PHANTASY STAR ONLINE2~星霜ヲ蝕ス三重奏~ 作:無銘数打
その男は今、たった1人で事件現場に赴いている。
ジェリコが殺された部屋。殺害現場の部屋は、現場保存が解かれ、業者が部屋の清掃に入ろうとする直前、クルーズはその作業を止めてもらい、最後の現場検証を始めている。だが、部屋は綺麗なものだった。恐らく、警備局の以外の連中が現場検証を終え、早々に片づけに入っているだろう。
警備局に一切の連絡もなく、許可も求めずに。
仮に最初の現場検証時に何らかの見落としがあったとしても、情報部の者達によって新たに見つかった証拠は持ち去られている可能性は高い。だが、そうであっても僅かな可能性はあるかもしれない。
部屋の床に四つん這いになり、床を舐めるように凝視する。ほんの僅かな可能性が、警備局も情報部も見逃した何かがあるかもしれない。
埃もない綺麗な床を、じっと見つめ、這うように進む。壁に付いたら折り返して同じ事をする。部下達には見せられない光景だと思いながらも、藁にも縋る想いで作業を進めていく。
そうして時間は過ぎ、部屋が暗くなっている事に気づいた段階で、深い溜息が漏れた。
床に座り込み、今度は天井を見上げながら倒れこむ。
結局は何も見つからない。
証拠も何もありはしない。
無駄な行為に時間を使い過ぎた。これがこの後に起こるかもしれない何かへの対応が、大きく遅れてしまう可能性もある。
「可能性、可能性と……まったく、実に不愉快だ」
「私としては、愉快な光景ですけどね」
独り言に返す言葉に驚き、起き上がると目に入ったのは、小さな人型。
「なんでお前が此処にいる?」
クルーズが訪ねると、アンジュはビニール袋を差し出す。
「……なんだ、それは」
「差し入れです」
差し出されたビニール袋を受け取り、中を見ると入っているのはアンパンと牛乳、そしてクルーズが愛用している煙草の箱が1つ。
「子供は煙草を買えませんが、サポートパートナーは普通に買えるなんて変ですね。今後、法改正が必要かと思われます」
「……何のつもりだ?」
「ですから、差し入れです。お嫌いなら、別の物を買ってきましょうか?エッチな本は流石に買えませんけど」
このサポートパートナーは、相手が主の上司であろうと関係ないのだろうな、と少しだけ感心してしまった。残念な事に、少しだけ。
要らないと突っ返そうと思ったが、腹の虫は漸く食料にありつけると歓喜したのか、盛大な鳴き声を上げる。
「これでいい」
アンパンのビニールを空け、かぶりつくと口の中に疲労を忘れる程の甘味が広がる。
「あ、ちゃんと領収書は切ってますから」
余計な一言で疲労がブーメランとなって帰ってきた。
「後で申請しておけ」
「そのつもりです」
数口でパンは胃袋に収まり、牛乳で一気に流し込む。ゴミをビニールに詰め、煙草を取り出して食後の一服に入る。口にしてから此処が現場である事を思い出したが、明日には綺麗に片づけられるのだ、今更どうでもいいだろうと自棄になる。
「ヴァンはどうした、一緒じゃないのか?」
「今は別行動中です。午前中はちょっと野暮用で単独行動。午後からはマスターと合流するつもりだったのですが」
アンジュはわざとらしく床に四つん這いになり、クルーズを見る。
「面白い事をしている方が居たので、ちょっと観察を」
「お前が此処にいる理由が抜けているぞ」
「私なりの確認です」
サポートパートナーは、マスターの指示がなければ動けない人形なのかと思っていたが、考え違いをしていたらしい。少なくとも、このサポートパートナーはマスターの命令がなくとも自分で考え、自分の行動を決定している様に思える。
「随分と働き者の従者だな」
「従者とは良い言い方をしますね。貴方なら、きっと奴隷とか言うと思ってました」
「どっちでも構わんだろ。それとも、違うと言うのか、お前は」
「どっちでも構いませんよ。他人からどう思われようとも、私はマスターの望む私ですので……」
まるで恋人みたいな言い方だ。いや、恋人ならもっと自己主張するはずだが、このサポートパートナーはしない。自分が何者か理解し、納得しているからだろうとクルーズは理解する事にした。
それが正解でも、不正解でも、きっとこの小さな従者は自分で納得した事しかしないのだろうから。
「まぁ、いいさ。それで、ヴァンからは何か連絡あったのか?」
