PHANTASY STAR ONLINE2~星霜ヲ蝕ス三重奏~   作:無銘数打

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Episode18『アークス舐めんなって話よ』

 斬撃と斬撃が交差する。

 互いの二振りが交差し、先に到達するまでの間に戻ってくる斬撃が迎え撃つ。狭い空間の中で行われる斬撃の応酬は、未だ互いに致命傷を与える事はない。

 始末屋の横薙ぎをチェインのナイフが捌き、返す刃で始末屋の首目掛けてナイフが振るわれる。上体を後ろに反らしても壁が邪魔をするのは目に見えている。迫りくるナイフに合わせる様に体をスライドから回転し、チェインに肉薄するように踏み込む。狙いは足だが、先読みはチェインが上手。低空の斬撃を足で踏みつけ、もう片方の足で始末屋を壁に押し込む。押し込まれた始末屋は舌打ちと同時に、チェインの追撃で突き刺す軌道のナイフをお返しとばかりに蹴りつける。刹那、ナイフの起動が変化し、突きの攻撃からナイフを手元で回転させ、自身の足に目掛けて振り下ろす。振り下ろされたナイフは空を切る。足があった場所には何もなく、片方の刃を天井に突き刺してぶら下がる始末屋は、天井を足場にチェインを押し倒す様に落ちてくる。両足でチェインの手を封じ、自由に使える両手で刃をチェインに振り下ろす。だが、マウントをとらえた状態でチェインは体を器用に折り曲げ、両足で始末屋の首を掴み、上と下の体勢を入れ替える。上下が入れ替わり、今度はチェインが上となる。その後の行動として違うのは、首という的が小さい場所ではなく、的が大きい胴体へとナイフを振り下ろす。避ける事の出来ない体勢だが、始末屋は足の裏に壁がある事を確認すると、全力で壁を蹴りつける。突然、眼前に迫る壁を前にチェインは反射的に両手で壁を抑え、しまったと舌打ちする。その隙に始末屋は自分の武器を片方だけ仕舞い、自由に動かせる腕でチェインの顎に掌底を撃ち込む。衝撃に脳を揺らされ、チェインの動きが鈍るのを確認すると、もう片方の武器も仕舞うと、がら空きの脇腹に打撃を撃ち込む。2度の打撃に完全に体勢が揺らぎ、チェインはナイフを床に落とす。始末屋はマウントから脱すると、まだ動けないチェインへ連続の打撃を撃ち込む。しかし、始末屋の想像以上にチェインの回復は早く、打撃を払いながらのカウンターを側頭部へと打ち込む。逆に脳を揺らされ、踏鞴を踏む始末屋へ逆襲とばかりに威力を殺し、速度が速まった打撃が次々と打ち込まれる。連続で撃ち込まれるが、4発目で何とか防御を固める事が出来たが、それを待っていたと防御に回した腕を取られ、関節を極めにかかる。折られると判断するよりも早く、力の向かう方向へと体を向かわせ、回避する。それでも未だ腕はチェインが掴んでいる状態。腕を自分の方に強引に引っ張り、始末屋の自由な腕とは反対の位置になるようにする。その状態では掴まれた腕が邪魔され、自由な手で攻撃しても始末屋は自分の腕が邪魔してしまう。反対にチェインは無防備な顔へと打撃を叩き込める状態になった。なってはいたが、掴んだ腕に武器を装着する事で、腕を浮かんでいたチェインに刃が突き刺さる。しかし傷は浅く、完全に武器が展開される前に腕を離す事で、致命傷を避ける。避けつつ、床に落ちた自身の武器を拾い、壁に背を預ける。奇しくも互いが同じ行動を取る。壁に背を預け、両の手に武器を持つ状態―――ここまで、およそ2分弱の攻防戦。

 息をする事を思い出したように、両者が乱れた呼吸をする。

 「……凄いわね、貴女」

 「褒めたら手加減してくれますか?」

 するわけがないと、チェインは構える。

 そうだろうと、始末屋も構える。

 「ところで、貴女は何処の誰なのかしら?」

 「さぁ、誰でしょうね。そういう貴女は統合軍の方でしょうが」

 「それ以外ないでしょうに……まぁ、貴女が何処の誰でも別に良いんだけど、手古摺る位に強いとは思ってなかったわ」

 「そうですか。私、あんまり強いって言われないんですよ」

 「だったら自信を持ちなさい。貴女は、ちゃんと強いか―――らッ!!」

 相手の呼吸を外した強襲だったが、その攻撃にもきちんと対応され、チェインは素直に驚く。自慢ではないが、ナイフの腕だけなら猛者だらけの部隊の中でも群を抜いていると自負している。

