PHANTASY STAR ONLINE2~星霜ヲ蝕ス三重奏~   作:無銘数打

24 / 37
Episode21『……手遅れになる前にね』

 「―――あ?」

 目を覚ますと、世界は暗黒に包まれていた……なんて言っては見たが、そうでもないらしい。体が妙に窮屈なのは、恐らく箱の中にいるのだと推測する。頼むから棺桶じゃない事を祈りたいが、

 「おい、誰が居るか」

 声をかけてみると、

 「―――ん、おい、ヴァンが目を覚ましたぞ」

 「早いな。てっきりこのまま死ぬかと思ったんだが」

 「おいおい、変な事を言うなよ。そしたら、俺達が隊長に殺されちまうぞ」

 ライバックの部下達の声が聞こえる。

 「ヴァンさん、狭いでしょうが、しばらくそのままで」

 「周りは未だにお祭り騒ぎだからなぁ……ところで、副隊長とは?」

 「連絡は取れたけど、なんかトイレの中から動けないって言ってたぞ」

 「……あの日か」

 「あの日だろ」

 「こら諸君、あんなのでも一応は女性だ。そういう事を言っちゃいかんよ」

 「そうだよな、あんなのでも女なんだよな」

 「……俺、たまに女性不審に陥りそうになるんだよな」

 「俺も俺も」

 中からでは外がどうなっているかはわからないが、どうやらライバックはちゃんと約束は守ってくれたらしい。いや、ライバックがというか、この部下達がというべきか。

 「隠してくれるのはありがたいが、もうちょっと大きな箱は無かったのか?」

 戦闘で負った傷もそうだが、フォトンアーツを生身で使用した事に対する反動が、想像以上に大きい。この狭い空間で僅かに体を動かしただけで激痛が走る。

 「我慢してくれよ、旦那。あの後、速攻で他の連中が来たんで、隠すのがこれしかなかったんですよ」

 「連中、血眼になって探してますよ。なにせ、隊長をのしちまったんですから」

 「おかげで今月の給料がパーですわ」

 そこまでは知らん。

 「それで、何処に向かってるんだ?」

 箱から出たら、銃を持った兵隊に囲まれてるとかは、無しだぞ。

 「格納庫っすよ。俺達、リリーパに派兵されるんですけど、そこに一緒に行ってもらおうかと思いまして」

 リリーパ?

 あそこに戻るのか?

 「あ、これは軍曹のアイディアなんだよ。このまま艦内に隠すよりは、そっちの方が安全だろうって」

 「副長も話が分かる人で助かったな、ヴァン。隊長の思い付きに付き合ってくれるなんて、あまりない事だぞ」

 「珍しいよな、何かあったのかな?」

 「軍曹だって、隊長には逆らわんよ。なにせ、隊長は軍曹の初めての人だからな」

 「え!?2人ってそういう関係だったの!?」

 「……初めて負けたって話な」

 「なんだよ、つまらねぇ」

 このままイクサの中に居るよりは幾分かマシだが、この状況でナオビを離れる事になってしまう。それは出来れば避けたい所なんだが、

 「ヴァン、もしくナオビに残ろうとか思ってるなら、止めといた方が良いですよ。あっちじゃ、貴方はお尋ね者ですし、仮にナオビに逃げる事が出来ても、統合軍の捜索は強くなるでしょう」

