PHANTASY STAR ONLINE2~星霜ヲ蝕ス三重奏~   作:無銘数打

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Episode20『―――大丈夫、ヴァンは負けないから』

 「別に強くなりたいわけじゃねぇんだわ」

 交差する拳は、必ず当たる。

 「弱くても良い。弱くても良いから、俺はもっと人と殴り合いたいんだよ」

 俺も避けない、ライバックも避けない。

 「原始的だと他の連中は笑うけどな、これしか俺は他人と触れ合っているって感じがしないんだよ」

 互いの目標は顔だけ。

 顔を殴り、殴られるの繰り返し。

 「軍曹は性癖だって言ってたな、こんなのを。それもきっと正解だろうよ」

 効いているとかは関係ない。目の前に相手が立っているから、殴り続ける。この時代になっても闘争本能が求めるのは、文明の利器を用いた決闘ではなく、こんなシンプルな行為だけ。これはコイツみたいな連中が生まれる前から、ずっと昔から存在を消されようとも、遺伝子の中に潜んでいた機能の1つなのだ。そして、そんな機能を自分の生き甲斐にしてしまったのも、昔からある生き方の1つ。

 「ヴァンちゃん、俺は嬉しいよ。こんな俺に付き合ってくれる奴が、僅かでもこの広い宇宙に生きててくれるって事に」

 視界の片方が削れ、呼吸の仕方が思い出せなくなってきた。

 「何の為に力を振るうとか、正義の為だとか、守る為だとか、誰かの為だとか、自分の為だとか……うだうだ言ってる連中の言い分も間違ってない。だがよ、居るんだよ。この宇宙には、連中が否定する俺みたいな奴が居るんだ」

 体の機能が低下するが、思考は正常。聴覚も正常。ライバックの下らない独り言を聞いて、それを理解してやる位の機能は残っている。

 「寂しいんだよ、寂しいんだよ、ヴァンちゃん。俺の知る強い連中は、そんな奴ばっかりなんだ。この衝動を無碍に扱う連中ばっかりなんだ。俺の行為が意味がないだの、虚しいだけだの、もっと別の事に使えだの、無意味な暴力を捨てろだの―――ほんと、寂しくなるよ」

 正しい力の使い道、誰もがそれを求めていると思う時もあるが、それは単に使い道を見つけた奴の自慢なのかもしれない。こんな風に喧嘩、喧嘩、喧嘩と馬鹿な事にしか自分の力を使えない馬鹿野郎からすれば、力の使い方を見つけた連中からすれば、哀れな奴に見えるんだろう。

 「不安になるよ。ヴァンちゃんも何時か、そうなっちまうんじゃねぇかってよ。あの時、あんなに楽しい喧嘩が出来たヴァンちゃんも、何時かそんな風に俺を見る日が来るんじゃねぇかって思うと、寂しくてしょうがないんだ」

 兎かよ、と苦笑する。でも、きっとコイツは昔からそうだったんだろうよ。生まれついての性質が、他の連中とまるで違った。他の連中はコイツの力をまともな方向へ導こうとしたが、それがコイツの性質を否定する行為となり、コイツを歪める。結果、コイツはこうなってしまった。

 「―――なぁ、ヴァンちゃん。ヴァンちゃんは……変わってないよな?」

 「……悪いな。俺はお前の望む俺じゃない。最初に会った時から、今もずっとお前の見込み違いだ」

 流れに身を任せ、辿り着いた場所で俺達は出会った。その間にあった事は色々で、一言で伝えられるようなものではない。俺も、お前もきっとそうだったはずだ。あの時、リリーパで出会った時のお前は此処にはいない。あの時の俺も此処にはいない。

変わらない事は美徳ともとれるが、愚かともとれる。

 この場合はどっちになるのだろうか。

 その大きな拳は、きっと多くの者を救う拳になったかもしれない。そんな願望を押し付けられても、コイツはそれを拒否してきた。拒否し続けてきたから、こんな歪んだ願望を持ってしまったのかもしれない。でもな、ライバック。そんなお前でも、そんなお前だからこそ、一緒に居る連中が居るじゃねぇか。