 相手はツインダガーという自分に似た形状の武器を使う。無論、形状は違う。大きさだけなら始末屋の武器が大きい。だが、この狭い空間ではチェインの使うククリナイフの方が優位になる、そう思っていた。

 しかし、現状はそうではない。

 確かに始末屋の武器はククリナイフよりも大きく、腕を完全に伸ばした状態で使えば壁に当たる。壁ごと切り裂くという行為は簡単な事ではあるが、それは僅かな隙を生む。その隙があればチェインは相手の懐に潜り込み、ナイフで突き刺すことも、切り裂く事も容易だった。

 エレベーターの壁には、始末屋が攻撃で武器を振るった傷痕が僅かしかない。それは彼女があの武器の形状を完全に理解し、この空間でも自由に武器を振るう事が出来ているという事に他ならない。

 「それで貴女を強くないって言う奴は、きっと目が腐ってるんでしょうね」

 「生憎、周りが化け物ばかりなもの―――でッ!!」

 透刃マイの形状として、斬るという行為が主力となる。突きを行うのは形状的に不可能ではないが、おいそれとは出来ない。だからの斬撃。壁に触れる事なく、最大速度で振るわれる刃だったが、チェインの操るナイフは斬撃を簡単に弾く。

 それは受け止め、弾いているのではないと理解する。

 完全に受け流されているのだ。

 如何に直接戦闘がメインでない武器とはいえ、創世器。その武器は他の武器とは群を抜いている。刃であれば、受け止めようとすれば受けた刃が切り裂かれるだろう。だが、何度も繰り出す斬撃は全て受け流される。刹那の間、斬撃を受けると同時に衝撃がナイフに伝わる前にナイフを動かし、力を完全に殺す。

 「そして、貴女もその1人ですよ」

 「軍人さんを舐めちゃいけないって事よ」

 現状、このままエレベーター内での攻防は、あまり良い状況ではない。特に始末屋にとっては不利となる。軽口を叩いてはいるが、内心は焦りが強い。この環境ではどれだけ自身の武器を扱いに長けているとしても、チェインの武器が優位だろう。

 「……この状況でこんな事を言うのは、興が削がれると思われてもしょうがないでしょうが―――逃げますね」

 両足に力を籠め、天井へと刃を振り上げる。刃はあっさりと天井を切断すると、空中でありながらフォトンで作り出した足場を蹴り上げ、エレベーターから外に出る。

 外に出てみれば、次の階への扉はすぐそこにあった。後はそこまで飛び上がり、扉を切り裂いて脱出―――と、考えた所でチェインも天井を貫いて現れた。

 「逃がさないわよ」

 そう言うと、何を思ったかエレベーターのワイヤーをナイフで切断した。如何にイクサが宇宙空間に居るとはいえ、艦内にはしっかりと重力が存在する。当然、吊る為のワイヤーが斬れた事でエレベーターは真下に落下する。

 落ちる瞬間に始末屋は飛び上がり、壁を掴む。チェインも同様の行為を行うが、この状況が優位に働くのはチェインではなく始末屋の方だった。

 足場がない状況、つまり空中戦は始末屋の使う武器にとって一番優位となる。逃げるのは簡単だが、相手は必ず追ってくると予想する。ならば、この場で叩いておく必要がある。

 壁を蹴り、体は空中へ。本来なら何もない無防備な状況となるが、ツインダガーという武器は空中戦こそ真骨頂。

 エレベーター内で飛び上がった時と同様に足場をフォトンで作り上げる。これはあくまで一瞬だけ行えるものだが、一瞬あれば空中でも踏み込みを生み出す事は出来る。

 その足場を利用し、エレベーターシャフト内を縦横無尽に高速で移動する。相手はこのような移動は出来ないのか、その場から動く事は出来ない。逆さまになりながら空中を蹴り上げ、急降下の斬撃を見舞う。当然、相手はそれを防ぐには武器で防御するしかない。そして相手の受け流しの技術はこちらよりも上である事も承知している。だが、受け流した先に瞬時に足場を作り出す事で、真下からの急襲を可能とする。

