PHANTASY STAR ONLINE2~星霜ヲ蝕ス三重奏~ 作:無銘数打
「車に乗るって、何時以来だろうなぁ……」
助手席に乗ったジェッドという若い局員は、興味深そうに車内を見回す。
「やっぱり珍しいか、車は」
「あぁ、珍しいよ。移動は殆ど徒歩だし、それで十分だからな。自家用車持ってる奴なんて、相当の変わり者さ」
酷い言われ様だ。
クルーズに言われ、ジェッドから捜査資料を受け取った時、時間は就業時間を超えており、ジェッドは早々に帰宅の準備をしていた。ギリギリで捜査資料を受け取る事が出来たので一安心、俺も一度帰宅するつもりだったので、入口まで一緒になった。その際に俺が移動に車を使っている話をすると、ジェッドは興味を示した結果、こうして車の助手席に彼が乗っているのだ。
「……なんか、アンタの評判また下がったみたいだな」
「そうみたいだな」
「悪いな。アンタのせいじゃないのに」
そういえば、あの時もこんな風に彼は俺に謝っていたな。
「気にしてないと言えば嘘になるが、この歳にもなるとそんな経験は割としてるんだ。だからお前が気にする事はないよ」
時間は夜、ナオビの空は夜仕様になっている。今日は天井窓が解放されているのか、空に映し出されているのは無限の宇宙、そして星々。
「これからどうなるんだろうな、ナオビは……」
「不安か?」
「そりゃまぁ、一応はな。せっかく少しずつだけど元に戻ろうとしているのに、なんでこんな事が起こってしまうんだって……なんか、虚しくてな」
この街に思い入れがあるのだろう。俺はあまりないが、その気持ちはわからないわけではない。俺もクルーズも動き出しているのは、この若者がこんな想いを抱かなくてもいいようにする為でもあるのだろう。一応、これでも年上だから、若者にはそれなりに優しくしておきたいんだよ。
「……あのさ、なんでアークスを辞めたのか聞いてもいいか?」
急な話題変換だが、そんな思い切った事を聞かれ、少しだけ戸惑った。
「いや、別に話したくないなら、」
別に話したくないわけではない。話したいわけでもないがな。
「別に大した理由はない。体は至って健康。戦闘にトラウマもって戦えなくなったわけでもない。なんとなく辞めてもいいタイミングだったから、辞めようと思って辞めただけ」
返答としては些か適当過ぎたのか、ジェッドは納得していない顔をしている。
「後悔とか、してないのか?」
「給料は安くなったな。あとは、肉体労働から頭脳労働に切り替わったのもきついかな……でも、アークスよりは安全だ。最近まではな」
こんな事態になるとは予想外だ、誰も想像なんて出来ない。そうならない為に、皆が頑張っているのだから。
「やっぱりアークスの仕事は危険なんだな」
「危険も危険さ。何度も死にかけたのに、仕事だから嫌でもまた戦場だ。終いには常に危険な場所での常駐任務ときた。明日は死ぬかもしれない。いや、今日死ぬかもしれない。そんな事ばっかり考えてた」
「常に危険な場所って言うと……えっと」
「惑星リリーパさ。そこの採掘基地の護衛、あとは壊世地区の調査かな。壊世地区の調査は別にいいが、採掘基地はどうしてかダーカーによく襲われてな……」
あの頃は、どうして惑星リリーパでは、どうしてこんなにダーカーに襲われるのか疑問だったが、最近になってその理由が判明した。もしもそれを最初から知っていたら、早々に転属願を出していた。
「リリーパ……って事は、あのダークファルス『若人』が現れた時にあの場に居たのか?」
「残念ながらな」
「はぁ……なんか凄いな、アンタ」
別に関心されても嬉しくない。
「色々と聞いてくるが、もしかしてアークスに興味でもあるのか?」
聞くとジェッドは照れながら言う。
「一応、アークス志望だった。適正なくてダメだったけどな。その代わり、弟は中々優秀でな、今は士官学校で頑張っているはずだ」
「そいつは幸運だと思うべきだな。弟さんには悪いが、よっぽどの理由がない限り、あんな仕事はするもんじゃない。」
「でもよ、宇宙の平和を守る仕事だろ?憧れるし、自分もそうなりたいって思うだろ、普通はさ」
そういうものなのだろうか?
