PHANTASY STAR ONLINE2~星霜ヲ蝕ス三重奏~ 作:無銘数打
「死ぬ覚悟は出来ている、殺される覚悟はあると口にする輩を何度も見た事があるが、私は彼等に言っておきたいんだ。お前達は、どうしてそんな希望的な事を口に出せるのかと」
応接間という取調室の出会いから、意外に早い再会となって嬉しいよ、ほんと。
「さて、ヴァン君。私が何を言いたいのかわかるか?」
蜥蜴男を見ていたはずが、横からの衝撃で視界が壁に移される。遅れて衝撃による頬への痛み、僅かな揺らぎは二日酔いに似ている。
「……口で言ってくれる、と助かるんだが」
「そうか、それは悪かった」
そう言いながら今度は反対側。殴るのは構わんが、もう少し手厚い待遇を期待したいもんだ。あと、奥歯がちょっと折れたかもしれない。親知らずであって欲しいね。
「困った事に、情報部では尋問に拷問を使う事は禁止されている。まぁ、これは当然の事だな。なにせ我々はアークス。正義の味方という奴だ」
「そいつは大変だな、正義の味方って奴は……」
「警備局も同じだろ?正義の味方、市民の味方、非常に都合の良い言葉だ。だが、面倒な言葉でもある。免罪符を持っているのに使えないなんて、使い勝手のないものだ」
痛みも次第に慣れてはくるが、それも限界がある。先程まで統合軍の連中に殴られ、少しの休憩時間もなく、今度はジョンドゥと来た。結構疲れるな、こういうのは。聞きたい事があれば答えるが、何も聞かずに暴力を振るうのは良くない。俺にも、お前等にも。
「喉は乾かないか?何か飲むか?」
飲みたいと思うが、奴がくれるのはバケツに入った水。それを顔に叩きつけられる。おかげ様で、少しだけすっきりした。
「これ、拷問っていうんじゃないか?」
「まだ拷問ではない。本当の拷問はこんなものじゃない。私もこんな事はしたくないんだ。出来る事なら、ヴァン君の指を1つずつ順番に折り曲げ、歯を全て抜いてあげたい。あとはそうだな……アイスピックのようなもので足を少しずつ刺していくか、指と爪の間に刺し込んでいくというのもやりたい。まぁ、この辺はポピュラーだが、もっと沢山のバリエーションがあるが……迷うね」
気のせいでなければ、お前の後ろに並んでいる工具に、そういった物が並んでいるように見える。
「拷問は禁止されてるって、言ったばかりじゃねぇかよ」
「禁止されているが、行われていないとは言ってない。何事も表と裏がある。我々とてアークスという組織の一部だ。アークスがしないと決めていれば、それはしないという表向きが生まれてしまう。特に今の総司令のお嬢さんに知られれば、非常に情報部の立場は悪いだろうな」
「なら、表にでなければ事実にはならないってか……楽な仕事だな」
「同感だよ」
手足を拘束されていなければ、今すぐにでも蜥蜴野郎を殴っている所だが、現状では殴られ続けているのは俺だけ。しかも、しばらくすれば殴られる以上の事をされるだろうな。
そういうのが好きそうだわ、こいつ。
「私を恨むのは構わないが、そもそも君が私の忠告を守らない事が悪い。いや、忠告ではないな。我々、情報部の命令を守らない君が悪いというべきかな」
「仁義を守ってないのは、テメェだろうが」
「仁義で人は守れんよ」
そう言って手を出すコイツに人を守ろうとなんて、道理はないんだろうな。そういうタイプには見えない。
結果を出すために手段は択ばない。全てはルールで守れる人がいるから―――なんて美学ですらない。そういう風にしか見えないんだよ、お前さん。
「それで、どれだけ我慢したら帰してくれるんだ?さっさと帰って仕事をせんといかんのだが?」
「泊まっていきなさい。なぁに、遠慮はいらない。ちゃんと寝床も食事も用意しておく」
「軍艦に宿泊する機会があって、嬉しいよ」