 「―――終わりです」

 始末屋の一撃が、チェインに叩き込まれた。

 完全に入ると確信した。チェインは片手で壁を掴んでいる事で、自慢の弐刀は使えない。そして残された片方は受け流しに使用した事で、返しの急襲には対応できなかった。

 「――――、」

 斬撃は入る。

 確かに斬撃は入った。

 「―――ッ!?」

 問題は、斬撃が相手の皮膚すら切り裂く事が出来ないという現象だった。

 「へぇ、驚いたわ」

 殺すつもりはないので、胴体を狙いつつ急所を外したつもりだったが、その斬撃はチェインの軍服を切り裂くだけで止まる。いや、それ以上にまるで鋼鉄に切りつけたような衝撃が腕を襲う。

 「その武器、結構な凶悪な形しているけど……私の柔肌も切り裂けないのね」

 切れた軍服の隙間から、チェインの肌が見る。その色は肌色ではなく、黒。

 「不公平だから使わなかったけど、これは敬意よ。とっても強い貴女へのね」

 彼女の肌が徐々に色を変える。肌色が濃くなり、黒くなり、まるで練炭の様な黒を持つ。その黒の肌に走る紅い紋様が顔を伝い、眼球をも紅へと変貌させる。

 「どう驚いた?極悪非道な人体実験は、虚空機関のお家芸と言われているけど、統合軍も負けてないのよ。ほら、こんな風にね」

 チェインは自分のナイフで首を真横にスライドさせる。すると肌は傷すら負わず、火花が飛び散る。

 「私ね、感情が昂るとこうなっちゃうのよ。不便ではないんだけど、ベッドで殿方にこんな姿を見られるのはちょっとね。ところで、貴女はそういう経験ある?それとも処女?」

 壁が爆発するように飛び散る。それがチェインが壁を蹴って飛び上がったと気づいた時には遅い。既に歪んだ笑みを浮かべたチェインは目の前にいた。反射的に反撃するが、もうチェインはナイフで受け流す事もしない。

 斬撃を放つ刃を素手で掴み取る。

 刃は黒い肌に食い込む事すら出来ず、刃と肌が擦れる度に火花が散る。

 武器を掴まれ、その状態でチェインは始末屋の体をエレベーターシャフト内にあるドアに向けて投げつける。人の体を簡単に、片手で放り投げる腕力はあまりに強大で、ドアを突き破り、床を転がる。

 「あら、少しやり過ぎた。まぁ、全部貴女のせいって事で問題ないか」

 「……ぅ、ぐぅ……その体、どうなって、るんですか」

 「だから言ったじゃない。軍も結構えぐぃ事をしてるって。私の場合は、こんな感じで肌が真っ黒になって、ちょっと頑丈になっちゃうくらいね」

 先程までとは違い、チェインは構えすら取ろうとしない。

 息を整えると同時に無防備な体に斬撃を叩き込む。顔面を切りつけても、体を切りつけても、急所に斬撃を叩き込んでも手応えは同じ。むしろ、こちらの力が強い程、自分の腕に激しい衝撃が返ってくる。

 「でも、ちょっと痛いのよ?」

 距離を取ろうと後ろに飛んだ瞬間、既に肉薄されていた。反射的に斬撃を叩きつけようとするが、攻撃動作に入る瞬間にチェインの攻撃が叩き込まれる。

 「い―――あぁッ!?」

 その一撃は重く、たった一撃で体の動きが硬直する。その硬直の間に次々と打ち込まれる打撃は、先程までの攻防とは比べられない程のダメージを体に刻まれる。

 硬化しただけではなく、明らかに身体能力が向上している。移動速度も、攻撃速度も。更に今のチェインの体は防御を必要としていない為、全ての行動を攻撃に移す事で完全にアドヴァンテージを取得している。

 地上戦では分が悪いと判断し、宙に飛び上がり、足場を作って移動をするが、それよりも早くチェインの黒い腕が伸び、始末屋の足を掴む。

 「―――こ、のッ!!」

 反射的に頭部へ斬撃を叩き込むが、空を切る。

 「貴女もちょっとだけ痛い事してあげる」

 始末屋の顔を掴み、壁に叩きつけられ、その衝撃で壁に亀裂が走る。頭蓋が粉砕せんばかりの衝撃が、頭から足の先まで到達する。

 「―――あれ、死んじゃった?」

 返答は刃で返す。

 「あぁ、良かった生きてる」

 だが怯みもしない。

 拘束されながらも我武者羅に攻撃を繰り返すが、まったく効果を感じられない。この状況は最悪だった。こちらの攻撃は一切通らないが、相手の攻撃は重みを増している事で防御した上からでも十分過ぎるダメージを受ける。