いや、自分がそう思わないからと言って、他人の想いを否定してはいけないだろう。だが、現実としてあるのは、こうしてアークスになりたい人間がならず、流れに身を任せてアークスになり、辞めてしまった人間が此処にいる。それはなりたいと願う者を否定する事になるのではないか。
そんな事を思ってしまったからか、口が滑る。
「宇宙の平和を守れても、家庭の平和は守れないぞ」
「え?」
「……いや、なんでもない」
どうでもいい事を喋ってしまった。
「……結婚、してるのか?」
「プライベートにズカズカと踏み込む奴は嫌われるぞ」
「あ、すまない」
これはあまり話したくない話。話しても楽しくない話だ。
「……結婚はしてた。子供もいた。でも、アークスなんぞしてるから、全部壊れた」
疲れてるんだろうな、きっと。
喋らなくていい事をぺらペらと喋っている。数日前の戦闘に加え、今日はジョンドゥとの会話。更には今後の面倒事への対処と、色々と積み重なっている。そういえば、まともな睡眠を取っていない気がする。
車内に妙な空気が充満する。
俺が悪いのか、ジェッドが悪いのか。
久しぶりに悪意を向けない相手を前に、色々と油断した俺が悪いのか。
「お前は、誰か狙っている娘は居るのか?」
「え?なんだよ、藪から棒に」
「俺が話して、お前が話さないのは卑怯だろ。それで、誰か居るのか?」
「……気になる人は、居る。でも、その人とはあまり話した事ないし、多分俺の事も同僚くらいにしか思っていないかも」
なるほど、社内恋愛ってやつか。
甘いねぇ、甘酸っぱいねぇ。
「だったら自分からアプローチしないとな。物事は自分に都合の良い様には動いてくれない。待ってるだけじゃ手に入らない。これはどんな事にも共通している認識だ」
「わかってるよ……だから、今度ディナーでも、と」
「へぇ、いいんじゃねぇの?」
自分にもこんな時代があったのだろう。きっと、多分、そう思う。だから、その事を思い出すとなんとも言えない感情が沸き上がる。それが懐かしいという感情なら、俺はきっと大丈夫だろう。そうでなければ、色々と駄目だからな。
「上手くいったら、酒でも奢ってやる。勿論、駄目でも奢ってやる」
「あんた、他人事だと思って楽しんでるだろ?」
それ正解。
■■■
帰宅と同時に出迎えるのは、爆音。
戦闘の音が部屋中に響き渡り、銃撃剣戟が倒れる者と生を勝ち取る者を選別する。
「………」
非常に近所迷惑な音を鳴らすのは、残念な事に我が家の住人。
「おかえりなさい、マスター」
「頼むから、音量を低くしてくれ……疲れてるんだよ」
「そうですか。ではお風呂に入られては?お風呂は良いですよ。今日は名湯1000選に選ばれた特別な入浴剤を使ってますので」
多いな、1000選って多いな。
「人が働いている時に、なんでお前は優々とゲームしてんだよ」
「すみません。今は報酬期間なのです。レアドロ100%なのです」
なのです、じゃねぇよ。
我が家のテレビの画面には、巨大な敵を相手に動き回る12人の戦士達。
「それ、なんてゲームだっけ?」
「Photon Success Online2、略してPSO2です」
別にゲームするなとは言わんが、アンジュは暇さえあればこればかり。おかげで我が家の唯一のテレビはこいつに独占されている。俺を社会情勢を知らん中年呼ばわりしているが、その原因を作っているのはお前だからな。
「―――っち、虹泥が無しですか……ヤベ、レアドロ焚き忘れてた」
何の事を言っているのかさっぱりわからんが、良い結果ではないらしい。画面上にはアンジュの使う重装甲のキャスト(男)がセクシーポーズを決めている。その両隣にはニューマン(女)とニューマン(女)らしきキャラがいるのだが、
「すげぇ名前だな。なんだ、この『銀河系超絶美女あーさん』って。あと、隣の『歴戦ジャンバラヤ』ってのも、どういうセンスしてんだよ?」
「こういうゲームでは普通です。マスターのセンスが古いんですよ。ちなみに、私のイケメン重装甲キャストはですね―――」
いや、もう聞きたくない。ゲームとか全然しないのでついていけない。
「それで、お嬢さんは何処だ?」
「奥で着替えてますよ……覗きますか?」
覗くわけないだろうが。
「お前さ、ゲームばっかして、看病とかしてないだろ」
「失礼な。確かに丸1日ゲーム出来て最高でしたが」
「してるじゃねぇか、ゲーム」
「……名探偵ですか?」
「都市警備局員だよ」
などと馬鹿な会話をしていると、台所から良い匂いがしてくる。
「なんだ、一応料理はしてたのか」