 俺達の喧嘩を賭けの対象にしか見ていない、そんな馬鹿な連中が居る。

 俺達のこれを、見世物みたいに見る連中がいる。面白いって言ってる連中がいる。もっとやれって言ってる連中がいる。

 喧嘩は出来ないが、お前を否定しない連中が居るのに、寂しいとか言うなよ。

 それじゃ、お前の周りに居る連中が不憫だろうが。

 正しいお前じゃない。

 力の使い方を知らないお前の傍に。

 否定されないお前じゃない。

 間違いだらけのお前の周りに。

 そして何より、

 「―――――いい歳した男が……寂しい寂しいと、しみったれた事をほざくなッ!!」

 そんなお前に付き合ってやれるほど、こっちは暇じゃない。お前みたいに自分勝手に生きていける程、こっちの背中は軽くない。重いも軽いも関係なく、背負えるモノは限られている。俺はそれを選択している。背負えるモノを選択して、生きていく事を選択している。

 だから、お前の相手をしている暇など、そんな道草をしている暇なんてない。

体の中に駆け巡る、目には見えない粒子。それを自分の体を媒介として形を作り出す。

 物質ではなく、光として。

 光として、そして力として。

 化け物の体に突き刺す拳は、今までの拳とは違う。

 その鋼の肉体を貫通する拳には、コイツが口にしたフォトンとかいう、よくわからないモノが詰め込まれている。

 「が―――あぁッ!?」

 初めて浮かべる苦悶の表情、驚愕と苦悶の先に、奴の笑みがある。

 「ぐだぐだ……ぐだぐだと……耳障りなんだよ、ボケがッ!!」

 その一撃に込められたのは、俺の体が持つ性能と、フォトンという存在込められた一撃。

 以前の様に、アンジュのテクニックで得た身体能力の強化ではない。あれは体の性能を一時的に向上させるだけのドーピングだ。

 だが、これは違う。テクニックではない。

 人が、アークスが脅威と戦う為に生み出した術。

 古来より圧倒的な力を前に、力が劣る者が立ち向かう為に生み出された武術。

 フォトンアーツ―――フォトンを用いて強者を打倒する武術。

 「愚痴を吐き出す前に、手を動かせろよ、ライバック」

 此処からは、割と本気で行くぞ。

 握る拳にフォトンを纏い、打ち抜く一撃はライバックの体ごときでは防げない。余裕をかまして無防備な胴体に叩き込む一撃に、奴の体はくの字に折れる。

 「―――い、良いねぇ……それ、良いじゃねぇかよッ!!」

 そこまでしても止まる事を知らないライバックは、俺の腰にしがみつき、自分の体ごと壁にぶち当たる。衝撃で壁が崩壊するが、それでも奴は止まらない。次々と壁を破壊しながら進んでいき、俺が奴の後頭部を殴りつけるまで止まらなかった。

 床を滑る俺とライバック、先に立ち上がったのはライバック。俺に覆いかぶさろうとする奴を蹴り飛ばし、俺は地面を蹴って飛び上がる。空中でフォトンを込めた拳を握りしめ、地面を殴りつける。地面に広がる衝撃破がライバックに襲い掛かり、奴の動きを止める。叩きつけた地面を拳で殴り飛ばし、再度空中へ。空中で空を蹴り上げ、弾丸となって奴の懐に飛び込む。

 「くたばれ」

 「お断りだ」

 俺を破壊せんとする剛腕を紙一重で避けながら、渾身の一撃を叩き込んでやる。今度は奴が壁を突き付け、床を転がる番だ。

 「―――ッ糞、流石に痛ぇな」

 ライバックを殴りつけた拳が悲鳴を上げる。今までの動作全て、フォトンアーツを使用している事で体にかかる負担が倍となる。

 本来、フォトンアーツは生身で使うものではない。全ての動作、全ての攻撃が生身で使い事は想定しておらず、専用の武器を使う事で漸く放つことが出来る武術だ。先程も言ったが、これはテクニックを使用して身体強化をしているわけではない。本来の俺の身体能力でフォトンを用いて放たれている。その為、その衝撃は勿論、体に掛かる負荷を全て俺自身が持たなければならない。

 人の体、それがヒューマンだろうがキャストだろうが関係ない。ある一定以上の力は自分を傷つけるだけだ。それ故に専用の武器、更には防具が必要となる。防具は外部からの攻撃を防ぐだけではなく、自身が生み出す攻撃からもその身を守っている。

 例えば、ナックル。一撃一撃の威力が大きいが、フォトンアーツを使えば更に大きな威力を生み出す。その威力は生身で放つにはリスクが大きいが故に、ナックルそのものに使い手を守る機能がある。それはツインダガー、ダブルセイバーも同じ。ツインダガーであれば空中を高速で移動する故に、使い手を強いGから守る機能があり、ダブルセイバーは発生させるタツマキから守る機能もある。