 「ほらほら、全然痛くないわよ~……あ、でもちょっと気持ち良いかも?」

 武器で防御した状態でも伝わる激しい蹴撃に吹き飛ばされる。受け身を取っても、ダメージは緩和されず、すぐに立ち上がる事が出来ない。

 チェインもそれを理解した上で、ゆっくりと歩みより、蹴り上げる。

「―――ッ!?」

何度も何度も、サッカーボールの様に雑に蹴り続ける。

 「まだやる?」

 「………」

 「頑張り屋さんだね、貴女は」

 渾身の一振りとばかりに、今までで最大の力で蹴り飛ばされる。

 力が入らない体にとって、重力は通常の数倍以上に圧し掛かっている様に思えてならない。何とか立ち上がらなければと体を叱責するも、体はそれに応えようとはしない。

考え方が甘かったと後悔する。

 相手がナイフを使っている段階で勝負を決めるべきだった。あの場で逃げず、不利な状態でも戦っていれば勝機はあったかもしれない。だが、それは数分前に逃した勝機だった。

 今はその勝機が見えない。仮に最大威力の攻撃を放ったとしても、チェインの肌を貫通するほどの威力に届くという保証はない。その為、姿を消して急襲を仕掛けても結果は同じ。こちらの刃があの肌を切り裂けない以上、無駄に体力を使うだけだ。

 なら、逃げるか。

 勝機はないが、この場を乗り切るにはその方法が一番の良作だろう。この創世器の本来の使い方ならば、逃げる事など容易だ。そもそも、真正面からの戦闘では明らかに不利なのだ。そんな事が出来れば、きっと始末屋などしていないだろう。

 「降参する?降参するなら、手厚く看病してあげるわよ」

理性がさっさと逃げろと叫んでいる。このままでは勝てない。勝てる状態にもっていけば勝機があるかもしれないが、その状態になど持っていけるはずがない。お前は元々戦闘に才があるタイプではないのだ。この場は一度退却して、ヴァンを探して、さっさと尻尾を巻いて逃げる事を優先しろ―――そう叫んでいる。

 「お~い、聞こえてますか~?」

 理性の声を聞きながらも、別の思考も動いている。理性を否定するように動く思考は、相手の行動、言動、性格を分析している。諦めると同時に動く抵抗の意思は、自分でも驚く程に冷静だった。熱く燃えるわけでもない。冷たく冷静なわけでもない。その間でゆらゆらと蝋燭に灯る火に似ているかもしれない。

 灯る火が見せる幻想は、走馬燈なのだろうか。

 遠い過去の思い出ではなく、ほんの数日前の出来事。

 イプシロンという怪人が居た。

 この状況、自分はあの時もこうして倒れていたのではないか。

 自慢の刃に過信して、無様に倒れていたのではなかったのか。

 無様、無様、なんて無様―――蝋燭の火が、揺らめく。

 僅かな火が、少しずつ、少しずつ燃え上がる。

 「……むかつきます」

 「ん?」

 「貴女の……その余裕な、感じが……非常にむかつ、きます」

 余裕で、自分が強いと余裕に語る姿が、あの怪人を彷彿させる。あっちよりはマシかもしれないが、自分を見下す感じは、怪人と同じ部類に思えてならない。そう思う、そう思ってしまう、そう思い込んでしまう―――その全てが、自分の内から漏れ出すモノだと実感する事が、何よりも腹立たしい。