 「それは……そうだな」

 自分の置かれている状況は、俺だけで完結する状況ではない。警備局にも、アンジュにも、彼女にも迷惑をかける事になる。

 「……だが、このまま尻尾を巻いて逃げるのは、性に合わん」

 「わかってますって。だから、一度リリーパに逃げようって話ですよ」

 「あそこは旦那の古巣だろ?きっと匿ってくれるって」

 「匿ってくれなかったら、しばらく俺達の部隊と共同生活になるけど、我慢してくれよ」

 考えても良い案は出てこない。現状では、これが最善という事になるのか。

 「アンジュと連絡は取れるか?」

 「無茶言わないでよ。でも、後で私達がこっそり会う事は出来るはずだから、ヴァンちゃんは心配しなくていいわよ」

 「俺、あのちっこいの苦手なんだよなぁ」

 「そうか?俺は好きだけど……あのさ、ヴァン。次に会った時、俺はお前の事をお父さんと呼ぶかもしれん」

 「ヴァン、心配するな。コイツはしっかり後で教育しとく」

 それにしても、この連中は本当にこんな事をしても大丈夫なのだろうか。如何にライバックの命令とはいえ、俺を逃がすなんて事をすれば、軍機違反で最悪銃殺刑だ。

 「色々してくれるのは助かるが……あまり無茶はするな。ライバックのあれは、単なる思い付きみたいなものだろ?それに命まで賭ける必要はお前等には」

 「あるよ。命を賭ける価値はある」

 あっさりと言い放つ声の主に、迷いはなかった。

 「隊長には恩義がある。でっかい恩義がな」

 「俺達みんな同じだよ。隊長が墓から俺達を掘り出してくれなかったら、俺達はお日様を見る事なく、地の底で亡霊になってたからな」

 「あんな隊長でも、そういう恩義がある以上は、俺達は隊長の命令に従う」

 「軍よりも……隊長の方が怖い」

 「それな」

 そこまで言われちゃ、こっちは何も言えない。まったく、寂しいとかなんとか言いながら、やっぱりお前は随分と周りの連中に好かれてるじゃないか。だったら十分だろうが。お前を認めない連中がどうこう言おうとも、お前を認める連中のほうがよっぽど大切だろうよ。

 「ま、それよりも私はあのジョンドゥって男が嫌いなのよね」

 「俺も俺も。なんか胡散臭いし、上から目線だし」

 「きっと足も臭いわよ」

 「口も臭いに決まってるな」

 なんか、そっちの方が重要みたいだな、コイツ等は。

 「……なら、安全運転で頼む」

 ここまでされて、簡単に死ぬ事は出来そうにない。とりあえずはリリーパまで逃げて、ゆっくり休んで、ナオビに戻る手段と、ジョンドゥをどうにかする手段でも考えるとしよう。