 更に言えば、フォトンアーツを習得する際に使用する、ディスクという媒体がある。あれは1つのフォトンアーツにつき10段階あるのだが、最初から10段階目を使用は禁止されている。その身に許される力は、今の自分の限界まで。それ以上を望むには、当然限界を超える必要がある。それは自身の身を守る為。自身の限界を超える力は、自身を壊すだけになる。

 何事にも制限というのは必要なのだ。フォトンアーツもそうだし、テクニックもそうだ。そして武器、防具もそれに価する。

 許されるには、力が必要となる。そして、それと同等の準備もだ。

 だから、もう一度言うが、戦闘において武器と防具が必要となるのは、外部から身を守る為ではなく、その身を自身が扱う術から守る為にもある―――そして、今の俺にはそれがない……つまり、そういう事だ。

 自分が放つ攻撃で、自分自身が傷ついている状態だ。

 だが、

 「―――ヴァあぁぁぁぁぁぁああああああああああああああぁぁぁぁぁンっ!!」

 そこまでしなくちゃ、ライバックは倒れない。

 突進してくる奴を、こちらの突撃にて迎え撃つ。

 巨体とぶつかる衝撃と、内部から生み出される衝撃で体が悲鳴を上げるが、退く事は許さない。絶対に許してはならない。

 僅かな怯みは、致命的な隙を生み出す。この殴り合いにおいて、それをするのは愚の骨頂。そして何より、俺にも意地がある。意地を通して、此処の場を制す。

 「いい加減に、倒れろッ!!」

 「足りない、まだ足りないんだよッ!!」

 暴風の如く連打がライバックに襲い掛かろうとも、奴は止まらない。拳と拳が激突するが、先程までの俺の拳とは、威力が桁違いだというのに、俺と奴の力は拮抗している。フォトンアーツを用いて、漸く同等。もしくは、フォトンアーツを使う事で、奴は更に凶悪な生物へと進化しているのかもしれない。

 暴風を喰らう怪物が繰り出す暴力とのぶつかり合い。一撃一撃が、俺の体を痛めつける。外部と内部の痛み。悲鳴を上げる体を持つのは、俺だけではなく、奴もそうだ。それでも怯まない。それでも止まらない。退く事すらしない。

 脳がこれ以上は危険だと信号を出すが、黙っていろと叫ぶ。

 「おおおぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお―――ッ!!」

 「がぁぁぁぁああああああああああああああ―――ッ!!」

 最早、何も必要はない。

 拳が1つあれば、十分。

 殴り、殴られ、殴り、殴られ、殴って、殴られ、殴られながら、殴る、殴って、殴って、殴って、殴り、殴り殴り、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴り、殴る―――

 先に倒れる奴が敗者。だから相手よりも多く重い一撃を叩きつけ、多く致命的なモノを叩き込んでいくだけの動作。

 体力がなければ、意地で殴る。心を殺さなければ、負けはしない。戦闘だろうが喧嘩だろうが、最後に立っている勝者になるには、一番必要とされるのは意地だ。

 そして、その瞬間は訪れた。

 乱打戦の最中、互いの拳が交差すると同時に、互いの顔面に突き刺さり、暴風の中に一瞬だけ静寂が生まれた。

 その静寂の中で、俺よりもライバックの方が静寂を破るのが早かった。剛撃が脇腹に突き刺さり、何本か持って行かれる。

 体の内部から悲鳴が上がり、口から漏れ出す液体が、口の中に鉄の味を広げる。

 膝が崩れそうになるのを、何とか堪えようとするが、その一撃で脳が勝手に俺の体から機能を奪う。

 視界に写るライバックは、心底楽しいと、心底楽しかったと満足げな顔を浮かべていた。これで終わりだ、またやろうぜと言うように両手の祈るように結び、天高く掲げる。そこに慈悲はなく、あるのは単純な感謝だけ。

 雷神の鉄槌が頭部に振り下ろされ、視界が飛ぶ。思考も飛ぶ。体の感覚全てが遠い場所に飛んでいく。堪えるとかどうかなど、もう考えもしない。それだけの一撃を受けた俺は無様に地面に倒れるだけ。

 地面がゆっくりと近づく。落下するのを黙ってみているような感覚だろうか。

 ゆっくりと、

 世界が非常に遅くなるのを感じながら、

 音も消える静寂の中で、 

 薄れゆく視界の中で、

 

 不意に現れた光景は砂漠だった。

 