「貴方になければ、何の収穫もないでしょうね。もしくは、あの小娘と乳繰り合っているだけかもしれませんが」
何の事を言っているのかわからないが、クルーズは何故かアンジュが不機嫌な顔をしていた様に思えた。気のせいかもしれないが、そう感じた。
「なんだ、大好きな主を誰かに取られそうなのか?」
「馬鹿にしないでください。その程度で私のマスターへの海よりも広く、水溜よりも浅い心がどうにかなるとお思いですか?」
よくわからない比喩表現だが、何処か言い訳に聞こえたのが面白かった。少しだけ、ほんの少しだけ、アンジュの事を気に入りそうになった。
「……馬鹿にしてますね、絶対」
「いいや、感心しているだけだ―――それよりも、」
煙草を携帯灰皿に入れ、立ち上がる。数時間ぶりに立ち上がったせいで、体の調子がいまいちに思えたが、次第に元に戻るだろう。
「此処はもう何もない様だ。時間の無駄だったか」
「何もない事がわかっただけ、十分な収穫ですよ。では、次はクレアの部屋にでも行きますか?」
「あそこはダメだ。今は情報部の連中が居る。それに、あの現状では何かを探す事の方が難しい……残念ながら、手詰まりだよ」
こちらは何の手掛かりも掴めなかった。後はヴァンの方で何らかの手掛かりを掴めれば良いのだがと思うと同時に、多少のやるせなさを感じる。あれだけ毛嫌いしていると正面切って言っておきながら、こんな時はヴァンを頼る自分が此処に居る。
「……出るぞ」
アンジュを連れ、マンションの外に出る。案の定、外は夕方に変わり、あと1時間もすれば夜になるだろう。
「俺は本部に戻るが、お前はどうする?」
「私は家に戻ります。マスターも帰っているでしょうから」
ならば、此処で別れるとしよう。
そう思っていたが、
「ですが、その前にちょっと寄り道しようと思ってます。貴方も付き合いませんか?」
突然の誘いにクルーズは首を傾げる。
「デートにでも誘う気か?」
「冗談は顔だけにしてください。野暮用でマスターの知り合いに会ってきたんですが、ついでにちょっと頼み事をしてきたんです。今頃、準備は出来ているはずですから」
「それにどうして俺が付き合わんといかんのだ……勝手にしろ、俺は帰る」
「良いのですか?」
何か含んだ言い方に、
「何がだ?」
思わず聞き返してしまう。
アンジュは悪戯をしようとする子供の様な笑みを浮かべ、言った。
「ジェイクの部屋、クレアの部屋。そのどちらも警備局では調べています。ですが、1か所だけ貴方達が直接調べていない場所があります」
「調べていない場所?」
「―――アイテムラボですよ」
■■■
「ドゥドゥさん、無理なお願いを聞いてくださり、ありがとうございました」
「構わん、と言いたい所だが、これは規則違反だ。いざとなれば君達を売って私は逃げるつもりだ」
「その時の全責任はこのクルーズさんが被りますので、ご安心を」
聞き捨てならない言葉だが、クルーズはそれどころではなかった。
「おい、アンジュ。本当に大丈夫なんだろうな。これは流石に拙いぞ」
「クルーズさん、男が一度決めた事を放り投げるなんて、男らしくないですよ」
一度でもこんな事をやるとは言ってない、と抗議してもこの小さな悪魔は自分の言い分など聞いてはくれないだろう。
「サイズは合っているかな、クルーズ君とやら」
「あ、あぁ、少しキツイが大丈夫だ」
臨戦地区、ショップエリアにある従業員専用の通路。部外者は当然お断りの場所を、クルーズはアイテムラボの店員の制服を着て歩いている。
「潜入捜査と思ってください。ほら、私だってこうして段ボールの中で我慢してます」
ドゥドゥという男の後ろを、アンジュが入った段ボールを乗せた台車を押すクルーズ。何度か店員達とすれ違っているが、今の所は部外者とは気づかれてはいないようだ。
「クルーズ君、もう少し堂々としたまえ。あまり挙動不審だと怪しまれるぞ」
「わかっている、わかってはいるが……」
潜入捜査など経験がない。表立って警備局として捜査をするのとは違う。あちらでは捜査令状という免罪符があったが、今回は完全な丸腰。しかも相手はアークス。現在の状況でこんな捜査をしている事がばれたら、面倒以上の事が起こるに違いない。
「アンタ、ドゥドゥとかいったか。アンタはこんな事に協力して大丈夫なのか?」