 「―――おい、止まれ」

 「ヴァンさん、ちょっと口をチャックで」

 連中の真面目な雰囲気は、恐らく面倒な事になったのだろう。俺は息を殺し、外の音を聞く事だけに集中する。

 外からは複数の足音。恐らく兵士達の足音だろうが、それが複数近づいてくる。

 「おい、お前等は何をしている?」

 固い声、連中とは違うまともな兵士の声だな。

 「何をしているって……見ての通り、リリーパに向かう準備だけど?」

 「この状況でか?お前達はこの警報が聞こえないわけではないだろうに」

 「聞こえてはいるよ。でも、こっちの準備も大事だろ」

 「……その箱、何が入っている」

 おいおい、いきなりピンチじゃねぇかよ。

 「箱の中身か?箱に書いてるだろ、食糧って」

 「文字も読めないとか、筋肉で頭がガッチガチなのは嫌よねぇ」

 「―――1つだけか?」

 「え?」

 「1つしかないのは、何故だと聞いているんだ」

 コンコンと箱を叩く音に、心拍数が一気に跳ね上がる。

 「中も随分と空洞が多いようだが……」

 「そ、それは、その……」

 おい、何か良い言い訳をしろ。

 「その……霞が……」

 浮かばなったらしい、良い言い訳が。

 「霞?なんだ、お前達は仙人にでもなったのか?」

 「……現在、我が部隊では絶賛断食キャンペーン中で」

 「昨日、食堂で鍋を囲んでいたのは、何処の部隊だったか……」

 拙い。これは非常に拙い。

 というか、同じ統合軍なのに人望ないのな、お前等。

 「おい、中を見せろ」

 「え、見ちゃう?あんまり見ない方が良いと思うよ。ほら、隊長も中を見せるなって言ってたから、俺達が怒られちゃうし……」

 「ほぅ、そんなに見られては困るモノが入っていると……」

 「おい、やべぇよ」

 「どうする?コイツぶっ飛ばしちゃう?」

 「いやいや、それも問題ありだって」

 「でもよ……」

 「貴様等、何をコソコソとしている」

 銃口をこちらに向ける音が聞こえる。

 「―――開けろ」

 これはいよいよ拙い事になってきた。こうなれば、予定を変更するしか方法はなさそうだ。具体的な予定など1つとして無いのだが。

 「早くしろッ!!」

 その時だった。

 「―――あっちだ!!あっちに奴が居たぞ!!」

 遠くから聞こえる女の声。

 その声に反応してか、複数の足音が俺達から離れる音が聞こえる。どうやら、最悪の事態は回避する事が出来たらしい。

 それにしても、この声は聞き覚えが……

 「……あれ、なんでこっちに近づていてきてんの?」

 「お前も追いかけろよ。さぼるなよ」

 別の足音がこちらに近づいてくる。

 「あ、あの、君も追いかけないと……」

 箱を叩く音に思わず、体が反応する。

 「―――漸く見つけました」

 ……あぁ、聞き覚えがあるわけだ。

 「あまり心配させないでください」

 「……悪い」

 箱の中からは見えないが、どんな顔をしているのだろうか。だが、今の俺の顔は酷い状態だ。こんな顔を見れば、彼女は心配するかもしれない。

 「大丈夫ですか?」

 「コイツ等の隊長に酷い目に合わされて、こっちはヘトヘトだ」

 微かに笑う声。

 「そっちもですか。こっちも彼等の仲間にボコボコにされて大変でした……でも、私は勝ちましたけどね」

 きっとドヤ顔をしているのだろう。

 「俺も勝った。余裕でな」

 彼女に俺の顔が見えないのは救いだ。じゃないと、俺の嘘がばれてしまう。

 「では、お互い楽勝だったという事で……」

 「そういう事だ」

 こんな会話をしている俺達を、きっと連中は変な顔で見ているだろうな、きっと。

 「……あの、2人はお知り合いで?」

 「そんな所です。貴方達の副長さんから、プランは聞いています。私が攪乱しますので、その間にヴァンさんを格納庫へ」

 どういう流れで、彼女がこのプランを知ったかは知らんが、

 「あまり無理はするなよ」

 「今更ですよ。こっちの事は気にしないで、貴方は逃げる事だけを考えてください」

 「そうだな。出来るだけすぐに戻る様にはするが、その間は色々と面倒を掛けるかもしれん。特にアンジュとか……」

 「それも今更です。では―――」

 「ちょっと待て」

 先程ジョンドゥした会話、これは伝えておく必要がある。

 「……それはまた、大それた事を考えますね、奴も。わかりました、その辺も何とかしてみますね」

 それだけ言って、彼女の音は遠ざかっていく。

 それだけかと、ちょっとだけおじさんは、寂しいです。

 まぁ、彼女ならば艦から逃げ出す事も容易いだろうから、心配はないだろう。

 「旦那も隅に置けませんね」

 「可愛い……俺、やっぱりあっちの方がいいかも」

 好き勝手な事を言うのは構わんが、そういうのはきちんと脱出してから言ってくれ。

 「そんじゃ、さっさと格納庫へ行きますよ」

 安全運転で頼む。

 

■■■

 

 艦橋ではジョンドゥが未だにヴァンが発見されない状況に対して、疑問を抱き始めていた。相手はたった1人、更に碌な装備を持っていない元アークス。対してイクサに搭乗している統合軍の兵士は倍以上。どう考えても、未だに見つからないのはおかしい。

 「艦長、彼はまだ発見できないのか?」

 「えぇ、残念ながら……それにしても、随分と上手く隠れる奴ですな」

 「感心している場合ではないよ。彼が見つからなければ、色々と予定が狂ってしまう」

 「わかっています。捜索に当たっている兵達から、情報は続々と集まっては来ているので、発見するのも時間の問題かと」

 楽観的な事を口にする艦長を、戒めたいと思いながらも、この艦の責任者は自分ではない。この男が兵士を率いる立場でいる以上は、彼の命令以外に兵士達は聞かないだろう。例え、裏で糸を引いているのがジョンドゥであったとしても。

 「ナオビに配備している歩兵部隊の状況は?」

 「既に展開は完了しています。必要な準備にはあと数日かかりますが、問題はないでしょう。警備局もアークスも口を出せない状況で、我々の動きを不審に思っても、そう簡単には邪魔は出来ないはずです」