「私じゃありませんよ」
だったらお嬢さんが料理してたのか。怪我人に料理させて自分はゲームとは良い身分だ。今回は流石に問題ありなので、黙ってアンジュのIDを削除してやろうと思ったが、
「―――アンジュちゃん、悪いけどお皿並べて……」
台所から現れたのは、エプロン姿のモニカだった。
「あ、ヴァンさん。お、おかえりなさい。ごはん、出来てます、けど……」
エプロンが良く似合いますね、じゃない。招いた記憶もなければ、彼女を此処に呼ぶ理由も俺にはない。住居不法侵入かと思うがそんな度胸はきっとこの娘にはない。
「……なんで居る?」
「え?」
「いや、え?じゃなくて、何で君がいるのかを聞いているんだが」
「え、だって、アンジュちゃんが……ヴァンさん、が……困ったら私を呼べって……言ってたからって……その……」
お前のせいじゃねぇか。
ゲームのコードを引き抜き、ゲーム画面が消えた。
「っな!?マスター、これは幾らなんでも酷いです!!」
「五月蠅い。良いから、なんでモニカが此処にいるか説明しろ」
「―――どうしました?何やら騒がしいですが……」
そこに更なる登場人物……と言っても、始末屋のお嬢さんが着替えを終えて出てきただけだった。だけだったのだが、彼女が着ている妙にファンシーなパジャマには身に覚えがない。俺は当然着ないし、アンジュが着るにはサイズが小さい。
「あぁ、貴方ですか。おかえりなさい。モニカ、この服のサイズは大丈夫でした」
「良かったです。それ、私のお古なんですけど、シアさんに似合ってます」
シアさん?はて、そんな奴は居ただろうか?と混乱する俺に、アンジュが耳打ちする。
「モニカには彼女の事を秘密にしていますので、とりあえずモニカの前では彼女はシアさんという事で通します。ちなみに、名前を考えるのが面倒だったので、近所の奥さんが飼ってる小汚い犬と同じ名前にしておきました」
小汚い言うな。いや、確かに小汚いが……とりあえず、そろそろ何がどうなっているか説明して欲しいのだが
■■■
順を追って説明すると、こうだ。
まず先日の戦闘の後、始末屋のお嬢さんは我が家で匿う事になった。
医者に行くことを拒否するので、仕方なく我が家にある医療品を使って治療する事になった。伊達に戦場にいたわけではない俺とアンジュは、限りある医療品で彼女を治療し、後はゆっくりと休ませる事になった。本当はきちんとした医者に連れいくべきなのだが、それを言うと彼女はさっさとこの場から居なくなってしまう可能性があるので、口を噤む。
俺が警備局に行っている間、彼女の面倒はアンジュに、非常に不安だがアンジュに任せた。それが今回の原因となったらしい。治療は当然、ただ休ませていればいいわけではない。包帯などの医療品がいるのだが、それも限りはある。なので、アンジュは早々に医療品を手に入れなければならない事に気づく。包帯程度だけなら近場の薬局で手に入るが、痛み止め等はそう簡単に手に入らない。更に彼女が着る衣類も必要だ。とりあえず俺のシャツをパジャマ代わりにしているが、下着などはそうはいかない。それも手に入れなければとアンジュは思った。
サポートパートナーとして、マスターに彼女の面倒を見るように言われた手前、なんとかしなければという想いはあったらしい。だが、それ以上にアンジュの心の底から込み上げてくる感情はこうだった。
「ぶっちゃけ、面倒くせぇ」
一発殴っておいた。
そんな想いを良い感じに拗らせたアンジュは、妥協案を考える。何故に妥協案を考えるのかは知らんが、アンジュは考えたらしい。面倒くさいが面倒は見なければならない。一応は病人。腐っても病人。なんで私がこんな奴の為の世話をしなければならんのじゃ、と思っても病人は病人。
そしてアンジュは閃いた。なんでか閃いてしまった。
「そうだ、彼女の看病を任されたのは私だが、私がやる必要が何処にあるのか」
それは閃きではなく、放棄である。
そこで運悪く白羽の矢が立ったのは、モニカだった。
俺の知らない内に連絡先を交換していたらしく、アンジュは早々にモニカに応援を頼む。
「マスターが知らない内にこさえた娘が、ギャングに襲われて負傷してしまいました。病院に連れていきたいのですが、それでは彼女に危険が及びます。ですから、モニカ。アークスにある医療品を適当にがめて来てください。あと、彼女の衣類も必要なのです。サイズ?そんなの着れれば何でもいいです。なかったらゴミ袋に首と手を出す所を切って持ってきてください。責任は全てマスターが取ってくれます。はい?マスターが本当にそんな事を言っているのかって?モニカ。おい、モニカ。マスターの事を一番理解しているのは私です。そのマスターが今、助けを求めているのです。その相手は貴女です。貴女でなければいけないのです。あと、ついでに夕飯の買い物を頼みます。領収書はマスターで」
