PHANTASY STAR ONLINE2~星霜ヲ蝕ス三重奏~ 作:無銘数打
このナオビも他のアークスシップ同様に様々な地区に分かれており、農業地区や工業地区、海洋地区など様々。アークスご用達の臨戦地区や学園地区、情報地区は俺達のような一般市民にはあまり縁はない。逆に一番縁があるのは市街地区なのだが、基本的に住民達が住むのは此処なのだから、当たり前と言えば当たり前だ。
「まぁ、治安はいいもんじゃないよな」
ダーカー襲撃以来、此処に住む連中の心は荒んでいる。いや、別にああいう事があったからと言っても、荒むものは荒む。理由きっとあるのだろうが、そこら辺はあれだ……いや、もう別にいいか。
「マスターはもう少し社会情勢とかに興味を持つべきでは?」
「知ってはいるが、興味はないってだけだ。人を社会不適合者みたいに言うな」
別に社会情勢を知らないから社会不適合者とは言えないが、
「他人の芝生は青く見えるかもしれんが、見えるだけで決していいものとは言えんだろ」
「使い方が正しいとは言えませんが……ちなみに、ナオビの治安状況は確かに1ヵ月前に比べれば悪くはなりました。ですが、それはマイナスにマイナスが加わっただけです。決して掛け算の様にプラスにはなりません」
俺がこのナビオに来たのはダーカー襲撃から1週間後、新しい気持ちで新しい仕事を気分よくできれば万々歳、なんて考えは被害状況を見て吹っ飛んだ。被害は確かに大きいが、人の死という絶望的な結果に目を瞑れば、予想以上に被害者は少ない。
「そういう事を平気で考えるから、皆に嫌われるのでは?」
「いやいや、きっと時期が悪かったのさ」
予定よりも数分遅れで現場に到着。
すでに現場となったマンションの前には警備局の手で部外者の立ち入り禁止となっており、
「俺も部外者ということには―――」
「舐めんな中年。さっさと行きますよ、マスター」
アークスシップの各区画は基本的にはどれも似たり寄ったりなの作りであり、基本のAとか、ベーシックの2みたいな感じで大体の作りは同じだ。更に言うならば、此処はベーシックの4という所だろう。
入口に控えている局員にバッチを見せて中に入る。俺の後ろから身長1メートル弱の小人がついて歩く姿が珍しいのか、局員は警備よりもアンジュの姿を凝視する方に専念してしまったようだ。
「モテモテだな」
「羨ましいですか?」
「言ってろ」
実際、サポートパートナーをこんな市街地で見るのは珍しいのだろう、すれ違うマンションの住人もチラチラと俺達を見る。基本的にだが、サポートパートナーがこのように市街地を我が物顔で歩く事はない。彼等、彼女等はマスターの指示がない限りは各アークスの自室で待機している。あとは任務で共に各惑星に降り立ったり、中には個別で資源調達などをしているサポートパートナーもいる。
「私達の仕事は楽なものですよ。忙しいのは新米アークスのお手伝い。新米から上達すれば私達よりも同僚アークスと共に任務につくのが普通。そうなると後は暇なものです」
「だとすれば、俺は暇にさせない俺は新米以下か?」
「そんな事はありませんでしたよ。むしろ、他のアークスよりも私を任務に連れていく機会が多すぎて光栄であり、有意義であり、非常に面倒でした……私のように無駄に働かせるサポートパートナーは有給休暇が必要ですね」
「お前を信用していたのさ」
「もしも私達にも女子会というものがあれば、マスターは非常にいい酒のツマミですね」
良い意味か悪い意味かは聞かないでおこう。
現場は6階建のマンションの一室。壁や扉には奇妙な落書きが色々と描かれてはいるが、個人的な感覚では悪趣味と言える。昨今の若者のセンスでは良いのかもしれないが、俺にはしっくりこないセンスだ。
部屋の前で待機していた若い局員は俺達を見ると一瞬だけ、本当に一瞬だけ嫌そうな顔をして真顔に戻る。いやはや、非常に職務に忠実で好感が持てるよ。褒めはしないが。
「俺達が最初か?」
「はい。本部の方々が来るまで中には誰も入れるなとの命令です」
「本部の方々、ね」
そこに俺が入っているか非常に気になるが、
「まぁ、あれだ。アンタが余所見をしている間に俺が忍び込んだって事にするのは?」
「元アークスは泥棒も得意なんですよ」
お前は五月蠅いから黙ってろ。
「アンタには迷惑はかけんさ」
だが、俺のお世話は余計だったらしく、
「……階級ではアンタのほうが上だ。別に余計な気を回してくれなくても、アンタが入れろと言えば、俺は入れるしかない」
手袋を俺に差し出し、真顔だった局員は友好的な笑みを浮かべる。なんだが、こんな顔を相手にさせるのは久方ぶりな気がする。