 「―――大丈夫?」

 俺を心配してくれていると思ったが、その顔は笑いを堪えている顔以外の何物でもない。

 不満を隠さない俺に、とうとう堪え切れなくなったのか、彼女は吹き出す。よっぽど俺が酷い顔をしているのか、それとも俺がボロボロなのが面白いのか。

 多分、どっちもだろうな。

 「笑うな。あと、これが大丈夫に見えるか?……あの野郎、化け物かよ」

 「その化け物と喧嘩してるヴァンは、何なのかな?ほら、顔見せて」

 「……もうちょっと優しく手当しくれ」

 「ヴァンは強い子だから大丈夫」

 「強い子って……俺はお前よりも年上だぞ」

 何時もの事だが、若造のコイツは俺を年上であり先輩だと認識しているのだろうか。

 「年上の癖に、子供みたいな事をしてる人は認めないよ。うわぁ、すっごい腫れてる。痛くないの?」

 「だから、痛いって言ってるだろ……くそ、次は俺が勝つ」

 自分で言っておいてなんだが、俺も随分と子供みたいな事を言っていると思う。なんだかんだ言っても、男はこういう勝負に負ける事を喜びはしないのだろう。

 「負けてもないんだけどね。でも、私も次はヴァンが勝つと思うよ。だって、ヴァンは強いからね」

 「……『相棒』にそう言われると、なんかそんな気がしてきたよ」

 「大丈夫、大丈夫。『相棒』の私がこう言ってるんだから、次はきっとヴァンが勝つよ」

 

 砂漠に浮かぶ星々が見つめる中で、アイツはそう言っていた。

 何時もの様に、大丈夫と口にして、笑っているアイツの顔は、まだちゃんと思い出せる。

 出会った時の事も思い出せる。初対面で先輩の俺に対して妙に馴れ馴れしい奴だった。どうやってアークスの士官学校を卒業したのかわからない位に使えなかった。使えない癖に妙な自信だけは持っていて、自信を結果に残す奴だった。邪魔なお荷物だと思っていたヒヨッコが、背中を預けられる奴になっていた。アンジュのあの妙な性格にした張本人であり、俺以上にアンジュが懐いていた奴だった。変な奴だった。奇妙な奴だった。殺しても死なない奴だった。愛とか恋とか、男とか女とか関係なしに一緒に居られる奴だった―――どんな時も、俺を信じてくれる奴だった。

 それが過去であり、未来には残せなかった光景だとしても、刻まれた記憶は、未だにはっきりと思い出す事が出来ない。

 此処にいない相棒だった。

 此処には一緒にいられない相棒だった。

 もう、俺の隣にはいない相棒だった。

 

 「―――大丈夫、ヴァンは負けないから」

 

 その信頼に、答える必要がある。

 アイツが信じる俺は、まだ此処に存在する事を証明する。

 堕ちる意識を過去が引き摺り上げる。

 地面を踏み締める。膝をつかないように、倒れないように、2度目の今に負けないように。

 「ヴぁぁぁああああああああああああああああああああぁぁぁぁっぁあぁンッッ!!」

 俺の名を呼ぶのは、お前じゃない。この記憶の中に居るのは、ライバックじゃない。アイツの声はこんな野太い声じゃないし、野蛮でもない。

 「―――――だ、か、ら……テメェは……喧しんだよッ!!」

 あの日の他愛のない約束を、此処で守る事にする。少しだけ時間はかかってしまったが、今だけは命に代えても守る必要がある。これが俺の意地。男としての意地。過去から今まで守る事が出来なかった、アイツの大丈夫という口癖を信じて。

 迫るライバックの顎を渾身の力で打ち抜き、巨体を宙に浮かす。

 「ヴァ……ン…ゃ…ん」

 「その呼び方、いい加減に止めろ」

 無防備な巨体に無慈悲に打ち込む拳。

渾身の一撃など生温い。この怪物が動きを止めるまで何十、何百でも打ち込んでやろう。閃光よりも速く、数多の拳がライバックへと襲い掛かる。体の悲鳴を黙らせ、体中からあふれ出る冷たい汗を無視して、俺とフォトンが奏でる咆哮を奴に、ライバックに叩きつける。

 奴が止まるまで。

 俺が止まるまで。

 俺の拳が空を切り、倒れそうになるまで。

 視界に写る奴が姿を消し、巨体が倒れる音を聞くまで。

 周りの連中の顔が、信じられないモノを見るような顔をするまで。

 連中とライバックに、不敵な笑みを浮かべるまで。

 連中とライバックに、どんなもんだと言ってやるまで。

 終わったと認識した俺の脳が、シャットダウンするまで。

 

 スノゥとの約束を守ったと、俺が確信するまで……

 

 

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