 我々、と口にする艦長に対して僅かながら苛立ちを覚える。コイツは何時から自分と同じ立場に居ると錯覚しているのかと。傀儡が自分の意思を持つなど、愚の骨頂でしかないのだとわからせてやらねば―――そう思う感情を抑え込む。

 所詮、甘い蜜を見せつけて言う事を聞かせている傀儡でしかない。必要がなくなれば捨ててしまえば良いのだと自分に言い聞かせる。そうして自分の感情をコントロールする事で、自分の栄光を必ず手にする事が出来る。ジョンドゥは日に何度も生じる苛立ちをこうして抑え込む。

 「艦長、アークスのキャンプシップが離艦許可を求めています」

 「離艦許可?あぁ、そうか。あれはリリーパへ例の部隊を送る為に待機させていたんだったな」

 「物資と乗員の搭乗が完了しているので、離艦許可が欲しいとの事ですが、どうしますか?」

 「この状況でか……まったく、連中はこっちの状況など気にしないのか。わかった、さっさと出せ」

 「了解しました」

 そのやり取りにジョンドゥは疑問を覚えた。

 「艦長、どうしてこのタイミングでリリーパへ派兵など?」

 「アークスから要請ですよ。採掘基地の防衛に人手が欲しいとかで。手が空いている連中など、あの部隊くらいなので、こっちは厄介払いとして―――」

 アークスからの要請。この状況でジョンドゥが知らない情報が現れた事は、果たして自分にとって何を齎すのか―――否、これは見逃して良いものではない。

 知らないという事は、自分の道にとって障害となるモノが小石か、それとも巨大な岩石かを見逃す事となる。

それはあまりにも危険な行為だ。

 「停船命令を」

 「は?」

 「あのキャンプシップを今すぐ止めろと言っているんだよ、艦長」

 キャンプシップは既にイクサの外に出ている。

 もしも止まらなければ、どうするかなど言うまでもない。

 「―――無視したら、撃ち落としなさい」

 

■■■

 

 「停船命令?なんだよ急に……」

 通信機から聞こえる声に、運の悪いパイロットは首を傾げながら、その命令に従おうとするが、

 「悪いが、止まってもらっちゃ困るんだよ、オプタ君」

 銃口を頭に突き付けてやる。

 「は?え、ちょっ、なんで……」

 「通信機は切れ。いや、こっちで切るからお前はしっかり操縦しろ」

 通信機を切り、脅しじゃない事を証明する為に天井に向けて引き金を引く。跳弾でもして俺に当たったら拙いなと思ったが、ちゃんと天井に弾が食い込んでくれて良かった。そんでもって、それ以上に良かったのは、この運の悪いパイロットというのが顔馴染みという事だ。

 「久しぶりだなぁ、オプタ君」

 俺が誰か理解したのか、オプタの顔が真っ白になって、それから青。分かり易い位に驚いてくれて、嬉しいよ。

 「旦那?……だ、旦那!?はぁああああっ!?」

 「おいおい、そんな喜んでもらえるなんて、俺も嬉しいよ。ほら、ちゃんと前見て運転しろ、危ないぞ」

 銃口を向けながら、操縦席の隣に腰かける。

 「え……なんで、旦那がこんな所に?」

 「ちょっと色々あってな。おい、ちゃんと前見ろって言ってるだろ」

 「―――――か、勘弁してくれよッ!?降りろ、頼むから降りてくれ!!旦那が居たら、絶対にこの船は堕ちる!!絶対に堕ちるって!!」

 酷い事を言うな。

 確かに俺の記憶する限り、過去の任務でオプタと一緒になった場合、かなりの確率でその船は堕ちる。それもう見事に堕ちる。外的要因もあるが、堕ちるのだ。そのせいか、俺とオプタが顔を合わせると、コイツは絶対に俺と一緒になる事を嫌う。

 「確かに何度も堕ちたが、こうしてお互い生きてるだろ?大丈夫、心配すんな。俺はお前の操縦を信じてはいないが、お前の着陸技術に関しては信用してる」

 「こっちだって好きで堕ちてるわけじゃないんだよ!!おい、軍人さん、この男を今すぐ宇宙に放り出してくれ!!」

 「こらこら、統合軍の方々に迷惑をかけるな」

 普段は飄々としている癖に、よっぽど俺と一緒の船に乗っている事が嬉しいようだ。それとも、前にリリーパでダーカーの軍勢のど真ん中に堕ちた時の事を思い出しているのだろうか。いやぁ、あの時は死ぬかと思ったわ、マジで。

