ、そうそう。ジョンドゥさんよ」
集団は足を止めるが、ジョンドゥは俺を見ようともしない。
「1つ思い出した事があるんだ。この事件とは全然関係ない事だ」
ならば関係ないとジョンドゥは歩を進みかけ、
「アンタさ、『無銘の血統』だろ?」
その足を止めた。止めたが、またすぐに歩き出す。歩き出すが、背後に向けられた殺意に近い怒気だけは隠そうともしなかった。
「―――貴様は殺す」
捨て台詞に偽りは感じられず、
「楽しみにしてるよ」
返す言葉には、哀れみを乗せてやった。
■■■
局内は非常に空気が重い。
重いだけなら良いのだが、その中に混じった怒りの矛先を俺に向けられるのは、ちょっと勘弁して欲しい。俺だって結構な被害者なんだ。大変だったな、の一言くらいは送ってくれてもいいじゃないか。
「話は終わったのか?」
そんな中で一番会いたくないクルーズは、片手に捜査資料。もう片手に煙草を持ちながら俺を睨んでいる。非常に怒っているのはわかるんだが、そんな目で俺を見るな。
「……煙草、付き合おうか?」
「勝手にしろ」
俺とクルーズが歩けば、海が割れるように道が開く。俺が言うのもなんだが、クローズも大概局員に親しみやすい奴だとは思われていないだろうな、きっと。真面目な局員ではあるが、他人にも自分にも厳しい上に、噂では気に入らない奴を次々と消しているとかいないとか。多分、嘘だと思っている。
喫煙室に入ると、中に居た連中は逃げるように出ていく。そんな毛嫌いしなくてもいいだろうと思いながら、今回もきっと俺のせいじゃないだろうと確信している。
自販機で珈琲を俺とクルーズの分を買い、奴に投げてやる。拒否されると思ったが、嫌々ながら受け取ってはくれた。
煙草に火をつけ、しばし2人は自分の煙だけを見つめる。
無言の時間が流れ、最初に耐えられなかったのはクルーズだった。
「蜥蜴野郎に何を言われた?」
「忘れろだと。あと、俺が出した報告書は、間違いだらけで再提出しておいたとさ」
「あぁ、これの事か」
クルーズが持っていた捜査資料は、書き直された俺の報告書だった。一応目を通して見たが、なんとも出来が悪い。本当が塗りつぶされ、改悪された出来事が非常に醜い。
「酷い内容だ」
「貴様が何時も出すものよりは、幾分か読みやすい」
「読んではくれるのな。優しい事で」
「それが仕事だ」
真面目な事で助かるよ。
「―――それで、警備局としては、これからどうするんだ?」
「どうもこうもない。上の連中は早々に奴の提案を受け入れている。こちらが汗水垂らして集めた情報は、1時間後にはアークスの連中の下へ送られる。捜査本部は解散とまではいかないだろうが、縮小される事は間違いない」
「おい、それは拙いだろ。昨日の件で死人がゴロゴロ出るわ、人形病患者は増えるわで、警備局としても動かないといけない状態なはずだ」
そんな事をすれば、この街は非常に面倒な事になる。既に面倒な状態なのだ、それを悪化させるなんて正気の沙汰とは思えない。
「わかっている。そんな事は……こっちもそれを言ったが、代案を出すとさ」
「代案だ?そんなもんがあるのかよ」
「イクサ之5番艦から、兵を送るそうだ。その連中が街の治安維持を担当するとさ」
護衛艦イクサはオラクル船団、つまりはアークスシップの防衛を担う艦だ。多目的作業艦タタラが作業用なら、イクサは戦闘用。タタラはアークスに属するアークスシップの1つではあるが、イクサは統合軍と呼ばれるアークス船団とは別の組織に属している。
統合軍はオラクル船団が航海を開始した頃より存在する組織であり、文化を持つ生命体が存在する星々が協定を結ぶ事で生まれた星間連合組織。その歴史は古いらしいのだが、具体的な事を知らない連中は結構多い。俺も含めてな。もっとも、今となってはオラクル船団に属する戦艦という認識が強いだろう。
「という事は、統合軍ご自慢の装甲歩兵か。おい、連中は本気でそんな事をやろうってのか?」
「本気だろうよ。明日には、街中に重装備の兵士共があちこちに配備されるだろ」
それは、あまりにも苦痛な光景だ。
ダーカー襲撃から今まで、シップ内の復旧作業が始まる事で、人々は僅かながら安心を取り戻してきたはずだ。少しずつ元通りになっていく街。少しずつ戻ろうとする自分の生活。恐ろしい出来事は過去で、明日に向けて歩みを進める事が出来る。そんな風に思えるようになったはずが、明日からは戦いを連想させる者達が街中に現れる。そんな状態で何を安心すれば良いと言うのだろうか。
「なぁ、ヴァン。アークスの情報部とかいう連中は、そこまで強権を出せる連中なのか、俺達のしてきた事を、簡単に踏み躙る様な事をしても許される連中なのか?」
だが疑問はある。ジョンドゥ個人か、情報部としての決定かは知らないが、この状況で統合軍を動かして何のメリットがあるというのか。
確かに連中は、統合軍を動かす強権を発動する事は出来るかもしれないが、この状況でそれをする事はデメリットしかない。
この状況、事件が起きている状況ではなく、ダーカー襲撃を受けて損傷している状況でもない。この状況とは、ある人物がナオビに居るという状況だ。
「おい、人の話を聞いて……」
聞いている。だから、思い出しているのだ。
「クルーズ。この前、俺が臨戦地区に行った時、有名人と会ったんだ」
「何の話をしている?」
「『名誉ある敗北者』、知ってるだろ」
「―――フォルテ視察官の事か?」