「あまり良い環境ではないがな、此処は。だが、非常に聞き分けの良い連中が多いよ。君の様な奴も居るが、全員を相手にする必要はない。ごく一部と仲良くなれば、自然と全員と仲良くなれる。まったく、軍という上下関係が絶対な場所は素晴らしい」
「……そうやって、色々な連中を抱き込んでいるのか」
ジョンドゥの後ろに居るのは、前に居た黒服の連中ではなく、統合軍の兵士が1人。この状況でも何も喋らず、この状況を黙認している。そういう命令が出ているのか、この兵士もその1人なのか。
どちらにせよ、この場に俺の味方になってくれる人間はいないという事だ。
「私は友達を作る事が上手なんだよ。だから友達も多い」
「このイクサもお前の掌の上ってか?」
「そこまで万能ではないよ、私は。だが、このイクサにも沢山のお友達が居るのは事実だ。おかげで、君とこうして再会する事も出来る」
出来れば、拘束なしで会いたかったよ、殴ってやれたからな。
「友人は大切だと痛感するよ」
「そうかい。なら、フォルテ視察官ともお友達ってわけか」
僅かな間を置き、ジョンドゥは感心するように俺を見下ろす。
「どうしてそう思う?」
「思わない奴が馬鹿なだけだ。視察官が滞在している状況下で、こんな事をしてるんだ。それなりの自信があるって事だろ。その自信を持つには、お前の言うお友達が必要になる」
違うか、と視線を送ってやる。返事は蹴りだったが、とりあえずは正解だったらしい。
「彼はそうだな……お友達とまではいかないが、私の理解者ではあろうとしてくれるよ。おかげで私は伸び伸び仕事をする事が出来る」
「へえ、公平がモットーも視察官とは思えない行為だな」
「私の人徳というやつさ」
「どうだが……案外、使っているつもりが、使われてるかもしれないぞ」
「そんなお友達には消えてもらうだけさ」
傲慢な事で。
「確かに彼は他の連中と違い、あまり懐には入らせては貰えない。だが、彼はそういう人種だと理解してしまえば、それこそが正しい接し方だと感じる事は出来たよ。そして、迂闊に中に入り込もうとすれば……こちらが喰われる」
淡々と語るはずの言葉に、僅かに含まれた畏怖の感情。傲慢であろうと、傲慢であるはずの者ですら、その感情を抱かせるフェルトという男。遺憾ではあるが、ショップエリアで会った彼を表す言葉としては、同感してしまう。
「しかし、そんな彼も私には協力してくれている。非常に喜ばしい事だ」
「どうだか……お前の協力している事で、自分の立場が危うくなるってのによ」
「それは私が失敗した場合の話だろう?心配しなくとも、そんな事はない。そうならないように事は進んでいる―――例え、情報部が始末屋を送り込んでいるとしてもね」
そうか、やっぱり情報は漏れてるのか。それとも、情報が伝わっているのか。多分後者だろうとは思うがな。
「少し予想外だったのは、君が彼女と一緒に行動をしていたという事と、あの場で彼女を一緒に捕まえられなかったという事だが……まぁ、いいさ」
その余裕は何処から来るのだろう。
彼女はジョンドゥを始末する命令を受けているわけではないらしいが、彼女の持つ創世器の能力は、ジョンドゥの様に裏で動く奴として脅威になるはずだ。気配もなく、監視カメラもセンサーにも映らない高度なステルス性を持っている者。その者が近くで動いているというだけで十分な脅威だというのに。
「私だけに注目してくれれば、こっちも助かるというものだ」
何かを企んでいる。
その何かを成功させる確信がコイツにある。
「なぁ、幾つか質問してもいいか?」
「この状況で質問とは、自分の立場がまるで理解していないと見えるが……良いだろう。答えられる部分には答えてやろう」
「そいつは助かる。まずはそうだな……お前は、俺を殺す気か?」
「心配するな。殺しはしない。私はしない。ヴァン君にはこの後、大切な仕事をしてもらう。これは別に君と私がお友達になるわけではないし、なる必要もない。だが、とても……とても大切なお仕事だ」