 「―――オプタ。今回は割と本気でお前には申し訳ないと思ってるが、今はお前の協力が必要なんだ」

 「……旦那、この状況でマジな顔をしないでくれよ。なんか、余計に悪い事が起きそうな気がしてならんのだが」

 「いや、もう起こってるな」

 「え?」

 爆音と共に、船を強い揺れが襲う。

 「もしかして、撃たれてる?」

 「あぁ、撃たれてるな」

 即座に通信機に手を伸ばそうとしたので、もう一発撃ってやった。

 「死ぬ気で行けよ、オプタ」

 「勘弁してくれ……」

 イクサの砲台は確実にこの船を狙っている。普通なら諦めるのだが、俺にとって幸運だったのは、オプタが操縦しているという点だ。この男は散々輸送機やらを不時着させているが、墜落させた事は殆どない。その上、しっかり生還もしている。彼の墜落王と言われた男もそうだが、アークスの操縦者というのは中々の操縦技術を持っていると俺は思う。まぁ、それ以前に不時着させるなって話なんだが。

 「今回は何をやらかしたんだ!?俺も流石に統合軍の戦艦から攻撃された経験はないぞ!!」

 「まぁ、色々とな。ワープゲートを開く座標は何処にする?」

 「まだ開くな。ギリギリまで待ってくれ。なんで俺はこうも旦那と絡むと変な事に巻き込まれるんだろうな、糞ッ!!」

 砲弾やらビームやらミサイルやらが、雨の様に降り注いでいるが、見事に直撃はなし。当たっていても、ダメージは少ないようだ。いやはや、流石の腕だ。

 「ワープゲート解放の座標は、C-597.451だ。合図はこっちで出すから、旦那は準備しててくれよ!!」

 「了解。頑張ってくれよ、オプタ」

 「あ~、家に帰りてぇな、おい!!」

 無駄口を叩く暇があるようだが、こっちは結構ギリギリなんだよな。他人に命を預けるのは、意外と勇気がいるものだと実感する。

 「カウント3で行くぞ、旦那。3、2、1―――撃てッ!!」

 「あいよッ!!」

 座標に撃ち込まれた空間転移アンカーが宇宙に別の空間を作り出す。歪んだ宇宙の先に見えるのは、懐かしき砂漠の星。まさか、こんなに早く帰ってくる事になるとは思いもしなかった。

 「突っ込むぞッ!!」

 強烈なGが体に襲い掛かる。それと同時に船体が激しい揺れ、そして船内に赤い警告灯とアラームが鳴り響く。

 「当たったのか!?」

 「コイツなら大丈夫だッ!!しっかり掴まってろよッ!!」

 視界が歪む、宇宙が歪む。

 機器の全てが異常事態を知らせるアラームが鳴り響く中、俺達の乗せたキャンプシップはワープゲートへと突入する。

その瞬間、今までで一番の衝撃が襲い掛かる。

どうやら拙い場所に攻撃を喰らったらしいが、もう止まらない。

 あとは、オプタと神様に祈るだけだ

 

■■■

 

 星々の煌めきとは違う閃光が、宇宙を奔る。

その光景を見ながら、多くの兵士達は困惑の表情を浮かべる。あれはアークスのキャンプシップ。それに対して攻撃を仕掛けたのは、間違いなく自分達が乗っている艦。多くの者達が口々に不安と不満を漏らす中、統合軍の軍服を着た若い女兵士だけが黙ってその光景を見つめる。

 キャンプシップに直撃した攻撃が、船体を大きく揺らしている。だが、その直後にキャンプシップはワープゲートを通り抜けた。そうなってしまっては、もうどうする事も出来ない。後はキャンプシップが目的地にきちんと着陸する事が出来るのか、それは操縦者と神のみぞ知る事だろう。