 「大体、なんですか……その固い……固い肌、スキンケア、とかしてない……でしょう?それ、女として……終わってます」

 理性が叫ぶ。理性の叫びを感情で捻じ伏せる。

 気に入らない。

 この状況が気に入らない。

 理不尽な思考は、きっと自分の中にあったはずだ。理不尽な生き方をしてきたが故に、自身から漏れ出す理不尽を蔑ろにしていたのかもしれない。

「……戦闘ばっかりに……優位でも、やっぱり綺麗な肌を……殿方は好むでしょうね。ほら、この時点……で私の勝ちです。女として……私の方が勝ってる」

 馬鹿な事を言ってないで、さっさと逃げろと叫ぶ理性を、感情が凌駕していく。

 呼吸を整える。

 荒い息を無理に吐き出し、呼吸を安定させる。

 「―――見てくれがどうか気にするくせに、その余裕は諦めの反対でしょうね、きっと」

 「そんな事を言う前に、鼻血を拭いたら?」

 「鼻血流れても、私の方が絵になるんですよ」

 「……へぇ、そういう事を言う余裕はあるんだ」

 余裕などない。

 余裕はないが、意地はある。

 意地があるから、まだ戦える。

 戦えるから、こんな挑発だって出来る。

 「来なさいよ、ぶっとばしてあげるから……」

 戦えると決めたからこそ、そこに火はない。

 そこには、燃え上がる意思の炎がある。

 「上等よッ!!」

 黒い塊が突っ込んでくる。

 始末屋の両の手にある武器は、始末屋が始末屋と呼ばれる所以の創世器。長年これを頼り、これの振るって多くの任務を乗り越えてきた。そして、その中には最愛の者も含まれている。それだけ多くの時間を共にした武器だからこそ、一番巧く扱えるのだろう。

 強固な腕を振り上げ、満身創痍の体に襲い掛かる脅威を前に、

 「―――がぁっ!?」

 呻き声を上げるのは、チェイン。

 その身は鋼鉄並みに強固な鎧である。それ故、如何なる刃も彼女の身を傷つける事は出来ず、並みの弾丸とて貫通はしないだろう。

 だが、それは決して絶対の盾というわけではない。

 現にこうして、

 「なによ……それ」

 無防備に突っ込んだ事で受けた傷。

 鎧の肌に突き刺さるのは弾丸でも刃でもない―――鋼鉄の拳。

 「アークス舐めんなって話よ、このアバズレ」

 一番信頼する武器はそこにはない。

 二刀の刃は既になく、あるのは手甲。

 驚愕が隙を生み、空気を切り裂き上昇する拳がチェインの顎を打ち抜く。先程までまったくダメージを感じていなかったチェインに、苦痛の表情が浮かぶ。上昇する拳により浮いた体に、体を高速に回転させた勢いで放つ裏拳の弐連撃。

 鋼を叩く鋼の轟音が奏でる威力は、鋼鉄となった肌を貫通し、体内に衝撃を生み出す。

 思わず膝を屈する所へ、地面を掴み、弾丸の如く打ち出された突きが顔面にめり込み、チェインを吹き飛ばす。

 「久しぶりに使ったけど、案外体は覚えてるもんだね」

 使う武器は個人に合った物を使うのは、当然の選択だろう。使い慣れない武器、使い難い武器を戦場で使い、結果失敗する事など良くある事だ。だが、自分に合ってるからこそ、その武器に依存する事で失敗する事もある。

 「……お、驚いた。貴女は、そんなゴツイのも使うのね……似合わないわよ」

 「似合う似合わないじゃないのよ。今、必要な事は、私がこれを使えって事なのよ」

 ダメージは確かに通っているが、致命傷にはならない。チェインは即座に立ち上がり、一気に始末屋へと肉薄する。攻撃は大振りな打撃ではなく、確実に当てる速度を優先させた打撃。だが、肉薄する事で気づく。この間合いは自分の間合いである事に変わりはない。同時にそれは先程までの始末屋の間合いではなく、今の始末屋の間合いとなっている事に。

 この手甲、ナックルに防御という概念はない。構造上、防御に使用も出来るが、防御よりも攻撃に特化している武器は、その全てを攻撃に理を持つ。

 故に防御ではなく回避。同時に回避すらも攻撃への動作の1つとなる。

チェインの攻撃は紙一重で避け、カウンターで打撃を撃ち込む。腕力だけでは通らない打撃だが、攻撃の動作と同時にフォトンを後方へ射出する事で加速を生み、腕力以上の打撃を撃ち込む事が出来る。体の構造上、フォトンの扱いが巧いが、身体能力で他の種族に劣るニューマンが使っても、その性能故に確かな攻撃力を生み出す。

 もっとも、如何に攻撃に特化した武器であっても、使う者が未熟であれば当然、

 「舐めるなッ!!」

 相手の攻撃を回避する事が出来ず、ダメージを追う事になる。

 踏鞴を踏み、僅かに後退したが、地面を掴む事は忘れない。地面を掴み、上体を僅かに後ろに反らし、その反動で拳を振るう。直線的な攻撃は軌道が簡単に読まれる。その証拠に直線に放たれた拳はチェインにあっさりと防御されてしまう。

 しかし、その防御ごと相手に踏み込む事で、今度はチェインの体勢を崩す。突きだした腕を後ろに引く動作と同時に、反対の拳を放つ。その動作を何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も行う事で、閉じた腕に僅かな隙間が生じる。隙間を抉じ開けるストレートは防御を突き抜け、到達する。