「私は新参者で余所者だ。しばらくすれば元の場所に戻るだけ。その前に少しだけ若気の至りで冒険をしてしまったという事にするさ。無論、先程も言ったが、ばれたら私は逃げるがな」
若気の至りなんて言葉を使って大丈夫な歳じゃないだろう、と思ったが口には出さない。クルーズも理解はしている。これは危険な事だが、危険を冒すだけの事はある行為なのだと。
「それにしてもクルーズ君、君も妙なコンビに巻き込まれたものだな。同情するよ」
「ドゥドゥさん、マスターを悪く言って構いませんが、私を悪く言わないでください。傷つくじゃないですか」
「私からすれば、どっちもどっちさ。私の周りで問題を起こすのは、常に君達だ。その度に私にどれだけ迷惑がかかったと思っているのかね?」
「……おかしいですね。私の記憶によれば、私達の起こす問題を酒のツマミにして、楽しんで傍観してたのは、ドゥドゥさんだったはずでは」
「それは君の記憶違いさ」
つまり、本当にどっちもどっちという事かと、クルーズは溜息を吐く。
こんな話をしている内に辿り着いたのは、ショップエリアの店員が使う各店舗の事務所エリア。そこは更衣室兼ロッカールームもでもある。
「中に誰か居るという事はあるか?」
「この時間帯は用がない限りは誰も居ないはずだよ。だが、一応誰かが来る可能性もあるので、気を付ける様に」
ドゥドゥが最初に中に入り、誰も居ない事を確認し、手招きする。クルーズは周囲を確認しながら中に入ると、段ボールの中からアンジュが顔を出す。
「念の為に言っておくが、端末には触らない様に。外に出して良い情報ばかりではないのでな」
「そういう事を警備局員の前で言わんでくれ。見られて困るものがあるとか、そういうのはな」
「私は困らないが、アークスの個人情報も幾つかはあるのだよ。といっても、その人物がアイテムラボを使用した際の情報だがね」
アイテムラボはアークスにとって必要不可欠な場所ではあるが、同時に一番反感を買う場所だと聞いた事がある。この話は有名で、武器や防具の強化には多くのメセタと、高額な素材が必要となるのだが、それだけ持っていっても100%望む結果が得られるというわけではないらしい。
「こちらもすべて運任せの仕事をしているわけではない。例えば、特定の組み合わせで巧くいかない事があったとして、過去のデータと照らし合わせ、どの組み合わせならば成功するか、失敗するか。特定の組み合わせなら成功の可能性が高くなるか等、成功と失敗のデータを蓄積する事で、努力を重ねているという事さ」
「運任せの商売は、ないって事だな。まぁ、別にアークスがどれだけ損したかなんて、今は興味ない。必要なのは、ジェリコが使っていたロッカーだけだ」
ロッカールームに入り、並ぶロッカーからジェリコが使用していた場所を探す。
「だが、クルーズ君。既に情報部の者達が調べた場所に、何らかの証拠が残っているとは思えないが、探す意味があるのかね?」
「在る、とは言えないが、必ず無いとも言えない。情報部が見逃した可能性もあるだろうし、見逃すほどに隠された何かがあるかもしれない」
結局はギャンブルの様なものだが、これも必要な事だ。何も無ければ、無いという結果が得られる。そうすれば、次はこんな危ない橋を渡る必要はなくなるわけだが、
「鍵が掛かってますね」
「それは掛かっているだろうね」
当然ながら、ロッカーは開かない。鍵はあるかとドゥドゥに尋ねるが、首は縦には振られない。ロッカーの鍵は事務所で管理しているだろうが、簡単に取り出しが可能というわけではなく、扱いを任せられるのは上の役職だけ。
「どうします?こじ開けますか?」
ロッカーの鍵は、カードを差し込み開けるタイプ。鍵穴というアナログな構造は、当の昔に絶滅している。
「……いや、こっちを使う」
クルーズはポケットから掌に収まる小さな端末を取り出す。端末からコードを伸ばし、鍵穴ならぬカードリーダーに差し込む。
「ほぅ、警備局にはそのような物が支給されているのか」
「まさか。こいつは貸ロッカー荒らしを逮捕した時に、押収した証拠品だ」
「クルーズさん、私が言うのは何ですが、それは規則違反ですよ」
そんな事は百も承知だ。その上で行っているのだ。
「規則を守る事は大切だ。守って当然の事を守らない奴は悪くて当然。だが、時にはそれを守っているだけでは、どうにもならない事もある……まったく、これで俺はお前のマスターに弱みを掴まれたというわけだ」