 女兵士は祈るように胸元に手を置く。

 「―――あまり、そういう素振りはしない方が良いと思いますよ」

 女兵士の背後に立つチェインは、戒める様に言う。

 「わかっています」

 女兵士はそう言って、すぐに踵を返して歩き出す。チェインは消えたキャンプシップをしばし見つめ、中に乗っているであろう部下達の無事を祈り、彼女の後に続く。

 「それで、これからどうする気ですか?あの蜥蜴頭の首でも取りに行くつもりで?」

 「いいえ、ナオビに戻ります。此処ならキャンプシップがリリーパに着いたか確認を取る事が出来ますが、今はそれよりも別に動く事があります」

 「そうですか……情報部の連中が動いている様です。もしも、ナオビに貴女の協力者が居るなら、すぐに合流しなさい……手遅れになる前にね」

 そう言ってチェインは女兵士から距離を取る。女兵士は会釈をして、歩き出す。歩きながら、その姿をゆっくりと消していき、すれ違う誰もが彼女の存在に気づきもしない。

 希薄した存在でありがら、誰かが走っているような感覚を誰かが覚えたが、すぐに忘れる。

 焦りを感じ、何かを祈るような感覚を、誰もが忘れている。

 

■■■

 

 あるべき場所であり、帰るべき場所であるはずが、その光景を前にすれば自分達が居た事すら、嘘になってしまうような想いを抱く。それが例え、人であろうと、サポートパートナーであろうとも、変わりはない。変わってしまった我が家の光景が、酷い状況になっている事を嘆く気持ちは、なんら変わりはないはずだ。

 「酷いもんだな。最初からこんな部屋だという事は、流石にないよな?」

 「えぇ、割と片付いている方です。元々、私の物以外はありませんから」

 家主の持ち物より、従者である自分の物が多いのはどうかと思う、とクルーズは思ったが、この部屋の状況を見て口を噤むことにした。

 部屋の中は酷い有様だった。

 「まさか、こんなに早く情報部の連中がガサ入れに入るとはな」

 綺麗に整頓されていたとしても、こうも荒らされている状態では、元の部屋がどういう飾りつけをしていたかもわからない。リビングに散らばった本や資料、食器は割られ、情報端末は中のパーツすら残らず回収されている。

 「駄目ですね。端末の情報も全部抜かれています。他のは……あぁ、見事に壊されています。しかも、私のゲーム機まで」

 心なしか、最後のゲーム機に対してだけアンジュは怒りを感じているように思えた。

 「これはしばらくは、本部に仮住まいですね」

 「仮眠室なら空いてる。好きなだけ使えばいいさ……サポートパートナーの端末は、替えが効くのか?」

 「問題ないと思います。あれはサポートパートナー専用のネットワーク端末ですが、今の私には必要ないものです。無いと無いで不便ではありますが、何とかなるでしょう」

 「なら良いが……」

 一番問題なのは、主人が居ないという現状だ。

 ヴァンが拘束されて丸1日が経過している。あちらでどんな待遇を受けているかは、こちらには何の情報も降りてこない。統合軍側に何度か事情を尋ねてはいるが、返答はなし。終いには完全にシャットダウンされる始末。

 「ヴァンの事が心配か?」

 「殺しても死なないので、問題ない……と言えば、嘘になります。あれでも一応は私のマスターです。出来れば、五体満足で帰ってきて欲しいものです」

 素直に無事で居てほしいと言えば良い、とは口が裂けても言えない。恐らく、言った瞬間に酷い罵詈雑言が返ってきそうな気がするからだ。

 「とりあえず、一度本部に戻るぞ。ジェリコが隠していた端末の解析が終われば、何らかの情報を得られるはずだ」

 もしかしたら、その中にある情報が情報部との取引に使用できるかもしれない。取引の材料になるだけの情報があるかは不明だが、ヴァンを取り返す方法として、一番手っ取り早いのは、これしかないだろう。

 「なんだかんだ言っても、クルーズさんもマスターが心配なんですね」

 「……上司として、部下が不当な扱いをされる事が不満なだけだ。それとお前もだ。 ヴァンのサポートパートナーというだけで、連中はお前の引き渡しも要求してくるかもしれない」