不安になるような事を言うな。
「他には何か?」
「このナオビ周辺で、お前のお友達はどれだけ居る?」
「それは秘密だ。秘密だが、殆どとは言っておこうか」
とすれば、統合軍は勿論だが、ナオビにいるアークス、タタラ、そして都市警備局にも協力者はいるという事か。なるほど、カンナは自分達は個別に特化している性質があると言っていたが、ジョンドゥの場合はこの部分。この場合は暗躍というべきか。
「他には?」
「今回の事件の捜査は何処まで進んでるんだ?マザーシップへのハッキングもそうだが、情報部の事件、あとはジェリコとクレアの事件についてもだ」
「それは答えられない。守秘義務があるからな」
そっちは答えないのか。なら、答えられないからこそ、それが奴にとってのウィークポイントとなるのかもしれない。
「他に聞きたい事は?もう無いなら、」
「いいや、まだある」
考えろ。この状況で、ジョンドゥは明らかに上位に立つ事で油断している。その間にコイツの余裕を十分に利用するしかない。もしくは、その反対で、俺がそう思う事を利用して答えている場合も十分に考えられる。恐らく、それはコイツが言っていた俺に与える大切な仕事というのに関係するのだろう。
どっちにも取れるが、此処で足踏みしている時間はないだろう。
何かないか、何もないか、何かあるんじゃないか―――何かあるとしたら、コイツがその傲慢が故に答えるであろう事は、
「―――お前、情報部をどうするつもりだ?」
「……ほぅ、それを聞くのか。これは君とは何ら関係ない事だというのに」
「興味があるだけだよ。俺が知る限り、お前が情報部で置かれている状況は、喜ばしいものじゃない。なにせ、これは独断専行を超えた行為だ。それを許す組織があるってのか?どれだけ結果を出したとしても、そんな奴を置いておく事に不平不満は勿論、危険視だってされるはずだ」
だから彼女は動いている。
ジョンドゥが何を考えているのか、その先に何を見据えているのか。
「―――前に君は私の事を『無銘の血統』と言った。私はな、その言葉が大嫌いだ。その言葉だけで、私という存在が決まってしまっているように思えてならないからだ。その言葉だけで、私というカテゴリが押さえつけられるような気がしてならないからだ。私は、それが我慢できない」
『無銘の血統』であるが故の劣等感って奴か。
「ジョンドゥ、ジョンドゥと連中は私を呼ぶが、それも私は嫌いだ。自分でその名を名乗る事すら屈辱だ。だが、何れ私は本当の名を得て、誰もが私を『無銘の血統』などと呼ばなくなる……この屈辱の日々を終わらせる為に、私は行動している」
「それが独断専行かよ。阿保らしい。そんな事をしても、どんな結果を得たところでお前の存在なんて」
「阿保はお前だよ、ヴァン君。独断専行は手段ではあるが、全てにおいての手段ではない。あくまで過程だ。この過程がある事で、私は目的へと少しずつ近づいていき……まもなく、その結果を手に入れる事が出来る」
ジョンドゥは俺の髪を鷲掴み、自分の顔の前まで乱暴に持ってる。蜥蜴の顔、その機械の瞳に野望の炎が見える。
「その為に邪魔な者は消す。お前も、始末屋の女も……あの英雄もだ」
「……情報部を乗っ取るつもりか」
「必要ない者に席を譲ってもらうだけだ。どのような手段を使っても、どのような悪行を罵られようとも、アークスとして認められないとしてもだ」
「全員でストライキでも起こすのか?上司が私を評価してくれません。だから上司が変わるまで私は仕事をしませんってか?」
「それ以上のものさ。それだけの人数は既に揃えている。その手段も既にある。後は引き金となる出来事が起こるだけでいい。その後、情報部の長になるのは私だ」