 踏鞴を踏みながらもチェインは隙を突き、ククリナイフを抜き、始末屋に襲い掛かる。当然、この状態では先程と違って刃を受ける事など出来ない。出来る事はチェインが斬撃を自身の刃で受け流すと同様に、拳でナイフを打ち流す。それでもナイフの速度を上回る事は出来ず、致命傷にならずとも切り傷が体中に刻まれる。

 「それでも……まだこっちの間合いだってのッ!!」

 体を切り刻まれながらも、繰り出した拳が相手に当たれば確実にダメージは通る。最初の一撃が通った瞬間、暴風の如く連打を浴びせる。高速の連打がナイフと激突した瞬間、砕け散るのはナイフ。チェインの二振りのククリナイフは、根本から折れた事で、攻撃の手段を一瞬失う。すぐに素手での攻撃に切り替えようとするが、その隙を与えない程の打撃の嵐がその身を襲う。

 連打は強力だが、この状態では耐えられる。この肌の上からも激痛を感じる程の衝撃だが、通常の状態に比べれば問題ない。だから、耐える。相手も無限にこの連打を続ける事など出来ない。そして散々痛めつけたのだ、体力もそれほど残されてはいないはず。

 耐える、後退しながら。

 耐える、防御を固めながら。

 耐える、打撃が止まるまで。

 耐える、耐える、耐える―――止まった。

 その瞬間を逃さず、攻勢に移る―――その瞬間、瞳に写るのは裏拳。

 今までで最大級の衝撃が襲い掛かる。防御の上から衝撃が背中に突き抜け、相手の姿が遠ざかる。それが自分が後ろに吹き飛ばされているのだと気づいた時、背中から壁に体がめり込む程のダメージを受けた後だった。

 一体どれだけ飛ばされたのか、すぐに抜け出さねばと足を一歩踏み込んだ瞬間、あるはずの地面がない事に気づく。

 「――――あ、」

 この場所はエレベーターシャフト。外から、またこの場所にまで戻されたのだ。そして、気づいた時には既に遅く、踏み込んだ事で体勢を崩し、重力に引かれて体が落下しそうになる。なんとか、視界に写った自分が切断したワイヤーを見つけ、捕まり難を逃れた。そう思ってしまい、安堵した瞬間―――エレベーターシャフト内に弾丸となった始末屋が飛び込み、無防備なチェインの顔面を殴りつける。

 一瞬、視界が黒く染まり、すぐに視界が戻った瞬間、その手にワイヤーはなく、重力に引かれて体が落下している事に気づく。

 「しまっ―――」

 今のチェインが落下に耐える手段はない。何かを掴もうにも、掴める範囲にあるのは空気のみ。この絶望的な状況で、チェインは冷静に思考を回す。何もしなければ落下速度を殺す事が出来ず、地面に叩きつけられるだろう。だが、今の体の状態であれば、何とかして落下途中でエレベーターシャフト内の壁を蹴るなり殴るなりして、少しずつ落下速度を殺す事が出来る。

 それならば、何とか落下の衝撃には耐えられるはずだと。

 だが、絶望を回避する方法に、一番重要な者が含まれて居なかった。

 遥か真上、視界に写る光景は最後の一撃を放たんとする敵の姿。

 エレベーターシャフトの天井に張り付き、その手に本来の武器である刃を携え、真下で落下するチェインへと標準を定めている。

 武器は刃、刃であればこの身を傷つける事はない―――傷つける事はないが、その身を真下に向けて打ち出す事は出来る。

 「………これは、しくじったなぁ」

 苦笑が漏れた瞬間、薄暗いエレベーターシャフトの中を閃光が駆け抜ける。

真上から真下、天から地上に向かう流れ星の様に。

その身を流星と化した彼女の一撃は、黒い鋼鉄を空中で掴み、地面へと運ぶ。

艦内を揺るがす程の衝撃が生み出され、各階層のエレベーターのドアがその衝撃で吹き飛ぶ。

 粉塵により視界が奪われ、それが晴れた時には、勝者のみが立ち上がる。

 敗者は1人、落下したエレベーターの真上に激突した軍人。

 勝者は1人、フォトンの粒子が勝者を祝うように始末屋の周囲を漂う。

 薄れゆく意識の中で、チェインはどうでも良い事を想ってしまった。

 「私の勝ちですね、軍人さん」

 こんな丁寧な話し方をする彼女よりも、先程の彼女の方が好みだと。

 

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