「こっちにも色々とあってな、余所者に対してピリピリしてるんだ。だから、アンタが悪いわけでも、そっちの小さなお嬢さんが悪いわけでもない。悪いのはこっちさ」
「マスターが全面的に悪いわけではないのは知っています。ですが、8割くらいは悪いと思っていましたので、安心しました」
「8割の中の5割はお前だからな」
局員に感謝しつつ、俺達は部屋に足を踏み入れた。
■■■
死が転がっている。
なんて事のない死が転がっている。むしろ、こんな綺麗な死を見たのは久しぶりすぎて、実は生きているじゃないかと錯覚してしまう。体が千切れているわけじゃない。五体がしっかりと揃い、普通に血が流れて、普通に息をせず、普通に心臓も止まって脳も止まり、死んでいる。
「死んでるな」
「えぇ、死んでますね……それで、どうします?本部の方々が来るまで馬鹿話でもしますか?」
「最高に笑えない奴を頼む―――さて、ここら辺の治安的には物取りの犯行もあるが」
部屋を見る限り、どう見てもいい生活をしているようには見えないな。だとすれば、物取りの犯行は低い、かもしれないし、そうでないかもしれない。
「マスターの部屋みたいに小汚いですからね」
「お前の部屋でもある事を忘れるなよ」
部屋は基本的なベーシックタイプ。多少なりとも自己性を持たせたければ、このタイプは最初だけですぐに模様替えされるものだ。物件情報の写真でしか見ないくらいにな。
「部屋の掃除は……あまりしてないみたいだな」
テーブルの上には食べかけの夕食か朝食、もしくは数日前の食事だろうか。酒の空き缶に瓶が転がり、床には何かの空き箱が散乱している。昨今の部屋は基本的にゴミ捨て用のダストシュートが常備され、適当にゴミを捨てても分別は自動、生ごみはその場で肥料になるという優れもの。良い部屋になると部屋の中を掃除するロボットまで設備されているらしいが、普通の部屋掃除はあくまで個人の労働だ。
「つまり、この方は掃除すら面倒臭いと思うずぼらな方、という事ですね」
「そうかもしれんし……そうじゃないかもしれないがな」
散らかった机にはゴミ以外にも何かの工具がちらほら。見た事があるような気もするが、何かはどうも思い出せない。何かを削る様な工具もあれば、注射器の様な物もある。その周りには塵に紛れて緑色の粒が零れている。
掃除もあまりしていない。ゴミ捨ても碌にしていない。そんな綺麗じゃない部屋の床に転がる家主の名はジェリコ、25歳独身のニューマン。見た目は俺ほど良い男ではないが、女にモテるようなタイプには見えない。
「どちらかと言えば、女を金で買うタイプか」
風俗店の名刺もあれば、直接家でにゃんにゃんするサービス業の名刺もある。
「という事は、見た目ほど金回りが悪いわけではない、か……」
貧乏なのか裕福なのか……まぁ、普通とも言えるわけでもある。
「死因は……見ての通り凶器は刃物で刺殺ってんだが、こいつは」
「傷口が大きすぎますね。これ、どう見ても市民が手に入れられる刃渡りじゃないですよ」
「ナイフ、ダガーって線ならあり得るかもしれんが……こいつは、ソードの刺し傷だ」
前からか後ろからかはなんとも言えない。傷口は見事に体を貫通、狙いは心臓一つ、争った形跡はないから、顔見知りあろうが赤の他人だろうが気づかれずにやれば一発ってところか。
「無意味かもしれませんが、一応フォトン反応の検査をしておきますか?」
「仕事してるって恰好がつけばなんでもいいさ」
「では、開始します」
あまり当てにならない検査だが、これもお仕事だ。アンジュの指先が微かに発光し、周囲と被害者のフォトンの反応を調べる。一応言っておくが、これをしたからと言って犯人がわかるなんて事はない。フォトンなんて大気中に存在する空気と一緒だ。この検査でわかる事は変換物質から使用されたフォトンか、体内で一度取り込んだエネルギーとして使用されたフォトンかを判別する程度だ。
「変換物質で使用されたフォトンであれば、容疑者は数十万人。それ以外なら十数万人という所でしょうか」
「いっその事、フォトンの使用者の判別及び識別、なんて事が出来ればいいんだがな」
「ダーカーの反応が出れば、非常に楽になりますね―――結果が出ました。容疑者は十数万人です」
「やってられんな」
結局は、いつも通りの捜査方法になるわけだ。防犯カメラに犯人が写っていたら相当楽になるのだが、結局は現場の証拠か、地道な聞き込みからの容疑者の特定になるだろう。むしろ、こんなフォトン反応を主軸とした調査をするほうが滑稽な話だ。
「さて、それじゃ本部の連中が来る前に退散するとするか」