視察官フォルテ、『名誉ある敗北者』、彼の名は有名だ。元々は前アークス総司令の補佐をしていたらしいのだが、その真相はあやふやだ。以前のアークスにおいて総司令という役職はお飾りの様な物だという事は、多くの者が知っている。実際の支配者は別にあり、あくまで置物でしかない。だが、そんな中でフォルテという男の存在は、多くの者が知っている。
補佐と言われているが、表の舞台でアークスの中心にいた人物だ。六芒の様な英雄の様な存在ではなく、明確な結果を出してくれる人物という意味でだ。
『名誉ある敗北者』という名が付いたのは、次のアークス総司令を決める際に推薦された者達の中で、現在の総司令と最後まで票を奪い合った好敵手となったのが原因だろう。
今だから言うが、俺は疑問を抱いている。今の総司令に文句を言う気はないし、彼女が行ってきた改革の様なモノについて文句もない。だが、それを視野に入れても果たして彼女があの男よりも支持を得て、総司令になる事などあるのだろうか。
まるで出来レースを見たような感覚だ。そして、フォルテは現総司令が総司令に相応しいと思わせる為に用意された役者なのではないか。選ばれた者は、総司令に選ばれなかった者以上に優れた者だと周囲を納得させる材料だったのではないか。
そう思う者は意外と少なくない。
それ故に『名誉ある敗北者』。
今でも彼を祭り上げようとする輩が居るらしいのだが、彼は何も語る事なく視察官という役職に就く事になる。総司令でなければ補佐として役職に就いてほしいという声もあるが、それも彼は拒んだ。だが、それなりに思う事はあったのだろうが、司令官の補佐ではなく、一定期間は補佐の補佐としてサポートとはしていたらしい。それは、彼自身が望んだ事でもあったとか、そうじゃないとか。
兎も角、そんな有名な人だったわけだ、彼は。
そんな有名人が今、このナオビにいる。それが何を意味するか、クルーズが気づかないわけがないだろう。
「……おい、待て。あの人がナオビに来ているのか?来ているのに情報部はこんな事をしているのか?」
自殺行為。
この言葉が相応しいだろう。
以前も言ったが、視察官は各アークスシップを視察し、問題がないかを確認する役職だ。その権限は非常に強く、艦を指揮する者よりも強いとも言われている。だが、それはあくまで過去の事。アークスが新体制になると同時に、視察官の視察対象にアークスシップだけでなく、各部門も査察の対象に含まれている。
完全な第三者としての目線。その目線にある権限は、他の部門に一切の介入を許さない。噂ではその権限を得た事で六芒ともやり合えるらしいが、真実はわからない。しかし、そんな噂が出てくる以上、視察官という存在は非常に厄介だ。
「……なら今回はどうなんだ?この状況は明らかに他組織へ介入としてはやり過ぎている。問題になってもおかしくないはずだ」
普通はそうだ。そうなのだが、果たしてあの蜥蜴頭がそんな事もわからない奴なのだろうか。いいや、そうじゃない。とてもそんな馬鹿な奴には見えない。あの横暴で傲慢な態度は確信があっての行動だろう。都市警備局を捜査から外し、護衛艦の兵力を街に解き放っても問題にならないという確信。
その確信は何処から来るのか。
「視察官を欺く事が可能という確信……いや、それとも視察官が目を瞑る確信か?」
「この状況は非常に良くないぞ、クルーズ。捜査介入とかどうかの問題じゃない。スパルタン、イプシロンは、このナオビで何かをやろうとしている。そのやろうとしている事が原因で、視察官が目を瞑ってしまうような事なら」
「想像がつくか、お前には。俺には想像がつかん」
「俺もだよ……だから、このままじゃ拙いんだよ」
飲み掛けの珈琲をゴミ箱に放り捨てる。
「情報部が何かを隠していて、俺達に情報が下りてくる頃には手遅れ、なんて事になったら笑い話にもならない」
既に吸い終わった煙草を灰皿に置き、俺は動き出す。
「そっちに迷惑をかけるかもしれんが、こっちはこっちで勝手に動かせてもらうぞ。クビにするなら全部終わってからにしてくれ」
「お前がどうなろうと知らん。お前は勝手に動いたんだ、俺は知らん……報告は俺個人にだけに寄越せ。他の連中を巻き込むには色々と足りない」
「巻き込むのか、他の連中も?」
「巻き込むさ。俺も、アイツ等も警備局の仕事に誇りがある」
「羨ましい事で……ところで、お前は俺の事を身内と思っていないのに、俺を信用するのか?」
「信用していない。身内だとも思っていない―――だが、お前以上に気に入らない奴が居る以上、他人でも使うだけだ」
「そいつは上々。俺もアイツは嫌いだ」
このナオビで何かが起きようとしている―――否、もう起きている。その何かを掴む為に行動を開始する。ただの殺人事件から巨大な何かが生み出されている事に気づいてしまった今、行動する事に何ら疑問はない。
「クルーズ。俺はアークス殺しの方を調べる。情報部の眼はそれで俺に向けられるはずだ。その間、警備局はジェリコの方を調べてくれ」
「囮になるのは構わんが、骨は拾わんぞ。あの事件の捜査資料はジェッドに貰え、話は通しておく」
「ジェッド?」
「……ジェリコの部屋の前にいた若い局員だ。人の顔くらい覚えろ」
そいつは失敬。
「それで、宛はあるのか?あの捜査資料だけでは心許ないぞ」
「捜査の基本は足だろ?」
そう言って、自慢の足を叩いて見せた。