酷い注文の仕方で、普通なら断っても良いのだが、何故か奮起してしまったモニカは、きちんとした手続きで医療品を手に入れ、自分の持っている衣類をトランクに詰め込み、わざわざ仕事を体調不良で抜け出して来てくれたらしい……あとでドゥドゥには俺から謝っておくから、泣くな。
親切なモニカを騙して我が家に連れて来たはいいが、当然ながら焦るのは始末屋。自分の存在を赤の他人に知られるのは拙い。急いで隠れねばと思ったが、時すでに遅し。
「モニカ、この方がマスターが行きずりの女と作った娘です。名前?名前ですか……ん、相変わらずお隣の犬はキャンキャン喧しいですね。あ、名前ですか?彼女の名前は、えっと……シアです。シアさんと言います」
もう一度言うが、このシアという名前は、俺のお隣の奥さんが飼っている犬の名前。多少汚れているが、小汚いという表現はしない。あえてしないのだ。
「シアさん、ですか。あ、あの、私はモニカって言います」
此処まで来て、違うとも言えない始末屋。下手な事を言えば彼女にも危険が及ぶかもしれないと思ったのか、
「シ、シアです。その、よろしくお願いします……」
なんか、色々と申し訳ない気持ちでいっぱいだった―――というわけで、現在に至るらしいのだが、
「貴方の相棒は、非常に厄介ですね……同情します」
「少しでも理解してくれるなら嬉しいよ」
再び台所の奥に引っ込んだモニカ。電源を入れなおしてゲームをするアンジュ。残された俺と始末屋は非常に気まずい。
「……私、貴方の娘という事になっているんですが」
「反論はしなかったのかよ」
「言えるわけないでしょう、あの状況でッ!!」
声がでかい、声が。
「お前さんも、もう少しマシな設定を考えろよ。モニカを見ろ。なんか「複雑な親子みたいですけど、私は応援してますから」みたいな目で俺を見てるぞ」
「それは私のせいじゃないです。全部あのちっこいのが悪いんです。第一、あの場に居なかった貴方も問題です。医者に行けない私も悪いですが、アレに看病を任せる貴方にも責任はありますッ!!」
「……いや、もういい。なんかもう……」
「……すみません。この状況で貴方に文句を言ってもしょうがないですよね」
これ以上、互いを責めても何も生み出さないと気づいた俺達は、黙って食事が出来上がるのを待つ事にした。
「ところで、そちらに動きはありましたか?」
非常に面倒な事になっていることを、彼女に話す。その内容にあまり驚いていない様子に気づく俺。それに気づかれた始末屋は申し訳なさそうに視線を逸らす。
未だに彼女の立ち位置はわからない。アークス側である事は確かだろうが、それが情報部に繋がっていないとも限らない。つまり、この状況を作り出したのは自分にも原因があるかもしれない、と思っているのだろう。そう思わせてしまったのだろう。
「……言える範囲で構わない。話せない事は話さなくても良い」
「それは……」
「でもな、今は何がどうなっているか、まるでわからん。何処が始まりで、何が原因でこうなっているのか。必要な情報はこっちの手元にはない。俺には戦えるカードが必要なんだ。じゃないと勝負も出来ない」
彼女にも立場がある。始末屋としての立場がどういうものか、それを知る事は出来ないだろう。それはどれだけ重いのか、どれだけ辛いモノなのか、理解するには何も知らなすぎる。
「ほんの少しで構わない。協力して欲しい」
「……出来る範囲でなら、協力できるかもしれません。ですが―――」
始末屋の言葉を遮るように、モニカが台所から現れた。
「出来ましたよぉ」
モニカの手にあるのは土鍋。中にはグツグツと煮える沢山の食材。
「栄養が沢山取れる鍋にしてみました。味は……多分、大丈夫なはずです……」
食事の準備が出来たのであれば、話は此処で一度終わりだ。
「腹が減っては戦は出来ぬだ。今は沢山食って、栄養取るのが先決だな」
「はい……そうですね」
本格的な話は後にする。
今は飯を食う、沢山食って英気を養うとしよう。
「アンジュちゃんは私の隣ね。ヴァンさんと、シアさんは……そっちに座ってください」
「親子なんですから、当然です。モニカ、ナイスです」
「………」
「………」
モニカの悪意の無い優しい眼差しは、非常に食欲を失せていく。
英気、養えないかもな……