端末を操作しながら、溜息を吐く。
「確かに弱みになるでしょうね。弱みになるでしょうが、これは私に掴まれただけですので、ご安心を」
「そっちの方が怖いな」
「……ちなみにこれは極秘情報ですが、多分クルーズさんみたいな方は、マスターは結構好きですよ」
「そっちは侮辱だな」
話している内に、鍵が開く音が聞こえた。
ロッカーの中を空けると―――見事に何もない。
わかってはいたが、落胆を隠す事は出来なかった。とりあえずロッカーの中を覗き込み、何か隠しているような場所がないかを探してみる。探してみるが、奇妙な場所はない。なんてことのない、空のロッカーがあるだけ。
「スキャンしてみましたが、反応はありません」
「空振りという事か」
落胆はするが、これで次の可能性を探す事が出来るとのだと、クルーズは自分に言い聞かせる事にする。だが、それでもロッカーの中に何かが隠されていた可能性はある。その可能性を見る事が出来ない、見つける事が出来ないのは多少の憤りを感じる事はある。
「ドゥドゥさん、他に何か手掛かりになるような事はありませんか?」
「私とて彼とは、それほど会話があるような関係ではないよ」
空っぽ、何もない、ロッカー。
何もない、何もない、何もないのは―――何もなかったのではないか。
「……アンジュ、もしも見つかってはいけないモノがあるとして、それを外に持ち出せない、もしくは中に隠すとした場合、お前は何処に隠す?」
「藪から棒ですね……何処に隠すか、と言われても、私の場合は此処と同じ様なロッカーなど割り当てられていませんので」
そこまで言って、アンジュもある可能性に行きつく。
「そうか……そうですね。例え隠し場所を考えるとしても、素直に自分の所有地に隠すなんて、そこを探してくれと言っているようなものです」
仮の話だが、持っていてはいけない物を隠す場合、身近に置いておきたいという思考は当然ある。それ故に自分のロッカーなど外でありながら自分の空間がある場合、そこに隠すというのは頷ける。しかし、その反面は大きなデメリットを抱えていると言えるだろう。
発覚した場合、この場所を探すのは当然の事だ。当然だからこそ、その裏をかく事も考えているはずだ。
「もし隠すとしたら、仮にこのロッカールームに隠すとしたら……」
所有者のいるロッカーは当然鍵が掛かっている。クルーズが使うような特別な装置を使うか、マスターキーを使わない限り、他人がロッカーを開ける事は出来ない。もしくはロッカールーム内に隠し部屋の様な場所を作るという考えも浮かんだが、それはリスクが高い。
「使われていないロッカーか」
そう言うと、3人はすぐに所有者の居ないロッカーを探し出す。使われていないロッカーの数はそれほど多くない。1つをしっかりと探す時間は十分にある。
「ありませんね」
「こちらも何もない」
確実に在るわけではない。
むしろ無い可能性も高いわけだ。
これでも1つの可能性を潰す作業という事になるのだが、
「どうやら無駄足だったようだね」
「えぇ、残念ながら、そのようです」
「……いや、まだ1つだけ開けてない」
クルーズはドゥドゥを見る。
「ドゥドゥ、アンタはさっき自分は新参者だって言ってたよな」
新参者、その言葉にドゥドゥもクルーズが何を言いたいのか理解したのか、すぐにあるロッカーの鍵を開ける。
所有者が居るロッカーだ。だが、少なくとも1ヵ月前まで無人のロッカーだった場所。
「私のロッカーもその1つというわけか」
元々、中に物を詰め込むタイプではないのか、ドゥドゥのロッカーの中には殆ど物はない。その為、それを見つけるのは簡単だった。
「我ながら随分と間抜けだな。こんな事に気づかないとは」
アンジュとクルーズが中を覗き込むと、ロッカーの下部分に僅かな溝の様な場所を見つけた。薄暗い中では一目見ただけではわからない程、小さな場所。その部分に手を触れると、ワンタッチで開く小さな箱の様なスペースがあった。
「―――あったな、何かが」
「―――ありましたね、何かが」
小さな情報端末。
探し求めていた可能性。
クルーズとアンジュは思わず、互いの顔を見合い、不敵な笑みを浮かべる。
それを見たドゥドゥは言葉にせず、心の中だけで呟いた。
相手は違うが、自分が良く見る光景に似ている、と。