 となれば、本部にアンジュを置くよりも、別の何処かに逃がした方が得策かもしれない。もしも彼女が連中の手に渡れば、バラバラにされて二度と帰ってくることはないだろう。そんな事はない、とは言えない。むしろ、それを平気でやる可能性の方が高い。

 「隠れ家は俺の方で用意しておく」

 「それも悪い知り合いの伝手で?」

 「我慢しろ。使えるモノは使うだけだ」

 「ツンデレですね」

 「壊すぞ、ちっこいの」

 現状、全てがジョンドゥに有利に事が運んでいる。こちらは完全に後手に回り、ジョンドゥ以上の何かが無いと打つ手がない。

 「やれやれ、しばらくは泊まりだな」

 「お付き合いしますよ。人と違って私は眠る必要はありませんので」

 「だから、お前は隠すと言っているだろうが。人の話を聞け。お前の為でもあるんだぞ」

 「……そういう優しさを、少しはマスターにも分けてくれればいいのですが」

 「五月蠅い」

 照れ隠しか、本当に怒ったのか、クルーズは奥に引っ込んでしまった。

 「さてさて、マスターもそうですが、彼女と連絡が取れないのも困ったものですね」

 部屋の中を見回し、しばらく部屋に戻ってこられない事を想像し、僅かに寂しいと感じる。

 当たり前の場所で、当たり前の様に住まう場所に居られない。数日前、此処で皆で囲んだ食卓が最後になってしまったのは、誰のせいか。この事件を起こした誰かのせいか、それともジョンドゥという個人のせいか。

 「あまり心配させないでほしいですね。マスターも、彼女も」

 ヴァンは今、何処にいるのか。部屋から見える夜景の中に居るのか、それともナオビの外にいるのか。自分の手が届く場所にいるのか。救い出す事が出来る場所にいるのか。

 「アンジュ、どうした?早く来い」

 「……えぇ、わかりました」

 考えてもしょうがない事だろう。少なくとも、今はまだどうにもならない。どうにかするのはこれからだ。

 そう思いながら、夜景に背を向けた瞬間―――窓が破裂した。

 窓ガラスが割れた音、部屋の中に何かが着弾した音。

 そして、音がすると同時にアンジュの片足が宙を舞う。

 「アンジュ!?」

 飛び出そうとするクルーズだが、次々と撃ち込まれる何かが部屋を蹂躙する。その脅威が部屋の物に当たり、破片がクルーズの頬を切る。

 「おい、大丈夫か!?」

 「……クルーズさん、今すぐ退避を」

 「お前を置いていけるか!!」

 ほふく前進しながら前に進もうとするが、尚も撃ち込まれる弾丸。何処から撃たれているのか確認しようとも、部屋の外には夜景が広がるだけ―――否、違う。夜景に僅かながら違和感がある。

 「光学迷彩か……」

 宙に浮かぶ何かが居る。そこから、この部屋に向けて何者かが狙撃している。此処から銃撃を行っても、恐らく距離が足りない。だが、それでもアンジュがあの場から移動する時間を稼げるかもしれない。

 だが、

 「アンジュ、逃げ―――」

 それよりも早く、現実が牙を向く。

 姿を消した何者かが引き金を引く。

 その悪意ある行為から放たれる無数の弾丸が部屋に到達すると同時に、アンジュの体に撃ち込まれた弾丸が、四肢を捥ぎ、体を貫き、頭部の半分を吹き飛ばした。

 

■■■

 

 静寂が部屋を支配する。銃弾が撃ち込まれ、硝煙の香りが漂う中で、外に居た何かは完全に夜の街に消えた。残された静寂の中で、クルーズは立つ。

 銀色の擬似体液が床に広がり、千切れた四肢が転がっている。千切れた腕から伸びるコードが血管か神経か、火花を僅かに走らせながら、徐々に消えていく。ゴロリと転がる見知った顔、その半分。頭部に内蔵されている無数の機械パーツが脳となるなら、その脳は完全に破壊されている。残された顔についた冷たい機械の瞳は、何の反応も示さない。クルーズを見つめているように見えるだけで、何も映してしない。

 彼女の名を呼ぶ。

 彼女の名を呼ぶ。

 何度も、何度も呼んでも返答はない。

 唇を噛み締め、膝をつく。

 彼女はもう、動かない。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。