「それを他の連中が許すかよ。情報部を手中に収めても、アークス全部を手に入れたわけじゃない。まさか、アークス全部を敵に回して勝てるなんて思ってないだろ」
「今のアークスは完全ではない。新たな体制への移行は、それだけで十分な隙になる。全部を倒す必要などない。その隙に潜り込み、一部を私に挿げ替えるだけでいい。あの英雄には自分から席を譲って貰い、新体制が完全となった時になんら問題ない形として私がいる」
「今だから、それが出来ると」
「今の為に、私は準備してきたんだ」
勘弁してくれ、なんだこの状況は。
こっちは事件の事だけ考えていたはずが、何故かアークスの権力争いまで出てきた。事件を利用して情報部の首を取る奴が此処に居て、そいつがその為だけに事件を引っ掻き回している。
事件だけで精一杯だってのに、そっちの世話まで手なんて回せない。アークスはアークスで何とかしてくれよ。
「―――ふむ、少しばかり話が弾んでしまったな。そろそろ、次の行動を移すとしようか」
そう言って、ジョンドゥは後ろに控えている兵士に指示を出す。
「彼を独房へ運んでくれ。見張りはきちんとつける事。彼は悪賢いようだからな」
「了解しました」
兵士が俺に近づき、その後ろでジョンドゥは使われなかった道具から、何かを取り出す。
奴が、嗤っている。
気づいた時は既に手遅れかもしれないが、それでも俺は叫ぶ。
「―――後ろだッ!!」
だが、兵士は何の事か分かっていない。何もわからない内に、背後から銃口を頭に突き付けられ、質問しようと口を開けた瞬間、後頭部が破裂。部屋中に兵士だった者の血と肉片が飛び散り、俺とジョンドゥの顔を赤く染める。
「筋書は用意されている。独房へ護送しようとした哀れな兵士は、凶悪犯によって殺されるというありきたりなシナリオだ。ありきたりだが、これが意外と信用できる」
ジョンドゥが持っている銃は、俺の持っていたものだ。
どうやら、これが俺にジョンドゥから与えられた仕事らしい。
「これだけの事をしたんだ、警備局の犬共も口にチャックしてくれるだろうさ。そして、後は用意しておいた証拠を彼等に渡す。そこにはこの事件の犯人が、ヴァン君であるという証拠が盛り沢山」
「全部を俺に被せる気かよ。随分と陰湿な事をするじゃねぇか」
「それよりも逃げなくていいのかな?此処には戦艦の中だ。周りは兵隊ばかり……そうか、それは少々不公平だな。ならば、こういうのはどうだろう」
何かを合図するようにジョンドゥは指を鳴らす。同時に艦が大きく揺れ、警報が鳴りだす。
「君は爆発物も持っている、という筋書きだ」
「……そこまでやるか、お前」
「やる必要があるんだよ。私は、私という存在を手に入れる。叩きつけたいんだよ。全ての連中に、私という存在を、叩きつけたいのさ」
そう言って、ジョンドゥは部屋から出て行った。残されたのは、いつの間にか外れている手錠と、床に倒れた名も知らぬ兵士、兵士を撃ち殺した俺の銃。
「―――あぁ、そうかい、そうかい」
存在を叩きつける、それが彼女に送った言葉だった。その言葉と同じ言葉を奴は吐き捨てた。自分の存在を手に入れる為に、自分の存在を覚えてほしいが為に、記憶として確かな物を相手に持ってもらう為に。
「上等だよ、ジョンドゥ」
言葉は平等に与えられるべきだろう。だが、その平等には感情が含まれているはずだ。感情が含まれている以上、決して平等などではない。単純な事を言えば、元気づけるなら野郎より、女の方が良いというシンプルな理由で十分だ。
だから、お前には与えない。
「お前が叩きつけたい存在って奴が、この先にあるってんならよ」
お前だけには、やらせない。
「お前の存在を叩き潰してやるよ、糞野郎がッ……」
■■■
爆音と警報に晒されたイクサでは、多くの乗組員達が慌ただしく動き回っている。そんな者達を横目に見ながら、チェインは資材のチェックリストを確認している。