「退散?」
「そ、退散。わかるだろう?俺は未だに新参者で余所者で、嫌われ者だ。仕事上の付き合いとは言え、身内は身内で固まって捜査したほうが効率がいいだろうさ」
そう言った俺に、アンジュは非常に冷めた視線を送る。
「そんな目で見るな」
「元々こういう目です……いいですか、マスター。貴方は確かに此処の警備局にとっては余所者以外の何者でもありません。しかし、私はマスターが余所者という理由で嫌われている事に不満があります」
意外な事に、この小さな相棒はいつもの様に俺を戒めるのではなく、周囲に対して不満を持っているらしい。
「そもそも、最初は誰もが余所者です。だというのに、此処の警備局の方々はそれだけの理由で貴方を嫌っています。それは不自然です」
その不自然の理由は色々とあるのだろう。現に先ほど若い局員も詳しくは教えてくれなかったが、何かがあったらしいという事だけは教えてくれた。確かに仕事に不真面目な上に遅刻の常習犯、さらには元の職場がキツイからという理由で天下りみたいな転職とくれば、中々に嫌われるかもしれないが、それ以外の理由となると俺にはどうしようもない。
「人相が悪い事は認めますが……まぁ、とにかくです。一度しっかりと皆と話し合うべきでは?それができなければマクレーン課長に相談するなど、手は色々とあります」
「どっちも御免だ」
「……まぁ、マスターならそう言うと思っていました。では、この件はあとでゆっくりと話し合うとして―――」
どうやら無駄話をしすぎてしまったらしい。
「ご到着の様ですね」
ドアが開き、見知った顔が入ってくる。全員が全員、俺の顔を見た瞬間に苦虫を噛み潰した様な顔をする。
「……遅刻常習犯は、現場に入るのだけは早いようで」
「褒めても何にも出ないぜ、クルーズ」
「上司に敬意を払う事も出来ないのか、アークスって連中は」
「元だよ、元アークス」
俺個人としては別にこの男を嫌う理由はない。だが、向こうがこうも敵意を抱いているのだから、それに応えるのが礼儀ってもんだろう。
「忘れんなよ、クルーズ」
ただし、向こうは仲間を引き連れ、俺は相棒のアンジュ一人。そしてアンジュは先ほど俺にあれだけ言っておきながら、我関せずと俺の後ろに引っ込む。
「現場を荒らさなかっただろうな?あんた等アークスは物騒な事は得意でも、こういう繊細な捜査は苦手だろうからな」
「心配するな。俺は厄介事専門だったが、他の連中は概ね繊細だったよ」
この連中に何らかの事情あったのは事実だが、俺が嫌われている一番の理由は、やはりアークスに属していたからという線だろう。此処の連中はアークスをどうしてそんなに嫌うのかは知らんが、割と珍しい部類に入る連中だ。将来なりたい職業ランキング第一は常にアークスだという事を連中は知らないらしい。
「そんなランキングなどあるのですか?」
知らんが、きっと無い。
それにしてもクルーズを含めた連中への嫌われっぷりは、日に日に酷くなっている気がする。
「報告は必要か?」
「お前の調べた事など信用できると思うか?」
「なら、アンジュの調べたものなら信用できるだろ」
クルーズは俺の背後にいるアンジュを一瞥し、ふんっと鼻を鳴らす。
「どうだか……」
そう言うとクルーズは部下に指示を出す。
「さっさと帰って報告書を上げろ」
別にいいさ。面倒な事になるくらいなら、嫌われたままで十分だ。
■■■
「それで、これからどうします?」
「帰るさ……寄り道はするがな」
クルーズと会話している間に思い出した事がある。あの机に置かれていた工具は何に使う物なのか。あの緑色の粒が何なのか。
それに加え、
「お前だって気づいているだろ?あの刺し傷。普通はあんなデカい傷跡は残らない」
死因は刃物で心臓を一突き、これは確かだろう。だが、胸から腹まで一直線の傷跡が出来る凶器など普通はない。胸元を刺して、そこから腹まで縦に裂いたという事ならキッチンナイフだって可能だろう。しかし、キッチンナイフの長さでは前後体を突き抜けるような傷は出来ない。
「つまりはデカい刃物で突き刺したってわけだが……」
「凶器となった刃物は一般市民では手に入れる事ができないタイプの刃物」
「それが持てる連中に心当たりは―――」
「ない、とは言えませんよね」
「だろ?」
アクセルを踏み、向かうは一般市民がほとんど立ち寄る事がない場所でありながら、このシップの重要な拠点の一つ―――臨戦地区。
「なんだかんだ仕事をするマスター、私は好きですよ?」
「そうなんだよ、ちゃんと仕事するんだよ。なのに嫌われてるんだよ、不思議だな」