「……なんか凄い事になってるが、大丈夫なのか?」
イクサの艦内にある格納庫には、統合軍が所有する戦闘機、輸送機があるのは当然だが、今日は珍しくアークスのキャンプシップも並んでいた。
「侵入者が爆発物を使用したみたいですが、すぐに消火されますよ。それより、貨物が足りていません。食料と弾薬、後は……あぁ、乗せていく乗員ですね」
「随分と冷静なんだな、お嬢さんは。積み荷はこっちでやっておくけど、乗せてく乗員ってどれだけ居るんだ?」
「私達の部隊が25名程。急にリリーパ送りとは、いよいよ嫌われてますね、私達は」
「色々と大変なんだな、統合軍ってのも」
「それを手伝ってくれるアークスには、感謝していますよ。準備にはしばらくかかりますので、待機をお願いします」
「あいよ、了解」
アークスのパイロットに積み荷を頼み、チェインは小隊の連中がきちんと準備しているか確認しに行くが、恐らく何もしていないだろうとは思っている。
「まったく、私が尻を叩かないと動かないなんて……私は連中のお母さんではないっていうのに」
あんな部隊に居れば、それなりにストレスは溜まる。あの隊長にして、あの隊員ありと言われる部隊は、このイクサでも白い眼で見らえる。副隊長である彼女もその中に含まれている。こういう時は派手に暴れる事でも出来れば、ストレス解消にもなるのだが、自分がしっかりしないと、この部隊は完全な独立愚連隊になってしまう―――いや、既になっているかもしれない。
「それにしても五月蠅いですね」
鳴り響く警報は止まらない。恐らく、この原因を作った者が未だに捕まっていないのだろう。廊下を歩けば装備を固めた兵士達と何度もすれ違う。艦全体に捕縛命令が出ているだろうが、果たして自分達の部隊は動いているのか。
「隊長が暇潰しに動いているかもしれませんね」
だとすれば、少し急いだほうが良いかもしれない。出ているのは捕縛命令だ。ライバックが動いているとなると、対象を殺してしまう可能性ある。彼が暴れだしてしまえば、彼を止められる者は殆どいない。副隊長であるチェインですら、本気で楽しみだしたライバックを止める事は出来ない。
「リリーパへの派兵準備よりも、そっちが優先か」
犯人が何処にいるかは不明だが、出会う事も想定して装備を持って行くとする。自分の部屋に戻り、派兵に必要な装備ではなく、この状況に合う装備を装着して動き出す。
「とはいっても、何処にいるのやら……」
自分が見つけるのが先か、それとも他の連中が見つけるのが先か。部隊の者達が見つけると厄介だ。自分達はこの後リリーパに行くことになっている。突然の命令に何の意図があるかは不明だが、大方邪魔な自分達を外に置いておきたいという思惑もあるのだろうと思考する。
「嫌われ過ぎでしょう、私達」
溜息を吐きつつ、チェインはエレベーターに乗り込む。貨物エレベーターは既に動いている為、普通のエレベーターに乗り込む。緊急を要する状況で、わざわざこれを使用する者は殆ど居ないおかげで、エレベーターの中はチェインだけ、非常に快適だった。
「………」
快適であるにも関わらず、チェインは不満な顔をして頭を掻く。
「………」
上のエリアへと進むエレベーターを見つめ、途中でボタンを押してドアを開かせる。当然、誰も乗ってこないが、彼女も降りようとはしない。そのまま黙っていたが、またボタンを押してドアを閉める。進むエレベーターが目的のエリアへと止まろうとする。その直前、エレベーターが大きく揺れ、動きを止める。何処かで爆発が起き、その影響で止まってしまったようだが、
「………」
チェインの表情に変化はない。
不満な顔のまま、腰元に手を伸ばし、何かを手に持つ。それを見つめ、大きく溜息を吐く。吐きながら、それの、スタングレネードのピンを抜いて床に叩きつける。
強烈な閃光が箱の中を包み込み、同時に鼓膜を破裂させんばかりの爆音が響き渡る。その衝撃は当然ながらチェイン自身に襲い掛かる。音が消え、立っている事が出来なくなる。だが、光が破裂する瞬間に瞼を閉じた事で、視界だけは回復するのに時間はかからなかった。
「――――」
チェインは何か言葉を発したが、自分の声すら聞こえない。聞こえない事を理解したまま、なんとか立ち上がり、体の機能がどれだけ回復したのかも把握しないまま―――腰に差した二刀のナイフを引き抜く。
ナイフと云うには、それは歪な形をしている。長さは通常のナイフよりも長く、くの字に曲がっている。ナイフと云うよりは剣に近いかもしれない。そのナイフを知る者は少なく、知る者は皆が珍しそうに見つめる。
ククリナイフ、ククリ刀とも呼ばれる兇器を二振り、チェインはその状況で抜き、狭いエレベーターの中で真後ろに振るう。
空を切るはずの斬撃は、確かな手応えを手に入れる。
刃と刃がぶつかり合う衝撃。
「――――」
「―――――」
どちらが喋っているのか、どちらもわからないが、チェインの眼には写っていた。自身の持つククリナイフの斬撃を受け止める、凶悪な刃を纏う蒼い髪の女。自分の同じようにダメージを受けているのだろう、苦しそうな顔をしながら、耳に手を当てている。
「―――――」
相手が何かを言っているが、聞こえない。
「――――」
当然、こちらの言葉も聞こえない。
この場において、互いが互いの存在に驚いている。
例えばチェインの場合は、完全に勘だった。本来ならば気づかれるはずもない、気配すらも消える存在を見つけたチェイン。いや、正確に言えば彼女は見つけていたわけではない。
違和感を感じていただけ。ほんの小さな違和感、気のせいとすら思えない程の違和感だった。その違和感を彼女は掴み取ってしまい、どうするべきか考えていた。エレベーターの中に居ても僅かな違和感だけが残り続ける。それ故に、これは自分の気のせいだと思ってしまう強迫概念すら持ってしまう。だから、彼女は行動をした。普通ならあり得ない、狭い場所で行動に著しい障害を与えるスタングレネードを、あろうことかエレベーター内で爆発させた。
そんな自爆行為を行った相手に驚くのは、イクサに侵入した始末屋。
彼女は透刃マイの能力で艦内に侵入し、捕まったヴァンを探している最中だった。だが、その姿は見つからず、艦内の兵士達もそれらしい会話をしていない。その最中に起きた爆発と警報。混乱する艦内でヴァンを見つける事がより困難となった時、彼女は1人だけ優々と歩く兵士を見つけた。
もしかしたら、という勘に頼った事が間違いだった。絶対に見つからないという自信があるからこそ、彼女の後をつけ、一緒にエレベーターまで乗ってしまった。
そして、この現状。スタングレネードを持った瞬間、まさかそれをこの狭い箱の中で使用するなど予想外だった。閃光と爆音に飲まれ、意識が一瞬飛びかけた。それが原因で存在の希薄という完全なステルスを解除されてしまった。
「―――――」
「―――――――」
向かい合い、互いが味方でない事を十分に理解した両者は、互いの武器を構える。
ツインダガーとククリナイフ。
至近距離で戦う事を想定された凶器を持つ2人が、向かい合う。戦場はエレベーターという狭い箱の中だが、互いの武器を振るうには十分すぎる空間だった。
音が戻る。
エレベーターの中にも響く警報。そして互いの呼吸音。
「―――目的は男って聞いたけど……こんな可愛いお嬢さんも一緒に居たんですね」
「……戦いは望みません。その刃、引いてはくれませんか」
「出来ない頼みは言わない事ね」
「努力する振りはしてほしいだけすよ」
距離は変わらない。
変わる程の距離はない。
視界は相手にだけ向ける。
相手以外は視界に映らない。
呼吸を聞き、呼吸を読み、
「それじゃ――――虐めてあげるッ!!」
両者の刃が2度目の激突を開始する。